金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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2012年 02月 07日 ( 1 )

時間はどっちに流れる?ーごく私的宇宙観
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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当たり前過ぎてまったく気がつかないという色メガネ。
私達はその色メガネを通して物事を受けとめ、解釈しています。
もはやその色メガネこそが自分だと思い込むまでに。

感覚、つまりは自分を揺るがすお話にお付き合いください^^

例えば、(個人的に)以前は感覚的にまったく理解できなかった
時間は人間が発明したという話

まず時間自体が人間の概念であるということから
理解しなくてはなりません。

近年、時間の概念を持たない人々(ブラジルのAmondawa族)
について話題になりました。

彼らは時を表す言葉を持たず、年齢という概念もなく
ライフステージや共同体内の地位に応じて名前さえ変わる。
数も4か5までしかなく、抽象的で測定可能な
「もの」としての時間がない。

研究者曰く

事象を時間に埋め込まれたものと見なすのではなく
事象そのものの世界に生きています。


彼らの心に映る世界は一体どんなものなのでしょうか?

ワタシ達(多分あなたも)の時間の概念、もはや基本となる感覚は
時間は「過去→現在→未来」に流れるというものです。
だからこそ因果関係にこだわり、過去を悔やみ、未来を憂える。

ところが、これは「創造主が世界をつくった」とするユダヤ・キリスト
教の伝統に沿った時間観であるという話があります。

アビダルマという仏教哲学には時間は「未来から過去に流れる」
という考えが説かれているそうです。

砂時計を想像してみてください。
砂が上(未来)から下(過去)へと流れ落ちていきます。
きゅっと細く狭まった境界の「今」を瞬時にくぐり抜け…

こう考えるだけで、現在は過去の産物などではなく、
未来の産物であり、しかも未来というのは固定されたものではなく、
無限の可能性であり、しかもその未来は(過去の因果ではなく)
さらに未来の因果によって決まる、ということになる
ーウィキペディアより抜粋

不思議な気分になりませんか?

物理科学の世界でも「膨張している宇宙が収縮する時
エントロピーは増大ではなく減少する。その時、
時間の矢は逆に向く」という話がありました。

物理分野は不得手なので^^;言及したくないのですが。

ごく個人的に感じた(「考えた」ではなく)ビジョンからは
どれも時間を異なる切り口から解釈しただけでなのではないか?
と思います。

あるモヤッとしたナニカ(宇宙でも世界でもいいのですが)
の中におけるワタシ達の存在、その認知や感覚のありかたが
砂時計の最高に狭まった部分であるように想像しました。

砂粒くらいの一部分を、そこを通過させることで観て、
感じて、体験する。
本来の「通過させる」働きによって、変化を感じ
それが時間や空間の概念となっていった。

荒唐無稽かも知れませんけれど。

その狭まった突端が各々の「私」のように思うのです。
それも例のナニカの一部が突起してできたもの。

とんがるほどにスムーズに通過しにくくなるし
ユルんで、ひっこめば、時空を超えた全体が見える。

なにをどの方向にどのように通過させるのか?

意識次第で体験もその評価も変わるのかも知れません。
「流れている」ように感じているのも、じつはたんなる
勘違いのような気がしてなりません^^

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by dryangle | 2012-02-07 11:17 | ココロと思想 | Comments(0)

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