金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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被害者意識 ~エゴの特性~
このブログのキッカケともなった掲示板で、興味深い話題をみつけました。
それに便乗させていただき、こちらで少々。

ずばり被害者意識について。

統合失調症の(定型?前駆?代表的?)症状の中には
この被害者意識(被害妄想)が挙げられます。
また心理学の分野でも、マインドの一つの典型として
しばしばとりあげられています。

誰もが程度の差こそあれ、当たり前に持ちながら、気づかないうちに
自分の気持ちを拘束したり、他者との関係に不穏な影響を与えてしまう

被害者意識

これはもちろん、自(分・己)我を保つ/守る意識―自(我)意識
つまり被害者意識エゴの代表的な特性だといえるかと思います。
心の不調は自意識を病むこととも言い換えられるかも知れませんね。

ネガティブな感情を表明することは、健全な心の働き

こんなに痛かった、傷ついた、苦しかった、悲しかった、不愉快だった

これらの想いは、表現されて然るべきもの。とはいえ、
気持ちの発露は、けっして誰かへの攻撃の道具ではありません。

けれども、まず自他と区別した他(誰か)にとりあえず責任を負わせて
自分を肯定することに耽る(だからこそ、それは快感でもある)
ことを先行させてしまう。
そしてついには、調子に乗って相手からナニカを引き出そうと
「相手を操作する」までに肥大した自意識過剰は、他者に対して
圧力や攻撃となり、また他者の異なるあり方を自分への圧力や
攻撃と受けとるようになっていきます。

そうして問題の解決とは異なる方向へと双方をひっぱっていって
しまうのです。
(本当は共感して欲しかったのに、うっかり攻撃してしまって反発される^^;
前に進みたいのに、ギアをバックに入れてアクセル踏むほどの違いですね)

トラブルに際して、まず第一に見据えることが必要なのは
このような自分自身のエゴ(自意識)だといえるように思います。

たとえ悟っても、自分として存在する限り絶対になくすことはできない
自意識
この自意識というヤツが、自分という存在の総体の
一部に過ぎないと知ること
気づくことが大切。

ヤツは…恐れや不安に踊らされているのです^^;

●●オマケの話●●

こだわり・プライド・被害者意識は、精神のアキレス腱」
という言葉を目にしました。…なるほどと考えさせられています。
ふと、これに罪悪感も加わるのではないか?と考えましたが
罪悪感は言葉を換えれば加害(者)意識
責める気持ちの矛先が、他者に向くか、自分に向くかの違いが
あっても、責めるというパターンを選ぶという自我の働きが
被害者意識と同質だといえそうに思いました。
無害者でいる(誰も責めない)という新たな意識を選択した時
問題解決へのエネルギーが温存できるのではないでしょうか?

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by dryangle | 2010-12-07 20:12 | ココロのカラクリ | Comments(2)
Commented by 本間 at 2010-12-11 20:44 x
はじめまして 
とても興味深い内容です。
気持ちの発露は、けっして誰かへの攻撃の道具ではありません とても考えさせられました。
Commented by dryangle at 2010-12-12 13:18
本間さん、はじめまして。
最近偶然にも自分の中の被害者意識を刺激される出来事にぶつかったのですが、それによって同時に起こる怒りや恐れなどは「自分の内の」幻想に過ぎないということをあらためて実感する機会にもなりました。
誰かを攻撃する時、それは諸刃の剣となり自分にも傷みがある。とはいえ、守り固めてしまっては文字通り気が塞いでしまう…。
より良い別の選択肢はたしかにあるのだと思います。
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