金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
初めていらした方へ… dryangleについて

●過去記事のタイトル別一覧表●

"自分"に疲れていません?
by dryangle
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
Carpe Diem
自分を生きることに
疲れてしまったら…
心のプログラムのバグを
探してみましょう。


NEW!!
ご意見・ご感想・心の荷卸し等々はこちらにどうぞ


生きづらさのセルフヘルプ

by Exite (サークル)

dryangle*心のゴミの処分場
↑心の傷の膿と向き合い
処分しませんか?
(要メンバー登録)



メインサイトです。
dryangleでは…
特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど、多分野から心のメンテナンスに役立つ情報を集めています。


↓アメブロ姉妹ブログ
やわらかこころ塾
作業用ページ(非公開)

イラスト by ふわふわ。り
ブログパーツ
記事ランキング
カテゴリ
最新の記事
最新のコメント
外部リンク
ふれあい欠乏症
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


…ただ漠然と考えたことです。

最近、認知症の高齢者の方々や、鬱に悩む方々
他にも諸々の精神的な不調(や病)に悩まれている方や
そのご家族に接する機会が重なりました。

脳のホルモンや器能的な問題自体を、原因ではなく
コンディション(状況・条件)としてとらえてみると
具体的に例えれば、骨折による激痛があるとすれば
骨折自体は原因ではなく、痛みを起こすコンディションであって
転倒したことに起因しているというように。


ナニがその状況を引き起こしたのだろうか?
という素直な疑問にぶつかります。

それぞれのケースで、これまでのお話を聞きながら
(個人的な直感ではありますが)
共通していると感じられたことがあります。

それは、精神的に孤立していたのではないか?
ということでした。

人に囲まれながらも、互いに一方的なアプローチであったり
交流があったとしても形式的で、心がふれ合うというような
刺激が乏しく、それに連動する心の動きが鈍化してしまった
ような印象があったのです。

鏡がなければ自分の様相を知ることができないように
誰かの心の反応がなければ、自分の心の存在や
活動も薄らいでいってしまうのかも知れません。

心が動く時、それは感動すること

最近、リアルな経験によって心を動かすことがありましたか?
たとえそれが怒りや悲しみであったとしても。

誰かと心を通わせ合うこと、心のふれあいが満ちることで
心が成熟したり、不調が癒されるのではないか?
本気で思うワタシは単純に過ぎるでしょうか^^;?

非公開コメントも大歓迎です!(下の Commentsをクリック)

[PR]

by dryangle | 2009-08-17 09:38 | ココロの不調 | Comments(7)
Commented by hana at 2009-08-18 14:32 x
こんにちは。毎日暑いですね~(東京)。
同感です。とりとめのない内容ですが、感じた事を綴ります。
心と心のふれ合いのない寂しい状態が続くと、どんなに強い人でも精神的に不調になってしまうと思います。
子育てや、旦那さんの世話が定年などで一段落すると、主婦は心にポッカリ穴が空いたような気分になると・・・よく聞きますね。
やはり人との(特に身内との)関わりとは、心と心の触れ合いだからなのでしょうね。
それから、私の個人的な実体験ですが、忙しさが一段落した時、しばらくゆっくりしようと思って、2,3日暇な日を作ってしまうと、何となく脳の働きが衰えるような気がします^^;。そして気分も何となく悲観的になってしまったりする自分に気付くこともあります。あまり暇な時間ばかり過ごしてしまうと、本来のペースに戻すのに時間がかかったりします。時にはボーっとする時間も大切ですが、長すぎるのも良くないですね。何でもほどほどにしたいものです。貧乏暇なし的な性格の私だからかもしれませんが(笑)。
Commented by hana at 2009-08-18 14:32 x
それに、精神的な不調(例えば欝など)から、物忘れが激しくなる・・・という症状が出るという話を聞いた事があります。
でも、精神的な不調を感じている方に、「がんばれ」とは言えませんよね。「がんばらなくていい。やりたくなければ、今は何もしなくてもいい。」と逆にそんな言葉かけをしてしまいがちですが、「何もしなくていい」という事は、人との関わり、心と心の関わりとも距離を置いてしまう事になりかねないので、悪循環になる危険性も感じずにはいられません。
(長文になってしまいすみません。)
Commented by dryangle at 2009-08-20 13:17
hanaさん こんにちは。

>「何もしなくていい」という事は、人との関わり、心と心の関わりとも
>距離を置いてしまう事になりかねないので、
>悪循環になる危険性も感じずにはいられません。
…本当におっしゃる通りだと思います。
この辺りは大きなジレンマですよね。

人の心の変化も「反応」である限り、明るい反応を生む
「ふれ合い」が必要だといえるかも知れません。
人は無理でも、たとえば心の負担が軽く済む別のナニカ
自然や動物、音楽や芸術といった文化に心を向けていく
といったビジョンが心の闇に射し込む光になるといいのですが。



Commented by ハル at 2009-08-21 11:37 x
私も、人との交流、心のふれあい、言葉の交わし合いは、心身の健康を保つ為にとっても大切だと思います。
たとえ、挨拶をしあうだけでも、「自分は生きている」という事を確認できるのではないでしょうか。

人付き合いは、面倒な事(相手)も多いけれど、一種の習慣として継続していないと、スムースに行かないとも思います。
旅行中、長い間一人旅をしている人に出会うと、堰を切ったように話される事があります。『人恋しいのだな』と感じます。
人と話す事が、普段あまりない人に会った場合も同じです。
「誰かに聞いてもらいたい」欲求というのは、皆にあるのではないでしょうか?自分自身も、きっとそうなのだろうと思います。

何かと身辺が忙しい現役時代はまあ良いとして、問題はその後ですね。
一番理想的なのは、「人に必要とされる自分になる」ことだと思うのですが、難しい。
でもせめて、周りに感謝して、愚痴ることのない御隠居さんになりたいな・・・と考えたりします。
Commented by dryangle at 2009-08-21 17:16
ハルさん いらっしゃいませ^^。
おっしゃる通りですね。誰もが経験的には理解できる
ことだといえるのかも知れません。

たとえ見知らぬ人でも笑顔で気持ち良く接してもらうと
文字通りシアワセな気分になります。
はるか昔、東海道新幹線の車内で言葉を交わした
車掌さんが白い制服とともに印象的に残っています。
そうそう、ニーマン・マーカスでも当時場違い(?!)な
ワタシに清清しく応対をしてくれた店員さんが思い出されます。
ごく最近ではスタバのお姉さんかなぁ…^^
人と接する体験が、すべて当たり前にそのようなもの
であったら、ココも即天国になりそうな気がします。

ワタシ自身も、誰かをそんな気持ちにさせる一人に
なりたいと思いながらも、なかなか…^^;
せめて不機嫌を蔓延させないように心がけないと。
Commented by ハル at 2009-08-24 09:39 x
昨日聞いた言葉です。「ダイアモンドはダイアモンドでしか磨けない様に、人は人でしか磨かれない。」
「そう、それです!」と膝を打ってしまいました。
中には仙人のようなタイプの方もいるかもしてませんが、凡人はどんなに勉強しても、哲学しても、”生身の人間に接してなければ”磨かれないのでは?”とつくづく思います。ゲームの仮想空間、携帯メール、ネット上の交流・・・21世紀に突如として現れたツールでよしとしていると、いつかツケが廻ってくる様に思います。
自分の姿は相手(鏡)に映して初めて実体となるような・・・。

不本意な事態となった時、人付き合いが億劫に感じられる経験は何度もしていますが、冷静に考えるとその何十倍も恩恵に浴している現実に気付きます。それで気を取り直して・・・という事が今のところできていますが、年齢や環境の変化でどうなるのかな・・・と考える事もあります。
Commented by dryangle at 2009-08-25 09:14
>ダイアモンドはダイアモンドでしか磨けない様に、人は人でしか
>磨かれない。

的を射て、本当にその通りだと実感させられる言葉ですね!
ぜひ別の機会でも引用させていただきたいと思います。

…心も接する他の心によって、変化したり、癒されるのでは
ないか?と常日頃感じさせられます。

>自分の姿は相手(鏡)に映して初めて実体となるような・・・。

本当ですね。案外、自分以外には自他の区別の意義がないと
考えてみると、目にしている世相もワタシ達の内に存在する
モノをさまざまに映し出しているといえるのかも知れません。

なんでも「バーチャルで良し」となると、そもそも実体を生きる
意味がいらないような気もしてきますし、現実として生きている
この人生自体も「もしかしてバーチャルなのかも?」というような
SFちっくな想像がアタマをよぎります。
だとしたら、もっと積極的に経験値を上げなければ…(笑)
<< "自分"と... 心の重荷~楯と鎧と剣~ >>

Illustration by ふわふわ。り