金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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●追記● Jan. 22 '13
ここ最近「体罰」というキーワードで検索されて、この記事を
読まれる方が多いようです。
体罰を苦にした高校生の自死という悲しい出来事が世間を
騒がせていますが、いわゆる体育会系的な指導について
あらためて考えてみました。…→読む


しつけのために子供を叩くか、叩かないか賛否両論ですね。

価値観の違いという二極論にして片づけてしまう前に
ぜひ、しっかりと検証してみてください。

とくに、言葉による理解やコミュニケーションが未熟なお子さんの場合
その行動をコントロールする手段としての体罰は非常に効果的です。

叩くしつけ肯定派の方々が口を揃えておっしゃることは
口で言ってもわからないから、体に覚えさせるということですが

まさしくその通り!罰(痛み)を受ける恐れによって
行動を規制させることが他人をコントロールする最も効果的な方法
だと誰もが経験的に知っているのです。

この点で、その時の結果だけを見れば体罰が子どものしつけに有効
だという言い分は間違っていないのです。

成長してから「あのとき親に叩かれて(力による規制が)よかった」と
言える人は全般的には親子の関係が円滑であり、現在その人が
幸福な状態であるからだといえます。
もしくは、親や自分の行為を強迫的に肯定しようと
観念にすり込まれている
か…

専門家の間では、前者は非常に幸運な例外とされています。

多くの場合において、叩かれたことは、恐怖と、屈辱と、怒りと、そして
「自分が悪かった」という自己否定の習慣が感情とともに刻み込まれます。
とくに長期記憶の成立しない年齢では、その後にその事柄をふり返って
それが親の愛情による行為なのだという意味づけを行うことができません。

後になって、自己肯定感が得られないことによって精神の不調を訴える
こととなる原因ではないか?と考えられているのです。
これは体罰に限らず、言葉でひどく責める場合も同様ですね。

また、しつけや怒りの表現としての肉体的(&精神的)罰を受け手としても
また自らが行い手としても容認させられるという側面があります
(これが前述の観念へのすり込みです)。
将来、DVの加害者や被害者となってしまう精神的背景につながりかねません。

想像ですが、叩くしつけ肯定派の方は、ほぼ例外なく叩かれて育った
のではないでしょうか?

戦争やテロなど、大きな規模で起こる悲劇的な暴力までも
感覚的に容認できるヒトがいることも理解できるような気がします。

この世界から暴力を絶やすには、個々の家庭内においても
非暴力主義が実現されることが、重要なのではないでしょうか?

ガンジー並の精神力が必要かも知れませんが…(〃´o`)=3

罰を怖れる(怒られるから)という動機ではなく、自らの意志に
よって行動を律する
ことのできる子供に、そして人間に
育っていって欲しいと思います。
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by dryangle | 2007-03-15 10:28 | 子育て・教育 | Comments(9)
Commented by こひつじ at 2007-04-13 09:42 x
子育てネットから飛んできました。(子育てネットにコメントありがとうございました。)

以前、虐待された子供を保護するNPOの活動を紹介したテレビ番組を見ていました。その中で「以前は自分も子供に体罰をしていたこともあった」と答えたベテラン職員にインタビュアーが「今は体罰をどう思っていますか?」と聞いたところ、ぽつりと「虐待でしょうね」と答えたのが、印象に残っています。なぜそう思うようになったのか、知りたかったけれどそこまでは話が及びませんでした。

「言ってもわからない」というのは、コミュニケーションの努力を放棄した都合の良い言葉のようにも私には思えます・・・。
Commented by dryangle at 2007-04-13 12:14 x
こひつじさん、コメントをありがとうございました!

子育ての思想にも潮流があって(多くは欧米からの輸入ですが)、ごく最近までは「自立」を優先することが重要とされ、赤ちゃんが泣いてもに抱き上げないような、厳しさと躾を重んじる子育てが日本でも主流でした。
体罰がそのテクニックとして肯定されることもあったようです(かつてのイギリスの「ムチの教育」も有名ですね)。今、母親世代の多くの人々もそのような傾向の関わり方をされてきたように思います。
ボウルビィという人が唱えたいわゆる「アタッチメントの不足」が、その世代の心理的な不満の奥にあるのかも知れません。
体罰が次には、とくに不満を募らせた人の感情の発露としての暴力の隠れ蓑になっているとしたら…『悲劇』以外のなにものでもありませんね。

暖かいコミュニケーションを知ることに、努力の必要な人がいることは現実だと思います。それに「気づく」までには、周囲の働きかけや本人の意識のによる長い過程が必要なのかも知れません^^;

Commented by ハル@米 at 2007-04-18 00:17 x
あくまで、個人的な話ですが、私は3歳位までは子供を「怒れなかった」です。感覚がとても鋭そうで(これは、3歳以下の全てのお子様に対して私が感じる事です。)、自分の言動が100%相手に”浸透”してしまいそう(魂に響きそう)で・・・。「忍」の一字で、極々冷静に対応し続けたつもりです。そして、言葉を自由に操るようになるにつれ、子供が人間に近づいて来ていると感じました。今(5才)は、大きな声で叱る事もあります。ただし、失敗を怒ることはしません。自分の希望を通す為にごねる(whining)なんて、うんざりですから、かなり厳しく言います。(得する事は無いと説明する)

沢山の方がおっしゃっていましたが、自分の子を良く良く”見る”事が肝心なのではないでしょうか?それと、人のアドバイスを「実際に参考にする」前に、まずはその子供(結果)を見ることが肝要かと存じます。(サイトなどで他の方の意見を聞いてみるのは有益だと思います。でも、身近な人が、自分の結果は棚に上げて”自分の手法”を押し付けて来ることってありませんか?その辺りの情報をいかに有効に取捨選択するかも親の器のうちだと思います。
Commented by dryangle at 2007-04-18 11:20 x
本当におっしゃる通りですね。ワタシの経験で言えば、3歳位までは「怒る(叱る)必要性」がなかったような気がします。故意や悪意でなにかを働くということはまずありませんから、危険なものやさわられて困るものを一切片づければ(いろいろと工夫が必要でしたが)ファクターそのものがなくなるのですよね。
周囲は日本よりも「子供の居場所」が確立(容認?)されていますし、おかげで「この世」に好意的な印象を持つことができたように思います。
言葉が発達してからは、whiningや駄々こねには(それこそ「忍」の一字で^^)反応せずに、リーズナブルな話には耳を傾け最大限受け入れるようにしたところ、気持ちを言葉で伝える努力もしてくれるようになりました(この努力はオトナの側も必要ですね)。
現実には、家族お互い怒って腹を立てたり、感無量で泣いたり、言い合いをしたり、感情の出しまくりですが、オープンでフェアな関係が築けているように感じています。
すべてがオリジナルですからね。マニュアル生産というわけにはいきませんよね。こちらも謙虚に「親の器」を磨き続けないと。
Commented by だめ親 at 2007-05-25 11:16 x
私が、ここで語られている暴力をふるってしまう親、です。
最近では、かなりの形相で、二人の子供をどなりつけ、脅しています。
「さっきから、何度同じ事を言えばいいのか!」という具合に。
手もあげるようになってしまいました。

今日も、下の子(2歳半)が車で騒ぐので、車を止めて、「ウルサくすると運転できないから、あなたを降ろす!」と、車を止めて、ドアをあけ、すごい剣幕でどなりつけました。そして、トイレの床で四つん這いになった上の子(4歳)の背中を、自分でも驚く程の力で反射的にひっぱたいてしまいました。

長い一日、子供の為に朝から晩まで動き回って疲れ果てている中、
みなさんはどのようにしてクールを保つのでしょう。
平常心を心がけているつもりですが、最近は自分のリミットをひしひしと感じます。

親のようになりたくない、、と思いつつ、結局似たような母親になってる自分。
いっぱいいっぱいで、子供に感情をそのままぶつけてしまう自分。

子供が寝た後に、お手本通りの子育てをしている方達の意見にふれると本当に情けなくなりますが、同時に、不思議にすら思ってしまいます。
Commented by dryangle at 2007-05-25 15:22 x
驚かれるかも知れませんが、かつてワタシは「子供は動物と同じ。叩いて育てるモノ(気に入らない部分は早めに剪定しろと「盆栽」にも例えていましたっけ)」という親の屁理屈に納得していました。今思い返せば、すべて親の「感情爆発」のターゲットになっていただけなのですが。
だめ親さんが「お手本通りの子育てをしている」と感じる親御さん達にも、さまざまなパターンがあると思います。自分の親から自然にその育児を学ばれた方もいらっしゃるでしょうし、結果としての自分を反省して自分の親とは違う子供への接し方をしようと決心された方もいるでしょう(ワタシは典型的後者ですね)。
後の場合には、自分の心の中に封じ込めた(まだ意識していないままの)親への怒りや憤り・従属感や屈辱感が、その決心に立ちはだかる大きな障害になります。だめ親さんも「リミット」や「いっぱいいっぱい」と表現されていますが、きっとそういった感情が心の中にマグマのように渦巻いていて、ささいなお子さんのふるまいに反応して噴出してしまうのではないでしょうか?(続きます)
Commented by dryangle at 2007-05-25 15:24 x
(続きです)
他にも人間関係(たとえば夫婦の関係など)の中で、怒りやモヤモヤを溜め込んではいませんか?その存在を認め、探し出し、吐き出してみることで、心の状態が変わるように思います。ワタシ自身も、その「心の傷の膿」を長い時間をかけて出し切る努力をしてきました。暴力をふるってしまう原因が相手(子供)の行為にあるのではなく「ご自分の心理」にあると気づいておられるのですから、そのパターンを変える糸口はすでにつかんでいらっしゃるのではないでしょうか?
吐き出したい想いに気づいたら、いつでも書き込んでいってくださいね^^
Commented by だめ親 at 2007-05-26 11:36 x
dryangleさん、早速のお返事有り難うございます。

昨日は、自分の行為に落ち込んでいる中、こちらを拝見して書き込みをしました。多少、誰かにすがりつきたい気持ちがあったのかもしれません。
>親への怒りや憤り・従属感や屈辱感が、その決心に立ちはだかる大き>な障害になります

確かに、そうかもしれません。
母親との関係は(ありがちですが)、かなり複雑だったので学生時代に随分とカウンセラーに通ったものです。
自分の中では、ほぼ解決されたと思ったのに、子育てのように、自分の学習してきた事を少しづつ切り取っていく---というか、なぞっていく作業では、コアな部分が露呈してしまうのかもしれませんね。
非常に分かり難いであろう表現で申しわけないのですが。

自分の中に渦巻いている感情について、ちょっと考えてみます。
あまり長いレスをつける余裕がないので、また数日後、立ち寄らせて下さい。

>吐き出したい想いに気づいたら、いつでも書き込んでいってくださいね

ありがとう!!

Commented by dryangle at 2007-05-29 00:43 x
>子育てのように、自分の学習してきた事を少しづつ切り取っていく---というか、
>なぞっていく作業では、コアな部分が露呈してしまうのかもしれませんね。

この部分、とても実感できるような気がします。たとえ「意識」が理解し納得したつもりでも、(大脳辺縁系が司るあたりの)感情の記憶との結びつきを絶つことは簡単ではありません。
些細な一つ一つの出来事に、自分でも意外な強い感情がこみ上げて驚くこともあるのではないでしょうか?
これまで歩んできた感情の記憶と向き合うことになる子育ては、自分自身の「育てなおし」の大きなチャンスともいえるように思います。
お気持ちが落ち着かれているといいのですが…

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