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金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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心理的な癒着だの、依存だの、イメージとしては理解できるけれども
実際にはどんなメカニズムなのだろう?なぜそれが起こるのだろう?

認知科学的な感じ方のクセなのだという説明は、理解しているつもり
なのですが、似た物事に対してもポジティブな印象を持つ時となぜか
ネガティブな気持ちになる時があるということがあります。
物事や状況、そして自分も当然その時々千差万別だからということで
納得してきたのですが、そこの関係性のメカニズムがつかみきれない。
どうにも釈然としない…なぜ?

気がつくとそんな問いかけを頭の中でグルグルと繰り返していた昨今
たまたま多分中学くらいの物理の実験でやりそうな共振や共鳴の実験
を見かけました。

物体の持つ固有振動数と同じ振動を外部から受けると大きく振動する
現象を共振(音であれば共鳴)という。


???…!!!

心というか、認知や感情の反応の微細なレベルでの現象としては
わりかしそんなカンジ?、もしかしたらエネルギー量子次元の話?
(いや、電波とか波動とかいうジャンルは食わず嫌いなんだよな…^^;)

むしろ。
その個性や性格、性分をその時々変化に共振する固有振動数の種類の
習性パターンだと考えてみたら?

一般には楽しいと思われる状況で、楽しさや喜びを感じられない自分。
それがその振動数を持ち合わせていないから、状況に共振ができない
のだと考えると、妙に腑に落ちたのです。

半面、負の思考傾向や感情の反応の振動数は多彩に持ち合わせている
記憶に刻まれている。

その人その人、これまで出会った人や状況という経験から刻んできた
ものは、それぞれに異なるでしょう。

とくに人と人の心理的な癒着関係ともなると
負の振動数で強く共振し合うことで心の取引関係を結ぶ

これらを変える、絶つための、もしくは共振しないためのアイデアを
考えていきたいと思います。

仏教的には? 因=固有振動数、縁=外部の同じ振動数、果=共振・共鳴
自分の因を変えない限り、縁を切ってもまた似た縁と結び果は変わらない?

…そんなことを思いつくままに書いてみました^^

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。
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by dryangle | 2016-08-30 12:39 | ココロと思想 | Comments(5)
Commented by 餅子 at 2016-08-31 00:36 x
はじめまして。幼少期から感じていた家族間の緊張や自己肯定感の低さなど、色々と問題があり、dryangleさんのサイトで書かれていることを読ませていただいています。多岐に渡る分野から、これだけ咀嚼してことばで伝えていらっしゃること、わたしはdryangleさんのブログに、光へつながるものがあると、思っています。


今回の共鳴の話ですが、疑問に感じてきたことと繋がるのか分かりませんが、是非ご意見伺いたく書かせていただきました。


私は、嗤い(表面上は笑いの形をとって)の対象にされたり、私の服装にダメ出しされたり、同じ病を抱える人から「わたしのほうがあなたよりマシ」と言われたり、ーと、ナメられることがしばしばありました。
大概、その相手も自己肯定感が低い人たちでしたが、誰にでも、ではなく人を選んで言う、その先に選ばれたのがわたし、のようでした。
これは、無意識に自己肯定感が低いもの同士、結びつきやすいということなのでしょうか。それこそ似た波動を持つ、というように。
また低いもの同士で、こちらが言われる側に選ばれるのは、私が無意識に下であることを認めているのだろうか、と考えています。昨今のスクールカーストやいじめ問題に繋がってくるのですが、舐められやすいからくりがあるのでしょうか。私の容姿や雰囲気が相手に優越感を与えてしまう一因なら、致し方ないのですが。
もし、何か考えるヒントや、dryangleさんの見解があれば、是非聞かせていただきたいです。
Commented by dryangle at 2016-08-31 12:59
餅子さん 初めまして^_^

まず大前提として、問題やトラブルの「被害者側にも原因がある」という
ことが主旨ではないことをご承知くださいね。

「類友(類は友を呼ぶ)」という言葉以上に、「関係の傾向性」はあると
誰しもが経験を通して実感しているのではないでしょうか?

ややこしいかも知れませんが、私達すべてが何らかの能動者であり受容者
であるとすれば、どちらも多様でその傾向性が噛み合った時に関係が成立
するといえます。
学校なども、たしかに似た傾向性の交流が集まる「場」なのではないかと
感じます。

心理学の説明では、自分が「同じ感覚や信念」を持ち合わせていなければ
反応し得ないとされます。餅子さんの場合でいえば、ご自身のご自分への
評価がまるで異なるものであれば、相手の嘲笑や卑下が全くピンと来ずに
忘れ去られていくということです。

おっしゃるように、劣等感や優越感を抱くポイント(価値観)が共通して
自己肯定感が低く、なおかつ餅子さんの方が自省的なのかも知れませんね。
相手は、餅子さんが他者をナメたり傷つけることがないことを、自分側の
劣等感が刺激されないことを見抜いているのだと思います。
もしも餅子さんが同様に相手を扱ってみたら関係性は劇的に変化します。
良い方向性であるかどうかは保証しかねますが´д` ;

dryangle
Commented by dryangle at 2016-08-31 16:18
餅子さんへの補足です。

上の話と共通しますが、他者の言葉で自分に刺さるものは
自分の「自身に対する言葉の代弁」である場合が多いです。
自分を責めている人は、他人からも責められがちであると
いった具合に。
そこにはオドオドビクビクした「これではイケナイ」という
空気感(それこそ固定振動数?)があり、それに共振する人
が「それではイケナイ!」と証明するような…

逆に自信が誰かからのホメ言葉や好成果につながることも。

根拠や努力なんていらないんです。きっと。
まずご自分が、自分を低く見積もるのをやめてみてください
^_^

dryangle
Commented by 餅子 at 2016-09-15 16:59 x
dryangleさま、質問に答えていただいてありがとうございます!
サイトを見るのが久しぶりで、お礼のコメントが遅くなってしまったこと
申し訳ありません・・・。

似た感覚を持ち合わせていたんですね…。
自分に突き刺さることば=自分が思っていることが多い
というのは、振り返ってみても思います。
なんだか最近、本当に存在に対する自信がないんだな、と自分自身に気づかせられることが多くて、こんな風に人生生きたいわけじゃなかったのにな…と。

根拠がない自信を持つ人がどうにも不快、かつ不可解だったんですが、
それを持ってない自分のほうに問題があったのか~と
天地がひっくり返った感じです。

現実があるから低く見積もる
じゃなくて
低く見積もっているメガネで物事を捉えている
ということなのかと最近考えています。

これからも記事を楽しみにしていますね!



Commented by dryangle at 2016-09-15 23:49
餅子さん

問題だと受けとめるだけではなく、視点を換えた新しい自分との
出会いを少しづつ楽しむくらいでいてくださいね^_^
またぜひご意見やご感想をお聞かせいただけると嬉しいです。

dryangle
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