金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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「意味づけ」の生き物 …人間
最近、流行りのスピリチュアル。その中に貫かれている思想は

「人生に起こることにはすべて意味がある」

という考え方です。

これに伴って、生まれ変りといった輪廻転生などの話題が
豊富に出回ってきましたが、私たち日本人にはかなり馴染みのある
死生観ではあるのですよね。

インドでは、バラモン教(古代ヒンドゥー教)を土壌にして
仏教(ブッダの教え)が起こったのですが、のちのヒンドゥー教にも色濃い
「輪廻転生(生死が、解脱のない限り永遠にくりかえされる」の思想の影響を
受けざるを得ませんでした(ちなみにヒンドゥー教では、ブッダも神々の一人)。

これがそのまま、小乗仏教(実際にはブッダの行った修行を行う教え)社会の
在家信者による「後生のために功徳を積むというあり方」につながっています。

じつは、ブッダ自身は死語の世界や輪廻転生について、具体的に
説かなかったという通説があります。

ワタシは、ブッダはすでに既存の言葉(通常の人の概念)を超越した世界観を
得ていたのかも知れない…と勝手に想像していますが、龍樹の『空論』など
後世の弟子や僧の解釈によって時空を越えた次元の思想へと変遷していきます。

ご存知の通り、大乗仏教は北伝し中国を経て日本に及びます。

その一部である浄土教は、日本では「念仏によって西方極楽浄土へ往生すること
をねがう」という意味づけがなされ、これが「死後のイメージ」と結びついた
ために(そしてその教えは広く流行しました)、日本人に「生まれ変り(輪廻転生)」
の観念が根付いていることはなんの不思議もないのですよね。

これに対して仏教の中には、わざわざ「現世往生・現世成仏」などという言葉が
生まれ、成仏(解脱)は「(過去・現在・来)世」にこだわるものではない
と説かれていくのですが…。

と、信者でもないのに延々と説明してしまいました^^;

ワタシ個人は、仏教の中の、絶対の価値さえも否定してしまう「空」という
概念をとても気に入っています。

物事になんらかの価値があるとすれば、それは人間の意識が創造したもの。

つまり「意味づけ」ですよね。人間にはそういった能力があるのだと思います。
この「意味づけ」は、生まれてこの方得てきた観念や思想・価値観によって
無意識的・意識的に行われるものですが、これが反対にヒトを縛って苦しめる
こともあり得ます。

これが、普段つらつらと考えている「心のあり様」と妙に符合するので
興味深い限りです。

各信仰の教えから流行のスピリチュアルまで、それぞれの人が、その思想や
世界観によって、自分の人生に「意味づけ」をしていきます。

これによって癒されたり、救われたりする、つまり「心の拠所」となり得ることが
それらの思想や世界観の本来の存在意義なのではないでしょうか?
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by dryangle | 2006-11-28 15:51 | ココロと思想 | Comments(0)
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