金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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ちょっとショッキングなタイトルですが…^^;

お子さんの「育てにくさ」、特定の家族や身近な人への「嫌悪感」

日々の些細な出来事で積もるこれらの感情がストレスになり
トラブルを生み、周囲の関係をこじらせていくことがあります。

相手のあり方の批判ではなく、自分側の感じ方に注目して
みることで、心に目の前の問題からある程度の距離を置き
互いの心や身体を痛めつけることを防ぐことができそうです。

相手やそのあり方に怒りや嫌悪感、「許せなさ」がわき起こる
理由としてまず理解しやすいのが、それが直接負の経験として
記憶されている場合です。

過去、誰か・何かの「そういう行動、そういう態度、そういうあり方」に
親や重要な人物が嫌悪/不快感を示したことが記憶されています。

反対に嫌な人にまつわる「そういう行動、そういう態度、そういうあり方」が
嫌悪(感を連想する)カテゴリーの中に記憶されていることもあります。

少しわかりにくいのが、そのような記憶によっていつの間にか
それらの出来事自体を自分自身にも禁じている
(もしくは逆のあり方を課している)ことです。
向き合うこと自体が面倒なこと、避けたいことだと感じます。

それをわざわざ禁じる/課するというエネルギーが必要だということは
自分の中にそれに反するかも知れない自分が存在していて
それを自分が殺してしまっているということ。

誰かや何かのあり方に刺激され、殺したはずの自分が悲鳴を上げる
これが気に障る、許せなさの正体です。

たんなる怒りの他に、恨みや嫉妬に似た感情が混じるかも知れません。
この傷みが、ある意味自分のコダワリや呪縛になっているのです。

これを解き放つには、その時々たんにそれと気づいていること。

これが私には許されなかったことなんだよなぁ
これこそ私が自分自身に許せないことなんだぁ
そりゃぁ腹も立つわ…のように
(かつてマンガを規制されたことが、わが子に対してはゲームを
嫌悪するというような置き換えによる差異はあるようです)

自分の内で理解し、真正面から見据えているということです。
無視をし続けると、鬱や無感情につながることも^^;

その反応を心から差し引き、今現在の問題とその相手の心情
(相手の感じ方や主観)を率直に受け入れる
ことで、双方の
気持ちが通い
、納得や合意につながりやすくなるように思います。

相手の側でも同じようなカラクリが作動しているはずですが
どちらか、誰かが気づくことによって、相手の反応との干渉も
静まりやすくなります。

それがあまり気にならない、大したことではない、気楽に取り組める
(放っておける)
というのが、誰かと互いに心を開いて通わせ合える

ニュートラルな心の状態

あらゆることに対して、そうあるようにできることが心の平安
それはある意味で殺してしまった自分を救うことなのかも知れません。

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by dryangle | 2013-05-23 14:19 | ココロのカラクリ | Comments(0)
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