金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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しつけ?虐待?~閉じ込め・追い出し・置き去り
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虐待によって悲惨な結果にまで至らしめた親や教師、上役の
供述や釈明として必ず報道されるお決まりの文句。

しつけのつもりだった。

違和感を感じざるを得ません。

今では「虐待」という言葉が一般的になりましたが、虐待としつけの
ボーダーラインを明確に区別できる人はどれほどいるでしょうか?

しつけの定義らしきものを探せば「規範の内面化ができるように
訓練すること」がもっともそれらしいのですが、その技法としての
賞罰、とりわけ罰のあり方が、虐待の定義のそれと重複します。

ちなみに日本の厚労省の虐待の定義の中の「殴る、蹴る、閉じ込める
食事を与えない、言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い」
などは、しつけの技法の罰として当たり前に行われています。

罰によるしつけは、前回話題にもした「脅迫による(それを行う人の)
規範の内面(強迫)化
」といえます。

規範そのものの価値観の違いや罰の程度感覚など、個々に違うにも
関わらず、親や教師、上の立場という権限に放任されたままなのです。

「閉じ込め・追い出し・置き去り」は古典的な罰(お仕置き)ですね。

以前の在住国で、叱られて締め出された子が一時行方不明になり
大騒ぎとなりました。幸い大事にいたらず無事に見つかりましたが
知人家庭でしたので強く印象に残っています。

それらは直接的な体罰にあたりませんが、意図的であってもなくても
そこに成長期のタイミング、さらに身体的・精神的な恐怖体験が加わると
規範の内面化どころか不安障害や恐怖症などのいわゆる神経症
(正式な病名ではありません)の原因ともなり、将来にわたる苦しみの
キッカケになりかねません。

内面化するものが、閉所恐怖といった五感で刻んだものへの恐怖感
また漠然とした見捨てられ不安・置き去り恐怖など、成人してからも
意識の奥底で自分を不快に縛るようになります。さらに厄介なことに
その縛りが、次世代他者の自由に過敏な拒絶反応を起こすことで
しつけまがいの虐待(虐待まがいのしつけ)につながるのです。

個人的には、行う側が感情的になったり理性がふっとんでいる時点
それをしつけと呼んではいけないと考えます。

そこには必ず行う側の受けたしつけの焼き直しという側面があります。

親や教師、しつけを行う側の心の傷という根源の闇に切り込まない限り
この問題と当事者の心身の苦痛の火種は残り続けるのです。

負の感情発作として定義されケアを必要とするという認識の普及が
急がれます。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。

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by dryangle | 2016-04-12 12:29 | 親子の関係 | Comments(0)
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