金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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カテゴリ:子育て・教育( 17 )

やさしくできないのはなぜ?
それは、ズバリ。
やさしく仕方がわからないから。
なぜなら、それまでやさしくされてこなかったから。
代償を期待されるニセのやさしさにしかふれてこなかったから。
失敗や、弱さや、欠点、みっともなさを、やさしく許されたことがなかったから。

そして…
自分の方がやさしくしてもらいたいから。

相手の失敗や弱点に、不満がわいてやさしく許すことができない。
相手の言葉が自分への責めに感じられ、過剰に反撃してしまう。
思いやりややさしさ、共感といった言葉が偽善に感じる。
誰かに自分の弱さや欠点を見せることに抵抗がある。

これらはすべて、これまで周囲の人から学びとった心のあり方です。

この世に信頼に足るヒトはなく、この世は信頼に足らない場所である。

というメッセージを受けて、生きてきた結果に他なりません。

…ワタシ自身もその一人でした。

まだ子供の頃、お友達の家に招かれた時にウッカリ食器を落として
割ってしまいました。その家のお母さんは

「大丈夫?怪我はなかった?」と聞いてくれたのですが
ワタシは失敗への罪悪感から、ひたすら謝り続けていました。
そのお母さんが「モノよりもヒトの体の方が大切でしょう?
と言った言葉を、今でも衝撃的に覚えています。

ワタシの方が大切? 

こんなワタシが大人になり、誰かにやさしくしようと望んだときに
当然どうやって接したらいいのかわかりませんでした。
記憶の底から探し当てたのが、この出来事だったのです
(こんな経験すらなかったら?と思うと、気持ちが凍ります)。

物事の結果よりもアナタ自身の方が大事だよ。

そうイメージして、言葉や態度を選ぶように努力してみました。

知らなければ、練習しなければ、できるはずがないのが当たり前。
やさしさや思いやりが、高度な能力なのだとつくづく知りました。

ある人の役割よりも、その人自身の方が大切だと思えますか?

親として、子供に伝えておきたいことはそれだけです。
ワタシもいまだ発展途上人なのですが。
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by dryangle | 2007-06-06 14:51 | 子育て・教育 | Comments(0)
「怒らないしつけ」について③
さらに続きです。

言葉だけを聞くと抵抗を感じるようなしつけ無用論を提唱されている
平井信義氏は、その著書の中で

思いやりや我慢の心は、感情的に叱ることではなく
親が手本となることによって育むことができる
と述べ

・思いやりの心・自発性・社会性・知識をバランスよく育む
という理念を紹介しています。

その氏自身も叱ら(怒ら)ないこと*放縦(ほうしょう)にさせることは
まったく意味の違うことであると先に明らかにされています。
子供への接し方の提案ついては著書に書かれていますが、
ワタシ自身もとくに幼児期までのアタッチメント(愛情・愛着)形成を優先した
子供との関わり方については氏の考え方が大変参考になりました。

人格を育む土壌には愛情という肥料が欠かせないということだと思います。

成長の速度は個々に違いますし、お子さんそれぞれの個性もありますから
大人(親)の側がその都度、接し方を模索することが大切なのではないでしょうか?

以上の話を含めた意味で、ワタシ自身について言えば
怒る(叱る)親でもあり、怒らない(叱らない)親だともいえます。

母親となった時に子供との関係で胸の内に決めたことがあります。

子供を支配しない、子供に仕えない

怒る(叱る)・怒らない(叱らない)という表面的な部分に固執してしまうと
本質を見失うことがあるように思います。

*放縦(ほうしょう)=何の規律もなく勝手にしたいことをすること。また、そのさま。
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by dryangle | 2007-04-18 13:03 | 子育て・教育 | Comments(4)
「怒らないしつけ」について②
前回からの続きです…

意欲を持ってチャレンジしたら失敗してしまった。この時の親の反応の
違いはその子供の意欲や失敗についての価値観を決定します。
親の側が結果のみについて、静かに不快の表現や毅然とした態度を
見せれば、子供は新たに別の結果へと再チャレンジしますが、(感情的に)
分別なく怒ればその行動自体を忌むようになります。
体罰はさらにそれを強化することになります。

物事の善悪を知るどころか、怖れによって行動を規制するだけ
というパターンにつながりかねません。

命に関わるような危険に関わることを危ないと教えるためには?と
思われるかも知れませんが、この時期に命に関わるような危険から
子どもを守るのは大人の役目ではないでしょうか?
またマナーを教えるにあたっては、子ども自身が大人のようなふるまい
興味を持ち始めた時、それがマナーを学ぶに足る成熟を知らせる合図。
なんとか寛容に待ってあげたいものです。

親の側が焦り、せかし、強引にすれば、子供もそのまま学び、応えます。
応えきれないことに感情的に行き詰まり、問題行動をさらにエスカレート
させることもあります。
親子の葛藤が堂々巡りになっているケースも多く目にしました。

しつけは経験による情動と動機の結びつけですから、もともと感情との
結びつきはあって当然だといえます。
感情とともに深く刻み込んだものは、感情的に反応してしまうという
無意識の領域での条件反射ともいえることであり、親自身がそれを持つ場合
無意識の領域での反射の感情的な怒ると理性的な叱るを現実の場面で
意識し区別していくのはかなりの努力が必要でしょう。

怖れによる縛りから、理性によって自分を律することへのしつけのあり方の転換
今まさに怒らない育児が提唱されているのは、この意味における親の側の努力
が必要
ということだとワタシ自身は理解しています。
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by dryangle | 2007-04-18 12:40 | 子育て・教育 | Comments(0)
「怒らないしつけ」について①
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
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育児の話題において、つねに議論の的になる怒らないしつけ

まずは怒ることについてのそれぞれ解釈や感覚の違いに
目を向けてみる必要がありそうです。

親の側のさまざまな反応を、しつけの名のもとに怒ると一からげに
表現されていますが、その中には文字通り怒り(いかり)という感情を
たんに爆発させている
こと(親の側のかんしゃく)もあれば、冷静に
たしなめたり、タイムアウトの方法などを駆使することも怒る
(最近はこれを叱るという言葉で区別するようですが)に含まれています。

この二つをハッキリと区別した上で、ワタシとしては
前者はしつけではなく(勝者の決まった)パワーストラグルであり
後者はしつけのテクニックと呼べるものだと考えています。

まずしつけは、この世の(とくに親の)道理や価値観を子供の中に
観念として再生産
するものです。
それが本当にリーズナブルで必要なものかどうか?
親の側もその観念を検証するくらいに謙虚な態度が必要だと思います。

もちろん、時には感情的になって反応してしまうこともあるでしょう。
たとえ感情的に責めてしまっても、親がそれを反省する姿勢さえあれば
子供にもその反省する姿勢が伝わって(刻まれて)いくのだと思います。

ただ、とくに気にかけておきたいことは…

しつけの理由で、もっとも大切だとされる善悪の区別ですが
(人間関係などの)抽象的な事柄について、それを理解できるのは
脳や精神の発達からいっても一般的には小学校中学年の年齢に及ぶ頃です。

赤ちゃんから幼児期にかけて脳は内側部分から発達し、周囲の事柄と情動
(感情)を結びつけていく基本部分の作業をものすごいスピードで行っていきます。
この頃が好奇心旺盛な時期でもあることは、経験的に知られる通りでして
本人は意欲的にその作業を行っていきます。

この時期に親(周囲)から与えられたメッセージは
この世からのメッセージだといえるほどに重要なのです。
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by dryangle | 2007-04-18 12:11 | 子育て・教育 | Comments(0)
体罰は"効果的"なのです。
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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●追記● Jan. 22 '13
ここ最近「体罰」というキーワードで検索されて、この記事を
読まれる方が多いようです。
体罰を苦にした高校生の自死という悲しい出来事が世間を
騒がせていますが、いわゆる体育会系的な指導について
あらためて考えてみました。…→読む


しつけのために子供を叩くか、叩かないか賛否両論ですね。

価値観の違いという二極論にして片づけてしまう前に
ぜひ、しっかりと検証してみてください。

とくに、言葉による理解やコミュニケーションが未熟なお子さんの場合
その行動をコントロールする手段としての体罰は非常に効果的です。

叩くしつけ肯定派の方々が口を揃えておっしゃることは
口で言ってもわからないから、体に覚えさせるということですが

まさしくその通り!罰(痛み)を受ける恐れによって
行動を規制させることが他人をコントロールする最も効果的な方法
だと誰もが経験的に知っているのです。

この点で、その時の結果だけを見れば体罰が子どものしつけに有効
だという言い分は間違っていないのです。

成長してから「あのとき親に叩かれて(力による規制が)よかった」と
言える人は全般的には親子の関係が円滑であり、現在その人が
幸福な状態であるからだといえます。
もしくは、親や自分の行為を強迫的に肯定しようと
観念にすり込まれている
か…

専門家の間では、前者は非常に幸運な例外とされています。

多くの場合において、叩かれたことは、恐怖と、屈辱と、怒りと、そして
「自分が悪かった」という自己否定の習慣が感情とともに刻み込まれます。
とくに長期記憶の成立しない年齢では、その後にその事柄をふり返って
それが親の愛情による行為なのだという意味づけを行うことができません。

後になって、自己肯定感が得られないことによって精神の不調を訴える
こととなる原因ではないか?と考えられているのです。
これは体罰に限らず、言葉でひどく責める場合も同様ですね。

また、しつけや怒りの表現としての肉体的(&精神的)罰を受け手としても
また自らが行い手としても容認させられるという側面があります
(これが前述の観念へのすり込みです)。
将来、DVの加害者や被害者となってしまう精神的背景につながりかねません。

想像ですが、叩くしつけ肯定派の方は、ほぼ例外なく叩かれて育った
のではないでしょうか?

戦争やテロなど、大きな規模で起こる悲劇的な暴力までも
感覚的に容認できるヒトがいることも理解できるような気がします。

この世界から暴力を絶やすには、個々の家庭内においても
非暴力主義が実現されることが、重要なのではないでしょうか?

ガンジー並の精神力が必要かも知れませんが…(〃´o`)=3

罰を怖れる(怒られるから)という動機ではなく、自らの意志に
よって行動を律する
ことのできる子供に、そして人間に
育っていって欲しいと思います。
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by dryangle | 2007-03-15 10:28 | 子育て・教育 | Comments(9)
兄弟(姉妹)仲はいいですか?
子供の頃は、その動機や行動のすべてが

親からの承認(肯定)を受けとるためにある

といっても過言ではないかも知れません
(成長すると、これが社会や他の人からの承認への欲求と転じていくのですが)

これが脅かされるという不安を感じることによって
兄弟(姉妹)をライバル(敵)視し始めるように思います。

どこで聞いた(読んだ)のか、ハッキリと思い出せないのですが^^;
非常に仲の良い兄弟(姉妹)に

「兄弟(姉妹)どちらが親に愛(大切に)されていたと思う?」

と問うと、必ず双方が

「自分が一番愛(大切に)されていたと思う」

と答えるというんですね。

ところが、世間では
兄弟(姉妹)の方が自分より可愛がられてた
感じてきた人が案外多いものです。

この辺に重要なキーがあるのではないでしょうか?

こんな心理が出来上がる背景には、必ず親や世間から
兄弟(姉妹)を対照や比較にした評価を経験しています。
平たくいうと、お姉(兄)ちゃんなんだから・年下なんだからという
前提の上でのこうあるべき・こうあっていいというセリフですね。

幼いうちには、発達の過程といえるトラブルやイザコザが
あって当然だと思います。

「仲良くしなさい」という言葉や叱咤は、その時の表面の行動を
コントロールできるだけに過ぎません。

兄弟(姉妹)を愛すべき対象・助け合う家族なのだと、その心根に
しっかり築くためには、私たち親自らが家族のメンバーに対して
心からそう思いそのようにふるまっていく以外にないように感じます。

もう一つ、親を共通の敵として兄弟(姉妹)が結束した仲の良さ
というのがありますが、これはこれで少々哀しい気がしますね。



↑「心のカラクリ」に興味のある方へ…よかったら、お立ち寄りください。 
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by dryangle | 2007-01-25 12:45 | 子育て・教育 | Comments(0)
心のあるオトナですか?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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「ルール」と「マナー」の違いについて、少し考えてみませんか?

ルールの代表的なものは法律です。
これは社会におけるトラブルを回避するためにあるもの、
とワタシは考えています。

法律以外にも、暗黙のルールや常識というものがたくさんありますよね。
法では罰則、そしてルール違反は社会的制裁(オオゲサかな^^;)
のみならず、現実に危険に巻き込まれる、トラブルが起きる、等々の
"イヤ~な気分になる"「負」のリスクが、それを守る(らせる)動機となっています。

これに対してマナー。

またまたワタシ個人の勝手な解釈で恐縮なのですが
これはコミュニケーションや社会生活を「円滑に・美しく・気持ちよく」
するための知恵や美意識といった精神文化。
前向きな理由による「正」の動機で行われるものだと考えています。
平たくいえば、自他ともに"イイ~気分になる"ため。

ところが、子供にしつけを試みるときに、叱って"イヤ~な気分にさせる"など
「負の動機づけ」のみの一辺倒にはなってはいないでしょうか?
アナタは、そのようなしつけを受けて育ってきてはいませんか?

とくに、思いやり・マナーを伝える時に「負の動機づけ」をしてしまうと
その美意識の本質である「心」が伝わらないように感じます

「やさしくない社会」は、心が伝わっていない人々の社会。

またしつけには子供の「心の発達進度」を見極める必要があります
たとえば脳や発達心理学における性格形成の過程をみると…

・三歳までは「感覚・感情」
・六歳までは「親の真似」
・十二歳までは集団の中で「自己形成」
・以降大人まで「リハーサル」

という順序があるそうです。

社会的態度といった性格も、もちろん生まれながらのものではなく
経験や刺激、つまり(とくに母)親と周囲の人々からの影響によって
身につけていく、言い換えればやはり「すり込み」なのですよね。

三歳までの子供が「大人のようにふるまう」ことは、土台無理な話で
(可能だとすれば、強力な「負の動機づけ」による行動規制といえます
これがその後の心の健全な成長を阻害することも指摘されています)。
この年齢までのお子さんにとって「ふさわしい場」が提供されることが
お母さんや大人側のストレスを軽減することにつながるように考えます。

お母さんと「場」を踏みつつ身につけていく時期、自分から進んで学ぶ時期
そして実践する時期を経て、大人へと成長していくのですね。

アナタは心のある大人ですか?

コメントを承認制にいたしました。送信してもすぐに反映されません。
よろしくご理解ください。

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by dryangle | 2006-07-31 19:30 | 子育て・教育 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り