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金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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自分を生きることに
疲れてしまったら…
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こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
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心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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こちらで何度も話題にしてきた共依存という心に原因のある問題と
その言葉はかなり定着してきたように思います
以前の話題では心理的癒着という概念でお話しました)。

別な視点・言葉を使って共生関係とも言われますが、この見方で
考えてみると良くも悪くもこの関係性はそこここに見て取れます。

かねてから無意識のつながりの根拠とされている一つに、関係の
ある二人、もしくはグループが同一個人のようにふるまうという
事象があります。

一人が他者(相手)の主体が権限を持つはずの感情や思考、行為
などを自分ごとのように介入・決定・操作してしてしまう

これは親子関係の初期(子どもの自我が未分化の時期)において
当前のことなのですが、いつまでも子どもの自我・主体を切り離す
(尊重する)ことのないまま、人格が未分化のまま*に、主従関係
が常態になってしまうことで起こります。

直接的なやり取りだけでなく、顔色や空気を読むといった、非言語
コミュニケーションによっても意識の奥に構築されていきます。

不幸な場合*に、そのコントロールと不本意が葛藤することで起こる
神経症的な不安反応罪悪感や恐れ、癇癪や怒り、ショックや落ち込みなど。
親の威圧や発作的な暴力、苦労や奉仕アピールといった支配バリエーションによる
)に
揺さぶられ、ふり回され、結果として屈服してはその反応を強化し
(強迫的になっていき)ます。いずれ精神を病む可能性も高いです。
分離不安症状とも、精神分析でいう固着点への退行症状とも重なるように感じています。

「された」側は自分の感情や思考、行為を代行されてしまうことで
主体である自分(やその気持ち)がわからなくなる
この存在不安の穴埋めの(自己愛の不満を満たす)ため、強迫的に
自分や他人をコントロールする(面倒をみること、みられることに
依存する)相手を作り出すという連鎖が起こります。

つまり相補的に成り立つという意味での共生関係

たとえ親や当事者がいなくなっても、依存プログラム*がそのまま
削除されず(内面化して)残るために、同様の他者とも似たような
関係を繰り返しやすいのです。

ここで本来の自分を育てなおすという発想が生まれます。

(幼児のままでいる役割、もしくは内面化した親の役割に)
乗っ取られたままの自分を、自分で育て、自分として開放する。

心理的離乳や精神的自立というのは、親子関係(つまりは面倒をみる
・みられる役割)を卒業する
ということなのです。

卒業したうえで、思いやりによって必要な時に支え合えるのが成熟

自分の依存性、幼児性(愛情飢餓感、承認欲求や不安や孤独感が強い)
に気がついた(外側から見ることができた)時にこそ、自分解放の
プロセスのスタート。

個人的には、もっと早く苦しい依存プログラムから脱出したかったと
思うのです。
…いや、今でも時々
条件がそろうとつい「乗っ取られる」自分がいますがemoticon-0106-crying.gif

*
母子カプセルとも呼ばれる。双方にとって居心地の良い場合も。
*これが日本文化として良い意味で「うまく」機能していたという考えもあります。
*ある分野ではンナーペアレンツ、インナーマザーの概念。

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# by dryangle | 2017-01-16 15:36 | ココロのカラクリ | Comments(1)
親からの宅配便(愛という名の脅迫状)
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新年初のトピックです。今年もどうぞヨロシク!

時節柄、話題としても見聞きすることが増える
ズバリ「いらない贈り(送り)物」。
時には、処分に困る物、ゴミまがいの物まである
個人的にもずっと悩まされてきたこの仕送り問題

仕送り-生活や勉学を助けるため、金や品物を送ってやること。
またその金品。

問題となるのはそれが、思いやりとは真逆の

こちらの求めることや欲しい物ではなく
したいことを、したい時に
送りたい物を送りたい時に
こちらの都合や、気持ちを完全無視して
送りつけられる

文字通り、気の重くなるお荷物だからなのです。

「困る、いらない」と言えない心の弱さにつけ込み
たとえ勇気を出して訴えてみても、一方的な正当化の
屁理屈で却下されます。

余った物や捨てられない物の不用品処理係にされている
場合すらあります。

罪悪感など負の気持ちを転嫁されたり、さらには感謝や
見返りを要求されるなど、こちら側の気持ちが一方的に
搾取されている
のです。

「受け取るのが孝行」「感謝の気持ちがない」
「心が狭い」「親の気持ちをわかってやれ」とか
こちらの気持ちを理解しない世間も追い詰めます。

以前の記事にエモーショナルブラックメールについて
書かせていただきましたが、自分の側の条件反応に
気づくため
にも、新しい受け取り(解釈の仕)方の
ヒントになるある側面についてのお話です。

それは「ペットのエサやり」との共通性。

ペットに、その適量ではなく(自分の)食べさせたいだけ
エサやオヤツを与える人っていますよね。
「カワイイ、カワイイ」って。そしてむやみに太らせる。
ペットは動きづらくなり、ストレスもたまるでしょうし
いずれ循環器系の病気などで苦しむんです。

「カワイイから、可哀そうだから」とエサを与える一方で
相手主体の、その影響や行く末にはまるで関心がない

見返りは、自己満足

…個人的に、これは強迫への「はからい*」に近いものだと
考えるようになりました。

弱きもの(自分より下位と認識したもの)に対して
自分自身の飢餓感や恐れ、脆弱さなどを投影してしまい
(強い不安にかられ決めた通りに干渉、自分の優位性や効力感を確認するために)
そのように反応してしまう強迫行為だと理解してみる。

他者への過剰な、異常な、干渉は強迫行為
(精神分析的には、甘えなどを抑圧した反動形成といえるかも知れません
供依存のイネーブリングもこの構造だと思います)

そう考えることで、こちら側も負の条件反応につながる
認識とは異なる外側の視点で解釈することができるのでは
ないでしょうか?

その人が押しつけて(またその代償に要求して)くる物は
その人が幼い時にひたすらに望んで得られなかったもの
かも知れません。

本人はそれを愛と信じて疑わない、愛=執着、依存と
いうなら、確かにその通りのものだといえるでしょう。

が、親の愛と信じたまま自分に飲み込ませ続けると

心という循環器系の病気に苦しみ、身動きのとれなくなる
肥満ペットと同様の末路が待ちかまえているのです。

その荷物は、ダイレクトメール同様に受け流してみる。
自分の心のあり方を、相手のアクションと切り離せることが
大切な心の独り立ちなのです。

*「とらわれ」と「はからい」は神経症や強迫性障害における森田療法の
キーワードです。「とらわれ」を依存と解釈してみると意味深いです。

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# by dryangle | 2017-01-12 13:56 | 親子の関係 | Comments(0)
引き寄せ合う関係
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「類は友を呼ぶ」ではないですが、人にはみな個性があり
趣味や気の合う合わないによってそれぞれの関係の距離が
近づいたりも遠のいたりもしますよね。

いわば心のアレルギー反応のように現れ、こちらでも度々
話題にする負の気持ちである「劣等感・罪悪感・被害意識
という心のプログラム。

これにも磁石の±のように引き寄せ合う関係があるように
思います。
劣等感の匂いは優越感を示したい相手を引き寄せ、罪悪感
の匂いは正しさを振りかざしたい人、被害者意識の匂いは
責めたい人や偽善の人を集める誘蛾灯のようかと感じます。

磁石と異なるのは、同類が反転して寄ってくるところです。
劣等感を持つ者同士では、いずれどちらかが優越感を示す
ようになり、罪悪感を持つ者同士は一方が正しい人になり
被害意識を持つ同士には責める側が現れてきます。

反転するのは、負のエネルギーの強さの優位な側
(多分そうだと感じる)

重複して持つものでもありますから、順列組み合わせは無限。

さらには。ふさわしい相手がいない時、起こることをネタに
自分自身が自分を軽蔑し嘲り、正しさで縛り責め苛む役割へ
転じたり
もします。甚だしきはそのネタをひき起こすことも。

まったくもって主観に基づいた話で恐縮なのですが、心して
観ていると、けっこう当てはまるように実感します。

もし自分の中に
怒りっぽさや、落ちこみやすさ、傷つきやすさ、心のクセ
傾向性を自覚したら。

そんな気持ちにさせられる原因や自分の正当性を探す前に
それが「劣等感・罪悪感・被害意識」の、何れかによるもの
ではないか?と自問してみてください。
自動反応(スィッチオン)的な心の動きなのではないか?
確かめてみてください。

それがその通りだと知るだけで、引き寄せ合う負の関係や
出来事、それを体現する相手との縁が切れるかと思います。

磁石と違って、すべてがマイナス。
マイナス同士が引き寄せ合い、反転してもなおマイナス。
そんな働きのようです。

あえて言ってみれば、プラス性というのは「自分の意志で
近づいたりも、離れたりも、できることや関係でしょうね。

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# by dryangle | 2016-12-18 20:58 | ココロのカラクリ | Comments(0)
新説?「合わせ鏡の法則」
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心の話題では、よく「鏡の法則」なるものを耳に(目に)します。

自分に起こることや問題は、外界や他者という「鏡を通して観る
自分の内面の投影」であるという原則から説明されます。

私ずっと、なぜかこれに未消化な違和感を抱いてきました。

私の方だって鏡なんじゃないの?

だから簡単には、主体となって意志通りに自分を動かせない。
むしろ自分の方が反映(リフレクション)なのではないか?と
実感することがほとんどだったんです。

ある日、偶然ビデオフィードバックの映像を眺めていたところ
インフィニティフィードバック(無限に映し合う合わせ鏡構造)
という言葉がアタマに浮かんで、もしかしたら?と考えました。

「合わせ鏡」なんじゃないか?って。

だからこそ、ポジにしろネガにしろ関係性によってスパイラル
起こってくるのではないか?と。

自分だって鏡なのだから、自分に映る像を自分では変えられない

…じゃぁ?どうしろっていうのよ?

その構造に気がつけば、笑っちゃうくらい単純なことなのですが。

ただ自他の鏡に展開する映像ばかりにフォーカスするのではなく
向き合った合わせ鏡を、いったん外側から見る視点を持つことで

じつは、自分の鏡の向きを変えられることを忘れていた!
ということに気がつくと思います。
そこにこそ、深層の意志や意識のチカラが強く働いていた。

それを忘れ去って、鏡の向きを慣性のまま固着させてしまうことが
執着や依存ともいえるような現象なのかな?と。
自我も、カルマも、防衛機制も、観念も、人生脚本も、強迫も
その慣性のことではないの?と。
自分勝手にチマチマと腑に落ちてきます。

素敵な像を映し出したままならいいのですけれどね。

その向きへの志向性が鏡の傾向性にもなるように思います。
文字通りに。

「今」幸せになる。

幸せな環境が幸せな人を作るのではなく
幸せな人が幸せな環境を得る。

人は他人を救えない。

そんな先人たちの言葉も真実味を帯びてくるのではないでしょうか?

明るいこと、やさしいこと、楽しいこと、嬉しいこと、素敵なことに
心の向きを換えてみませんか?

それができるのは、今ここ、この瞬間、この私の意識だけ。

知る方に伺いたいのですが、Oshoやマイケル・J・ローズのいう「反応と応答の違い」や
ゲリー・ボーネルの「リアクションとレスポンスの違い」にも通じるでしょうか?


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# by dryangle | 2016-12-10 10:22 | ココロと思想 | Comments(0)
屈折した承認欲求(承認依存)
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承認欲求というと通常、褒めてほしい、認めてほしい、評価してほしい
といった類の気持ちだと考えますよね。

もちろんそれは心の健康な人にもあるもので、ヤル気の素にもなります。

ところが、安全欲求と同じレベルで他者の承認が自分の存在理由の
大前提
とまでになってしまうと、時に狂ったように意固地になって
相手・他者のアテンション(注目)を得ようとしてしまうのです。

「カマッテ欲しい」の屈折バージョン

謝って欲しい、感謝して欲しい、悪いと思ってほしい、従って欲しい
大変だと思って欲しい、肯定して欲しい、可哀想だと思って欲しい
叱って(責めて)欲しい、許して欲しい
不幸だと認定して欲しい⁉︎
命令(指示)して欲しい、チヤホヤして欲しい、自分を立ててほしい
目を離さずにいて欲しい、羨ましがって欲しい…キリがありませんが。

それらはつまり、すべて私の価値を認めて欲しいの変形なのです。
これらは養育者とのコミュニケーションパターンが滲み出ます。

ちなみに、私の親もどうでもいいことで怒り狂う時には必ず
「他人は叱ってくれないんだからね。ありがたく思え」と言っていましたっけ。
私には誰にでも自分がけっして悪くなくても謝るクセがありました。

そのパターンが刺激される状況に陥ると、スイッチが入ったように
(妄想の脳内上映が始まり)それを要求する言動に走ってしまいます

感情的脅迫と呼ばれるような、恩着せがましさ、自慢や自己顕示
犠牲や虐げられてるアピール、忙しさや頑張ってるアピール
嫌みや皮肉に嘲笑、マウンティング、さらには号泣や恫喝…
といった振る舞いはド定番です。

罪悪感や劣等感に被害者意識を刺激
し、押しつけのコントロールを
「あなた(誰か)のために」とすり替えるのはもはや常套句

すべて物乞いならぬ気持ち乞い。

ただでさえ希薄な自分の存在価値を確認する裏づけの気持ち乞いです
から、そのエネルギーといったら並大抵ではありません。

「心のエネルギー泥棒」といわれる人もこのタイプです。

同じプログラムを持たない人には、しつこい、ウザイ、クドイと思われ
離れていかれる一方で、反対にそれを持つ同士の間には持ちつ持たれつ
の依存関係
が生まれやすいのです。

自分の中に、相手の中に、それを発見したら
不毛で消耗する関係を断つチャンスです。

自分が自分で根拠もなく、ありのまま、そのまま価値があると思える。

そのように自分の側が変わるだけで、存在価値を奪い合うのではなく
互いに気持ちよく認め合える間柄に人間関係も変わっていきます


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# by dryangle | 2016-12-04 20:44 | ココロのカラクリ | Comments(0)
「ごちそう」アディクション?
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前回の話題のオマケ、というかたんなる思いつき話です。

前述のコへレトの言葉からの抜粋。

あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそう
を食べる国よ、あなたはわざわいだ。
あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく
力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたは
さいわいだ。(第10章:16,17)

眺めていたら、今度は「ごちそう」にひっかかりました。

この「ごちそう」を報酬系のホルモン(脳内物質)と解釈したら
なんだかとっても面白いのではないかと。

憑りつかれたように、ひたすらになにかを得ようとして
不足を追い回している時、あなたは不幸だ。

本意に従って、自己に酔うためにではなく力を得るために
適時ふさわしい努力をして成果を得る時、あなたは幸せだ。

そんな風に読んでみたら、じつに妙ではないでしょうか?
言葉遊びのようで、お叱りを受けそうな気もしますが…

快感となるホルモンはもちろんのこと、達成や承認という条件が
前提とプログラムされれば、ある意味で努力や困難、問題もまた
依存対象
となり得ます。
また快感自体よりも、前回お話ししたような「求愛行動」として
条件づけられているのかも知れません。

自らを不幸だと思っていたり、不安や不満に煩わされているのなら
なにかに固執(執着)している、その感覚基準そのものが、世間や
誰かに背負わされたものだという可能性はないですか?

不幸も、貧乏性もまた「ごちそう」アディクションかも知れません。
一度深く検証してみるのもアリかと思います。

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# by dryangle | 2016-11-29 12:08 | ココロと思想 | Comments(0)
他人軸…の根っこは親への求愛行動?
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暗い時間が長くなるこの季節は巣ごもりしたくなります。
自然と読書の時間が増えるのですが、この頃は宗教や哲学
分野の世界観を人の心の世界に翻して解釈してみる*ことに
面白さを見い出しています。

仏教にはもともと哲学や心理学ともいえそうなディテールが
あります。
渇愛によって生じる苦からの解放を目指すための方法論
である仏教。
その渇愛(愛、執着)はつねに満たされぬ想い(不満足)
であり根本の欲ともされます。
バッサリとハショると「まずはその法則(縁起)を見抜けよ」
という話(如実知見)が基本となります。

以前どこかで、動機の(とくに他者や集団の理不尽なルール
要求や期待に自分を抑えて従う)根底には親への求愛行動
あるのではないか?という話を見かけ、その言葉がやけに心
に突き刺さり頭に廻っていました。仏教の渇愛という言葉と
親から周囲の人、社会へと拡大した重要他者を軸としてその
価値基準や承認に反応・行動してしまうのはある種求愛行動
ではないのか?との考えのイメージが符合したのです。

永遠に満たされることがなく
それが苦(悩)を生み出していく。

いや、ホント、マジで。

そういえば、昔とにかく知識のために「読み倒した」聖書で
異質(今思えば仏教的?)な香りのする文章があったことを
思い出し、探し出してみました。

以下は旧約聖書、コへレトの言葉(伝道の書)から抜粋です。

あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそう
を食べる国よ、あなたはわざわいだ。
あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく
力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたは
さいわいだ。(第10章:16,17)

この「国」を自身、「王」を自分の心を司るものだと解釈したら
どうでしょう?

ちなみにわらべという言葉のヘブライ語には、あやつり人形や
奴隷の意味もあるそうで、懐柔されている王によって国の災い
が起こるように、懐柔されている心によって自分の世界の苦悩
も起こるのだと考えてみると興味深く感じます。

自主は言葉通りの意味の他に、知恵や神を畏れる心という意味
らしいのですが、自分という存在の奥底の意識やその本心だと
読みとってみるとさらに意味深ではないでしょうか?

今よく耳にするようになった自分軸という感覚。

むやみに探すよりも、他者(やその価値基準)の承認を求める
ものでないかどうか?
を見極め、削っていくと見えてくるかも
知れませんね。

そこには状況や成果に左右されない、今この私の揺らがぬ満足
がありそうです。

…あなたのその「やさしさ」も求愛行動ではないですか?

*
あくまで素人のごく個人的な浅知恵による解釈に過ぎません。

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# by dryangle | 2016-11-26 15:05 | ココロと思想 | Comments(0)
意識のつながり(しがらみ)
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最近、脳のミラーニューロンや網様体賦活系の働きなどに
関する話がなにげなく目に入り読み漁っていたのですが

例えばユングの集合的無意識や共同幻想といった形而上の
意識のつながりや枠組み、階層の存在が脳の働きにおいても
説明できる日が近いのではないかと感じてきました。

電波系はともかく、ビッグデータの解析からはそれぞれの
意識というデバイスが、見えない次元で情報のやり取りを
しているのではないか?
そして今ではインターネットの普及によって、地球規模の
ネットワークを形成しているのではないか?という仮説も
あります。

誰もが、親子や家族といった濃い関係はもちろん所属する
文化や集団にも性格があり、暗黙の制約を実感しますよね。

appleのデバイスならOSはiosというような生来的な制約は
あるでしょうが、OSをインストールすれば基本同じような
働きができるようになります。

母体の中にいる時から、ハードの組み立てと同時に基本OS
(母親のそれと似た)のインストールも始まる
と考えれば
業(カルマ)と呼ばれるものの受け渡しの説明も漠然とは
想像できるように思うのです。

思考はもとより感情的な反応といえば、OSが後天的に自己
プログラミングするセンサー&アラートシステム
と考えると
ちょっと面白いです。私たちはそれを「自分」と感じている。

なにを言いたいかといえば、国や地域、文化や言語の違い
によってその性質やムード(気?)が一変するということ。

生まれてからずっと家や土地、地域、国、言語などそれぞれの
レベルでモノカルチャーから出たことのない場合はなかなか
わかりづらい(理屈だけで理解しにくい)感覚です。

いわゆる価値観、正義や悪といった根源の尺度さえも真反対に
なったりします。

これがつながりとなって、互いの仲間意識や誇りを生むことを
否定するものではありませんが、そのために個々人が個人的な
自由を制約
されたり、さらには外集団に対する排他性や好戦性
を強めるというしがらみとなっている場合も少なくありません。

ある考え方やあり方、行動に、許さなさ後ろめたさを感じる
としたら、必ず誰かの(集団)によるしがらみが存在します

ぜひ一度、自分という意識を意識してみませんか?

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# by dryangle | 2016-10-31 14:16 | ココロと社会 | Comments(0)
心の条件反応(暗示による解離?)
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これほど心についての知識を求め集めても、運動の能力と同様に
理解することと、実際に「自分の心を解き放つ」能力を得ることは
ベツモノです。

心の内でラスボスと呼ぶ親類からの連絡や荷物が届くと、動揺し
しばらくは憑りつかれたように心ここに在らずの状態になったり
落ちこんだりする反応
は、長らく家族が不思議がるほどでした。

最近、じつは敬遠してきた催眠療法の関係の書物に手を出すように
なったのですが、これまでトリガー(心の地雷)や自動反応などと
表現してきた現象を、暗示や催眠による解離という用語での発想で
考えてみると大変興味深く、また何かが解けたような気がしました。

ベイトソン*については機会をあらためますが、ダブルバインド*
解離をひき起こす暗示かけになるという構造が、前述の連絡や荷物
の件と符合し、恐ろしくピンとくるのです。

ほぼ例外なくこちらの望んでいない形式やモノを受けとるパターン。
それらの「アナタのために(受け取らないという選択はない)」と
いう言外に「恩返ししろ、面倒を見ろ」というメタメッセージが
仕込まれ(拘束されると認識し)ているがゆえに、それを受け取る
ことに、吐き気を催すまでの抵抗を感じていたのだと実感しました。

現実には相手にそこまでの大意のない場合でも、こちら側にすでに
そのような暗示(メタメッセージ)が入って
しまっている。
だからこそ、別の人からのまったくの好意による助けや贈り物さえ
受け取ることに抵抗を感じてきたのだと納得です。

そういう視点で見てみると、建前と本音の文化背景のある日本では
ダブルバインドによる無意識レベルの支配が横行しやすいともいえ
自動反応制御の人間育成がされているといえるのかも知れません。

トラウマというほどに大ごとではありませんし、障害というほどに
影響するものではないかも知れませんが、素直に従うことができず
自分自身の本音が干渉するとなると(程度の差こそあれ)ある種の
スプリットを生んでしまうといえるのかも知れません。

さまざまに入れ込まれた暗示が、本人の意志や楽しみ・喜びを阻み
生きづらさや、時に発作的な思考や感情に結びついているようにも
感じられます。

今後さらに、知識や情報を仕入れ考えてみたい分野ではありますが

やはり心の中でラスボスを怪物に仕上げてしまったのは、他ならぬ
自分自身の心の仕組みなのだといえそうです。

~解離とは?~
おおまかには、一定の記憶や思考が通常の意識から切り離されること。
個々の体験の要素がほつれる「統合性の喪失」。
ヒステリーや神経症状の原因とされる。フロイトの抑圧(水平の壁)に対して
垂直の壁とも呼ばれている。スプリッティング。
ジャネ (Janet,P)のdésagrégationとdissociation、精神分析における防衛機制
メラニークラインのいうsplitting(自分ではなく対象を分ける)、病的か否か?
概念と言語によって語義やニュアンスがさまざまに変わる。


*
Gregory Bateson 米国の人類学者。統合失調症患者のコミュニケーションを研究
ダブルバインドという概念を普及する。
 
*
二重拘束の意。ベイトソンによる定義とは別の概念が広まっているが、表面的な
メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況に置かれること。

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# by dryangle | 2016-10-16 17:56 | ココロのカラクリ | Comments(0)
その人の中に誰を見ているの?
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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今回は少し流れを換えて、基本に立ち返ってみようと思います。

…というのも、人間関係のトラブルに関するお話を伺う際には
必ずといっていいほどに「相手に対するバイアス(偏り)」が
感じられます。
第三者だからこそ感じるのですが、ご本人にとってはその像は
絶対の真実であり、突き崩すことは容易ではありません。
当人が気づくしかないのですが、心理学的な概念の普及はその
一助になるかと思います。

アタマの中で、過去の記憶にある関係性とエピソードを再現
自分が傷つかないように条件反射的にふるまってしまうのです。
このために相手を誤解したり負の影響を与えてしまうことも。

第一に。これはよく知られていますが、相手の態度や行為の中に
親を重ねて見てしまうことがあります。
それによって相手を好意的に感じられるということはまず少なく
どちらかというと相手に威圧感、口うるささ、怖さ、監視の視線
などを強く感じストレスとなります。

過敏になるとある種(いわゆる)神経症に近づいてしまいますが
ここでは深追いせずに、一般的には子どもの自分のあり方を再演
してしまいます。自動反応的に
自分の親(養育者)との関係において、反抗的であった人はつい
反抗してしまうでしょうし、委縮してしまいなにも言えなかった
人はやはり言いたいことを飲み込んでしまうでしょう。
泣いてみる、甘えてみる、イジケてみる…^^;

実際の相手を見間違い、新たな現実でほど良い関係を築くことを
阻む原因にもなっています。

そして第二に。こちらの方が実感しづらいこともあるようですが
自分を守るためその優位性を保とうと、相手の中に子どもである
自分を重ねて見る
ことがあります。実際にどうであるのかは別に
相手の弱さ、拙さ、欠点などがやたらと目についてしまいます。

この際になんと自分が再演するのは元々自分に対する親のあり方
なのです。自動反応的に。
自分の親に責められた人は相手を責めます。同様に怒鳴られた人
はつい声を上げるでしょうし、嘲笑された人は相手を嘲笑します。
実態とは関係なく、相手を無能、弱者、未熟者として扱うことも。

相手との関係を悪くするばかりか、その長所や能力を委縮させて
しまいかねません


パートナーの中に、我が子の中に、上司や同僚、部下の中に…

ついつい誰か(過去の重要他者ー親や養育者、先生や指導者)の
あり方を映し出し、お互いに自動反応的に関係をこじらせている

そんな状況が顕わになっている場合が少なくないのです。

またニュースで見かける傷害事件などでは、見知らぬ相手との間
でも突発的に起きていると想像します。

それらのパターンを自覚し、意識的になること。まずは自分から
相手のそれが垣間見えた時には、土俵から降りること
(自分が先にそのパターンを見抜くと、相手も覚めることが多い)

相手につい負の感情が強く沸いた時にこそ、その人に過去の誰か
との関係を重ねてないか?
を自問してみてくださいね。

(さらに興味や関心のある方は投影や、投影性同一視、投影同一化などの
キーワードを調べてみてください^^)

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# by dryangle | 2016-10-11 15:49 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り