金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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今この瞬間を生きる輝き(2)
最近フラストレーションというか、プレッシャーに感じることを
自分でも「なぜだろう?」と不思議に思っていた一件があるのですが
この話題(sweetheart掲示板内のトピック)で目にした宿題という
言葉にピンときました。

それをやるという決定も、量も、期限も、自分では決められないのに
当たり前にやるべきこと

それに抗おうとすると、なぜか物事が良くない方向に展開するかも…と
漠然と想像し、心配や不安といった不快な感情に囚われてしまう。

それはそうすべき・あるべきに、自分をコントロールしようとする生き方。

それを背負い、それに追われるという体験の原風景が宿題にあるのかも…^^;

そう考えると、大人こそがある意味ではまさに宿題・課題に追われて
暮らしているといえるのかも知れませんね。

生きているという実感を記憶の中で辿っていたのですが、例えば経験も感覚も
通じない初めての異国での体験や、恋愛に夢中になっていた頃など
良くも悪くも無我夢中で、自分をコントロールするという方向すらわからず
むしろそれ自体が吹っ飛んでいたように思い返されます。

自分をコントロールしようとする手綱を手放したその活動にこそ
生きているという実感を得るのではないか?と考えるのは
大胆にすぎるでしょうか?

いつの間にか、意図的にその手綱を手放そうとすると不安・恐れ
感情がわくようにプログラムされてしまった?!のではないかとまで
考えが及んでしまいました。

今我が子に対して自分をコントロールすることを、強く後押ししているような
自分へのジレンマを感じています。
半ば脅しとなるようなことを言わないように用心しなければ…

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by dryangle | 2011-02-08 12:48 | ココロのカラクリ | Comments(2)
Commented by ブルン at 2011-02-10 18:09 x
dryangleさん、こんにちは、いつの間にか2月ですね。

集中して何かをしたり考えたりしているときは、他の事が頭に入ってこないので、そういう状態になれる何かがあるって幸せなことですね。渦中にいるときは、そんなこと意識しないけど、ほっと一息ついた時にしみじみ思えます。

sweetheart掲示板では、ココロの勉強をさせてもらってます。
私は、わざわざ「宿題」を探しに行っているような感じです。(^^ゞ
Commented by dryangle at 2011-02-13 15:34
ブルンさん、コメントをありがとうございます。掲示板の話題についても、さまざまな反応があって新鮮ですよね。いつも(心の)条件刺激と反射というメカニズムがアタマに浮かのですが、この刺激や反射が個々人によって多種多様であるということを理解することが大切だと感じます。それを反転させると自分自身もある状況や情報(刺激)に偏った反応をしているのだということに気づかされる、これもある意味「自分という手綱」を知る(緩める)ということのように思います。
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