金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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「考えない」スペースに得る気づき
移ろいゆく感情、ベースとなる痛みや怒りの塊
エナジーヴァンパイアなどといった相互の関係性
抵抗やその反応のしての思考へのアディクション
に対して、それを見つめる別の視点カタリスト
必要性、今ココにあること…など

心のエネルギーのベクトルについて、感じることを
これまで思いつくまま散漫に書き連ねてきましたが
うまく説明&表現、お伝えできないもどかしさに
歯がゆさを重ねてきました。

ところが、つい昨日(!)ネットで偶然目にした
薬によらない統合失調症の治し方という文章の内容に
自分の中に構築してきた概念の説明に近いものを見つけ
今は少し感動的ですらあります。

読んでいただけるとピンとくる方もいるかと思いますが
著者のいうところの、不調和波動や苦玉という言葉は
エックハルト・トールのペインボディやエゴに置き換えることが
できるかと思いますし、臨床の医師である視点からは
いわゆるスピリチュアリティに特化していないからこそ
リアリティを感じることができました。
今ココ(無・忘我)への導入法が、これまで知るものより
実感しやすいと思います。
(もちろん一般の精神医療や心理療法とはまた違いますが^^;※)

ごく個人的には、これまでに知る感情のリリース・テクニックや
トラウマ解消の方法の中でも、もっとも効果が実感できることや
興味のある宗教的な哲学や実践方法などと共通する部分もあり
さらに深く検証してみたいと考えています。

もともと誰にでもある忘我・無我(×夢中?)の瞬間。

ワタシがそれに気づいたのは多分小・中学生の頃でした
(もっと幼い頃は当たり前で気づかなかったのでしょうね)。
現実の重荷や苦しみに胃痛や胃痙攣を起こし、受診した医者に

「あまり、考え過ぎないように」

と言われ、どうしたら考え過ぎないようにできるか?と
さらにひたすら考える始末^^;

ただ、ある時見上げた星空の美しさへの
言葉にできないような(畏敬にも似た)感覚。
つかの間、文字通り我を忘れることができたのです。
それはリラックスした小さな癒しの時間でもありました。

星空や自然の前に自意識は不要だと、知らず知らずに
そして苦し紛れに、自意識から解放される瞬間を
探し当てていたのでしょうか…?

そうした瞬間も、年を重ねて失っていきました。
まるで自分が自分から取り上げるかのように。

時折、機上から眺める天空の濃藍色、夕日や星々に
ささやかな憧憬を感じることはあっても。

このほっこり暖かい安心感を呼び醒まし
ぜひその温もりに包まれてみて下さい。
ウルサイ批難や理屈をしばらくOFFして(笑)

きっとそれは祈りの本質

心の中にホーリースターは探せますか?
クリスマスはもうすぐそこです^^。

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※発想としては、心的ヴァイタリズム、NLPや認知行動療法の思考中断法
  通ずるといえるかも知れません。

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by dryangle | 2010-12-15 09:30 | ココロと思想 | Comments(6)
Commented by ユウ at 2010-12-17 07:59 x
私も昔何かの漫画で読みました、辛い時は空を見上げてみようというような内容。自分の悩みも大自然の中ではちっぽけだなぁと思えました!
Commented by dryangle at 2010-12-17 08:19
ユウさん、コメントをありがとうございます。
どこを向いても視線がぶつかる(しかも近距離で大抵が人工物^^;という…)世界で、見上げた空間だけは遥か宇宙へと果てしなく続いている。考えてみると、なかなかスゴイことですよね!
Commented by ハル at 2010-12-18 13:49 x
うわぁ!奇遇です。実は、私も最近”祈り”に注目しています。

村上和雄さんと棚次正和さんの「人は何のために祈るのか」という本をうなずきながら読んでいます。

「祈りとは何かといえば、私達人間が自分の内や外に存在するサムシンググレートに向かって語りかけるコミュニケーションといっていいのです。」とあります。

魂、または潜在意識を充たす作業が、自意識を解放するのではないでしょうか?






Commented by dryangle at 2010-12-18 14:11
ハルさん、お話にある本とても興味深いです。ぜひ探してみたいと思います^^
かつて手を合わせて願うということが、ただ自意識(エゴ)の欲求を確認・強化するような行為であったと、そしてそれを「祈り」と信じて疑わなかった自分がちょっと恥ずかしい^^;
今は自分の属す大きなナニカと「つながる」ことで、自意識を超えた別のソースのエネルギー(生命力?)を得ることができるのかな…?と思っています。
ワタシはとくに信仰を持っていませんが、クリスマスや新年も近い「祈り」の季節、これを機会に「祈り」を見直してみたい今日この頃です。
Commented by ハル at 2010-12-20 09:49 x
私は、”万事塞翁が馬”を座右の銘に・・・というと偉そうでが、目標(例えば、資格・職業とか、何歳までに結婚とか、絶対に子供が要るとか)というものを持たず、自然の流れで生きて来ました。

なので、私は「”祈り”は欲深いし、たとえ願いが叶ってもそれが必ず幸せとは限らない。」などと思っていました。

ただ、「マイナスの状態がゼロに戻るよう、・・・ダレニ頼んでいるのか自分でもワカラナイけれど・・・には神頼みしてもいいように思い、実行してきました。
効き目があると信じていたから祈った訳ではなく、苦しくて祈らずにはいられなかった という感じでした。

今は、自分の中に宿る魂(自分自身の様であってそうでない)をpurifiedしているつもりで祈っています。

前回、「酷い報道がとても苦痛」と書きましたが、実はそれも少しずつ克服しつつあります。(TVは敢えて観ませんが)”祈り”の手応えを感じつつあるので、事件や事故の部外者であっても、自分なりにできる事(祈り)があるから落ち着いて来たのだと思います。



Commented by dryangle at 2010-12-21 11:47
なるほど…魂の浄化ですか。
巷で信仰は「心の拠り所」などと言われますが、その対象如何ではなく、「祈る」という行為そのものが大切なポイントなのかも知れませんね。
その肉体が家に帰って身を清め、休息やエネルギーを得てリフレッシュするように、精神が帰してリフレッシュするという活動が「祈り」なのだと…ハルさんのコメントを読んでそう感じられました^^。
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