金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


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カテゴリ:周囲の人との関係( 44 )

ココロの幅寄せ体験
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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引き続き、人間関係の話を少々。

意外と多いのが、その場に必要のない批判や嫌味で応じてしまうこと(人)。
誰でも、ファクターによっては同じ反応をしているかも知れません。

これは当人が、ネガティブな反応によって自分の「ささやかな自尊」を
守っていることの表れだと思います。
それを認めてしまうことで、自分が自分を責めて(劣等感を刺激して)
しまうのを、なんとか防ごうとしているのではないでしょうか?
嫉妬は自分自身をも苦しめるものですから。

このような方との「付き合い方」ですが、その批判などにウッカリ「同意」してしまうと
廻りめぐって、良好な人間関係に亀裂を及ぼしかねませんよね。
とはいえ「否定」してしまうと、センシティブなこの種の人をこれもまたウッカリ
傷つけてしまい、悪意を持たれかねません。難しい…^^;

なので、ここはあくまで「中立・自分」に徹することに気をつけるといいように
思います。具体的には「へ~そうなんだ?」「そう思ったんだ?」「なるほどね」
などなど、認めるでも否定するでもない良い具合の受け応えをいくつも用意
できるといいですよね。

ところで。

こういった人間関係のお悩みに対しての、最近の王道は
「(適当な)距離をおく」といったポイントに集約されてきています。

これが必要な場合ももちろんあるのですが、用心や疑心暗鬼のためか
最初から「距離をおく」お付き合いが普通になってきました。
それはたしかに無難ではあるのですが、それによって「親しさ・親密」を
共有するような深い交流の経験が少なくなくなってきます。

昨今言われる「人間付き合い(関係)の希薄化」ってところでしょうか?
「ウマクやっているけどちょっと孤独」という人も増えているように思います。

多少のイザコザ・ドタバタ騒ぎによって、怒りや泣き笑いを共有してこそ
互いの心は近づくものなのかも知れませんね。
心の底ではそれを求めている人が多いのでは?と時々感じたりします。

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by dryangle | 2006-10-17 19:47 | 周囲の人との関係 | Comments(0)
「ココロの幅寄せ」と「干渉」~表裏一体の危険性
人間関係はココロの交流。

これには相性という「相対性」の問題が存在します。

誰かの心に近づくアプローチと干渉の違い。
キチンと理解できていますか?

自分も相手も心の境界がオープンであり、しかも「自分の領域をきちんと守る」
ことのできる人の場合、他の人の意見などを真摯に、またさらりと軽く受けとめ
お互いに親近感を共有する楽しい関係になれるのではないでしょうか?

ところが心の境界に壁を築いている人は、それを「侵入」としてひどく嫌います。

壁の厚さは、その領域が不安定で弱いものであることの証拠です。
他人の他愛ない「自分の意見」を、「介入と」感じとることで
ひどく不愉快に、腹立たしく、そして不安になってしまうのです。

その種の言葉によって、心の中に「強制される・従わなければならない」と
いったプレッシャーを自動的に再生してしまうのではないでしょうか。

それは、その心の領域があくまで「自分の権限」である、という自信に
乏しいことだといえるような気がします。

とくに「したいこと」よりも「しなければならない(義務感)」ことを
中心に物事を考える傾向のある人、「自分だけがシアワセになっては
いけない(罪悪感)」などの気持ちが強い人は、いまだに自分の心の領域が
他人(多くの場合親のプログラムですが)に支配されており、その壁も厚い
傾向があります(親しさを「装ったりする」ので、見抜きづらいですが)。

このような人の心にウッカリ分け入ってしまうと、跳ね返されるのがオチ^^;
距離をとられたり、絶縁されてしまうこともあり得ますよね。

なので、相手の権限を最大限に尊重するような「話し方のコツ」が
必要かも知れません。

こちらが何の気なく意見を述べただけで、それ(が自分の考えと違うこと)を
非難・批判・反対と自動的に受けとる人がいます。
自分の心の領域の不安な人です。そういう方には、なるべく先に意見を言って
もらうようにし(後からだと、合わせるために本心と逆のことも言ったりします)、
それに充分共感し、受けとめた後に、こちらの意見も主張式ではなく
折り合いをつけるような話し方にする、など。

時勢を反映しているのかも知れませんが、お互いに心の壁が強固になってきて
いるような気がします。
それぞれ「自分の領域をきちんと守る」「他人の領域を支配しない」ことが
できるようになれば、ココロの交流をもっと楽めるようになると思っています。
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by dryangle | 2006-09-20 10:33 | 周囲の人との関係 | Comments(0)
アナタの周りにもいませんか?
たとえば、誰かの成功や調子のイイ様子が話題に上った時に

「へ~ スゴイ!素晴らしいね~!」

素直に褒め言葉を言うヒトがいます。

「私には○×だから、あり得ないわ」

ちょっと言い訳めいたこと、さらには嫌味や批判を言うヒトがいます。

後ろのケースでは、その話の内容によってその人の
「自尊心」が傷つけられています。

ある種の話に対して、自分が攻撃されたという脅威を感じ
自動的に反応する「自己防衛」のカタチです。

多くの人には些細な内容が、「心が傷だらけ」の人にとっては
その傷の痛みにふれる「攻撃」だと感じてしまうようです。

そして自分の心を守るために、無意識に筋違いともいえる
攻撃を、周囲に仕掛けてしまうのです。

「自分なんて」という劣等感を表明する言葉に変わって
聞き苦しい言い訳、さらには他人の批判・悪口・罵詈雑言。

そういう人こそ他者との関係をより必要としたりします。

こういった自動的な反応をしてしまう時、その人は
「相手が自分を承認してくれるかどうか」に依存しているのです。

そのような人の心が、最小限の安定を得るためには
(その人にとっての)みんなが自分を認めてくれていることが
必要なのです。

自分で自分を肯定できないゆえに、誰かからの「肯定してもらえる」
言葉を渇望しているのでしょうね。

それを求めるパターンが、相手を「攻撃」することなのですから
大抵は叶うことなく、ますます不満を溜めていく結果になりそうです。

考えてみたら、「愚痴」も同じようなメカニズムかも知れません。

包容力のある人に共感してもらえれば、気持ちは癒されるのでしょうが
相手かまわずブチまけると…

お互いに「自己防衛」のために攻撃し合うことから、ケンカが始まります。
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by dryangle | 2006-08-08 19:30 | 周囲の人との関係 | Comments(0)
他人に関心のない人
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


誰かと会話のチャンスがある時に、こちら側から積極的に自分を
アピールすることを控えて、相手の話を聞くように心がけてみます。

すると相手にこちらへの関心(質問や聞く姿勢など)が、ほぼない
ばかりか、さっさと相手側の話にすり替えられてしまうパターンの多いこと!

こちらから積極的に話そうとすれば、一応内容を聞いてはくれるのですが
それよりも「私の話を聞いて!私に関心を持って!私を評価して!」という
オーラが伝わってきて圧倒されそうになります。

グループでの会話の場合には、自分にメリットのない話が続くと
待ちきれずに不愉快そうな表情をする人も。
他人のウワサや批判には、さも関心大アリと聞き耳を立てるのに。

ワタシ(筆者)の話などには、まったく関心も興味もないご様子(^∇^)なのは
ともかく、多くの人々に「自分に関心を持って欲しい」欲求が募っている
ような印象を持ちました。その裏側となる一方で
(良い意味での)他人に対する関心がなくなってきているのではないか?
と思わせられることしきりです。

余談ですが、誰かが自分の思い出話などで懐かしんでくれるということは
「関心を持たれている」だけでなく「愛されている」「大切にされている」という
を感じることができ、一種の喜びにつながるのかも知れませんね。

ワタシにはワケあって、その種の思い出話をしてくれるような
親や親戚が皆無。

かつて主人の両親に、主人の子供時代の話をとうとうと聞かされること
(彼らには楽しみに違いないのですが)が苦痛になったことがありました。
どうしても怒りに似た感情がムクムクともたげてきてしまって。
これが自分が求めても得ることのできない親の愛情に対する嫉妬
なのだと気がつくまでに、あまり時間はかかりませんでしたが。

愛情飢餓は、負のエネルギーを生むものだとつくづく思います。
「関心を持って欲しい」は、きっと「愛されたい」「大切にされたい」ということ。

現状は求める側が異常に多いということなのでしょうか。

アドラー心理学で知られるアルフレッド・アドラーは

『他人のことに関心を持たない人は苦難の人生を歩まねばならず、
他人に対しても大きな迷惑をかける。
人間のあらゆる失敗は、そういう人達の間から生まれる。』


と述べていますが

関心を持って欲しい ≒ 愛されたい」と置き換えてみると

他人のことに関心を持たない人 ≒ 愛することをしない人

となり、妙に含蓄のある言葉に思えてくるから不思議です。

(10年後のこの記事もどうぞ→自分にしか感心のない人~自己執着~ )
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by dryangle | 2006-08-07 19:30 | 周囲の人との関係 | Comments(2)

Illustration by ふわふわ。り