金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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暗い時間が長くなるこの季節は巣ごもりしたくなります。
自然と読書の時間が増えるのですが、この頃は宗教や哲学
分野の世界観を人の心の世界に翻して解釈してみる*ことに
面白さを見い出しています。

仏教にはもともと哲学や心理学ともいえそうなディテールが
あります。
渇愛によって生じる苦からの解放を目指すための方法論
である仏教。
その渇愛(愛、執着)はつねに満たされぬ想い(不満足)
であり根本の欲ともされます。
バッサリとハショると「まずはその法則(縁起)を見抜けよ」
という話(如実知見)が基本となります。

以前どこかで、動機の(とくに他者や集団の理不尽なルール
要求や期待に自分を抑えて従う)根底には親への求愛行動
あるのではないか?という話を見かけ、その言葉がやけに心
に突き刺さり頭に廻っていました。仏教の渇愛という言葉と
親から周囲の人、社会へと拡大した重要他者を軸としてその
価値基準や承認に反応・行動してしまうのはある種求愛行動
ではないのか?との考えのイメージが符合したのです。

永遠に満たされることがなく
それが苦(悩)を生み出していく。

いや、ホント、マジで。

そういえば、昔とにかく知識のために「読み倒した」聖書で
異質(今思えば仏教的?)な香りのする文章があったことを
思い出し、探し出してみました。

以下は旧約聖書、コへレトの言葉(伝道の書)から抜粋です。

あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそう
を食べる国よ、あなたはわざわいだ。
あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく
力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたは
さいわいだ。(第10章:16,17)

この「国」を自身、「王」を自分の心を司るものだと解釈したら
どうでしょう?

ちなみにわらべという言葉のヘブライ語には、あやつり人形や
奴隷の意味もあるそうで、懐柔されている王によって国の災い
が起こるように、懐柔されている心によって自分の世界の苦悩
も起こるのだと考えてみると興味深く感じます。

自主は言葉通りの意味の他に、知恵や神を畏れる心という意味
らしいのですが、自分という存在の奥底の意識やその本心だと
読みとってみるとさらに意味深ではないでしょうか?

今よく耳にするようになった自分軸という感覚。

むやみに探すよりも、他者(やその価値基準)の承認を求める
ものでないかどうか?
を見極め、削っていくと見えてくるかも
知れませんね。

そこには状況や成果に左右されない、今この私の揺らがぬ満足
がありそうです。

…あなたのその「やさしさ」も求愛行動ではないですか?

*
あくまで素人のごく個人的な浅知恵による解釈に過ぎません。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。
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by dryangle | 2016-11-26 15:05 | ココロと思想 | Comments(0)
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Illustration by ふわふわ。り