金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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『意識する』…気持ち(感情)とアタマ(思考)
前回お話ししたように、ちょっと気をつけてみる
これもすでに、意識するの範疇に入りますね^^。

ところで、夢中な時、嬉しい時や、満足している時には
想い(イメージ)をめぐらすことはあっても、先に書いたような
グルグル考えるということがナイと思い当たりませんか?

慣れてくると、とくにネガティヴな感情が起こる時
その一瞬の意識から、状況の理由づけや、正当化、言い訳や
説得のために、次々と浮かんでくる思考の存在が、
自分を今ココから連れ去ろうと邪魔をしていることに
気がつくかと思います。
(意識なく「感情⇒即反応」のヒトほど、"ナニカに憑かれた"と感じる)

どうして?なんで?それはオカシイでしょ?!
○○なのに!こうあるべき…など。

過去を想起し、未来を想定し、自分の主観的な評価をし
それを刺激に感情もふり回されていく。

そんな堂々巡りを止めるためには、つねに今の感情
焦点を当てきり、見送ることが大切かと思います。

…ところで、自分の感情がわからない、感じにくいという方も
いらっしゃるのではないでしょうか?

その場合、先に思考を見つめるという手順が必要かも知れません。

アタマに浮かぶ考えや言葉を、パレードを見るようなつもりで
その流れを傍観者の視点から眺めてみる。

これもやはり意識するということに違いありません。

そうそう、ご自分が普段どんな感情でいることが多いか?
気がつきましたか?

ワタシの場合、先に思考を見つめることが必要でしたが
誰かを責める/否定的な、考えや言葉が多いことに気づきました。
他人ばかりではなく、物事の廻り合わせ、そして自分自身を。

その後、(表層の意識にはなかったものの)埋もれた感情として
怒っていることに気がつきました。
(反動で「仏の~」と呼ばれるほどに柔和なキャラクターを演じていた?^^;)
その根が、過去に封印した親や周囲に対する感情にあることも
知り、その後は芋づる式に…掘り出すハメに。

おかげで、今は以前よりずっと周囲や出来事に好感を持てる
ようになった気がします。

昨今流行りの引き寄せの法則などでは、もともと
ベースとなる感情があって、それを維持・強化するために
自ら出来事(とそれに対する意味づけ)を選んでいる
というような説明がされています。

初めに感情ありき

逆転の発想、衝撃的な視点だと思わずにはいられません。
自分なりに、もう少し考えてみたいところではあります^^。

ぜひ、自分の内面に注目して(意識して)みてはどうでしょうか?

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by dryangle | 2010-09-01 10:21 | ココロのカラクリ | Comments(4)
Commented by ブルン at 2010-09-12 00:36 x
仏のdryangleさん、こんばんは(^_^)
ある出来事についての感情を意識できるかどうかって、それまでに似たような出来事を経験したことがあるかないかで、随分ちがってくるような気がします。経験がないと、感情を言葉で表すことにも手間取り、思考が働き出しても、その回路が出来上がるまで相当の時間がかかります。でも、一度でも経験があると、思考回路が出来上がっているので、今ココの自分は感情から一瞬で思考に連れ去られてしまいますよね。 私は「自分が複雑で面倒くさくて、もう嫌だ」という感情が多い気がするので、鬱の闇に入らないように、とにかく思考をストップさせてはいけない、とグルグル考えることが自分を守る手段だと思っていたのです。でも、そういう感情って、生まれては消えるを繰り返すことに気づき、そのサイクルが掴めてからは、必死で思考しなくても大丈夫になりました。ということは、自分を諦観できているってことですよね?
Commented by ブルン at 2010-09-13 08:59 x
すみません、時間をおいて考えると、何だかちょっと違う気もしてきました。「自分が複雑で・・・」の感情って、一番初めの感情ではないかもしれない、思考を経て戻ってきた感情なのかもしれないと気がつきました。一番初めの感情はきっと「他人とわかり合えない孤独感」なんだと思います。
Commented by dryangle at 2010-09-13 09:06
文化的な傾向性もあるかとは思いますが、ワタシ達の多くは幼い頃から自覚した感情を正直に表すことを否定されがちです。
怒りや悲しみを嫌い、抑えさせられたり、喜びですらそれを強要されたり、謙遜を求められたり…。
そのため理性に手綱をとらせるという訓練が必要となりますし、達人が理想とされてきたようにも思います。
とはいえ、そのコントロールにも疲労や個々人の限界があるようで、その綻びが「心を病む」という様相の一部として表れているのかも知れませんね。
人の内面、心に関しても、新たな視点・概念・理想へのシフトが必要な時代だといえるのではないでしょうか?
諦観(評価や意味づけを捨て、ありのままを見透かす)も、理性や感情を統合した「別の馭者」あっての境地だといえそうです^^。
Commented by dryangle at 2010-09-13 09:17
ブルンさん、こちらの投稿が新しくいただいたレスに重複してしまったようです。

>一番初めの感情はきっと「他人とわかり合えない孤独感」なんだと思います。

これを人の「本源的な苦」だと考える向きもありますし、幼い頃から他者による「共感(自分の感情を認め、肯定してもらえる)」の体験が不足した場合、深まるという話もあります(ワタシもかつて孤独感に強く苛まされました)。
なにが根底、なにが一番初めと「考え」ずに、ただ表れたその気持ちを認め、寄り添ってあげてくださいね。
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