金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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・「孝行」とは~そこに愛()はあるのかい?~

親孝行はどうも儒教の言葉らしいよ…くらいは
たいていの人が知ってるのではないでしょうか?

家庭内の道徳(徳目)とされる孝行、「孝」を行うことの
「孝」とは親によく服従すること。使えること。
この「孝」は「孝梯」とペアになっており、「梯」の方は
兄によく使えること。
とされます。

「梯」については、不梯という言葉すらピンとくる人が少なく
なってきているにもかかわらず、「親孝行/不孝」については
縛られている人が多いのはなぜなのでしょうか?

儒教では「孝梯なるものはそれ仁を為す本なるか」
とあり、あくまで「」をなすための道徳とされます。
そして最重要目的の「」とは、親愛の情であり、やさしさ
思いやり
なのです。

そのような心情に裏打ちされていない「孝」とは
支配のため、服従させるために使われた大義名分
他ならないのではないでしょうか?

・他者の心を操作しようとする人
~心は要求し合うのではなく交流し合うもの~

さまざまな理由によって自分や人生に
自信のない親、心の残りのある親、不安の強い親
どうしても子どもを操作しようとしてしまいます。

自分を通すことで欲求不満を解消するのです。

権威や力(脅し、恐れさせる)、恩着せがましさや弱々しさ、愚痴
(罪悪感を持たせる)、正論や詭弁(不安にさせる、混乱させる)
などといった方法を常套手段として。

親孝行/不幸の概念や美談は、もはや社会通念ともなっており
その権威を補強するための強力な支えとなります。

自分のしたいようにする、自分で決めることは我儘であり
親や誰かを裏切ることだと思い込んでいませんか?

子の側への効果は真逆で、やさしさや親愛の情が育まれることなく
感謝という喜びを持てないことに悩み、親に対して
つねに抱く「してあげられない」罪悪感に苦しめられます。

したらしたで、その成果を自己満足の手段にすり替えてしまう
(罪悪感の穴埋めにする)ことで自分の欲求不満を果たそうとします。

の気持ちが育まれないどころか、服従/操作プログラムだけが
セットされ次世代へとリプリントされていく。

まずは、自分や他者に対する愛や信頼を築かない限り
真の親孝行は当然叶わないものに思えてなりません。

見直しを求められる「道徳」が、真の意味で理解されることを
望むばかりです。

親孝行が義務感でしかない人、親不孝に苦しむ人
それらを認めることに抵抗のある人

誰かを(に)どうするべきというような「カタチ」ではなく、どうか
誰かをどう想う「心」の正直なあり方に目を向けてみてください^^

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by dryangle | 2013-11-26 11:58 | 親子の関係 | Comments(0)
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