ごあいさつ
自分を生きることに
疲れてしまったら… 心のプログラムのバグを ともに探してみましょう。 ●こちらのブログでは… 特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど、多分野から心のメンテナンスに役立つ情報を私的な想いとともに発信しています。 ↓さらにくわしく dryangleとblog金魚迷惑について ↓アメブロ姉妹ブログ やわらかこころ塾 作業用ページ(非公開) イラスト by ふわふわ。り ブログパーツ
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自身が、自分の人生ゲームの主人公だとイメージしてみると
キャラやストーリーをどのように設定しているのかが 客観的に見えてくるのではないでしょうか? 無理難題(タスク)に挑ませてばかりで、エネルギーを ひたすら消耗させる一方ではありませんか? しかもうっかりエネルギーチャージを忘れたり^^; なかなか要領良くいかないとなると、キャラに同化した プレイヤーは疲れてきますよね。 また人にはその性格の本体ともいえるその人の観念や 信念があります。 観念=出くわした物から受ける影響、と考えると 自ずとそのキャラクターが出くわすモノへの反応や エネルギーの増減といった基本設定が成り立ってきます。 そもそも背景を暗くし、(観念としての)障害物ばかり 増やしてはいないでしょうか? まさか、その場に立ち止まることさえも許さない 強制スクロールなんてことになっていませよね? もちろんキャラに同化したまま、続行することもできますが プレイヤーだということを自覚(再認識)できれば、基本の 設定自体を変更することが可能なのだと気がつきます。 プレイヤーのアナタは、そのキャラに負荷を与え 艱難辛苦を乗り越えさせていきますか? そのキャラを愛して、楽しくハッピーエンドへと 再設定しますか?…つまらない?^^: 選択のバリエーション、善悪も正しさや間違いもありません ところで。 全体のストーリーは誰が決めているのでしょう? シナリオは誰が書いているの?そもそも ゲーム自体は誰がプログラムしているのでしょうか? 神の手(運命)に委ねられている?、それとも自分? 自分が何を信じるか、それが他でもない自分の設定 それはプレイヤーどころか、プログラマーの視点を得ることも 可能だと気づくことです。 キャラクタ− プレイヤー プログラマー 自分の領域を広げてみると、ゲーム(人生)そのものを 全く違う展開にすることができるということではないでしょうか? コメントを承認制にいたしました。送信してもすぐに反映されません。 よろしくご理解ください。 非公開コメントも大歓迎です!(下の Commentsをクリック)
by dryangle
| 2011-09-07 11:19
| ココロの不調
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