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金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:ココロのカラクリ( 120 )

精神的依存からの卒業(共生関係を見直すプロセス)
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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こちらで何度も話題にしてきた共依存という心に原因のある問題と
その言葉はかなり定着してきたように思います
以前の話題では心理的癒着という概念でお話しました)。

別な視点・言葉を使って共生関係とも言われますが、この見方で
考えてみると良くも悪くもこの関係性はそこここに見て取れます。

かねてから無意識のつながりの根拠とされている一つに、関係の
ある二人、もしくはグループが同一個人のようにふるまうという
事象があります。

一人が他者(相手)の主体が権限を持つはずの感情や思考、行為
などを自分ごとのように介入・決定・操作してしてしまう

これは親子関係の初期(子どもの自我が未分化の時期)において
当前のことなのですが、いつまでも子どもの自我・主体を切り離す
(尊重する)ことのないまま、人格が未分化のまま*に、主従関係
が常態になってしまうことで起こります。

直接的なやり取りだけでなく、顔色や空気を読むといった、非言語
コミュニケーションによっても意識の奥に構築されていきます。

不幸な場合*に、そのコントロールと不本意が葛藤することで起こる
神経症的な不安反応罪悪感や恐れ、癇癪や怒り、ショックや落ち込みなど。
親の威圧や発作的な暴力、苦労や奉仕アピールといった支配バリエーションによる
)に
揺さぶられ、ふり回され、結果として屈服してはその反応を強化し
(強迫的になっていき)ます。いずれ精神を病む可能性も高いです。
分離不安症状とも、精神分析でいう固着点への退行症状とも重なるように感じています。

「された」側は自分の感情や思考、行為を代行されてしまうことで
主体である自分(やその気持ち)がわからなくなる
この存在不安の穴埋めの(自己愛の不満を満たす)ため、強迫的に
自分や他人をコントロールする(面倒をみること、みられることに
依存する)相手を作り出すという連鎖が起こります。

つまり相補的に成り立つという意味での共生関係

たとえ親や当事者がいなくなっても、依存プログラム*がそのまま
削除されず(内面化して)残るために、同様の他者とも似たような
関係を繰り返しやすいのです。

ここで本来の自分を育てなおすという発想が生まれます。

(幼児のままでいる役割、もしくは内面化した親の役割に)
乗っ取られたままの自分を、自分で育て、自分として開放する。

心理的離乳や精神的自立というのは、親子関係(つまりは面倒をみる
・みられる役割)を卒業する
ということなのです。

卒業したうえで、思いやりによって必要な時に支え合えるのが成熟

自分の依存性、幼児性(愛情飢餓感、承認欲求や不安や孤独感が強い)
に気がついた(外側から見ることができた)時にこそ、自分解放の
プロセスのスタート。

個人的には、もっと早く苦しい依存プログラムから脱出したかったと
思うのです。
…いや、今でも時々
条件がそろうとつい「乗っ取られる」自分がいますがemoticon-0106-crying.gif

*
母子カプセルとも呼ばれる。双方にとって居心地の良い場合も。
*これが日本文化として良い意味で「うまく」機能していたという考えもあります。
*ある分野ではンナーペアレンツ、インナーマザーの概念。

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by dryangle | 2017-01-16 15:36 | ココロのカラクリ | Comments(1)
引き寄せ合う関係
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「類は友を呼ぶ」ではないですが、人にはみな個性があり
趣味や気の合う合わないによってそれぞれの関係の距離が
近づいたりも遠のいたりもしますよね。

いわば心のアレルギー反応のように現れ、こちらでも度々
話題にする負の気持ちである「劣等感・罪悪感・被害意識
という心のプログラム。

これにも磁石の±のように引き寄せ合う関係があるように
思います。
劣等感の匂いは優越感を示したい相手を引き寄せ、罪悪感
の匂いは正しさを振りかざしたい人、被害者意識の匂いは
責めたい人や偽善の人を集める誘蛾灯のようかと感じます。

磁石と異なるのは、同類が反転して寄ってくるところです。
劣等感を持つ者同士では、いずれどちらかが優越感を示す
ようになり、罪悪感を持つ者同士は一方が正しい人になり
被害意識を持つ同士には責める側が現れてきます。

反転するのは、負のエネルギーの強さの優位な側
(多分そうだと感じる)

重複して持つものでもありますから、順列組み合わせは無限。

さらには。ふさわしい相手がいない時、起こることをネタに
自分自身が自分を軽蔑し嘲り、正しさで縛り責め苛む役割へ
転じたり
もします。甚だしきはそのネタをひき起こすことも。

まったくもって主観に基づいた話で恐縮なのですが、心して
観ていると、けっこう当てはまるように実感します。

もし自分の中に
怒りっぽさや、落ちこみやすさ、傷つきやすさ、心のクセ
傾向性を自覚したら。

そんな気持ちにさせられる原因や自分の正当性を探す前に
それが「劣等感・罪悪感・被害意識」の、何れかによるもの
ではないか?と自問してみてください。
自動反応(スィッチオン)的な心の動きなのではないか?
確かめてみてください。

それがその通りだと知るだけで、引き寄せ合う負の関係や
出来事、それを体現する相手との縁が切れるかと思います。

磁石と違って、すべてがマイナス。
マイナス同士が引き寄せ合い、反転してもなおマイナス。
そんな働きのようです。

あえて言ってみれば、プラス性というのは「自分の意志で
近づいたりも、離れたりも、できることや関係でしょうね。

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by dryangle | 2016-12-18 20:58 | ココロのカラクリ | Comments(0)
屈折した承認欲求(承認依存)
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承認欲求というと通常、褒めてほしい、認めてほしい、評価してほしい
といった類の気持ちだと考えますよね。

もちろんそれは心の健康な人にもあるもので、ヤル気の素にもなります。

ところが、安全欲求と同じレベルで他者の承認が自分の存在理由の
大前提
とまでになってしまうと、時に狂ったように意固地になって
相手・他者のアテンション(注目)を得ようとしてしまうのです。

「カマッテ欲しい」の屈折バージョン

謝って欲しい、感謝して欲しい、悪いと思ってほしい、従って欲しい
大変だと思って欲しい、肯定して欲しい、可哀想だと思って欲しい
叱って(責めて)欲しい、許して欲しい
不幸だと認定して欲しい⁉︎
命令(指示)して欲しい、チヤホヤして欲しい、自分を立ててほしい
目を離さずにいて欲しい、羨ましがって欲しい…キリがありませんが。

それらはつまり、すべて私の価値を認めて欲しいの変形なのです。
これらは養育者とのコミュニケーションパターンが滲み出ます。

ちなみに、私の親もどうでもいいことで怒り狂う時には必ず
「他人は叱ってくれないんだからね。ありがたく思え」と言っていましたっけ。
私には誰にでも自分がけっして悪くなくても謝るクセがありました。

そのパターンが刺激される状況に陥ると、スイッチが入ったように
(妄想の脳内上映が始まり)それを要求する言動に走ってしまいます

感情的脅迫と呼ばれるような、恩着せがましさ、自慢や自己顕示
犠牲や虐げられてるアピール、忙しさや頑張ってるアピール
嫌みや皮肉に嘲笑、マウンティング、さらには号泣や恫喝…
といった振る舞いはド定番です。

罪悪感や劣等感に被害者意識を刺激
し、押しつけのコントロールを
「あなた(誰か)のために」とすり替えるのはもはや常套句

すべて物乞いならぬ気持ち乞い。

ただでさえ希薄な自分の存在価値を確認する裏づけの気持ち乞いです
から、そのエネルギーといったら並大抵ではありません。

「心のエネルギー泥棒」といわれる人もこのタイプです。

同じプログラムを持たない人には、しつこい、ウザイ、クドイと思われ
離れていかれる一方で、反対にそれを持つ同士の間には持ちつ持たれつ
の依存関係
が生まれやすいのです。

自分の中に、相手の中に、それを発見したら
不毛で消耗する関係を断つチャンスです。

自分が自分で根拠もなく、ありのまま、そのまま価値があると思える。

そのように自分の側が変わるだけで、存在価値を奪い合うのではなく
互いに気持ちよく認め合える間柄に人間関係も変わっていきます


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by dryangle | 2016-12-04 20:44 | ココロのカラクリ | Comments(0)
心の条件反応(暗示による解離?)
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これほど心についての知識を求め集めても、運動の能力と同様に
理解することと、実際に「自分の心を解き放つ」能力を得ることは
ベツモノです。

心の内でラスボスと呼ぶ親類からの連絡や荷物が届くと、動揺し
しばらくは憑りつかれたように心ここに在らずの状態になったり
落ちこんだりする反応
は、長らく家族が不思議がるほどでした。

最近、じつは敬遠してきた催眠療法の関係の書物に手を出すように
なったのですが、これまでトリガー(心の地雷)や自動反応などと
表現してきた現象を、暗示や催眠による解離という用語での発想で
考えてみると大変興味深く、また何かが解けたような気がしました。

ベイトソン*については機会をあらためますが、ダブルバインド*
解離をひき起こす暗示かけになるという構造が、前述の連絡や荷物
の件と符合し、恐ろしくピンとくるのです。

ほぼ例外なくこちらの望んでいない形式やモノを受けとるパターン。
それらの「アナタのために(受け取らないという選択はない)」と
いう言外に「恩返ししろ、面倒を見ろ」というメタメッセージが
仕込まれ(拘束されると認識し)ているがゆえに、それを受け取る
ことに、吐き気を催すまでの抵抗を感じていたのだと実感しました。

現実には相手にそこまでの大意のない場合でも、こちら側にすでに
そのような暗示(メタメッセージ)が入って
しまっている。
だからこそ、別の人からのまったくの好意による助けや贈り物さえ
受け取ることに抵抗を感じてきたのだと納得です。

そういう視点で見てみると、建前と本音の文化背景のある日本では
ダブルバインドによる無意識レベルの支配が横行しやすいともいえ
自動反応制御の人間育成がされているといえるのかも知れません。

トラウマというほどに大ごとではありませんし、障害というほどに
影響するものではないかも知れませんが、素直に従うことができず
自分自身の本音が干渉するとなると(程度の差こそあれ)ある種の
スプリットを生んでしまうといえるのかも知れません。

さまざまに入れ込まれた暗示が、本人の意志や楽しみ・喜びを阻み
生きづらさや、時に発作的な思考や感情に結びついているようにも
感じられます。

今後さらに、知識や情報を仕入れ考えてみたい分野ではありますが

やはり心の中でラスボスを怪物に仕上げてしまったのは、他ならぬ
自分自身の心の仕組みなのだといえそうです。

~解離とは?~
おおまかには、一定の記憶や思考が通常の意識から切り離されること。
個々の体験の要素がほつれる「統合性の喪失」。
ヒステリーや神経症状の原因とされる。フロイトの抑圧(水平の壁)に対して
垂直の壁とも呼ばれている。スプリッティング。
ジャネ (Janet,P)のdésagrégationとdissociation、精神分析における防衛機制
メラニークラインのいうsplitting(自分ではなく対象を分ける)、病的か否か?
概念と言語によって語義やニュアンスがさまざまに変わる。


*
Gregory Bateson 米国の人類学者。統合失調症患者のコミュニケーションを研究
ダブルバインドという概念を普及する。
 
*
二重拘束の意。ベイトソンによる定義とは別の概念が広まっているが、表面的な
メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況に置かれること。

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by dryangle | 2016-10-16 17:56 | ココロのカラクリ | Comments(0)
その人の中に誰を見ているの?
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今回は少し流れを換えて、基本に立ち返ってみようと思います。

…というのも、人間関係のトラブルに関するお話を伺う際には
必ずといっていいほどに「相手に対するバイアス(偏り)」が
感じられます。
第三者だからこそ感じるのですが、ご本人にとってはその像は
絶対の真実であり、突き崩すことは容易ではありません。
当人が気づくしかないのですが、心理学的な概念の普及はその
一助になるかと思います。

アタマの中で、過去の記憶にある関係性とエピソードを再現
自分が傷つかないように条件反射的にふるまってしまうのです。
このために相手を誤解したり負の影響を与えてしまうことも。

第一に。これはよく知られていますが、相手の態度や行為の中に
親を重ねて見てしまうことがあります。
それによって相手を好意的に感じられるということはまず少なく
どちらかというと相手に威圧感、口うるささ、怖さ、監視の視線
などを強く感じストレスとなります。

過敏になるとある種(いわゆる)神経症に近づいてしまいますが
ここでは深追いせずに、一般的には子どもの自分のあり方を再演
してしまいます。自動反応的に
自分の親(養育者)との関係において、反抗的であった人はつい
反抗してしまうでしょうし、委縮してしまいなにも言えなかった
人はやはり言いたいことを飲み込んでしまうでしょう。
泣いてみる、甘えてみる、イジケてみる…^^;

実際の相手を見間違い、新たな現実でほど良い関係を築くことを
阻む原因にもなっています。

そして第二に。こちらの方が実感しづらいこともあるようですが
自分を守るためその優位性を保とうと、相手の中に子どもである
自分を重ねて見る
ことがあります。実際にどうであるのかは別に
相手の弱さ、拙さ、欠点などがやたらと目についてしまいます。

この際になんと自分が再演するのは元々自分に対する親のあり方
なのです。自動反応的に。
自分の親に責められた人は相手を責めます。同様に怒鳴られた人
はつい声を上げるでしょうし、嘲笑された人は相手を嘲笑します。
実態とは関係なく、相手を無能、弱者、未熟者として扱うことも。

相手との関係を悪くするばかりか、その長所や能力を委縮させて
しまいかねません


パートナーの中に、我が子の中に、上司や同僚、部下の中に…

ついつい誰か(過去の重要他者ー親や養育者、先生や指導者)の
あり方を映し出し、お互いに自動反応的に関係をこじらせている

そんな状況が顕わになっている場合が少なくないのです。

またニュースで見かける傷害事件などでは、見知らぬ相手との間
でも突発的に起きていると想像します。

それらのパターンを自覚し、意識的になること。まずは自分から
相手のそれが垣間見えた時には、土俵から降りること
(自分が先にそのパターンを見抜くと、相手も覚めることが多い)

相手につい負の感情が強く沸いた時にこそ、その人に過去の誰か
との関係を重ねてないか?
を自問してみてくださいね。

(さらに興味や関心のある方は投影や、投影性同一視、投影同一化などの
キーワードを調べてみてください^^)

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by dryangle | 2016-10-11 15:49 | ココロのカラクリ | Comments(0)
他縄自縛を解く(振動を止める)
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以前の話題の続きといえるような内容です。

先日のこと。家人がスポーツの試合を見ていて、応援している
チームの雲行きが怪しくなってきた時に

「自分が見ていると、負けてしまうような気がする」

といってチャンネルを換えていました。

「ハラハラして見ていられない」というのならともかく(これが図星?)
なぜ「自分が見ていると」と考えるのだろう?と興味を持ちました。

思い起こせば、私の親(養父)も、絶対的なチャンネル権を持ち
見ている野球の試合で贔屓のチームが負けそうになってくると
すぐ不機嫌になり、いきなりスイッチを消したりしていました。
負けが決まれば、次の日までも大荒れで家族に八つ当たりです。

ここで自己同化という言葉がアタマをよぎりましたが、それ以前に
対象を自分と結びつけて考えているという共通性に気づきました。

それに対して、自分の感情の反応とも関連づけられている

応援している相手が成功した喜びを自分ごとのように味わうのは
ワクワク楽しいかもしれませんが、その逆となると本人ばかりか
周囲のストレスにもなりかねませんよね。

また物事の成り行きばかりでなく、他者の機嫌や感情の状態
(表面的には言葉や態度に)自分の感情を支配されてしまう
ことがあります。
劣等感や罪悪感、被害・被責妄想といったネガティブな想いが
自動的に反応するのです。それを無理に否定することによって
次にはわき上がる怒り、それを押し殺した果ての恐れや不安
キレたりパニックになったり、制御不能の感情発作へと進行します
(各種依存症や強迫などいわゆる神経症もその回避と想像します)。

結果、不本意な行動を余儀なくされることもあるでしょう。
その経過によってさらに強化されていく条件反応

この関連(条件)付けは成長過程で形成されていくものですが
心が追い詰められてしまうまでには、もう一つ理由があります。

その関連づけを自分の意志で絶つ権限や能力を持てないまま
されてしまっているということです。

多くの場合、自分の気持ちや意志を否定や無視され続けたり
叱責や嘲り、条件付きの愛情や評価といった賞罰によって
望むあり方を強制(干渉)され続けたという背景があります
(↑※の人によって)。

他人軸や他人中心とも呼ばれますが、相手の言い分や機嫌に
自分の感情や思考、行為の選択まで主導権を明け渡している
状態です。
キツイ言い方ですが、悲しくも自分の心の支配権を売り物に
して
生き抜くことを学んでしまったのです(→※の人)。

心の共振現象のカラクリも、共振しないためのアイデアの糸口
もこの辺りにあるように思います。

それについては丁寧にじっくり考えていきたいところですが
まずはシンプルなことから。
こちら側の振動数を換えるとか、ヤヤコシイことはさておき
振動を止める。そのためには

自分と関連させない
(まずは関連づけに気づく視点を持つ)。
普段から自分の本心や直感と対話し、その選択を優先する。

という方向性で自分の心の解放(逆条件づけ?)を意識して
いくことが、癒しにつながると考えています。

もちろん容易ではないことですが、とっさに振動を止める
スィッチ
となる言葉を用意しておくといいかも知れませんね。

子どもが幼い頃、二言目には口から出ていた「Who cares?」

「だから、どうしたっていうの?(そんなのカンケーネー)」

今はちょっとした神言葉にさえ思えます。

ネガティブな感情に心を揺さぶられそうになったら、心の中で
つぶやいてみてください。お試しアレ^^

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by dryangle | 2016-09-29 22:57 | ココロのカラクリ | Comments(1)
したいことにチャレンジ!の落とし穴
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前回、「してはいけないこと」について書きましたが
今回は「したいこと」についての話にふれてみたいと思います。

…というのも

心の話でよく出回っている、今の自分を変える(自己変革)のために
「思いきってしたいことをやる」系の話。
大筋はともかく、発展形に違和感を感じるものも多々見受けられます。

まず基本の考えとして、人は自分に許せないものは他人にも許せない
怒りや不満、不安といった許せなさを感じた時に、そこにある自分を
縛る観念
、つまり無意識に自分に禁じたり、強いたりしている物事が
あると気づくことの大切さがあります。

ここで飛躍というのか、そのあとのチャレンジとしてよくあるのが

①相手のあり方をを許す。
②相手と同じあり方を自分もする(自分にも許す)。

この②が、自分の「したくてもできないこと」と混同されチャレンジ
のファクターとなってしまうことの危険性です。

というのは、相手のそれ自体も「したくてしていること」ではなく
劣等感を根に持つ優越感や正義、体裁といった自分を守ろうとする
防御反応である場合が多いのです。

つまり「苦し紛れ(の埋め合わせ)」。

誰かの同じ種類のそれと出会うと、対抗するために上に書いたような
許せなさのような抵抗感(怒りや不満、不安)が触発される
のです。

その際に、内省してチャレンジとして相手のあり方と同様にあろう
とすると、そのことが許せるようになり気にならなくなる可能性も
あり得ますが、縛りが解けないまま不必要に自分を苦しめることに
なる危険性も高いのです。

たとえば、パートナーに浮気されたり、誰かに不当に扱われた。
傷ついた。悲しかった。凹んだ。アタマにきた。苦しんだ。

そこに自分を苦しめる感じ方や考え方があるのは確かなのですが

それを癒すために、許せるために、楽になるために
気にならなくなるために、幸せになるために

自分も浮気にチャレンジ! 誰かを不当に扱ってみよう!
(そもそも「大切な人を殺されたら、自分にも殺すことを許していい」という
ような屁理屈とも混同されやすい)

…ではないということです。

そこに触発される自分の劣等感や自己卑下、自己嫌悪や無力感を
見抜き、そこから自分を解き放つ
ことこそが変容と癒しなのです。
それによって素直な本心からの自己実現を叶えるために。

それは自分の喜びのために本当にしたかったことですか?

バンジーのごとく何かチャレンジをするのなら、その大前提を自分に
問いかけてみてください。
劣等感が根にある優越感や正義、体裁という防御壁を作ることが
目的であったり、それを強化するものではけっしてないこと
つまり埋め合わせではないことを見きわめて

「本当にしたいこと」にチャレンジしてくださいね。

許せなくて頭にくるけど、なんだか羨ましい。
誰かに対して自分勝手(自由)だなと思うこと。
自分も「そうしてみたいのにできない」こと。
その辺りが着目点です(^_-)

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by dryangle | 2016-09-15 13:59 | ココロのカラクリ | Comments(0)
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~ひっついたものを剥がすのはイタイ!~

…前回からの続きです。

当然ですが、もともと相互にあった癒着を一方的に解消
することは困難です。
子どもの反抗期はそのためにも訪れますが、理解せずに
圧力で支配したり、無視したり、脅迫したり、甘やかしたり
さらには恩を着せたり、弱者や被害者を装ってひっつきます

そうなると前回の話とは反対に、親や誰かの癒着という
エネルギーから離れようと、闇雲にもがく側が自分自身
や誰かを傷つけてしまう
ことが起こります。

恐れや罪悪感に苛まれ、本心を無自覚に封じ込める内に
(親や相手への)過剰適応がその限度を超えてしまう
目に見えるような暴力はもちろん、それさえ叶わないと
なれば、摂食障害や自傷のような自己処罰、体の痛みや
不調(心身症)、肥満、精神疾患、各種の依存症など…
さまざまな問題となって表面化します。

もしそのような心当たりのある方は、自分が誰かの期待や
価値観、信念(こうあるべき)、また劣等感による発散の
ダメ出しを、不本意に、無抵抗に、さらには能力以上に
背負い込んではいないか?
自分が心の中で誰かが牛耳る傀儡として生きていないか?
を考えてみてください
(その誰かがすでに現実に存在しなくなっていてもです)。

自分の心のエリア内において、相手の、何より自分自身の
癒着断ち切るのです。平たくいえば、自分の本音・本心を
探し出し、それを裏切るような我慢をするのをやめる
これだけでも「自分の問題」はかなり軽減するはずです。

社会では、この癒着による押しつけ(しつけ)、またそれに
順応することが、いまだに愛や孝行だと正当化されます。

その想いに応えきることを英雄視する風潮もまだ存在します。
正直、私も他者の癒着を自分の本意達成の励みへと昇華させる
ことのできた人への憧憬を禁じ得ません。
金メダリストや成功者への称賛の意味も、ひとえにそこにあるかと思います
癒着する人は国民とか日本の栄誉とか手柄を自分や皆のモノのように語りますね)。

さらに癒着に絡む負の問題や事件に対して、まだまだその癒着
「子ども(相手)のためを思って」とか「愛しているからこそ」の
行き過ぎなどといった説明がされがちです。

それを愛と呼ぶな!…それを愛だと誤解しないで。

互いが、自分の本意を、自分自身によって生きるようになって
初めて癒着は切り離されます。
その上で、見返りなしに相手の本意を支援しようとする気持ち。

それが本当のならば、その人自身が自分の本意を生きるための
喜びや感謝のエネルギーになるはず
なのです。

子離れや空の巣症候群に苦しむお母さんは、この癒着の問題を構造的に考え
理解してみることを強くオススメします^^
よくあるアドヴァイスの「他に生きがいを見つけましょう」では、さすがに
強い癒着を断つにはチカラ不足のこともありしますから。
絆創膏ではありませんが、イッキに剥がすか、ゆっくりと剥がすか。痛みは
それなりにありますが、不必要なものは剥がすとスッキリしますよ。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。

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by dryangle | 2016-08-24 14:25 | ココロのカラクリ | Comments(0)
それを愛と呼ぶな!(1)
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


~絆と癒着。表裏一体の恐ろしさ~

前回まで依存と表現してきた心(脳の働き)の様相を
その対象を人間関係に特化して考えてみましょう。

共依存という概念の理解も進んでいますが、ここでは
癒着という言葉を使ってみるとわかりやすいと思います
(仏教的な執着やそれが生み出す煩悩にも共通します)。

傷口や病巣がヘンに癒着した(ひっついちゃった)の癒着

この言葉は心理学においても使われています。
おもにアイデンティティ(自己認識、自分らしさ、自分という
感覚や価値観とそれによる思考や感情的な反応…)の癒着

相手の状況や感情を自分のものとして感じ扱う。

これは子育てにおいては、子どもの自我が未発達な時期に
子どもの愛着(安心できる)対象となり、情緒的に反応し
子どもを育むために機能します。
先に身体は分離したものの、その身体が成長を遂げるまで
精神的には子が自我を確立するまで、親子は良くも悪くも
相互に癒着します。

はなからこの関係を築けない問題を愛着の障害と呼びます。
逆に子どもの成長段階に合わせて、この癒着を切り離して
いくことができない
ことが問題となることもあります。
そこに自分の存在の実感や価値を見出していればなおさら。

毒親と言われるのは、まず愛着関係を拒絶した親ですが
関係を癒着したままに持ち込む親の過干渉なども含みます。
むしろ一般にはこちらの問題の方が多いかも知れません。

親の側の癒着の気持ち(自己同化とも言い換えられます)が
強過ぎる上に、主従(依存)関係を形成してしまうことで

子どもを自分の傀儡にしてしまうのです。
傀儡(かいらい)とは、
あやつり人形。転じて人の手先となって
思いのままに使われる者の意


そこには、自分の過去の挫折体験や達成欲求による期待
自身の劣等感の発散、そのためのダイレクトな支配欲など
根となる原因や程度もさまざまありますが、程度が強いほど
それに反したり、そこから離れようとする相手に対して

許せなさ(心の激痛)を感じ、激しく妨害したり
酷く責めたり、執拗にまとわりつくことになります。


これはストーカー問題など、他人同士でも起こりますよね。
愛着の障害(愛情飢餓)のある人は関係の近い他者に激しく癒着しがちですし、話題の
エナジーヴァンパイア(エネルギー泥棒)は相手の癒着を断てない弱みにつけこみます。


相手(や八つ当たりの対象)を傷つけたり、誰かを死に
追い込むまでにエスカレートする
可能性も否定できません。

…(2)へ続きます。

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by dryangle | 2016-08-24 14:12 | ココロのカラクリ | Comments(0)
そのヤル気の正体は意欲?依存?
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ

問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
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●過去記事のタイトル別一覧●

個人的に、ふと気づいて愕然としたことの中に
「したい」ことと、「しなければいけない」ことの
区別がついていなかったということがあります。

「買い物に行きたい」「買い物に行かなきゃ」
「美容院に行きたい」「美容院に行かなきゃ」
「ご飯食べたい」「ご飯食べなきゃ」
「寝たい、眠い」「寝なきゃ」
「お礼をしたい」「お礼をしなきゃ」
「お盆玉あげたい」「お盆玉あげなきゃ」(時事ネタw)

たんに言葉上の違いと思いきや、じつは心の中の
気持ちにも明らかな違いが存在します。

純粋な欲求や意欲
義務感や自分を急き立てる気持ち

言葉の曖昧さとは対照的に、①の好ましい気持ちと
②の少々不快な気持ちの種類はまったく異なるものです。

私は、①の気持ちで「~したい」というのはなぜだか
どこか気が引けるのか「~しなきゃ」と言ってみたり
一方で②の気持ちでも「~したい」と言っていました。

皆さんも、けっこう曖昧に使ってはいませんか?

この②の不快な気持ちは、いわば強迫に近いものだと
考えています。
その行為(のもたらす結果)に依存している場合
それが叶わない時に起こる不快な感情反応です。

依存の禁断(離脱)症状 ≒ 強迫(観念や感情)

案外多いのが、他者の承認(を得るために内面化した
偽の自己承認に依存している場合で、その達成まで
不快感や焦燥感(罪悪感、劣等感、恥、許せなさ)に
急かされます。

…私のヤル気はもしかして強迫?

言葉使いの曖昧さに気づいた時と同時に、なんと①の
気持ちを忘れかけていることに愕然としたのです。

そして②の気持ち(強迫)が、①の気持ち(意欲)を
だんだんと殺していく?とさえ感じました。

それ以降「~したい」という言葉が出てきたときには
それがワクワクするような意欲なのか、そうでないのか
ハッキリと認識し、言葉を区別するようにしています。

純粋な欲求や意欲を感じることができていますか?
それを「~したい」と区別して表現ができますか?

(通常「強迫」は、報酬とは逆の罰や痛みを怖れる場合の反応ですので
承認を得るための負の条件づけがいちいち仕込まれているのでしょう)

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by dryangle | 2016-08-17 20:32 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り