金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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カテゴリ:ココロのカラクリ( 126 )

心の大掃除
「意識」のチカラという強いコントロールによって
イキイキとした感情を磨耗させてしまっているようなヒトがいます。

このイキイキとした感情というのが、とりもなおさず「人間性」そのもの。
これを閉じ込めたまま、鈍化させたまま暮らすのは、監獄にいるような
ものかも知れません。

人間が共同で生活を営む社会では、ある程度感情をコントロールすることが
その関係を円滑にするために必要だとされています。

ワタシとしては、実際に必要なのは「反応としての表現や行動のコントロール」
なのだと考えています。

むしろありのままの感情や想いをキチンと意識するという作業を怠ると、心という
機(器)能が発育・代謝不全になってしまうのではないか?と考えています。

ちょっと抽象的でご理解しづらいかも知れませんね。

抽象的ついでにさらに話を続けると、ヒトは「意識」によって考えや行動を決めて
他の存在と交流・接触しているつもりでいます。
ところが実際には、こちら側の無意識の心の内容が、相手側の無意識のスクリーン
に映し出されていってしまうように、ワタシ個人は感じています。

伝える側・受けとる側の「意識」が愛した・愛された(励まし、やさしさ、思いやり
など)と認識していても、深層の交流において、それが成されていなければ
心が満たされることは決してありません。

反対に、表層では隠して言葉や態度で取り繕っても、意識の奥のカラッポさや
不安・不満・怒り・憎しみなど、実際に存在するものは、相手の心の奥へと
伝わってしまうように思います。

まず一歩、心の旅へと足を踏み入れるとしたら
自分の感情のフタをこじ開けてみることから始まるように思います。
意識がコントロールやブレーキをかけることを「意識して」ゆるめてみませんか?

怒りや憎しみという感情に気がついた時、それを周囲の人に転嫁しないと
意志がコントロールできればいいのではないでしょうか?

(意識レベルにおける)心の中で罵詈雑言もオッケイ(^∇^)。
また夢の中でそれらの感情が解放されていると、スッキリするのです。

感情を心がキチンと処理(代謝)できれば、奥に澱みとなって残りません。
無意識に、大切な相手に負の感情・感覚を押し付けてしまうことも減るわけです。

また喜びや楽しさといった感情を努めて意識するようにすると、その感覚が磨かれて
小さなことにもそれを感じるようになります。

「幸福になる」とはこのようなことではないか?と、漠然と考えています。
環境や条件ではなく、それは自分の「心という主体」が決めるものかも知れない…

そろそろ心の大掃除が必要な時期にきているのかも知れません。
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by dryangle | 2006-12-07 13:24 | ココロのカラクリ | Comments(0)
「自責」というアディクション
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
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人間は「自己肯定感」を求める存在なのだと思います。

愛されたい、認められたい、大切にされたい、褒められたい…

社会(人との関わり)の中で生きることが、サガである人間にとって
それはもう本能にも似た欲求なのではないでしょうか?

不運にも、「ありのままの自分」を肯定してもらえた経験が少なく
「自分自身が、歓喜し、楽しむことが幸福」だというメッセージを得ることもなく
ご自分を肯定する方法が「周囲の期待(価値尺度)に応えること」になってしまった
人がいます(とりもなおさず以前のワタシです)。

周囲の人にしても「他の人を積極的に肯定する」ことのできる人が
なかなか少ない世の中で、どんなに素晴らしい努力と成果を達成しても
自分を肯定できない本能的な苦しみという重荷を背負い続けます。

…そして、その原因すらも全て自身で背負おうとしたりします。

古い昔に、太宰治の「人間失格」を読んで
自分の心情を言い当てられているような気がしましたっけ。
まさに「生きていてごめんなさい」の気持ちでいっぱいでした。

彼の人生のてん末もワタシの気持ちを暗澹とさせたものですが、
今現在は人の心のカラクリについて、少しは明らかになっていることも多く
その分「希望」も多くなっていると思っています。

「自分で自分を責める」ことも「感傷」も。精神を病む「心の癖」の一種です。
「内省すること」と「責めること」の本質が違うことにぜひ気づいてみませんか?

成長の過程で、心が乾き、飢え、傷ついたことがいくつもあったことでしょう。

その怒りや憎しみは本来相手に向いて然るべきものですが、周囲の大人は周到に
それをこちら側の未熟さや不完全という理由へと向けさせてしまったのです。
「自分の不完全さを嫌悪する、憎む」という大きな悲劇を架してしまったのです。

自分にやさしくなれない限りは、もちろん他の人にもやさしくはなれません。
そのために、つい「自分に怒り、他人にも怒っている」という気持ちに
なりがちではないでしょうか。
これではとても「自分の心が喜び、相手も喜ぶ」シアワセからは遠い状況ですよね。

慟哭しているご自身の心を救うことができるのは、他ならぬ本人でしかあり得ません。

そろそろ「自分を喜ばせる」ことに、力を注いでみてはどうでしょうか?

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大小問わず、ワダカマリを捨てにきてくださいね。

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by dryangle | 2006-08-06 00:23 | ココロのカラクリ | Comments(1)
大切なのは、言葉にしてみること。
最近どこかで目にした脳科学関係の話の中にあったのですが

言葉はコミュニケーションのツールとしてだけではなく
自分の「感情を処理する」役割を担っているのだそうです。

詳しくは忘れましたが、脳内の旧皮質に起こった様々な感情を「言語化」し
新皮質へと処理されることによって、前頭前野の(理性による)コントロール
の範疇に入る、というようなことだったと思います。

多くの想いが「言語化」できないままに、ため込まれると
時にそのまま感情的になってしまうといえるのかも知れませんね。
まぁ、それも人間らしい一面であるのかも知れませんが。

しょっちゅう身に覚えのある方は、喜怒哀楽の感情を言葉にして表現する
ことが少ないのではないのでしょうか?
これは誰かに対してというわけではなく、自分の心の中においてでもです。

悲しい、苦しい、寂しい、怒った!、ウレシイ、気持ちいい…
意識して言葉にしてみるだけでも、自分の中に隠されていた感情に
気がつくことがあります。

論理的に(筋道を立てて)言葉をまとめるということは、自分の「考え」を整理する時
また他者に複雑な概念を伝える時には、必要なことだと思います。

が、感情を処理(整理)するためというのには、必ずしも重要でないかも知れません。

言葉をまとめるというよりも、自分の気持ちをまずはシンプルな言葉に「言い当てて」
いくように意識してみると、心のコンディション維持に役立つかも知れません。

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by dryangle | 2006-08-03 19:30 | ココロのカラクリ | Comments(0)
ココロの中の地雷原
心理学やカウンセリングの用語に「感情爆発」という
言葉があるそうです。

心の中にある怒りを触発するプログラム(スリコミ)。
これに不満や怒り、寂しさという感情がさらにため込まれ(タメコミ)
大きなエネルギーとなって噴き出すことだといえそうです
(これを私は勝手に地雷と名づけています)。

現代人の心には、これを見直す余裕もなく、我慢を重ねる一方で
感情の地雷原が出来上がっているような気がします。

ささいなキッカケは、トリガーと呼ばれるもので
うっかり地雷を踏みつけているようなものかも知れません。

この「感情爆発」が、誰かを圧制してしまう暴力となってしまうと
今度はその人の心に地雷を埋め込む結果になるのではないでしょうか?

とくに立場上(心理的なものも含む)、誰かの上位者になった人が
この発作の持つコントロール(制圧)力に味をしめ、下位者に対して
大義名分とともに行使しがちな場合があります。

相手が悪いと決めつけ
誰かを傷つけ、追いつめていませんか?

自分が悪いと決めつけられ
誰かから傷つけられ、追いつめられていませんか?


自他の心の地雷撤去に意識を向けてみることが
大切だと思います。

そして、とくに自分の地雷を発見すること。掘り出すこと。

自分のどの部分に、触れられると不満や嫌な感情が噴き出るのか。
それを経験するたびに、過去のプログラムが繰り返す
一つの反応に過ぎないことを意識してみる。

そして他の反応をするという選択肢を、自分で選ぶことができる
ということに気づいてみてください。
少しづつでも他のパターンのシナリオを描いて、実践してみるのも
いいかも知れません。

アナタのココロの地雷原の地雷を撤去することは
アナタにしかできません。

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by dryangle | 2006-08-01 19:30 | ココロのカラクリ | Comments(0)
タメコミにはガス抜き、スリコミには?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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前回、怒りの"タメコミ"と、"(怒りを触発する条件の)スリコミ"
についてお話しました。

ため込んだ感情には、ガス抜きが必要。
それでは、すり込まれたパターンはどうしたらいいのでしょう?

カンタンに言ってしまえば、ずばり「焼き直し」(笑)。

現実には「三つ子の魂」を焼き直すのは簡単ではありませんが
本人の意識で、まず行動をコントロールするくらいはできそうです。

たんなる「怒りの発散」と、相手のためを想っての「警告・忠告」はベツモノ。
そうシッカリ認識するだけで、相手への態度を選択する余裕が出てきそうですね。

ところで、ネガティブな感情パターンと同じように
『ポジティヴな感情パターン』も人の気持ちの中にすり込まれていいはず。
寛容な態度や温かい言葉など(最初は素直にそう思えなくても)を
努めて実際の行動に移してみることも一案のように思います。

「不機嫌」が蔓延している世の中、焼け石に水のように感じられますが
「暖かい楽しい気持ち」が再生産されて行き渡ることに貢献してみるつもりで。

おまけですが、日々の「ガス抜き」には笑いや感動が効果的かも知れません。
普段から映画や音楽、旅や読書などから自分の「感動のツボ」を押さえておいて
刺激してみるものいいのではないでしょうか。

また感情はホルモンバランスなどの影響を強く受けますし
脳の老化現象などで、情動がすぐさま行動に反映されてしまうことも。
これにはサプリメントや薬剤といった対処法なども考えてみてはいかがでしょう?

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2006-07-30 19:26 | ココロのカラクリ | Comments(2)
アナタは不機嫌ですか?
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「怒り」って、もっとも原始的な感情といわれています。

原因があって結果として怒る。この「原因」の部分を
『ナニに怒りの感情がわくか(自分側)』と『それを触発するキッカケ(対象側)』
とに分けて考えてみると面白いことが見えてきます。

たとえば同じ『キッカケ』に遭遇しても(たとえばコドモの口ごたえなど)
その人の『ナニに?』の範疇に、入るか入らないかでカチン!ムカ~ッ!っと
くる人から、平然とあまり動じない人まで、「結果」としての反応が
さまざまなのです。

まず一つに。

「怒りやすい」というのは、この『何に?』が多い人なのではないでしょうか?
それが多ければ多いほど、怒りを触発するキッカケが増えてしまうのですから。

この『ナニに?』を増やすのは、他でもない自分の親や周囲からの「すり込み」
でしょうね。そのキッカケに対するそれらの人々の不愉快や怒りという反応を
自分の中にコピペして再現しているとイメージすればいいでしょうか。

かつての経験が自分に向けられたものなら、それは強く焼き込まれるでしょう。
そして同種のキッカケに半ば無意識に不愉快や怒りという反応をしてしまうようです。

他人の気持ち(愛情)に飢えている時こそ、「怒り」の感情を持ってしてしまう。
これも同様に「すり込まれた」感情パターンだといえそうです。

そしてもう一つ。

これもちょっと心理学的な話ですが、怒りはもとのキッカケの種類に関係なく
感情として「ため込まれる」そうです。上に書いたネガティブな感情を招く
「すり込み」は、すり込まれた人の動機や行動を規制しますよね。

これは社会のルールやマナーを守るための「しつけ」に応用されがちですが
そこに本人の自発的な「意志」が存在しないままの場合には
不満・不愉快・不機嫌・怒りといった感情を引き起こすことになります。

また自分自身に規制している物事を、他人がして(得て)いることにも「怒り」がわく。
「嫉妬」という呼ばれる感情ですよね。

周囲を見渡すと、この「スリコミ」と「タメコミ」がどんどん再生産されて
不機嫌な人々ばかりになっているような気がします。

これが無意識の中に溜め込まれていくのですが、限界となった時にささいなキッカケで
爆発することが、俗に「キレる」と呼ばれる現象ではないのでしょうか?

カーッ!となりやすい方はネガティブな感情をため込んでいるのかも知れません。
その「怒り」が、次の好い結果を生むのかどうか?と考える余裕を持てるように
ガス抜きの方法も仕入れておきたいものです。

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
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by dryangle | 2006-07-29 18:52 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り