金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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痛みの記憶
失ったはずの手足が痛む幻肢痛や、原因不明の慢性痛。
最近これらの不思議な痛みのメカニズムが解明されてきました。

それらは神経や脳に痛みの記憶が刻まれてしまうために
起こるとされていますが、強い痛みを感じたままの状態が続く
こと
、つまり刺激の継続によって痛みの記憶が作られるそうです。

またその痛みは些細なキッカケで再生し、痛みの再生が
繰り返されることによって、痛みの記憶は強化されて
いくようです。

表面の傷は治癒しても、痛みの記憶によって苦しめられる。

脳や神経のメカニズムという点で考えてみても、それは体ばかり
ではなく、心にも同じことがいえるのではないでしょうか?


心の痛みの記憶、それは

恐れや不安、孤独、またイライラといった焦りや憤り

となって感じられることが多いようです。

これが続くと、ユウウツな気分や落ち込み、またキレルという
ことにもつながりそうですね。

体の痛みには、ペインクリニックが知られるようになってきました。

心の痛みの記憶も、それと理解することでその再生を抑えたり
痛みを和らげる、そんな方法を使えるようになればと思います。

嘆いている人、落ち込んでいる人、不機嫌な人、怒っている人は
心の痛みの記憶に耐えた(耐えている)人

傷や痛みの原因を理解することが大切ですが、それを恨んだり
責めたりしたところで、一過性の慰めにもなりません。

その傷が癒えたり、痛みが和らぐことはけっしてないのです。

心の痛みの記憶との付き合い方。
…このあたり、もうしばらく考えてみたいです。
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by dryangle | 2008-11-25 12:49 | ココロの不調 | Comments(5)
Commented by ハル@jp at 2008-12-08 08:41 x
確かdryangleさんが何度か紹介なさっている、加藤諦三氏の本を読みました。それなりの人生経験もある身(私)としては、なるほどその通りだと思える内容なだけに、身に覚えのない”借金”を背負って生まれて来た場合に、なるべく早くそれを受け入れ、”幸せ”に向かって歩き出して欲しいと強く思いました。前回私は、「不幸でいたい人もいるみたい」と書きましたが、いままでそう感じた相手は、4人です。当時の私には理解不能でした。その理解不能についての説明も、納得できるものでした。
経済的な差、持って生まれた資質の差よりも、はるかに人生に与える影響が強いとあった親の愛情。言われてみれば、その通りです。
こういう認識が一般化して、本人や周りが早く対処できると良いのにと思いました。
Commented by dryangle at 2008-12-09 08:35
身に覚えのない”借金”。さすがハルさん、的を射た表現だと感じました。
そして親もまた同じ重圧や痛みにもがいている(いた)のだと気づくことで、期待したり、それが叶わずに責めたりすることが、さらに痛みを強化することだと理解することができるように思います。
親子関係に限らず、互いに痛みを刺激し強めてしまう関係というのは、たしかに存在しますね。

ワタシの場合、「じゃぁ、どうしたらいいの?」と問い続けた道のりでしたが、「それと知る(気づく)」ことがこの種の問題の氷解への一歩であり、そしてすべてでもあるように今は思います。
この道のりが人生そのものになってしまいそうですけれど^^;

コメントをありがとうございました。いつもながら励みになっています。
Commented by ハル@jp at 2008-12-10 08:50 x
お返事をありがとうございます。加藤諦三氏ご自身も、幼少期に精神的なご苦労があった様ですね。dryangleさんも、”だからこそ”見えるものが、深くて多くのアドバイスが的を得ているのだと思います。(偉そうにすみません)

心理学・・・とは全く分野・次元が異なりますが、近所の家族が信仰している宗教の考え方が、ある意味とてもおもしろいので、紹介させて下さい。(ちなみに、とても小さな団体だと思います。)

死後、肉体は滅び、魂は時を経て、他の肉体に宿る。前世での敵や味方に惹かれて、また出会う。(ここまでは、一般的な輪廻転生の話でしょうか?)
仮に、誰かに大きく傷つけられたとすれば、それは前世においての自分の魂の、その相手の魂に対しての業が原因であるから、A(信仰対象)を通じて、その相手に許しを乞えば、その因縁がクリアになる。・・・・というものなのです。つまり、今世で迷惑をかけられた相手こそに謝れと・・・。  
Commented by ハル@jp at 2008-12-10 09:10 x
前世での所業を覚えていない以上、そう簡単に受け入れられるものではないと思いますが、それを重ねる事によって、もともと決められていた筈の運命が向上してくるし、魂も磨かれるという考え方なんだそうです。

もしかすると、長期に亘る精神的な拷問に堪えざるを得なかった場合などは、とても受け入れ難い考え方かもしれませんね。
でも、却って、生死に係わる出会いなどは、因縁としか言えない・・諦めるしかない・・・ように私も常々感じています。
凶悪犯がいたとして、だれだってそんな運命では生まれて来たくないけれども、お芝居の配役で当たってしまった・・・そんな風に考える自分がいます。そう思うと却ってとても切ないのですが・・・。

Commented by dryangle at 2008-12-12 10:38
運命に対する考え方は人それぞれですが、自身(自心?)の『受け入れ難さ』そのものを苦しみや悩みの本質とし、受け容れようとするスタンスによって物事の変革を図る、という思想が信仰には多いように思います。いわゆる心理学系の手法と共通する点も多々ありそうですね。
それは「許し」であったり「諦め」であったり、受け手によって感じ方が変わるのでしょうが、受け入れられないこと(ワタシはよく「許せなさ」というコトバを使いますが)によって、苦しみが増し、その苦しみによって「受け入れられなさ」も増すというスパイラルがあるように考えています。結果、ますます受け入れ難い物事(トラブルや犯罪、事故など)も起こってくるのではないかと…。
誰もが最後には自身の死を受け入れなければなりません。「受け入れる」というスキルは、やはり人生の重要なファクターだと感じます。

とても興味深いお話をありがとうございました^^
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