金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:ココロのカラクリ( 126 )

その人の中に誰を見ているの?
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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今回は少し流れを換えて、基本に立ち返ってみようと思います。

…というのも、人間関係のトラブルに関するお話を伺う際には
必ずといっていいほどに「相手に対するバイアス(偏り)」が
感じられます。
第三者だからこそ感じるのですが、ご本人にとってはその像は
絶対の真実であり、突き崩すことは容易ではありません。
当人が気づくしかないのですが、心理学的な概念の普及はその
一助になるかと思います。

アタマの中で、過去の記憶にある関係性とエピソードを再現
自分が傷つかないように条件反射的にふるまってしまうのです。
このために相手を誤解したり負の影響を与えてしまうことも。

第一に。これはよく知られていますが、相手の態度や行為の中に
親を重ねて見てしまうことがあります。
それによって相手を好意的に感じられるということはまず少なく
どちらかというと相手に威圧感、口うるささ、怖さ、監視の視線
などを強く感じストレスとなります。

過敏になるとある種(いわゆる)神経症に近づいてしまいますが
ここでは深追いせずに、一般的には子どもの自分のあり方を再演
してしまいます。自動反応的に
自分の親(養育者)との関係において、反抗的であった人はつい
反抗してしまうでしょうし、委縮してしまいなにも言えなかった
人はやはり言いたいことを飲み込んでしまうでしょう。
泣いてみる、甘えてみる、イジケてみる…^^;

実際の相手を見間違い、新たな現実でほど良い関係を築くことを
阻む原因にもなっています。

そして第二に。こちらの方が実感しづらいこともあるようですが
自分を守るためその優位性を保とうと、相手の中に子どもである
自分を重ねて見る
ことがあります。実際にどうであるのかは別に
相手の弱さ、拙さ、欠点などがやたらと目についてしまいます。

この際になんと自分が再演するのは元々自分に対する親のあり方
なのです。自動反応的に。
自分の親に責められた人は相手を責めます。同様に怒鳴られた人
はつい声を上げるでしょうし、嘲笑された人は相手を嘲笑します。
実態とは関係なく、相手を無能、弱者、未熟者として扱うことも。

相手との関係を悪くするばかりか、その長所や能力を委縮させて
しまいかねません


パートナーの中に、我が子の中に、上司や同僚、部下の中に…

ついつい誰か(過去の重要他者ー親や養育者、先生や指導者)の
あり方を映し出し、お互いに自動反応的に関係をこじらせている

そんな状況が顕わになっている場合が少なくないのです。

またニュースで見かける傷害事件などでは、見知らぬ相手との間
でも突発的に起きていると想像します。

それらのパターンを自覚し、意識的になること。まずは自分から
相手のそれが垣間見えた時には、土俵から降りること
(自分が先にそのパターンを見抜くと、相手も覚めることが多い)

相手につい負の感情が強く沸いた時にこそ、その人に過去の誰か
との関係を重ねてないか?
を自問してみてくださいね。

(さらに興味や関心のある方は投影や、投影性同一視、投影同一化などの
キーワードを調べてみてください^^)

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by dryangle | 2016-10-11 15:49 | ココロのカラクリ | Comments(0)
他縄自縛を解く(振動を止める)
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以前の話題の続きといえるような内容です。

先日のこと。家人がスポーツの試合を見ていて、応援している
チームの雲行きが怪しくなってきた時に

「自分が見ていると、負けてしまうような気がする」

といってチャンネルを換えていました。

「ハラハラして見ていられない」というのならともかく(これが図星?)
なぜ「自分が見ていると」と考えるのだろう?と興味を持ちました。

思い起こせば、私の親(養父)も、絶対的なチャンネル権を持ち
見ている野球の試合で贔屓のチームが負けそうになってくると
すぐ不機嫌になり、いきなりスイッチを消したりしていました。
負けが決まれば、次の日までも大荒れで家族に八つ当たりです。

ここで自己同化という言葉がアタマをよぎりましたが、それ以前に
対象を自分と結びつけて考えているという共通性に気づきました。

それに対して、自分の感情の反応とも関連づけられている

応援している相手が成功した喜びを自分ごとのように味わうのは
ワクワク楽しいかもしれませんが、その逆となると本人ばかりか
周囲のストレスにもなりかねませんよね。

また物事の成り行きばかりでなく、他者の機嫌や感情の状態
(表面的には言葉や態度に)自分の感情を支配されてしまう
ことがあります。
劣等感や罪悪感、被害・被責妄想といったネガティブな想いが
自動的に反応するのです。それを無理に否定することによって
次にはわき上がる怒り、それを押し殺した果ての恐れや不安
キレたりパニックになったり、制御不能の感情発作へと進行します
(各種依存症や強迫などいわゆる神経症もその回避と想像します)。

結果、不本意な行動を余儀なくされることもあるでしょう。
その経過によってさらに強化されていく条件反応

この関連(条件)付けは成長過程で形成されていくものですが
心が追い詰められてしまうまでには、もう一つ理由があります。

その関連づけを自分の意志で絶つ権限や能力を持てないまま
されてしまっているということです。

多くの場合、自分の気持ちや意志を否定や無視され続けたり
叱責や嘲り、条件付きの愛情や評価といった賞罰によって
望むあり方を強制(干渉)され続けたという背景があります
(↑※の人によって)。

他人軸や他人中心とも呼ばれますが、相手の言い分や機嫌に
自分の感情や思考、行為の選択まで主導権を明け渡している
状態です。
キツイ言い方ですが、悲しくも自分の心の支配権を売り物に
して
生き抜くことを学んでしまったのです(→※の人)。

心の共振現象のカラクリも、共振しないためのアイデアの糸口
もこの辺りにあるように思います。

それについては丁寧にじっくり考えていきたいところですが
まずはシンプルなことから。
こちら側の振動数を換えるとか、ヤヤコシイことはさておき
振動を止める。そのためには

自分と関連させない
(まずは関連づけに気づく視点を持つ)。
普段から自分の本心や直感と対話し、その選択を優先する。

という方向性で自分の心の解放(逆条件づけ?)を意識して
いくことが、癒しにつながると考えています。

もちろん容易ではないことですが、とっさに振動を止める
スィッチ
となる言葉を用意しておくといいかも知れませんね。

子どもが幼い頃、二言目には口から出ていた「Who cares?」

「だから、どうしたっていうの?(そんなのカンケーネー)」

今はちょっとした神言葉にさえ思えます。

ネガティブな感情に心を揺さぶられそうになったら、心の中で
つぶやいてみてください。お試しアレ^^

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by dryangle | 2016-09-29 22:57 | ココロのカラクリ | Comments(1)
したいことにチャレンジ!の落とし穴
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前回、「してはいけないこと」について書きましたが
今回は「したいこと」についての話にふれてみたいと思います。

…というのも

心の話でよく出回っている、今の自分を変える(自己変革)のために
「思いきってしたいことをやる」系の話。
大筋はともかく、発展形に違和感を感じるものも多々見受けられます。

まず基本の考えとして、人は自分に許せないものは他人にも許せない
怒りや不満、不安といった許せなさを感じた時に、そこにある自分を
縛る観念
、つまり無意識に自分に禁じたり、強いたりしている物事が
あると気づくことの大切さがあります。

ここで飛躍というのか、そのあとのチャレンジとしてよくあるのが

①相手のあり方をを許す。
②相手と同じあり方を自分もする(自分にも許す)。

この②が、自分の「したくてもできないこと」と混同されチャレンジ
のファクターとなってしまうことの危険性です。

というのは、相手のそれ自体も「したくてしていること」ではなく
劣等感を根に持つ優越感や正義、体裁といった自分を守ろうとする
防御反応である場合が多いのです。

つまり「苦し紛れ(の埋め合わせ)」。

誰かの同じ種類のそれと出会うと、対抗するために上に書いたような
許せなさのような抵抗感(怒りや不満、不安)が触発される
のです。

その際に、内省してチャレンジとして相手のあり方と同様にあろう
とすると、そのことが許せるようになり気にならなくなる可能性も
あり得ますが、縛りが解けないまま不必要に自分を苦しめることに
なる危険性も高いのです。

たとえば、パートナーに浮気されたり、誰かに不当に扱われた。
傷ついた。悲しかった。凹んだ。アタマにきた。苦しんだ。

そこに自分を苦しめる感じ方や考え方があるのは確かなのですが

それを癒すために、許せるために、楽になるために
気にならなくなるために、幸せになるために

自分も浮気にチャレンジ! 誰かを不当に扱ってみよう!
(そもそも「大切な人を殺されたら、自分にも殺すことを許していい」という
ような屁理屈とも混同されやすい)

…ではないということです。

そこに触発される自分の劣等感や自己卑下、自己嫌悪や無力感を
見抜き、そこから自分を解き放つ
ことこそが変容と癒しなのです。
それによって素直な本心からの自己実現を叶えるために。

それは自分の喜びのために本当にしたかったことですか?

バンジーのごとく何かチャレンジをするのなら、その大前提を自分に
問いかけてみてください。
劣等感が根にある優越感や正義、体裁という防御壁を作ることが
目的であったり、それを強化するものではけっしてないこと
つまり埋め合わせではないことを見きわめて

「本当にしたいこと」にチャレンジしてくださいね。

許せなくて頭にくるけど、なんだか羨ましい。
誰かに対して自分勝手(自由)だなと思うこと。
自分も「そうしてみたいのにできない」こと。
その辺りが着目点です(^_-)

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by dryangle | 2016-09-15 13:59 | ココロのカラクリ | Comments(0)
それを愛と呼ぶな!(2)
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~ひっついたものを剥がすのはイタイ!~

…前回からの続きです。

当然ですが、もともと相互にあった癒着を一方的に解消
することは困難です。
子どもの反抗期はそのためにも訪れますが、理解せずに
圧力で支配したり、無視したり、脅迫したり、甘やかしたり
さらには恩を着せたり、弱者や被害者を装ってひっつきます

そうなると前回の話とは反対に、親や誰かの癒着という
エネルギーから離れようと、闇雲にもがく側が自分自身
や誰かを傷つけてしまう
ことが起こります。

恐れや罪悪感に苛まれ、本心を無自覚に封じ込める内に
(親や相手への)過剰適応がその限度を超えてしまう
目に見えるような暴力はもちろん、それさえ叶わないと
なれば、摂食障害や自傷のような自己処罰、体の痛みや
不調(心身症)、肥満、精神疾患、各種の依存症など…
さまざまな問題となって表面化します。

もしそのような心当たりのある方は、自分が誰かの期待や
価値観、信念(こうあるべき)、また劣等感による発散の
ダメ出しを、不本意に、無抵抗に、さらには能力以上に
背負い込んではいないか?
自分が心の中で誰かが牛耳る傀儡として生きていないか?
を考えてみてください
(その誰かがすでに現実に存在しなくなっていてもです)。

自分の心のエリア内において、相手の、何より自分自身の
癒着断ち切るのです。平たくいえば、自分の本音・本心を
探し出し、それを裏切るような我慢をするのをやめる
これだけでも「自分の問題」はかなり軽減するはずです。

社会では、この癒着による押しつけ(しつけ)、またそれに
順応することが、いまだに愛や孝行だと正当化されます。

その想いに応えきることを英雄視する風潮もまだ存在します。
正直、私も他者の癒着を自分の本意達成の励みへと昇華させる
ことのできた人への憧憬を禁じ得ません。
金メダリストや成功者への称賛の意味も、ひとえにそこにあるかと思います
癒着する人は国民とか日本の栄誉とか手柄を自分や皆のモノのように語りますね)。

さらに癒着に絡む負の問題や事件に対して、まだまだその癒着
「子ども(相手)のためを思って」とか「愛しているからこそ」の
行き過ぎなどといった説明がされがちです。

それを愛と呼ぶな!…それを愛だと誤解しないで。

互いが、自分の本意を、自分自身によって生きるようになって
初めて癒着は切り離されます。
その上で、見返りなしに相手の本意を支援しようとする気持ち。

それが本当のならば、その人自身が自分の本意を生きるための
喜びや感謝のエネルギーになるはず
なのです。

子離れや空の巣症候群に苦しむお母さんは、この癒着の問題を構造的に考え
理解してみることを強くオススメします^^
よくあるアドヴァイスの「他に生きがいを見つけましょう」では、さすがに
強い癒着を断つにはチカラ不足のこともありしますから。
絆創膏ではありませんが、イッキに剥がすか、ゆっくりと剥がすか。痛みは
それなりにありますが、不必要なものは剥がすとスッキリしますよ。

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by dryangle | 2016-08-24 14:25 | ココロのカラクリ | Comments(0)
それを愛と呼ぶな!(1)
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~絆と癒着。表裏一体の恐ろしさ~

前回まで依存と表現してきた心(脳の働き)の様相を
その対象を人間関係に特化して考えてみましょう。

共依存という概念の理解も進んでいますが、ここでは
癒着という言葉を使ってみるとわかりやすいと思います
(仏教的な執着やそれが生み出す煩悩にも共通します)。

傷口や病巣がヘンに癒着した(ひっついちゃった)の癒着

この言葉は心理学においても使われています。
おもにアイデンティティ(自己認識、自分らしさ、自分という
感覚や価値観とそれによる思考や感情的な反応…)の癒着

相手の状況や感情を自分のものとして感じ扱う。

これは子育てにおいては、子どもの自我が未発達な時期に
子どもの愛着(安心できる)対象となり、情緒的に反応し
子どもを育むために機能します。
先に身体は分離したものの、その身体が成長を遂げるまで
精神的には子が自我を確立するまで、親子は良くも悪くも
相互に癒着します。

はなからこの関係を築けない問題を愛着の障害と呼びます。
逆に子どもの成長段階に合わせて、この癒着を切り離して
いくことができない
ことが問題となることもあります。
そこに自分の存在の実感や価値を見出していればなおさら。

毒親と言われるのは、まず愛着関係を拒絶した親ですが
関係を癒着したままに持ち込む親の過干渉なども含みます。
むしろ一般にはこちらの問題の方が多いかも知れません。

親の側の癒着の気持ち(自己同化とも言い換えられます)が
強過ぎる上に、主従(依存)関係を形成してしまうことで

子どもを自分の傀儡にしてしまうのです。
傀儡(かいらい)とは、
あやつり人形。転じて人の手先となって
思いのままに使われる者の意


そこには、自分の過去の挫折体験や達成欲求による期待
自身の劣等感の発散、そのためのダイレクトな支配欲など
根となる原因や程度もさまざまありますが、程度が強いほど
それに反したり、そこから離れようとする相手に対して

許せなさ(心の激痛)を感じ、激しく妨害したり
酷く責めたり、執拗にまとわりつくことになります。


これはストーカー問題など、他人同士でも起こりますよね。
愛着の障害(愛情飢餓)のある人は関係の近い他者に激しく癒着しがちですし、話題の
エナジーヴァンパイア(エネルギー泥棒)は相手の癒着を断てない弱みにつけこみます。


相手(や八つ当たりの対象)を傷つけたり、誰かを死に
追い込むまでにエスカレートする
可能性も否定できません。

…(2)へ続きます。

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by dryangle | 2016-08-24 14:12 | ココロのカラクリ | Comments(0)
そのヤル気の正体は意欲?依存?
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個人的に、ふと気づいて愕然としたことの中に
「したい」ことと、「しなければいけない」ことの
区別がついていなかったということがあります。

「買い物に行きたい」「買い物に行かなきゃ」
「美容院に行きたい」「美容院に行かなきゃ」
「ご飯食べたい」「ご飯食べなきゃ」
「寝たい、眠い」「寝なきゃ」
「お礼をしたい」「お礼をしなきゃ」
「お盆玉あげたい」「お盆玉あげなきゃ」(時事ネタw)

たんに言葉上の違いと思いきや、じつは心の中の
気持ちにも明らかな違いが存在します。

純粋な欲求や意欲
義務感や自分を急き立てる気持ち

言葉の曖昧さとは対照的に、①の好ましい気持ちと
②の少々不快な気持ちの種類はまったく異なるものです。

私は、①の気持ちで「~したい」というのはなぜだか
どこか気が引けるのか「~しなきゃ」と言ってみたり
一方で②の気持ちでも「~したい」と言っていました。

皆さんも、けっこう曖昧に使ってはいませんか?

この②の不快な気持ちは、いわば強迫に近いものだと
考えています。
その行為(のもたらす結果)に依存している場合
それが叶わない時に起こる不快な感情反応です。

依存の禁断(離脱)症状 ≒ 強迫(観念や感情)

案外多いのが、他者の承認(を得るために内面化した
偽の自己承認に依存している場合で、その達成まで
不快感や焦燥感(罪悪感、劣等感、恥、許せなさ)に
急かされます。

…私のヤル気はもしかして強迫?

言葉使いの曖昧さに気づいた時と同時に、なんと①の
気持ちを忘れかけていることに愕然としたのです。

そして②の気持ち(強迫)が、①の気持ち(意欲)を
だんだんと殺していく?とさえ感じました。

それ以降「~したい」という言葉が出てきたときには
それがワクワクするような意欲なのか、そうでないのか
ハッキリと認識し、言葉を区別するようにしています。

純粋な欲求や意欲を感じることができていますか?
それを「~したい」と区別して表現ができますか?

(通常「強迫」は、報酬とは逆の罰や痛みを怖れる場合の反応ですので
承認を得るための負の条件づけがいちいち仕込まれているのでしょう)

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by dryangle | 2016-08-17 20:32 | ココロのカラクリ | Comments(0)
精神のアキレス腱~Next Generation
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『不幸になりたがる人達(春日武彦)』という本の中で、著者は
精神のアキレス腱は所詮「こだわり・プライド・被害者意識」
だと言っています。

なるほど、そうだな。

…と思う一方で、「そのような親が育てた」子ども世代、つまり
次世代の精神のアキレス腱は微妙に異なるように感じます。

もともとすべてがある種のコダワリであるのだといえますが
ごく個人的な実感からすると、多くの人にとって今心の地雷
といえる踏まれると痛いツボが集約するものは

罪悪感、劣等感(プライドの裏)、被害意識(被責妄想)
だろうと考えます。

刺激されると、自分の中に怖れや怒りといった負の感情が
充満する弱点
です。トラブルの引き金にもなります。
自己愛による防御反応が、依存的というより強迫的になって
いるように感じられるのです。

苦しい気持ちがわいたら、それらのどれかに当てはまるのか
考えてみてください。
もしかして、さも真実に見えるそれにとらわれているのかも?
と自分に問いかけてみてください。

自分自体がアキレス腱だったと気がつくかも知れません。
アキレス腱は柔軟にしておいた方がいいです(笑)

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by dryangle | 2016-06-28 11:41 | ココロのカラクリ | Comments(0)
心の回復を求めて。
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最近は神経心理学と呼ばれるのでしょうか、脳の働きや
それらの不具合といわゆる「病む心」との関係
についての
情報がやたらと気になります。

怖れや不安,怒りなどの不快な感情は、記憶と関連づけられた
外界や自分の思考などの刺激によって発生します。
海馬と扁桃体の連携やそれを制御しようとする前頭前野の働き
などを理解するだけでも、反応に乗っ取られずに済みそうです。

認知療法第3世代の1つといわれるマインドフルネス認知療法
(Mindfulness-based cognitive therapy:MBCT)は
このシステムに働きかけることができるとされており、実際に
脳の検査において肥大した扁桃体が回復したり、海馬の委縮した
細胞が復元するなどの効果がみられたそうです。

身体の痛みをとるためのマインドフルネスストレス低減法(MBSR)
が、もとになっているという点は興味深いです。

…となにやらムズカシソウな話ですが、その方法がなにかといえば
(宗教性のない)瞑想なんですね。
「なるべく考えない*」もしくは「目の前の行為に集中する」という
時間をとることの効果や重要性が科学的に立証されたカタチです。

そういえば、思い煩った時にムショーに掃除したくなる,なにかを
徹底的に磨きたくなる,ひたすら野菜を刻みたくなる,など聞いた
ことはもちろん自分にも覚えがあります。ごく自然に脳を守ろうと
ひいては自分の心を守り回復を図ろうとしているのかも知れません。

今この瞬間にはない「概念として存在する問題」を、たんに対策を
練るのではなく、思考と感情の反応を総動員して深追いしない
ことが精神衛生上大切だといえそうです。

精神力動学的には、新田信也氏の精神分析統合理論のサイト
興味を持ったのですが、「許し許されること」「共感し,されること」の
意味や、これまで漠然と考えていた心の化学変化のイメージが
整理されていて深く知りたくなりました。

人の心を動かすのもまた人の心。

ただ心の回復を求める以前に、その疲れや痛みをきちんと自覚
できるようになる
ことの大切さを感じずにはいられません。

*むしろ頭に浮かんだことを追わずにただ受け流すといった感じでしょうか。
 思考を客観視するコツやある言葉を唱え集中するという方法もあります。

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by dryangle | 2016-06-20 14:57 | ココロのカラクリ | Comments(0)
自分にしか関心のない人~自己執着~
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
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自分にしか関心のない人。

言い換えれば、意識の焦点が自分にしか向いていない人。
あらゆることを自分と関連づけてでしか考えられない人。
外界をそのまま「自分の世界観」と同一視している人。

それは傷ついた人であり、苦しみの人です。

最近は「自己愛」という言葉が一般にも使われ、その問題だと
されていますが、この愛という言葉を「執着」と替えてみる方が
的確でより理解しやすいように思います
(実際に仏教で説かれる愛は執着のことであり煩悩です)

それは心の発達段階において、不幸にも(ありのままの)自分を
認めてくれる人に出会えなかった
人です。
(条件や成果なしに)自分は承認されないという自己の存在の
不安に怯え、自分に固執し続け、つねにそれを満たす物事
(認められる、感謝される、褒められる、注目される、特別になる、など)による
自己満足や自己完結を追い求めてしまう。

もちろん愛情飢餓の一つの状態であるともいえますが
それよりも以前に、存在の承認を受けられないことによって
健全な自(我)意識を成長させ、しっかり獲得することができず
人間関係の基礎となる「自分があって他者のそれもある」という
自他の関係の土台が未熟であるといえるように思います。

さらにもう一つ。

その脆弱な自分が恐怖や屈辱に晒された経験による、自己の
過剰防御もまた、自分への執着といえます。
再びそのような目に遭わないように自分(の言動やあり様)を
抜け目なく検閲し、外界や他者を妄想することで恐怖します。

どちらも経験と感性の程度問題であり、人によってその程度も
さまざまです。誰もが「人間だもの」と共感できるレベルから
「ちょっと困った人」、ついには破綻して「他者を脅かす人」*まで。
心の基本構造としては共通するものがあるように思います。

条件や根拠なしの自らの自己承認によって、その苦しみから
抜け出す扉の前に立つことができます。

…気づくことさえできれば。

*自分の内なる世界での自己が限界を超えたり破綻すると
 現実の自分や他者、外界を破滅させようとする。
 
 困った人以上の方は、昨今では「自己愛性パーソナリティ障害
(もしくは「境界性」)と定義や診断をされることも。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。

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by dryangle | 2016-05-24 12:40 | ココロのカラクリ | Comments(4)
自分脅しのプログラム
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重大な危機に(心理的に)直面するような経験が元となり
特定の物事に対して恐怖感やパニックを起こす恐怖症
いうものがあります。

後にその危機から自分を守るための心理(脳機能)作用
だといえますが、ありがちな「イヤな気持ち」もある意味で
似たようなメカニズムで起こるように思います。

とくに(無実の)罪悪感劣等感 は、高ずるといわゆる
文化依存症候群*になり得る心理作用ではないでしょうか?

これらは他者の期待や要求の水準に達することができない
わき起こる嫌な気持ち。不快な、ときに耐えがたい苦しみです。

基本コンセプトが、「自分の安定、満足や喜び、楽しみは
他者の期待や要求に応えることで得られる
」プログラム。

そうでないとイヤな目に遭う(不安になる)よ。

養育者や教育者が、その期待や要求に子どもが反する
その都度脅したり罰を与えたり、くり替えし不快な気持ちに
させる
ことで組み込まれます。
(※「となりの脅迫者(Emotional Blackmail)」という本に描かれるような関係が
ありきたりのベースになっていることに驚かされます。
前のタイトルは「ブラックメール-他人に心をあやつられない方法
一昨年の記事です→「エモーショナルブラックメール」)

さらには他者の水準というのを、経験から自分の内にとりこみ
予想・演算して逐一自分の在り方を照らし合わせ、動機とする
自責のプログラムとなって、生涯に渡って無意識に作動し続け
達成が叶わない時、折につけて自らを苛みます。

プログラム本体の周囲や次世代への移植も基本コマンドです。

養育者や教育者の達成水準が低いほど、それをクリアして土台とし
本人の意欲によって満足や喜びを求め、行動することへの
切り替えが容易になります。

達成水準が本人の能力を超えていたり、過度な支配やコントロール
によって「自分(を保つ意欲)が殺されてしまう」ことで、本人の
精神が破綻したり、突然過激な拒否反応を起こしたりします
(極端なものは、愛着障害といった下地がある可能性も高そうです)。

これらが、引きこもりや無気力、反対に暴力や反社会的行為といった
さまざまな問題の様相の根にあるように感じます。

日本では皆が口を揃えたように「誰かの役に立つこと」が嬉しい
と言います。そのような価値観を否定するものではありませんが

「他者が受け容れる」ことを大前提とした上で、自分の喜びや
満足を成り立たせなければならないという文化の苦肉の満足
ような気がしてならないのです。

誰かを喜ばせたいというのは、けっして悪いことではありませんが
それが本来誰の喜びであったのか?わからなくなってしまったら
そうでないことに恥や罪悪感、劣等感といったイヤな気持ちが
わく
のであれば要注意ですよ。

*Culture-bound syndrome. ある地域、民族、文化環境において発生しやすい
精神障害を指しますが、横の区分けだけではなく社会や文化の変遷レベルの
段階による垂直的な区分けができるように考えます。

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by dryangle | 2016-03-27 16:53 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り