金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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季節がら、家族や近い関係の人々とじっくりと過ごす機会や
時間が増えているのではないでしょうか?

家族(親やパートナー、その他の人間関係にも置き換え可)
言動に悩まされたりしていませんか?


ヤッカイな、重たい、冷たい、嫌味な、辛辣な、高圧的な、イジケた
しつこい、押しつけがましい、恩着せがましい、媚びるような
とりあわないような、無視や拒絶をするような…

以前は他でもない「自分の存在を認めてほしい(サビシイ)」という
アピールだと頭では理解(我慢?)して、ほどほどに受けとめたり
聞き流したりすることが最善だと考えていました。

が次第に、耐えがたい嫌悪感に発展し拒否感や反抗心(怒り)が
わくに至り、とことん自分のそれと向き合って考えてみることで
いくつか気づいたことがあります。

まず相手の側に、こちらに対する嫉妬心や対抗心、侮蔑感といった
つまりは悪感情があったということ。
言葉の裏に含んだり、巧みに矛先が違うように見せかけ、結局は
こちらに「批判、否定」というネガティブ攻撃を仕掛けているのです。

とくにそれが親である場合、自分の存在や価値を認めて欲しい
気持ちが下位の存在(子ども)に対しては「自分(親)の権威を保つ」
ことにすり替わり
そのまま相手と「対等になる恐れ」を呼び起こします。
それは自分の存在価値が(感じられ)なくなることへの恐れであり
下位と位置づけた存在(子ども)への批判、否定や、エスカレートすると
なじり、けなし、侮蔑がしつこくなるように思います。
さらにはワタシも経験したような過剰な折檻(虐待?)にまでも…
(もちろん親子で立場が反転する場合もあります)

それは、ある意味でその人の自分に対する甘え
つねに「自分の側が承認されたい(守られたい、重要でいたい)立場」
を保ち続け、それを相手(子ども/親)に要求するというもの。
だからこそ「相手(子ども/親)側の弱さや甘え」をまったく拒絶します。
知りたくない、聞きたくない、応えたくない、共感しないといったことが
起こる説明としてピンとくるのではないでしょうか。

さらに仕組まれた、こちらの側で反応する「罪悪感」に似たような感情。
申し訳ないような、自分が今のままではいけないような、なにかを要求
されているような、相手(親/子どもの期待)に応えなければいけないような…
また比べられ自分が劣っているような「恥」に思わされる気持ちにも
大変不快なモヤモヤ感があるかと思います。

それが漠然としていればいるほど、重苦しさが後々まで残されるように
感じます。

だからこそ、こちらの側も「自分の存在を認めてほしい(サビシイ)」
「心の支えや温かい励ましが欲しい」といった気持ちがつのるのは
必然
自分がそんな気持ちでいっぱいいっぱいだとしたら、相手のそれを
受けとめる余裕なんて持てないのは当然ですよね。

大人になったからといって、周囲の相手の甘えを受け容れられるほどの
心の体力(包容力)が育ってないというのが実情ではないでしょうか。

親の側の「承認や甘えることへの心の飢え」と要求の仕方
悲しくもそれを同じように受け継いだ子の側と
ない者同士が求め合うという葛藤が起こります。

親はかつての子であり、子がまた親となり
世代連鎖するごとにさらに飢えていく心。

メンタリティというのでしょうか、そのようなモチベーションを仕掛けて
自分ばかりか他人を動かしているというカラクリがお互い(社会?)の中に
あるのではないかと思います。

この背景が文化的なものだとしたら、ちょっと…ですよね^^;

こういった関係が煮詰まると、自分を追い詰めてまいってしまうばかりか
相手を追い詰めるか、衝突するかといった展開になるように思います。

それを避けるためには、相手との物理的距離ばかりではなく
その関係性との「気持ちの距離」を置けるようになること
必要ではないかと思います。

いわゆる「負のコミュニケーションパターン」を見抜けるようになること。
こちらの心が重荷や反応で辛い時には、可能な限り相手との接触を
避け、その重荷や反応を自分の内側の抵抗と見据えること。

自分自身も子育てをしながら、子どもの甘えやあり方を受けとめられない
(抵抗を感じる)自分の器の小ささにイヤというほど出くわしました。

だからこそ「親=絶対上位=安心して頼れる甘えられる相手」という
幻想を捨ててみると、自分が親としても謙虚でいられますし
今の世代の「苦しむ子ども達」の実像も見えてくるように感じます。

自分に押しつけられた役割、相手に期待する役割から互いを解放すれば
―少なくとも「そうあろうと意識する」ことさえできれば―相手にも自分にも
少しは気楽に、やさしくなれる、満たし合う関係に近づけるかと思います。

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by dryangle | 2013-08-15 10:00 | 親子の関係 | Comments(0)
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