金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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We are dominated by everything with which our self becomes identified.
(Roberto Assagioli)
私たちは自己が同一化しているすべてのものに支配される。

トランスパーソナル心理学の代表的な心理学者、またバイオシンセシスの
創始者として知られるロベルト・アサジョ―リの言葉です。

思い浮かぶ例としては…例えば「日本人」というアイデンティティ。

自分=日本人=自分までに自分がそれと同一化してしまうと
まったく関係のないところでも日本(人)が侮辱されようものなら
私(自分)が動揺したり、憤ったり、傷ついたり。

まさしく「日本人であること」に支配されてしまうのです。

たしかに日本人のカテゴリーには入るけれど、それは自分の一部に過ぎず
けっして全てではないですよね。
(もちろん時代柄、「ほぼすべて」といった人もいたことでしょう)
ましてや「日本人はすべて自分」ということはあり得ません。

女性であること。母親であること。妻であること。△△という信仰を持つこと。
○○(親や家)の娘であること。××(職業や肩書)であること。
□□(組織や集団)に属していること。

また努力家や苦労人であること。頼りになる人、しっかりした人であること。
反対に、不運な人、なにもかもうまくいかない人であること。
といった自己イメージ

さまざまにあるアイデンティティのどれかに過剰に自己同一化してしまうこと
により、「そうあること」に振り回され、苦悩を生みだすのだとアサジョ―リは
考えたようです。

冒頭の言葉にふれた時、じつは個人的にはけっこうガツンときました。

たしかに私の問題は「そういう私であること」に縛られることから
起きているんだな~!!と。

そして脱同一化(disidentification)こそが、そこから抜け出る方法だと
アサジョ―リは言います。

それは「日本人」の例でいえば

私は日本人であるけれど(というラベルや個性を持つけれど)
私がすべて日本人(ラベルや個性そのもの)であるわけではない。

こんな言葉によって、自分から日本人をペラッと剥いでみる

私は母親であるけれど
私がすべて母親であるわけではない。

(英文では、I have feelings and emotions, but I am not my feelings and emotions.
のようにhaveとamによって区別をつけます。)
ニュアンスが伝わるでしょうか?^^;

日本人を剥いでも、母親を剥いでも、すべて剥ぎ落しても
やっぱり私は今ここにいますよね。

こんな言葉が自分の緊張を解きほぐすための良いツールになるかも
知れません。
行き詰ったら、自分が何に固着しているのかに目を向けてみませんか?

イソップ童話のカラスのようにいろいろな鳥の羽を探して
たくさん身につけてみても…
そんなオシャレもけっして自分の本質ではありません。

I am I, a centre of pure self-consciousness and of will.
本当の私は何者でもない、たんに私という意識そのものなのです。

参考:The Disidentification Exercise

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-07-04 14:01 | ココロのカラクリ | Comments(0)
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