金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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カテゴリ:ココロと社会( 22 )

AC ~ラベルではなく道しるべに~
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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AC(アダルトチャイルド・アダルトチルドレン)
これまで幾度となくふれてきた言葉ではありますが、あらためて。

とあるカウンセリング系(?)のブログの記事で見かけた内容に
ACとは「親の機嫌をとりたい子どものことで、ごく普通のこと」
だとありました。

端的にはまさにその通りだと、また「ACを自分のアイデンティティに
してしまわないように
」というその主旨には率直に同感しました。

ただACを自覚する人の心を軽くするためには、あともう少し説明が
必要かとも考えました。

親だけでなく世間の人に一般化して、自分の存在の承認を得るため
その機嫌をとらざるを得ない子どもの気持ちのまま
に成長した人



子どもにとっては、家族が世界のすべてなのだ。
親に愛されなければ、死ぬしかない。
だから子ども達は全力で親に愛されようとする。
その時とった命がけの戦略がそのまま性格形成につながっていく。
(アルフレッド・アドラー)


この子どもの気持ちが、親(他者)と共に在ることを喜び
リラックし楽しむという経験を積まず、実感として満たされず
愛されている(生きていける)という安心感を得ないまま
もしくは、そのために厳しい条件を課された人が

大人になってなお、他者(実在の親や世間一般の人)の物の見方
で自分を評価し、他者の承認を求め自分(の軸)を生きられない
苦しみ
のあり方
を抱えている状態です。

その苦しみは、誰かを喜ばせることに自分の意欲や喜びがあると
いうのではなく不快な記憶の再生による恐れから誰かを不機嫌に
させたくない
という強迫にあります。

当然ですが、対象が気まぐれで一貫性のない親や世間一般の人と
なるとコントロールは不可能なわけで、そのショックやパニック
怒りや悲しみなどが蓄積しその限度を超えると感情を封じ込める
鬱状態になったり、不安感情や怒りの発作的爆発を起こすように
なったり、その回避行動に依存するようになったり
します。

だからこそ

信じることや大前提を自己決定することで
自分という存在には理由なしに価値があると決め
他人ではなく、自分の機嫌をとり
自分の好きなように、したいことをしようよ
それに慣れていこうよ
たとえ他者に嫌われたとしても

という流れとなるわけなのですが…

(自由な自己への)否定とそれを変えることに際しても
嫌悪感や恐れの壁が立ちはだかります


他者主体の理屈や道義を盾にした激しい否定や抵抗感
恐怖感
あるいは無力感として。
人によって具体的には、ラクする、好きにする、消費する、黙っておく
得する、ウソをつく、管理しない、など(もしくはそれらの逆)のこと
への抵抗感や拒絶感、絶望感、罪悪感、無力感として感じられます。

誰かを不機嫌にすること、誰かから嫌われ、蔑まれ、落胆され
相手にされず、見切られることが、ともすれば死ぬほど(より?)
恐ろしい。

ココを見定めて乗り越えて行くことが、最初にして最大の
難所
なのです。

それが幻想(自分の心の内在プログラムに過ぎないの)だと
幻想である証拠を見つけていくという視点を持つことが重要

なのだと、しっかり見抜いて見定める

そのためにも

ACという概念を、自分や他人に貼る負のラベルとしてではなく
理解することで乗り越えるための地図や、道しるべとして使う
ためのものにして
欲しいと願わずにはいられません。

ひたすらに。

余談ですが、思いやりも、正義も、美徳も、ルールも、秩序も倫理も
強迫ではなく人の理想という主体性によってあるもの。
主体性にあっては客体の善の不在には、反応的な怒りや批判ではなく
互いへの慈悲がわくのみなのです。


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by dryangle | 2017-09-26 14:03 | ココロと社会 | Comments(0)
精神の食物連鎖(2)ー心の貧困問題
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前回からの続きです。

○さらに「置き換え」という心理機能が交差すると…

危機的な状況において心の安定を保つための心理メカニズム
防衛(≒適応)機制の一つにある「置き換え」。
受け入れがたい(特定の対象に対して表現が難しい)感情や
欲求を、より受け入れやすい(それを表現しても大丈夫だと
思える)対象に「置き換え」ることです。
例えば怒りの感情であれば、向けるべき相手が強者であると
我慢したのをそれ(ぶつけること)が可能な相手に発散する。
…つまりは八つ当たり

可能な相手とは、つまり自分が影響力を持ち下位と認識する
弱い相手です。

劣等感や満たされなさからくる欲求を、誰かに置き換えたら
過度な期待やプレッシャーとなるようにも思います。

前回の話でふれたような、ネガティブな自己像を持つ人々は
言い換えると心の弱い人
影響力を行使しやすい、即ち下位の相手だと認識されやすい

「置き換え」のターゲットにされやすい人なのです。

八つ当たりの発展形を「いじめ」だととらえると、「いじめ」
のターゲットになりやすい人はたしかにいるといえそうです。
むしろ「対象は誰でもよく標的にしやすい相手」「さしたる
理由もなく」という「いじめ」の構造そのものに当てはまる
のではないでしょうか?

○いい子・いい人の下位性

あえて過激な言い方をするなら、「置き換え」の対象となる
相手の「心の食い荒らし」は、文字通り集団における序列や
心の弱さの程度の階層となって下方へとその影響を濃くして
いく
ように感じています。

いわゆる他者査定による「いい子・いい人」の中には、その
能力に不相応な自信や自己主張のなさ(×謙虚)が目立って
いる場合も多く見受けられます。

実際の地位や立場とは関係なく、いわば精神(的な自立)の
偏差値の低さやそれまでの経験値によって苦しみや負の感情
反応に苛まれているといえるのではないでしょうか?

それがうつなどの心の不調となって表れたり、下層になると
犯罪、さらには自死といった深い闇へと追い詰められていく
ように思えてなりません(「外化」や「置き換え」の内容に
よっても異なるように考えます)。

精神の食物連鎖は自然の摂理なのか?

考えずにはいられないテーマではあります。

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by dryangle | 2017-06-14 20:00 | ココロと社会 | Comments(0)
精神の食物連鎖(1)ー心の主従関係
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○死ぬより怖い誰かの機嫌

自分の感情的な反応を、長期間根気よく観察し続けていくと
一定の傾向性が見えてきます。

イライラムカムカしたり、ザワザワしたり、不安になったり
ちょいフリーズや軽いパニックを起こしてみたり。

そのパターンは私の場合、時間やお金の浪費・誰かの甘えや
逆に威圧的な態度(コントロール?)・遊び・だらしなさ…
細かくあげるとキリがないのですが、とにかく実感するのは

自分の感情の動きなのに、まるで自らの意に反して
まるで暗示にかけられたか催眠術のようだということ。

個人的に感じるのは、ある鋭い視線に射すくめられてそれに
衝動的に反応する
ような一連の展開です。

あるある心理説明では、この点を潜在意識や無意識、つまり
深層心理(に抑圧、収納された感情)の働きだとされます。

とはいえ個人的には、ほとんどの場合それらに関する失敗や
被害、後悔などの実体験がありません

きっとその原点は母親の視線や介入への怖れや怒りの感情

養育者の怒りや動揺、悲しみ、落胆、軽蔑が、人によっては
死ぬほど(より?)怖かった。

またその働きの目的は自分の心を守るためと説明されますが
それらの感情の効果が「大元の(そのシステム構築の基盤の
コミュニケーション対象である)誰かの機嫌をとる」という
間接目的こそがメインになってしまっているのではないか?
ということです。

自分より他者の機嫌をとる、つまり無防備でリラックスした
自分のままでいることへの抵抗という反応プログラム
本人の感覚において、心身の強い痛みとともに埋め込まれた
ものであればあるほどに過敏で強い反応が常態となります。

動機として漠然と誰かの許しや承認、さらには𠮟咤を必要と
するようになることで、自己決定能力が去勢されていく。

それが自覚のない自己卑下/蔑視による自分像を構築します。

○自己像通りに他人に扱われる?

「外化」という言葉の心理機能とされるものがあります。
その一つは自己に対する感じ方を他者の自分に対する感じ方
だと認識してしまう
という働きです。
自分が自身を嫌っている人は、他人に嫌われていると感じる
というもの。するともとは真意が定かではない他人の言動を
自分を嫌っている現れだと故意に解釈してしまうのです。

その認識、つまりその人の真実においては、他人に嫌われる
自己像、人生ストーリーが完成します。

また自分より他者の機嫌を優先することから、さらにそれを
裏づけるように、相手の理不尽な要求や期待、プレッシャー
はては八つ当たりや受動攻撃までも受け容れてしまうような
不運な展開が待ち受けてしまうのです。

○さらに「置き換え」という心理機能が交差すると…

(次回に続きます)


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by dryangle | 2017-06-13 18:00 | ココロと社会 | Comments(0)
”忖度”にまつわるエトセトラ
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年末に今年のキーワードになりそうなほどにいきなり
日の目を見た”忖度(そんたく)”という言葉。

意味はズバリ「他人の気持ちを推し量ること」。

問題の本質は忖度のアルナシというよりも、その忖度
によって「なにが行われたか?」
であるはずですが
ここはあえて”忖度”にひっかかってみようと思います。

というのも、私達日本人の育った文化背景にあっては

他人の気持ちを推し量る(他者が同調の複数人の場合
には「空気を読む」)ことは、もはや必須技能にさえ
なっているからです。

どこかで、親や教育者の期待や要求をいち早く忖度し
応える能力を持った子供と良い子を定義しているのを
見かけました。
落ちこぼれ良い子の私としては、それが保身の大前提
となっていない人が存在するということ自体に今さら
軽いショックを受けたりしています。

同じタイミングで目にしたのが、外発性と内発性という
言葉です。

簡単な説明ですが。外発性は外的な刺激・環境によって
そうなるさま、内発性は外からの働きかけによらず内部
から自然に起こるさま、ということだそうです。

思いやりが純粋な内発性によるものだとすれば、”忖度”
とは、外発性によるものを内発性によることにして体裁
を整える
ことではないか?などと皮肉りたくなります。

なぜ?という理由で、真っ先に思い浮かぶことといえば
コントロールや支配の存在を表ざまから隠すために。

いきなり心の問題に結びつけるようなのですが…^^;

鬱を患う原因は「自分を生きていない、生きられない
ことだと言われます。
もはや依存的・強迫的に忖度によって自己を決めること
しかできなくなってしまったのではないでしょうか?

もともと自分を守るためにと身につけざるを得なかった
術(すべ)が自分を押し殺す、ここにも残酷なカラクリ
があるように思えてならないのです。

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by dryangle | 2017-03-30 10:28 | ココロと社会 | Comments(0)
意識のつながり(しがらみ)
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最近、脳のミラーニューロンや網様体賦活系の働きなどに
関する話がなにげなく目に入り読み漁っていたのですが

例えばユングの集合的無意識や共同幻想といった形而上の
意識のつながりや枠組み、階層の存在が脳の働きにおいても
説明できる日が近いのではないかと感じてきました。

電波系はともかく、ビッグデータの解析からはそれぞれの
意識というデバイスが、見えない次元で情報のやり取りを
しているのではないか?
そして今ではインターネットの普及によって、地球規模の
ネットワークを形成しているのではないか?という仮説も
あります。

誰もが、親子や家族といった濃い関係はもちろん所属する
文化や集団にも性格があり、暗黙の制約を実感しますよね。

appleのデバイスならOSはiosというような生来的な制約は
あるでしょうが、OSをインストールすれば基本同じような
働きができるようになります。

母体の中にいる時から、ハードの組み立てと同時に基本OS
(母親のそれと似た)のインストールも始まる
と考えれば
業(カルマ)と呼ばれるものの受け渡しの説明も漠然とは
想像できるように思うのです。

思考はもとより感情的な反応といえば、OSが後天的に自己
プログラミングするセンサー&アラートシステム
と考えると
ちょっと面白いです。私たちはそれを「自分」と感じている。

なにを言いたいかといえば、国や地域、文化や言語の違い
によってその性質やムード(気?)が一変するということ。

生まれてからずっと家や土地、地域、国、言語などそれぞれの
レベルでモノカルチャーから出たことのない場合はなかなか
わかりづらい(理屈だけで理解しにくい)感覚です。

いわゆる価値観、正義や悪といった根源の尺度さえも真反対に
なったりします。

これがつながりとなって、互いの仲間意識や誇りを生むことを
否定するものではありませんが、そのために個々人が個人的な
自由を制約
されたり、さらには外集団に対する排他性や好戦性
を強めるというしがらみとなっている場合も少なくありません。

ある考え方やあり方、行動に、許さなさ後ろめたさを感じる
としたら、必ず誰かの(集団)によるしがらみが存在します

ぜひ一度、自分という意識を意識してみませんか?

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by dryangle | 2016-10-31 14:16 | ココロと社会 | Comments(0)
「ルールだから」?!に愕然!
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ルールだから、傷つけないの?殺さないの?
違法だから罰せられるから、罪を犯さないものなの?


ブログを使わせていただいてなんなのですが…
管理のついでに見かけた Exciteニュースの記事
少年犯罪を犯す子の共通点」に驚愕!しました。

7歳の子がバッタの足をちぎって遊んでいたら何て言う?
という、親への問いかけと指針があったのですが

A: ダメなことだと自分で気づくまで見守る
B: 「パパも子どものころはよくやったよ」と理解を示す
C: 殴ってでもダメなことだと教える

選択肢からしてどうかと思うのですが
その正解が なんと C !!

「社会のルールや規範を身につけさせる」
「殴るかどうかは別で、行動を制止するのが重要」
とのこと。

一見リーズナブルに感じられる答えのようですが
本当にそれだけでいいのでしょうか?

文中にあるように、たしかに社会の規範やルールを学ぶことが
必要になる年齢ではあります。

その前段階として情操教育である、それは自分と一緒の大切な命
であること、私たち人間は常に他の生き物の命を得ることにより
命をつないでいる現実を、その有難さと喜びを、伝える重要性が
抜け落ちて
ないでしょうか?

ちなみに、私はイナゴの佃煮を作るために手足をもぎるのを
手伝った記憶があります^^;


次にあった「バッタはダメで、お花を切るのはなんでいいの?」
という問いへのバッタとお花の命の価値観にも唸ってしまった。

曰く「綺麗なお花は取って飾ってあげれば喜ぶ人がいるかも
しれないけど、バッタの足をちぎっても誰も喜ばないでしょ」

…誰も喜ばないから?

これらが本当に犯罪への抑止力になっていくのだと、考えられて
いるのでしょうか?

むしろ子どもの動機や理由を一切無視して、大人側の正当性のみで
威圧的な叱責や(体)罰を受けることへの不満の怒りの蓄積の方が
恐ろしいように感じます。

決してルール自体を否定するわけではありませんが、それ以前に
どうか人としての心の成長に眼差しを向けることを優先して欲しい。
社会にそのルールが存在することの本質を考えられるように。

自分や他者の気持ちや命に対する情操が先立ってこそ
「してはならないこと」を、主体的に自分に禁ずることが
できるのだと考えるのです。

どうにも心の(必要)ない世界のように感じてやるせなくなりました。

…みなさんはどうお考えですか?

私は犯罪の一因は養育者などによる心の通わない「闇(病み?)教育」にあると考えます。
『闇(病み?)教育』はあったのか?

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by dryangle | 2016-09-13 14:31 | ココロと社会 | Comments(0)
他人軸=承認依存≒下から目線
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とある国、私が子育てを経験した社会環境では
子どもも物心がつく頃には、物事に対して

「好き?嫌い?それともよくわからない?」
「あなたはどうしたい?」
「〜(気持ちの代弁)したいのね?」

というように感想や意見、気持ちを聞かれます。
ウンザリするくらい、しょっちゅうw

日本で私が育った経験では、それがほとんどなく
うっかり口を滑らせて周囲の期待と異なる本音を
言おうものなら

「そんなこと言っては、ダメでしょう」
「あなただけワガママ、自分勝手」

と叱られるのがオチでした。

その良し悪しはともかく、周囲や上位者の要求や
期待に添うように自分の気持ちを決めること
(借り物の理由を動機づけにすること)を
過剰に訓練され内面化することで、自分の気持ちが
わからなくなったり、自分に信頼が持てなくなったり
します


調査*でも明らかなように、日本の若い人たちの
自己評価や満足の低さの原因の一端がこのような
環境にあるのではないでしょうか?

また最近では他人軸(他者中心)ともいわれるあり方
つまり周囲や他者の(視点や価値観、尺度)によって
成される自己定義を即、自分という存在の実感や意義

にすることから、生きづらさを訴える人が多いのも
うなづけます。

他人の意見や動向による裏付けや承認がないと
不安になったり、世間や大勢,専門家,エライ人の
あり方と異なると恐れを感じたり、罪悪感を持つ
いわば下から目線。

古来より生存競争を基本とした力の社会においては
強者の目に見える暴力だけでなく、そういった心の
支配も行われてきました。いわゆる奴隷根性と呼ばれる
心理も、この種のカテゴリーに入ると思います。

そのシステムの中で、上位者の期待に応え、成果を
上げることに成功した人たちが、勝ち組と呼ばれて
共通認識において、上から目線や他者コントロールの
権限を許されるということが現代ヒエラルキーの特性
なのかも知れません。

これは上下関係から出発せざるを得ない親子関係にも
如実に反映され、そのリプリントの場となっています。

まったくの余談ですが。
たまたま日本で見かけたテレビで、ある心療内科/精神科医が
患者の「セカンドオピニオンは必要か?」という趣旨の問いに対して
「ご自分のお気持ちで決めることですから」と、ピシャリとおっしゃっていて
それができれば心を病まないよなぁ…^^;と苦々しく感じました。


先代が社会や個の独立や尊厳を勝ち取った経験を誇る
人達は、子育てにおいても、その人の主体性や意志が
育つように工夫
しているように感じます。

「なにが好き?嫌い?どうしたい?」

子ども達に問いかけ、他者との折り合いの中で自分の
正直な気持ちやあり方を肯定できるようにしてあげたい。

それ以前に、親や大人が自分自身に対してそのように
問いかけ、それを尊重することができるか?

また互いに尊重し合いながら、それぞれ多様な自己を
実現できる社会を肯定、構築できるか?にかかっている
ように思います。

それぞれが精神のインディペンデンスデイを迎えるために。

*内閣府子ども・若者白書から

これに関連した記事をどうぞ→自己疎外の恐ろしさ

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by dryangle | 2016-07-14 00:49 | ココロと社会 | Comments(1)
一億総アダルトチルドレン?ー支配依存ー
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ずいぶん昔のこと。「ワタシってアダルトチルドレンなのかも」と
友人に告白した時、その言葉を知る相手はほとんどいませんでした。
毒親という言葉と同様、今ではよく使われるシンボルとなりましたが
よく見かければ見かけるほどに、ある考えが浮かぶようになりました。

「そういう親子関係って、もう文化じゃないの?」

共依存を成立させる前提の一つにイネイブラー(可能にするものの意)*
という概念があります。なんだか覚えのある*その特徴を調べていた時に
気分転換にネットニュースを見ていて目に留まった「オレオレ詐欺」。

「大人の息子の尻拭いのために、よく簡単に大金を渡すものだなぁ…」

と思ったとたん、気がついてビックリ!
なんとそれまでつらつら眺めていたイネイブラーの特徴である

他者の問題の責任を肩代わりする。
過剰に世話焼を焼く。
世話焼きで自己肯定感を高める。
他者の甘えを受け入れるので利用される。

…などと

ピッタリ符号するではありませんか!もはや毎度定番の文句ともいえる
「子を想う母の愛情がゆえ」と美化している場合ではない

よく読んでみると、一昔前までのあるべき「尽くす女性、母親」という
理想モデルがそのまんま書かれているように思います。

親子関係でも、男女の関係でも。もしかして私たち…

支配依存者とそれを支えるイネイブラー(世話焼き依存者)養育をされて
きたのではないだろうか?
上でも下でも役割や立場を押しつけられ、承認欲求を満たされることなく
飢えによって、従順にその役割に固執するという他人軸を生きてしまう。
今や当たり前に「承認」がそのコントロールの手段(アメ)とされていますが^_^;

共依存の人々は、アダルトチルドレン(子どものままの大人の意)という名の
通り、個人的な物事の決定権を他者または内面化した他者が握っている
状態の人であり、主体を生きられない苦しみや他者と互いを過剰に拘束し
それに背く相手にはハラスメントを行い、自分が背くと劣等感や自己嫌悪に
陥るというマインドセットの中にいます。

はては国と国民の関係までも、国民は国の支配を許すイネイブラー
として、機能しているのではないか?と考えるまでにいたって
これも以前知った

人間が型にはめられて使われる状態「魂の植民地化」の、潜在的な
構造となっているのではないかと思ってしまいました。
いや、それこそが「箱」を溶接しているのではないだろうか?とまで。
(「魂の脱植民地化とは何か」 深尾葉子より)

まったく個人的だと思っていた親子関係のトラウマが、今は広く深い背景を
持つ構造の一部なのだと思えてなりません。

*もとは物質依存や行為依存(セカンダリーアディクション)の人の温床となる嗜癖的人間関係
(プライマリーアディクション)において、依存者の世話を焼き責任を肩代わりしてしまう人。

*私も親や他者の支配や暴力、ハラスメントを受け入れてしまうイネイブラーでした。
理屈よりも「そう育てられたという実感」としか言いようがありません。


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by dryangle | 2016-04-22 15:48 | ココロと社会 | Comments(0)
服装とアイデンティティー
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
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違和感と抵抗感

身体と心の性が一致しない人が、身体通りの服装を強いられる時に
感じるのがこれらの感情。

私は身体と心の性は一致しているですが、多分同様の共感できそうな
違和感と抵抗感を感じてきました。

それは、制服とフォーマルウェア、そして(漠然とした言葉ですが)
オシャレ。とくに日本において。

例えば、お子さんの重要な場面に評判のイトー〇ーカドーにあるような
婦人フォーマルスーツ。冠婚葬祭すべてに使えそうな便利な礼服。
どうしても嫌いヽ(´o`;(注意:個人的な感想です)

どうしてこんなにも強い負の感情を持つのか、考えてみたのも
ごく最近ですが、自分が自分に持つアイデンティティーと一致しないから
というシンプルな理由が思い当たり脱力しました。

子どもの頃から、それらは人間関係の中で管理と従順、主張や比較
(対抗)と同調(守備)の道具
であるのだと認識してしまったからかも
知れません。

少なくとも装うことへの楽しみや喜びというものが、女性にしては
かなり少ない方だと思います。
まずは各々の場面や周囲の人をリスペクトして、浮かないように
気を使うだけ。

が。人生を折り返し、最近はそれすらも苦痛に感じるようになりました。

適応ストレスを実感するということは、それと異なる自分というものを
実感する
ようになったということでしょうか。
服装による自己表現の欲求の方はあまりなかったはずなのに^_^;

ユングの夢分析では、服装はペルソナ(仮面・偽りの自己)を表すことが
知られています。
社会の中で服装は自分を装う必要不可欠なツールだったのですね。
服を装うとはよく言ったものだと思います。

自分を偽らない服装でリラックスしていたいですね。

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by dryangle | 2015-12-02 10:25 | ココロと社会 | Comments(0)
ニートという言葉 ~一億総上から目線?~
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今さら感はありますが、日本ではニートという言葉がよく使われます。

「お隣のお子さん、イイ大学出たのにニートになっちゃったんですって!」

察するに、なんとなく蔑称めいた語感があるような。

大元はイギリスの労働政策における、ある報告書からでてきた言葉で
教育、雇用、職業訓練に参加していない
(not in education, employment or training)
の頭文字を並べたものらしい。

じつは、その言葉には最初から違和感がありました。

(今現在)教育を受けてない、雇用されてない、職業訓練も受けてない
そういった言葉がどうにも、管理的な上から目線によるものだし。

もとは政府の労働政策かぁ、そりゃそうだよね!

…いやいや。

気になったのは、そんな言葉を日本にウケウリするという感覚ばかりでは
なく、その感覚が、言葉が、一般の人々に定着し多用されるようになった
ということです。

いや、違う。

もとからある感覚に名前を与えられ便利に使えるようになったのかも。

考えてみれば、周囲の自由業者(一応芸術家とかラベルを貼られている)は
ある意味みんな立派にニートだ(笑)

受けてないし、されてない。

でも自らの意志で学び、磨き、創り、行動しています。
もちろん自分の意欲により選択したからか、スランプや行き詰まりさえも
なんというか堂々として^^;
協力する人々も別段批判的ではないように感じます。

とはいえ、実際には就業や社会参加への意欲のない人々や引きこもりもいて
本人やその家族の苦悩がネット社会でおびただしく吐露されています。

意欲がない=意欲が枯れてしまった=自発性が去勢されてしまった

政府や国家という文字通りのお上はもとより、人々の心中に埋め込まれた
社会や世間という上からのコントロール目線が殺してしまったのではないか?

そんな考えが頭をよぎりました。

なかには意欲がないどころか、恐怖まで感じるようになってしまった人も。
それは個々人の上から目線が、相互に下位への恐怖を植えつけ勤勉にさせる
文化的な無意識プログラムが原因なのかも知れません
(集合意識の役立たず淘汰システム?)。
今頑張れている人の多くも、それに鼓舞され、強迫的につき動かされている?
とまで考えてしまうのは、かなり穿ち過ぎではあるのかも知れませんが。

個人としての問題は、ニートであることではなく自分で選ぶことのできない
させられる・しなければ感による圧迫と、それに対する抵抗によって
動けなくなってしまっていることではないでしょうか?

上(他者)からのコントロール目線によって行われるもの、こと。
それを見抜き脱することが、自分の感性と意思で選び、動くための
スタートライン。

参政権や少年法適用などの年齢が引き下げられるという流れの一方で
自分が自分を生きるスタートラインは遠ざかっているような気がします。

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by dryangle | 2015-11-05 16:04 | ココロと社会 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り