金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:親子の関係( 31 )

二重拘束の女王
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心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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ちょっと意味アリゲなタイトルにしてみました。

生きていくこと、その基盤となるファクターがいくつもあります。
衣・食・住、それを支えるための健康、学び、仕事、お金、時間。
それらに関して些細なパターンにもネガティブで感情的な反応
自覚することがあります。

不安、恐れ、義務感、罪悪感、嫌悪感、怒り、許せなさといえる
抵抗です。「気にかかる」という意味では、執着という言葉にも
言い換えられるように思います。

それらのしつこい負のマインドセット(観念、価値観、思い込み)
の大元はどのようにして作られたのか?

意識的・概念的なレベルではなく、さらに深い部分に、いわゆる
深層というエリアにどう植え込まれたのか?

やはり思い出すのは親や養育者との生活全般に起こるエピソード。

気になってしまうのは、ベイトソン*ダブルバインド理論。

メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況
(に置かれると、統合失調症に似た症状を示すようになるという
理論)が思い当たるようで強い関心があります。

ある場面において、言葉と表情、言葉と行為、表情と行為といった
異なる階層によって表現される矛盾したメッセージ。

私的解釈ですが、建て前と本音の矛盾を同時に表すような態度

その瞬間は、当然ですが認識の混乱による思考停止が起こります。
繰り返されることによって、メタの部分の否定的なメッセージと
そこから逃げ出してはいけないという観念を得ることになります。

例えば。幼い頃に他の大人がお菓子(おこづかい)をくれようと
した時、母親はその場では「良かったね」とニコニコしながらも
私には「受け取るなよ(言葉には出さない)」と鋭く睨みつける。
そして受け取ろうものなら、あとからネチネチと叱られます。

その姉である未婚の伯母はなにかをくれる時、ニコニコしながら
私の肘をギュッとつねり「いいか?言うことを聞けよ」と言う。
(こちらが成長してくると、お祝いなどをくれる際には具体的に
「年取ったら面倒を見てよ」と。成人後もつねられました^^;)

誰かを慇懃に褒めながら「すごいね~!(お前はどうだ?)」と
目配せをしてくる。

一事が万事、それが常態。

今思い当たるのは、ある種の洗脳技法のようであるということ。
つまりはしつけ

ストレートな折檻はもとより、これらによって埋め込まれたもの
の影響も無視できないと思います。

喜びや楽しみ、女性らしさや美しさ、立派な仕事、お金を得ること
使うことなどに不合理な抵抗感(前述の不安や罪悪感、嫌悪感)が
わくことで、無意識にそれらを遠ざけてしまっていました。

この家系に不幸な出来事が絶えなかったのは、決して偶然ではない
と今では確信しています。

もっとも、もとは謙遜や婉曲の文化として根づいた

・本音と建て前
・あなたのためだから
・誰々(みんな)がそう言っている
・ほかの人が迷惑する
・ウチの子なんて
・「ぶぶ漬けでもどうどす?」

といった類のコミュニケーションパターンが、他者コントロールや
しつけの手段として転用・誤用・悪用されている気がしてなりません。

ごく個人的な実感として、このようなコミュニケーションパターンを
使いがちなのは女性、つまり母親の方が多いように思います。

ハラスメントより見えづらい他者支配・コントロールの手段です。

*グレゴリー・ベイトソン(1904-1980)
 アメリカの文化人類学、精神医学などの研究者

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by dryangle | 2017-07-25 15:16 | 親子の関係 | Comments(0)
親からの宅配便(愛という名の脅迫状)
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新年初のトピックです。今年もどうぞヨロシク!

時節柄、話題としても見聞きすることが増える
ズバリ「いらない贈り(送り)物」。
時には、処分に困る物、ゴミまがいの物まである
個人的にもずっと悩まされてきたこの仕送り問題

仕送り-生活や勉学を助けるため、金や品物を送ってやること。
またその金品。

問題となるのはそれが、思いやりとは真逆の

こちらの求めることや欲しい物ではなく
したいことを、したい時に
送りたい物を送りたい時に
こちらの都合や、気持ちを完全無視して
送りつけられる

文字通り、気の重くなるお荷物だからなのです。

「困る、いらない」と言えない心の弱さにつけ込み
たとえ勇気を出して訴えてみても、一方的な正当化の
屁理屈で却下されます。

余った物や捨てられない物の不用品処理係にされている
場合すらあります。

罪悪感など負の気持ちを転嫁されたり、さらには感謝や
見返りを要求されるなど、こちら側の気持ちが一方的に
搾取されている
のです。

「受け取るのが孝行」「感謝の気持ちがない」
「心が狭い」「親の気持ちをわかってやれ」とか
こちらの気持ちを理解しない世間も追い詰めます。

以前の記事にエモーショナルブラックメールについて
書かせていただきましたが、自分の側の条件反応に
気づくため
にも、新しい受け取り(解釈の仕)方の
ヒントになるある側面についてのお話です。

それは「ペットのエサやり」との共通性。

ペットに、その適量ではなく(自分の)食べさせたいだけ
エサやオヤツを与える人っていますよね。
「カワイイ、カワイイ」って。そしてむやみに太らせる。
ペットは動きづらくなり、ストレスもたまるでしょうし
いずれ循環器系の病気などで苦しむんです。

「カワイイから、可哀そうだから」とエサを与える一方で
相手主体の、その影響や行く末にはまるで関心がない

見返りは、自己満足

…個人的に、これは強迫への「はからい*」に近いものだと
考えるようになりました。

弱きもの(自分より下位と認識したもの)に対して
自分自身の飢餓感や恐れ、脆弱さなどを投影してしまい
(強い不安にかられ決めた通りに干渉、自分の優位性や効力感を確認するために)
そのように反応してしまう強迫行為だと理解してみる。

他者への過剰な、異常な、干渉は強迫行為
(精神分析的には、甘えなどを抑圧した反動形成といえるかも知れません
供依存のイネーブリングもこの構造だと思います)

そう考えることで、こちら側も負の条件反応につながる
認識とは異なる外側の視点で解釈することができるのでは
ないでしょうか?

その人が押しつけて(またその代償に要求して)くる物は
その人が幼い時にひたすらに望んで得られなかったもの
かも知れません。

本人はそれを愛と信じて疑わない、愛=執着、依存と
いうなら、確かにその通りのものだといえるでしょう。

が、親の愛と信じたまま自分に飲み込ませ続けると

心という循環器系の病気に苦しみ、身動きのとれなくなる
肥満ペットと同様の末路が待ちかまえているのです。

その荷物は、ダイレクトメール同様に受け流してみる。
自分の心のあり方を、相手のアクションと切り離せることが
大切な心の独り立ちなのです。

*「とらわれ」と「はからい」は神経症や強迫性障害における森田療法の
キーワードです。「とらわれ」を依存と解釈してみると意味深いです。

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by dryangle | 2017-01-12 13:56 | 親子の関係 | Comments(0)
しつけ?虐待?~閉じ込め・追い出し・置き去り
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虐待によって悲惨な結果にまで至らしめた親や教師、上役の
供述や釈明として必ず報道されるお決まりの文句。

しつけのつもりだった。

違和感を感じざるを得ません。

今では「虐待」という言葉が一般的になりましたが、虐待としつけの
ボーダーラインを明確に区別できる人はどれほどいるでしょうか?

しつけの定義らしきものを探せば「規範の内面化ができるように
訓練すること」がもっともそれらしいのですが、その技法としての
賞罰、とりわけ罰のあり方が、虐待の定義のそれと重複します。

ちなみに日本の厚労省の虐待の定義の中の「殴る、蹴る、閉じ込める
食事を与えない、言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い」
などは、しつけの技法の罰として当たり前に行われています。

罰によるしつけは、前回話題にもした「脅迫による(それを行う人の)
規範の内面(強迫)化
」といえます。

規範そのものの価値観の違いや罰の程度感覚など、個々に違うにも
関わらず、親や教師、上の立場という権限に放任されたままなのです。

「閉じ込め・追い出し・置き去り」は古典的な罰(お仕置き)ですね。

以前の在住国で、叱られて締め出された子が一時行方不明になり
大騒ぎとなりました。幸い大事にいたらず無事に見つかりましたが
知人家庭でしたので強く印象に残っています。

それらは直接的な体罰にあたりませんが、意図的であってもなくても
そこに成長期のタイミング、さらに身体的・精神的な恐怖体験が加わると
規範の内面化どころか不安障害や恐怖症などのいわゆる神経症
(正式な病名ではありません)の原因ともなり、将来にわたる苦しみの
キッカケになりかねません。

内面化するものが、閉所恐怖といった五感で刻んだものへの恐怖感
また漠然とした見捨てられ不安・置き去り恐怖など、成人してからも
意識の奥底で自分を不快に縛るようになります。さらに厄介なことに
その縛りが、次世代他者の自由に過敏な拒絶反応を起こすことで
しつけまがいの虐待(虐待まがいのしつけ)につながるのです。

個人的には、行う側が感情的になったり理性がふっとんでいる時点
それをしつけと呼んではいけないと考えます。

そこには必ず行う側の受けたしつけの焼き直しという側面があります。

親や教師、しつけを行う側の心の傷という根源の闇に切り込まない限り
この問題と当事者の心身の苦痛の火種は残り続けるのです。

負の感情発作として定義されケアを必要とするという認識の普及が
急がれます。

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by dryangle | 2016-04-12 12:29 | 親子の関係 | Comments(0)
母親の過干渉と不安障害
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かつて子どもだった頃の経験、母親として今それなりに
年月を経た経験からの実感です。

程度の差こそあれ、お母さんというものは心配性
我が子のあり様に、なんやかんや手出し口出ししたく
なるものです。

母親の子どもへの自己の同一化は子育ての初期には
子どもを守り発達させるために機能しますが、成長に合わせ
その分離が重要な課題になります。

反抗期というのは子どもの側からの(精神的な)成熟と
分離のサイン
ともいえますが
親側がうまく応じることができずに子を縛り続けたり
その果てにこじらせることがあります。
具体的には、嗜好や行為、関係への依存やパーソナリティの障害など

じつは親自身が、その課題(親子の精神的分離)を達成
できてない
ことこそがその原因ではないかと考えられます。

子どもも時期がくると、あれやこれやと口ウルサイ母親に
対して、口答えや無視をしたり、言いつけを守らなかったり
勝手な行動をしたり。されど甘えたがりのカマッテちゃん。

それでも「…ったく。仕方がないわね(怒)!」と親が
半ば諦めの境地で過ぎてゆくのなら多くは問題になりません。

が、親の側が過度に感情的になったり、パニックになって
キレたり、暴力をふるい、または泣きわめき、または懇願し
または威圧的に支配やコントロールをしようとする場合は
親がそのまた親との関係で克服できなかった分離不安が
再燃
していると感じます。

これは一般に言われている不安障害にイメージを重ねると
理解しやすいように思います。

(実際の不安障害は、一説には発症する人の98%が共働きや
自営業の母親のもとに育ち、十分な安心感を獲得するまでに
接してもらっていない、また置き去りにされる不安や恐怖に
さらされていたといわれます。)

この場合は親(の支配)を断ち切ることへの許せなさによる
厳しいしつけなど、親(の感情)に従わないと酷い目に遭う
不安にさせられる
というような不快な経験の積み重ねです。
見方によっては洗脳ともいえるかも知れません。

結果、慢性的には普段から(子である)相手のことが頭から
離れずに心配し干渉
したり、記憶と同質のトリガーに不安や
怖れ、防御としての怒りなどの発作的な感情となって
反応します。

個人的な話をしますと、シングルマザーであった私の母のトリガー
は恥や世間体、女であるということでした。
私自身は、母が逢瀬のために夜に取り残される体験の蓄積からか
むしろ見捨てられや置き去り恐怖が強く、夜に一人でいること
とくに家族からの連絡がない場合に、その死までを恐れる強い
不安感に悩まされます(母が早逝している影響かと思います)。
養父の教育でさらにいろいろとこじらせていますが…


安堵すると、つい「連絡ぐらいできないのっ!」となるわけで^^;

幸か不幸か学業などについては面白いほど気にならない(笑)
個々人によって、何に強く不安を感じるのかが異なることが
構造を表面化しにくくしています。

慢性的な予期不安と発作的な強い恐れ・不安感情

それは本人を苦しめ、相手を苦しめ、そのまた次世代にも及ぶ
心の発達不全の症状、そしてその連鎖なのです。

親が----心配性でコントロールフリーク、おまけに癇癪持ち
愚痴や不満のカタマリ、いつも説教に、脅しに、泣き落とし。

けっこうアルアルなんだ。やれやれ…

どちらか一方から親子関係を成熟させることの難しさが
つねに立ちはだかる壁となります。

子の側からできることは、意識して心の距離を置くこと
親の干渉(反応)を分離不安の症状として認識そして
理解し、親への対応や自分の行動を自分の意志で決める。

「お母さんもそろそろ自分を生きなさいよ」と言えるまでに
なった時、子の側としての精神的分離は叶うように思います。

実体験として、親の側としての私がいよいよ子からそう言われて
目からウロコが落ちたというのか、自分が親にそう言えるまでに
成熟していなかったのだと痛感しました。

今となっては、我が子にはもちろん、誰に対しても
「好きに自分を生きて、活かして、満喫して」の気持ちです。

なんと分離や自立に関しては、子の側が師匠だったわけです!

もし親の側が、子を手本に自分の内なる親子を統合させる
ことができれば、双方の癒着解消につながるように思います。

ちなみに今回とくに母親にフォーカスしましたが
父親にも同様のパターンが当てはまります。


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by dryangle | 2016-03-17 15:44 | 親子の関係 | Comments(0)
「一方的なルール・約束」教育の功罪
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親というものは、自分の遺伝子ばかりでなくその信念や
価値観までも、意識/無意識的に我が子どもの内側に再生産
しようとするものだといえます。

子どもの側が自身にその是否を問い合意するまでの成長を
待つことなく
(もしくはその能力を押さえつけたまま)
その価値観からの一方的なルールや約束を設定し押しつけ
賞罰によって従うことを訓練づけます。

かなり前に日本の意味のない校則について、その存在理由を
たずねた時「規則に意味がなくてもいい、それに従わせる
ことに意味がある
」との返答を聞きガクゼンとしました。

決められたことを忠実に守り従わせる教育

社会の安全秩序や正義を守らせることを目的とするにおいて
正当化されがちですが、いつのまにか上位者の権限として保障
され
、個人や内輪集団における価値観の他者への強制という
支配やコントロールの手段にすり替わっていないでしょうか?
(感情爆発の理不尽な所作さえ、躾として正当化

そこに、自らの選択や合意、納得した上でそうあるという
積極性や自発性が存在しない限り

そのルールや約束の効力は脆弱なものであるといえますし
アメやムチで強化をすることが良しとされるならば、当然
上位者の独善的な支配やコントロールの手段に転用される
という危険性をしっかり認識しておかなければなりません。

表面的にはいい子や素晴らしい人、成功者でありながら
内在化した親や世間に精神を縛られた奴隷であることに
苦しみ、生きづらさを抱える人が多いのです。
まして表面の成果にも行き詰まってしまった場合には…

ルールや約束を理解できない幼い子には、脅しや罰で
それを守らせるのではなく、その個性の成長に合わせて
手や目、そして心を離さずに、その心身こそを守りたい
ものですね。

これに関連した記事をどうぞ→自己疎外の恐ろしさ

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by dryangle | 2016-02-25 12:16 | 親子の関係 | Comments(0)
不安や心配=依存(執着)の症状
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パートナーを得た。母親になった。
その都度、なぜか不安や心配が増しました。

それも自分で対処や対策のできる範疇を超え
どうにもできないことに対して。

自分でもちょっと過剰かな?と感じ始めた
ある時

「心配しても、しなくても
なにか起きる時は起きるものよ」

という言葉にハッとさせられました。

そうだ。たしかに役にたたない感情だ!

その瞬間、交流分析のラケット感情の特色の1つとされる
「無意識に他人を操作しようとする企みがある」
という言葉に考えがリンクしたのです。

あ、もしかして?
誰もハッピーにしないこの嫌な気持ちは…?

パートナーや子どもに過度に依存している証拠⁉︎

それが相手の健康や安全のためであるにしても
その理由に自分を介在させたい、管理したいと
いう気持ち。
自分もそう気遣われたいという気持ち。
そんな本心に気づきました。

親との関係で思い出したこともあります。
私を不安にさせ、私が心配すると満足する親の顔

私が選んでしまっている馴染んだ感情生活。

本当の気持ちは「自分が助けられないと悲しい
もしくは「相手(や自分)が頼りない恐れや怒り」でした。

また「自分を守らなければ」という投影もあるでしょうか。

もとはといえば、親に関係した感情だった。
(過剰な感情的反応の土台の多くは親に対するものなのかも)

いや、現実に多くのことは天に任せるしかない^_^;

もし不安になり過ぎ、心配し過ぎだと感じたら
その対象に過度に依存し過ぎていないか、どうか
一度疑っててみてはいかがでしょうか?

すぐさまその嫌な反応が消えるわけではありませんが
そういうものだと理解することで、少しはその不快と
距離を置くことができるはず^_^

関連したこちらの記事もどうぞ^_^

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by dryangle | 2015-11-06 21:48 | 親子の関係 | Comments(0)
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副題:受け容れられなかったことを受け容れる。
副副題:受け容れられないこと自体を受け容れる。

我が家には長年連れ添っている愛猫がいます。
高齢になってきた今でも、毎日ゴロゴロと喉を鳴らしてはすり寄ってきます。
これみよがしに目のつく場所で、仰向けに転がっていることもしばしば。
これは「カマッテ~!」と甘えている親愛のポーズらしいのですが
その度にアタマの中で繰り返しつぶやくのが

猫でさえ、カマッテ欲しいと甘えるもの
いわんや人をや。オヤオヤ…


というフレーズです。

重たい話をしたいわけではないのですが、私には幼い時に無邪気に
親に甘えたり、またそれを受けとめてもらったという記憶がありません。
それどころか、親のぬくもりの記憶が…それすら記憶の底となる昔から
何度辿ってみても、背中に負ぶわれたことくらいしかないのです。

なんとか命までをも奪われることなく、身は成長することができましたが
生活環境が落ち着いてからこそ、離れてなお心を縛り続ける重く苦しい
親の枷を自覚させられることになりました。

今は愛情飢餓だの、承認欲求だの、attention seekingだの、欲求不満を
表す言葉には困りませんが、その存在自体を認めてもらえなかったり
否定されてきたり、支配されてきたり
した人は、相手(他者や状況)との
関係において、もはやとっくに欲求を通り超え、条件反射ともいえる
理不尽なラケット感情*や、それによって無意識につき動かされるような
強迫的な補償行為、または防衛・自虐・攻撃的な反応に苦しみます。
(たとえば、言い訳、ごまかし、模範アピール、調子よさ、ひ弱さ、ワルさ、駄々こね、イヤイヤ
被害者ぶる、逃げる、過剰な批判、落ち込む、卑下る、嫌み、かんしゃく…)

それら自体に加え、疲弊による精神の不調やその果てにすがるモノへの
依存により、さらに周囲の人を苦しめることになります。
それが負の連鎖

存在を認められるということは、とりもなおさずその場その時のありのままの
自分の気持ちを認め、受け容れてもらえる、共感してもらえるということ。

ナニをしたとかしないとか、言ったとか、身体の動きや出る言葉ではなく
抽象的ですがもっといえば、その
眼差しの彼方の存在、その素直な息づかいを認められているか
どうか。

誰かと心が通じる、つながるという感覚

自分はそこにいた。いろいろな欲求や正直な気持ちがあった。

受け容れてもらえなかった。

ということを、「自らが、認め受け容れることが癒しの山場」だと
いえるように思います。
それは自分の本心を見つけ出し、表現できるようになること。

本当は誰に対して?

悲しいのではないですか?
恐ろしいのではないですか?
起こっているのではないですか?
喜んでいるのではないですか?

それ以前に、心を通わせ、くつろいで、その場、その時
その人といたい(いたかった)のではないのですか?

まずは受け容れられない相手を、そして自分を、自分が受け容れる。

そして自分の気持ちや誰かの気持ちと、通じる、つながるという感覚
をコツコツ築き上げていくことです。

本当の自分自身も、周囲にいる他の人も
対決するのではなく、その本心に向き合い
心が通った時に互いに存在(の承認を)します。


陳腐な言葉なのですが、互いに心が開いていないとそれは叶いません
そう、眼差しの奥の扉を開かないと。

リラックスしていきましょう。
お腹を見せてひっくり返っている猫のように。
それを愛おしく撫でてあげるかのように。

*交流分析の用語。
親の承認(愛情)を得る手段として、本物の感情を封じて置き換えられた
条件反射的な代用感情「ニセの感情」
不安・焦り・イライラ・劣等感・優越感・罪悪感・羞恥心・被(もしくは加)害意識
気に障る、気に入らない、許せなさ、など


癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
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by dryangle | 2015-10-25 17:00 | 親子の関係 | Comments(0)
存在の承認(余談)
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
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問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
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先の記事はいつにも増して個人的な感覚で書き綴ってしまいました。

物ごころつく頃から感じていた、そして今も時折感じる違和感を
なんとか表現してみたくて。

いませんか?

人を、自分を、他人を、まるで物のように認識し、扱う人
関わり合いといえば指図と干渉、他者評価と自分アピール
しかしない
人、心の内が見えない、見せない人

自分がそこにいないような気分にさせられる

…心が通じ合わない人

子どもの頃、親の眼差しの扉が開いていないこと
自分のそれを見ていないこと

それが、罵声や暴力による痛みを上回る
恐怖と孤独をもたらしました。

(もちろん当時は理解できていませんでしたが)

ずっと思っていたのは
この人たちには自分しか見えていないんだな。
他人が活きる心を持った存在だということが
きっと感じられないんだな…ということ。

なぜなら、自分(の心)を殺しちゃってるから
時々発作のように一方的に感情を噴き出させるしかできない。

それからも、どうしてこんなにも多くの人は

見た目とか、名目や所属とか。なにをした(してる)人とか
そんなところしか見ようとしないんだろう?

でも、それらを大切にするべきなんだろうな
自分も努力しなくちゃな…などと思いながら

大人になったある時期、気がつき愕然とするまで
しっかり自分もそういう人になっていました(!)

今でも出会います。そういう人。
今でも時々反射的に自分を演じてしまいます。
ワタシも^^;

日本では、それがむしろ人と関わる文化的な背景を
持っているんじゃないかとすら思えるくらい。

けっこうそうでない人もいるんです。
オープンで自分に正直な人。
かえって近寄りがたいこともありますが。

多分、ですが。
子どもと動物には好かれるんだって人
きっとその眼差しの奥、心の扉が開いているんだと思います(笑)

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by dryangle | 2015-10-25 17:00 | 親子の関係 | Comments(0)
『闇(病み?)教育』はあったのか?②
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人は、それが罪やいけないことだと教えられないから
自分や他人を傷つけ、命を脅かすわけではありません。

子どもとしての調和と人格の統一を傷つけられず
両親に保護され、尊重され、欺かれることなく育った
子どもは、青年期もその後も…(中略)…人生を楽しみ
他人や自分を傷つけたり、殺したりしようなどという
気持ちになることはありません。

『魂の殺人』の著者、アリス・ミラーの言葉です。

青少年期の挫折をキッカケに、意欲を失うばかりか
人間性までを損ね、ついには猟奇的といえるような
犯罪に至ってしまったといえる事件が、繰り返され
気がかりでなりません。

共通して「教育熱心」とされる親によって、いったい
どのような教育を受けてきたのでしょうか?

ふと教育虐待という言葉が頭をかすめます。
あきらかに利己的な暴力という様相でないがために
実際には蔓延している危惧感を覚えます。

「子どものために」のその接し方が、独善的であったり
本人の主体性の芽を摘む結果となっていないでしょうか?

理想的な鍛錬ではあっても、それが己の動機や意志でなく
他者の意図により行うものであれば究極の逆効果。

愛情飢餓と言ってしまうと、大袈裟に聞こえますが
現実には、養育者(後には他者)と自分の素直な想いや気持ち
(単純に喜怒哀楽)を共有することで心を通わせ合うという
(とくに幼少期の)経験に加え、成果ではなく存在自体を
望まれていると実感する
ことにより、情緒と自己肯定感が
育まれます。

ところが、大人の側の理由によって知育や技能習得が優先され
心の交流がなおざりになってはいないでしょうか?

ましてや、そこに感情的な圧力や支配、否定、無視、皮肉
威嚇、体罰、暴力といったネガティヴな力を用いることが
常態になってはいないでしょうか?

ひどい目に合わされた子どもが犯罪者にも精神病者にも
ならないで済むためには、少なくとも誰か一人
子どもではなくその子の周りの人間の方がおかしいのだと
はっきりわかってくれる人に出会う必要があります。

アリス・ミラー

自分を苦しめるこの世界や他者のあり方がけっして普遍では
ないこと、自分が存在すること自体の喜びを知るチャンスを
誰もが探し当てられることを願ってやみません。

以下は「闇(病み?)教育」と青少年の猟奇的な犯罪
教育虐待に関連したこれまでの記事です。
ヒトラーの親子関係と「魂の殺人」
『闇(病み?)教育』はあったのか?
教育虐待


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by dryangle | 2015-02-11 11:00 | 親子の関係 | Comments(0)
愛情の科学
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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心や脳の話に関心があるせいか、最近はセロトニンに
連携するオキシトシンという脳内ホルモンについての
話題をよく目にします。

出産時の子宮の収縮や泌乳を促す働きがあるそうですが
これが他者との愛着、絆を結ぶ能力に影響するそうです。

いわば生きるための拠り所という感覚を築くのです。

オキシトシンの分泌が少ないと、不安やストレスへの耐性が弱まり
成長ホルモンの分泌や免疫系の働きが不活性化されるばかりか
安心感や満足、喜び、楽しみを感じにくくなります。
性格的には寛容さが失われ、神経質や潔癖症などの過敏性が
高まり、怒りなど負の感情のコントロールが効きづらくなるそう。
成長期においては非定形発達の一因ともいわれています。

― 生きることが苦痛で不快な体験と感じられる ―
生きづらさや心の不調を訴える人の状態と符合します。

このオキシトシンの分泌は文字通りのスキンシップや
多様なふれ合いによって促され、その受容体の量は
幼い頃にどれほど愛情ある世話を受けたかどうか?
によって決定されるそうです。
生後間もなくから1,2年まではとりわけ重要な時期。

「まだ、なんにもわからないから」は危険な大ウソなのです。

遺伝的な器質やその後の経験も要因として少なからず関係する
でしょうが、慢性的な存在不安や愛情飢餓の状態、具体的には
根拠がなく漠然とした不安や孤独、注目や承認への渇望、自意識過剰
自己だけでなく他者や世界への信頼性のなさ、無気力、無関心、投げやり
冷酷、依存、幼児的な甘えや駄々こね(大人の赤ちゃん/コドモがえり)
失敗・批判・忠告への過反応、過剰適応(もしくは抵抗・攻撃・防御)、対人恐怖
シリアスさや落ち込み、不自然なまでの義務感や責任感・自己犠牲・勤勉性
罪悪感の強さ、自己愛の問題…キリがないですが^^;


イライラ、ピリピリ、カリカリ、オドオド、ソワソワ、ビクビク

それらが常態となり、人間関係のトラブルや心身の不調を起こす
心の状態を生理的に説明できる要素の一つだと感じます。

本人が親となっては、その母性を起こし、形成する作用
としてもオキシトシンの分泌は重要な役割を担います。
もしその量が少なかったり、働きが鈍かったとしたら?

たとえ愛した/愛されたつもりでも、それが心のぬくもりではなく
子の自発性や主体性を無視した親の支配や自己満足である場合
やはり子どもの心に不安定な要素を残すことになります。

そのように接してしまう親のあり方を批判するだけではなく
彼らもまたかつての子どもであったということに
目を向けること、情報を共有することが大切だと痛感します。

子育ては子どもの愛着だけではなく、親の心の内に
新たに愛する能力を育む絶好の機会とも
なり得るのですから。

個人的には、愛情は楽天的な質感を持つと思います。

やさしい言葉(心)を交わしたり、些細な変化に心の目を向けたり
微笑み合い(爆笑してもいいのですが^^)、ともに草木や動物を
愛でたり、ともにマッタリしたり…

問題を自覚()し、大切な人()と愛情を交わす関係を築いていこうと
今からは自分で選択するという自己修復の能力は残されているのです。

経験から、その働きかけをまず原因となった養育者に向けることはオススメしません
 とくに「良い子タイプ」にとっては、それが不毛なばかりか心の傷を悪化させる恐れがあります。
 このタイプは自分のネガティブな心情や本音を自覚し、吐露できることが大切です。

このために自分の経験や蓄積した想いを具体的に言葉にして表現することも一つの方法。
 それ自体がカタルシスや癒しを生む効果もあります。


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by dryangle | 2014-03-07 09:45 | 親子の関係 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り