金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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2017年 04月 06日 ( 1 )

エナジーヴァンパイアとメサイアコンプレックス
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悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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近頃、メサイアコンプレックス*という言葉が目につくようになり
気になり始めました。

それまではパラノイア(偏執病)の誇大妄想の一環かと認識して
いたのですが、各所の説明を読むとどうも違うようです。

「広義には基底にある自尊心の低さを他者を助けることからくる
自己有用感で補償する人々をも含める(ウィキペディア)」とあり
むしろ共依存を生むマゾヒスティック・コントロールを行う人の
特徴として用いられる言葉となっているようです。

過去エモーショナルブラックメール世話焼き依存など、数々の
記事で心理的脅迫についてふれてきましたが、全く無意識にそれ
を行う人の内面に隠された強迫的なまでに自分の存在価値を渇望
する
ありさまを言い当てているように思います。

自己の存在感や効力感を得たいがために、人の役にたとうとする。

そもそもが「自分のため」で、相手の気持ちは目に入らないので
いわゆる独りよがりの押しつけや、自ら問題を起こし解決する姿
を見せつけるマッチポンプも行われます。

現在とくに問題視されていることに、親子関係において子どもに
世の中への不安や恐れを植えつけ「あなたのためなのよ」という
真綿の支配により無気力にしてしまうパターン、さらにその結果
ひきこもりなどダメになった子どものために尽くすという健気な
親を演じることに自分の価値を見いだすなど相手を食い物にする
深刻なケースが目立ってきています。

救い(役に立ち・面倒を見)たいがために、相手を
救われるべき(できない・弱い・ダメな)人として封じ込める。

昨今自己無価値観という言葉が定着する状況のカラクリなのだと
いえるのかも知れません。
自己卑下という開き直りでその構造に屈する人々を生むことも。

思い起こせば、かつて信仰を持っていた頃の私の心理はまさしく
それだったようだと腑に落ちます。
むしろ親や周囲のその圧力に、救われるより救う立場になろうと
必死
(それが勝ち組?)だったような気がします。

恩着せがましく「こんなにしてあげたでしょ?」と言われること
感謝を要求されることが吐きそうなくらい嫌だった、苦しかった。

自分が不幸であるという感情の抑圧。それが本質だったのです。

本当は自分が救われたかった」のだという自らの内面の偽善に
気づいてしまい耐えられなくなったことが出口の扉を開けました。

そもそも救いを必要とすること自体が、誰かが救済者を演じたい
がために作り出された幻想
だったと知ることになるのです。

苦しむべき要素なんて本当はなんにもないのだから。

*救世主・救済妄想。
 個人が救済者になることを運命づけられているという信念を抱く心の状態。


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by dryangle | 2017-04-06 10:46 | ココロと思想 | Comments(0)

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