金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:ココロのカラクリ( 122 )

自分という「ゆらぎ」
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
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あるキーワードで検索をしたら、このブログの何年も前の記事が
たまたま上位にあったので、つい読み耽ってしまいました。

その時の率直な感想がなんと!

「コイツ誰よ?」…^_^;

たしかにそれを書いたであろう記憶はたどれば出てきます。

皆さんも子どもの頃に描いた絵日記などを見つけて

「こんなこと考えてたんだっけ」
「純粋な発想だったな」

などと感慨に浸ったことはありませんか?

その当時そこに書き留められた自分と、今それを読む自分が
人格的にも、感覚的も必ずしも一致しないですよね。

ある尺度からは、成長したという言い方ができるように
思います。

ただ、それらを統合しようとする意識の働きをあえて外してみると
(自分という一貫性にこだわらずにいると)、多重人格とはいわない
までも自分という格も絶えず変化し、移りゆらぐように感じます。

育ての親が、「確固たる自分を持て」と常に口癖のように
言っていました。
とりあえずカッコでくくってみました(笑)

ラベルや役割、見栄に自分を押し込めて、ずいぶん窮屈そうだった
彼は、相手と状況によって見事に豹変し一貫性を失いました。
…一貫性がないという一貫性はあったのかも知れませんが。

所属集団や、信条、職業、役割、成果といった形をアイデンティティ
として外周に貼りめぐらすことを、否定するものではありませんが
自己同化して固めてしまうことで、本来自由にゆらぐ自分
窮屈になってしまうように感じます。

それは他を見る時も同様で、本来自由にゆらいでいる他者や相手を
決めつけた性分でしか見ない(見えない)ということ。

それこそ、なんだか不自由だよね。

ゆらぐ自分に、合理性だの正当性だので、私である自分という一貫性を
こじつけようとするから、物事がややこしくなるのかも知れません。

今に以前の自分を手放せるというのが、今にあるということ。

カッコに縛られない自由な自分でいたいです^_^

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
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by dryangle | 2015-10-08 16:22 | ココロのカラクリ | Comments(0)
人は水、心は流れ
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これまで心の傷や痛み、苦しみにフォーカスしてきました、が。

それらを生み出し(感じさせ)ているものが自分の心のカラクリ
なのだとすれば、喜びや楽しみを生むのもまた自分の心なのだと
実感するようになりました。

外側の現象に「なにが自分の幸せか?」を探すのではなく
自分の心に「幸せを感じる感覚能力」を持たないことには
なにを得ても満足できない自分のままでいることになると。

たとえ外側の条件への欲求や強迫を一時的に満たしても
つかの間の喜びや安心を得ることはできますが、同時に
またそれを失う怖れや不安も抱くことになります。

それが運命と心揺さぶられること自体を否定こそしませんが
一段上の視点で安定を求めることはできないものだろうか?と
考えていた時に、ふと目についたのが「フロー理論」です。

これはセリグマンのポジティブ心理学の系列とされていますが
ミハイ・チンクトミハイが提唱したもので、フロー(ざっくりいうと
「やりたいことに没頭している」)状態にあることが主観的な
幸福状態
を生み、さらには創造性をも生むという理論です。

詳しい説明は著書など他に譲るとして、起こりくる物事の解釈や
とらえ方ではなく心の状態・在り方にフォーカスすることにより
理想の状態を志向するという考え方に共感しました。

個人的な考えを付け加えれば、元々人の心の本質は今にある流れであり
フローを阻害するもの(執着や観念、思考や感情による習性的な抵抗)
に気づき意識することによって、それを流れの障害物とさせないことが
フロー状態に入る条件の実践の効果を上回るように思います
まさに自我であり、没頭=無我?ともいえそうです)。

心のフロー状態によって、困難を自分に相応の課題なのだと受けとめ
やりがいを見出し没頭し、結果事態を好転させることのできる可能性。

それ自体が現象の変化を創造と翻訳しようとする人の営み

心はけっしてどこかに流れていく水ではなく「流れそのもの」。
流れが滞ると、淀み、停滞するのは、人も水も同様なのです。
清流を保つ意識が必要なのかも知れません。

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by dryangle | 2015-09-17 15:00 | ココロのカラクリ | Comments(0)
幸福にまさかの不快反応!?
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個人的な体験から考えたことを見切り発車で書きます^^;

過去に軽度の強迫神経症や不安障害を自覚していましたが
この点に気づいて、ずいぶん気が楽になったように思います。

大人になると誰しも、それまでの体験や感情の記憶によって
それと意識しないでいても(つまりは無意識に)、新しいこと
難しいこと、異なること、変化すること
などに抵抗を感じます。
つまり自分の当たり前や慣れていないことを不快に思うわけです。

この抵抗が、まだ弱いうちは「面倒くさい」、強くなると不安から
心配、衝動的な怖れにまで感じられてきます。

それが習慣化して物事に過敏になってくると、年がら年中
面倒や心配の種が尽きず、心が疲れ果ててしまいます

これって心の生活習慣病ともいえる状態。

ここまではアリキタリの話なのですが、個人的に気づいてからは
楽になったキッカケというのは「なにを怖れているのか?」を
反転させたこと
によるものでした。

たとえば、パッと浮かぶ例ですと

「大切な人を失うのが怖い」

(これがその時に認識している考えであり、不安という感情の
反応を引き起こします。)

それを反転させると「大切な人を得るのが怖い」または
「大切な人が居続けるのが怖い」など(他にもあるかな?)
となります。

この時ストン!ときたのです。
怖れていたのは、じつはそっちの方だった!のだと。

なぜなら、自分の生育環境で恒常的であったことが
(心の通う)大切な人がいないこと。大切な人を失うということ。
悲しくも、それに慣れ、順応してきたのですね。

失う怖れや不安という反応は、目の前の人や物事に対する
ものではなく、自分の慣れや順応を変化させることへの抵抗

なのかも知れない?

ちょっとカッコつけて言えば、恒常性による変化への抵抗
なのでは?と思ったとたんに腑に落ちたのです。
ホメオスタシス(変化に対し抵抗し現状を維持しようとする力)

ワタシは安心やのほほん、喜びや楽しみを怖れていたのだと。

なぜって?それは慣れてないから(爆)

目からウロコでした。
しかも、その時こそまさに安全で、安心して、のほほんと、喜んだり
楽しんだりしていてもいい状態
なのだと気づきました。

もちろん習性ですから、すぐさま変わるわけではありませんが
「安穏喜楽」を(陳腐な自作^^;)マジックワードにして気づくように
心がけていったことで、発作的な怖れや不安からは解放されてきました。
また本当に必要な時にはより冷静に対処できるようにもなりました。

これは怒りの感情発作にも効果があるかも知れないと考えます。

相手や自分を信じられない、受け容れられない、理解できない
という恒常性からの激しい抵抗なのだと腑に落としてみては
どうでしょうか?

不仲や不健康、貧乏にどっぷり慣れてしまってはいませんか?

不快を目印にして、安穏や信頼、喜びや楽しみ、いわゆる幸福に
自分を慣らしていくという発想はいかがでしょうか?^^

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by dryangle | 2015-06-25 14:34 | ココロのカラクリ | Comments(0)
強迫と依存~ややこしや~
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しょっちゅう悩むことなのですが、日本語で「依存する」という言葉。
心理的な概念として使う場合には、一般的に使われる意味とは異なり
似て非なるさまざまな意味合いが混在しています。

たとえば強迫(obsession)依存(addiction)

どちらも表面上には困った行為を衝動的に起こす(繰り返す)という
ことなのですが、強迫は恐怖感に突き動かされることによって
依存は(なにかの代償や逃避の)欲求を仮に満たすことにハマること
によって起こります。
また双方が複合して悪循環することもよくあります。

もちろん原因も癒しへのアプローチも異なるのですが、この区別が
つかずに核心を掴めずあまり効果が得られないケースも多いのでは
ないでしょうか?

また共依存(codependency)は、相手との関係性への依存を表す
言葉だといえますが、これについてもまた強迫的なもの、依存的なもの、
双方が絡まっているものとさまざまです。

愛情飢餓感による欲求を満たそうとしているのか?虐待や被害への
恐怖感、支配への怒りを自覚することから自分を遠ざけているのか?
そして大抵の場合、いくつもが複雑に絡み合っています。

これらを解くために、専門家によるテクニックやガイドも大切ですが
その実相や核心部分を確信できるのは、本人だけなのです
(シャレてみました^_^;)。

依存行為自体をやめ(させ)ることも大切ですが、コアな原因を自覚
することによって解放された実感を得ることが必要だと感じます。

余談ですが、科学的な根拠に乏しいという理由で共依存の概念を批判/否定する
ムーヴメントもあるようです。
個人的にはアイデンティティ(自己同一性)や他者とのバウンダリーの確立不全の
ある種の様相を言い表す概念として有用かと思います。


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by dryangle | 2015-05-14 15:19 | ココロのカラクリ | Comments(0)
自分の気持ちがわからない!?
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偽(負)の意欲

かなり前ですが、誰かにしてもらうことに対して思わず口にする
「ありがとう(感謝)」と「すみません/ごめんなさい(謝罪)」の
メンタリティの違いについて書かせていただきました。
「すみません」と「ありがとう」

「~したい」と「~しなければ」についても、人によっては曖昧にかつ
偏って使われているように思います。
とくに自分のしたいことがわからないという人ほど、「~したい」と
「~しなければ」の区別がつきにくく、曖昧になっている場合が
多いように感じます。

これもまた、このところ綴ってきている真逆の表裏なのだと
気づくことができれば、理解しやすいかも知れません。

その人の目に見える反応、言葉や行動が同じものでも
どんな気持ちがわき起こり、反応(行動)しているのか?
によって心の世界の居心地は真逆のものになり得ます。

自己防御⇔自己実現(表現、決定)

カタイ言葉を使ってしまいましたが^^;、要するにその動機が
自分を守るための自動反応」としての負の感情によるものか
シンプルに「自分を(大切にし)率直に表現」したものであるのか。
わかりづらいので、その時の感覚を例として連ねてみますと…

動機が自己防御(心の有刺鎧)による場合
不安、焦り、怒り、やらされた(犠牲)感、しなければ(義務)感、抵抗感
面倒、正当化、コダワリ、強迫(負の意欲)、他が気になる(勝負)、モヤモヤ
達成した結果 達成感・安堵感が一時的 次にまたかと思う
燃え尽き 疲弊感 未来を憂う

動機が素直な自己実現の場合
意欲、やる気、他を気にしない、満足、コダワラナイ、したいから、気楽
達成した結果 喜び 先に進む 楽天的 失敗も経験


この違いは、これまでに体験から構築された条件反応のような
プログラム(ある意味これも人格といえますが^^;)
物事というより、それに対する反応の仕方の習性です。

価値観が、物事への考え方や評価という認識の部分だとすれば
感覚や感情といった反応の部分だといえます。

自分本来の「したい/したくないこと」が尊重され、許され続けなかった
場合、自分を守るために「しなければ/してはならなかった」ことを
(それはとりもなおさず、親や周囲、世間の「させたい/させたくない」ことを)
あたかも自分の「したい/したくないこと」なのだと、思い込んできて
しまったのが前者だといえます。
そのために「したいこと」と「しなければならない」ことを混同してしまって
区別がつきづらくなっているのです。
実際、双方の気持ちがある比率で混在するのは普通でややこしい限り

自分の気持ちがわからない・したいことがわからない
そりゃ、そうもなるわ~^^;

いったん脇に置いてみる。

そのチャレンジ、その選択。
日常の衣食住から、学ぶこと、働くこと、遊ぶこと、競うこと
受けとること、与えること。

「したいことが本当はしたくない」ことだったり
「したくないことが本当はしたい」ことだったり…

そうすることに、もし気持ちの負荷が否めないとしたら。

そんな時には、もしこのネガティヴな感情が(起こら)なかったら?
自分に問いかけてみてください。…繰り返し、何度も。

そうであっても、その上で、やっぱり「したい/したくない」と出てきた
気持ちを自分が大切にできる習慣を構築していきたいものです。
あくまで個人的な経験ですが、過剰な防御反応を知り、それが不必要だと認識する
ものすごく気が楽になりますよ~!!


「大切なのは、自分のしたいことを自分で知ってるってことだよ。」 
By スナフキン

(笑)
過去記事のこちらもぜひ^^→私、本当はどうしたい?

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by dryangle | 2015-03-20 17:05 | ココロのカラクリ | Comments(0)
真逆の世界
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自分らしくあることと
自分を守ろうとすることは
同じ働きの別の側面です。

一方はその存在を肯定する働きであり
もう一方は否定し押さえつけながらも
存在し続けようとする働きです。

一方は積極性、受容性
もう一方は消極性、抵抗性

一方は喜びや満足感が伴い
もう一方は痛みや苦しみが伴います。

一方は他者の異なるそれを尊重しようとし
もう一方は他者の異なるそれに脅かされ
拒絶したり、奪ったり、攻撃しようとします。

一方は愛に裏づけられた眼差しであり
もう一方は恐れに裏づけられた眼差しです。

あなたがどのような眼差しを向けられて育って
きたかによって、見方や感じ方が逆転します。

大抵の人はこの世界を教えてくれた
その人と同じ側にいることでしょう。

あなたをとりまく世界は、きっと
あなたが影響を受けた親や大人と
同じ顔、同じ性質
をしています。

現実の世界が異なるのではなく
それを見る眼差しの違いによります。

どちらの自分でも、どちらの世界でも
本来なら選択することができます。

それが自分という存在の力。

オマケ話ですが、話題のドレスの色の見え方も興味深いですね。
色の恒常性という背景の光の色に合わせ経験や記憶を元に色を判断する
脳内の補正による錯視がカラクリだそうです。
ちなみに、どうしても白と金色にしか見えません^_^;


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by dryangle | 2015-02-28 16:30 | ココロのカラクリ | Comments(0)
手放し、受け容れ続ける。
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新年のご挨拶もしないままに、2月になってしまいました^^;
まだまだ続行するつもりですので、よろしくお願いします!

いきなりですが …

手放さない限り、失い続ける。

最近こんな言葉を目にして頭から離れません。

たしかに、失う自分という自己像を握りしめている限り
現実をすべてそのように、つまり自分はなにかを失うものだと
認識/解釈してしまうということ。

また反対に、受け容れない限り、縛られ続ける。
ということも実感します。

手放しと受け容れは、じつは同じ性質のものだといえます。
古来より諦めるという表現もありますが、ざっくり言えば

いいよ。それは(誰それは/その事は)それで。

感情的に反応せずに放っておくことができるか、どうか?が
鍵となるように思います。

もちろん、心が強く抵抗します。
それこそが苦の正体ともいえます。

その怒りや悲しみ、寂しさ、恐れといった痛みの根っこには
劣等感や罪悪感、被害意識
(得ることができない、失う、見捨てられる、など)に
当てはまるものがあるのではないでしょうか?

その感情の痛みを、じっくり感じてみる。
誰かの声や、なにかのエピソードが思い浮かぶかもしれません。

もしその反応(痛み)がなかったら?そもそもその根っこが
今はもう、たんにリアルな思い込みに過ぎなかったら?

「この反応を、とりあえず試しに脇に置いてみよう…」
そう思うことができる頃には

すべて何も手に入れたり、失ったりしているものはなく
そのようなイメージに正負の価値を与え、決めた反応をする
主体こそが自分だということに気がつきます。

ほんの一瞬ね(笑)

だから、続ける。たんたんと今年も^^

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by dryangle | 2015-02-05 21:24 | ココロのカラクリ | Comments(0)
『偽りの感情』を見抜く
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前回無実の罪悪感について考えさせていただきましたが
「無実なのになぜ?」と思ったとたん、ラケット感情という言葉が
突然連想されました。

これは交流分析(TA)で用いられる概念で、本来の気持ちを抑圧する
二次的な感情
とされています。

別のいわゆる一次(primary)・二次感情(secondary emotion)の考え方は
今では認知行動療法をはじめEFT、NLPなどさまざまな分野で用いられています。 
感情のフタとも呼ばれる二次感情ですが、多くの療法においては怒りとその
コントロール(アンガ―マネージメント)がメインとなっているようです。


交流分析においては、本来の感情は過去の時点で抑圧されており
代わりに習得した代用感情であるラケット(脅迫)感情が起こるとされます。
親などとの不健全なコミュニケーションによってその感情に、ストローク
(承認や報酬、関心)を与えられることで身に着き
パターン化したものです。

シンプルにいえば、その時の本当の気持ちを全否定して
誰かの「それについては、こう感じろ。そうすれば注目してあげる
に、求め従うことで形成されたものだといえます。

―私の(気持ちの)存在を認めて欲しい―

ラケット感情として起こり得る感情はさまざまです。

怒り、劣等感、優越感(喜び!)、罪悪感、憂うつ、イライラ、見捨てられ感、恐怖
絶望感、虚無感、混乱、傷心、がっかり、悲しみ、孤独感、無力感、緊張感
焦燥感、同情心、義務感、使命感、敗北感、後悔、恥、羨やましさ、意固地
不安、心配、嫌悪感、とまどい、反抗心、潔白感、傷心、競争心、恨み、恋しさ
自己陶酔、拒絶感、猜疑心、疲労感…


それらの二次的な感情に、なぜことさらケアが必要かというのは
それ自体が不快な感情であったり、他者とのトラブルにつながるだけ
ではなく、それは習得した反応であるため、感じ切ってもその場で
消化するということがなく
、さらには繰り返すごとにより強い反応
なって表れるからです。しかもゲームとして繰り返したがる^^;

それには他の療法における二次感情に関連した一次感情の扱いと同様
自分のパターンとなっているラケット感情を知り、本来の感情に置き換える
作業が必要となります。

抑圧されていると考えられる本来的な感情については
基本感情である怒り、恐れ、悲しみ、喜びの4つであるとされています。
 
(歪んだ接し方にふれて)喜びですらラケット感情によって封じられている
場合も多分にあると考えています。

理不尽な負の感情に苦しむようであれば、それがラケット感情、もしくは
二次感情とみなして、自分の本当の感情に気づくことが大切だと思います。

前回の無実の罪悪感などの苦しみについては、その奥底に埋もれている
自分が喜ぶことや、相手のコントロールに対する怒り、自分の気持ちへの
関心のなさに対する悲しみ、拒絶される恐れなど、自分の真実の感情
気づいてあげることが大切なのだとあらためて考えました。

アダルトチャイルドの考え方は、その本心やそこからの思考をAC、ラケット感情や
そこからの思考をペアレントとしてイメージしてみると理解しやすいかと思います。
ホ・オポノポノなどは真の気持ちに向けるアファメーションだといえますね^^


交流分析の用語。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
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by dryangle | 2014-12-10 14:02 | ココロのカラクリ | Comments(1)
合鍵探しのコツ。あるかもよ^^②
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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前回(イケナイ圧力の心の扉を開ける鍵の話)の続きです。

ちなみに、コツ以前の話なのですが。
ロックされている(縛られている)ことを自覚する、気がつくだけで
その鍵が自分の手に握られていた
ことをいきなり知る場合があります。

開ける選択さえすれば、目から鱗で解放されてしまうことさえあるのです。

記憶を辿ったり埋もれた感情を掘り起こし、それらの現在への無用性を知る。
物事の受けとり方を修正したり、抵抗に向き合うためのメソッドやアクション。
物事を俯瞰し、距離をおくためのアファメーションやマジックワード、そして瞑想。
エンパワメントとしてのお呪い、お守りまで。それに気づかせ、活用させる
ものであれば効果的だといえるのかも知れません。


それら方法論としての鍵を選ぶコツなるものを、以下にあげてみますね。
②巷にある鍵はまず開けるため、解放されるために使う

当たり前のようですが、現実には別の新たなロックへの依存から得るつかの間の
安心や喜びを、癒しや解放とカン違いしている場合もあるのです。
ワタシはこれによって、さらなる多重ロックの虜となりました。

開け閉めの感覚を理解してから、鍵を用いる。

これは自転車に乗るようなモノ、言葉で説明しづらいのが難点です。
最初に迷いや抵抗を感じるけれど、ガチャッと開いたら「な~んだぁ!」
と気が楽にならなければその鍵を疑うか、別の鍵の併用が必要です。

鍵のカタチを意識して吟味すること。

現実にも鍵のカタチが皆同じわけじゃありませんよね^^;
似ているかもしれないけれど、それぞれに違って不思議はありません。

それは自分の心と向き合い、どんな鋳型や痛みの反応があるのか
しっかり見つめる作業になります。ですから、敢えて見つけようとすると
苦痛(怒り、恐れ、迷い、悲しみ、惨めさ、妬み、罪悪感など)が伴います。
↑ココを回避しようと汎用鍵にとびついた場合こそ要注意!
逆にいえば、苦痛のあるところにロックされている壁や扉があるといえます。

鍵を見つける前に、痛みでヘトヘト^^;になることも。そういう場合には
とりあえず「閉めっぱなしでもいいや」とも思えること。

 「どっちでもいい」も含め、鍵の開け閉めの主導権を自分が握ること。

この辺りは最重要で、鍵を用いるのも誰かに委ねず、強制されず、自分で開閉の
選択をする
ことに慣れていく
。それが主体としての自由です。

究極の汎用鍵は「愛」といえるのかも。ただそのカタチは見えない。

手さぐりだけれども、探しているうちに自分の心の奥が共鳴して
かすかに光が差し込み、風が渡ることがあります。
ワタシ個人はそこにロックによるものとはまったく別の喜びを感じます。
そのための鍵こそが、いわゆる愛と呼ばれるものだとしたら
それはたしかに存在すると思えるようになりました。
それはどちらか一方向ではなく、通電のように交流として成り立つモノです。

最後になりますが…念のために。

これらのコツも閉める(縛る)のではなく、開ける(解放)のための
鍵として使ってくださいね!^^

それによって、制約が増えて身動きがとりづらくなるものではなく
気が楽になり、イキイキと自由度が増すと直感的に思えるモノ。
間違えたら、何度でも違う鍵を探してみましょう。

合鍵探しのコツですら、自分の中に見つけるモノなのです。
この記事の内容も、自分の中でガチャガチャいいながら手繰り寄せました^^

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-11-26 12:56 | ココロのカラクリ | Comments(0)
合鍵探しのコツ。あるかもよ^^①
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


すっかり閉ざして、固まって、ビクともしなくなって、内にこもって
暖かい日差しも届くことなく、新鮮な空気もほとんど入らず
すっかり意欲なく、息が詰まりそうで、苦しく生きる心の扉

それは、イキイキと活きるエネルギーを封じる
(~ しては/~しなくては、~であっては/~でなくては)
イケナイの圧力です。

それをこじ開ける鍵を、それでも現実世界を必死に探し回って
たくさんの人の体験や知識、カウンセリングにマスターとかいう人の
教えを聞いたり、秘伝のマジックワードまで伝授してもらったけど…

たしかにあるのかも知れません。汎用性のある鍵(爆)
カチャッ!とくるものに出会えたりするものもあります。

が、大抵の人の心の鍵は多重ロックシステムになっています。

いくつか順調に開いて希望を得る人もいれば、最初から合わず
鍵の存在すら否定的になる人もいます。

なので、合鍵探しのコツを。

心のロックにもいろいろな形の系統があるようです。
お金系、人間関系(上下、家族、先祖など、ヒエラルキー系)、時間系
褒賞系、行動系、美醜系、キャリア系などの他者承認系
健康系、損得系、喪失系…
名前も順番もあくまで思いつきです!
高度な電子ロックで、いくつもスクランブルしています。
どれも合鍵販売が盛んですよね~!^^;

とくにお金系は、お金への執着から解放されるためというセオリー
によるお布施や献金、お金を手放すメソッドとかいろいろです。

カチャッ!ときて、開けばいいんです!気が楽になれば。

ところで鍵の働きはいうまでもなく縛り(執着)です。

もう少し実感的に言えば、ある価値観やその成果における安心・喜び
それを得るための誇り、崇拝(祟り?)、正(大)義や善、美意識、格式
常識、べき・ねば、服従、思い込み、盲信、ついには強迫(観念)
その維持のためにわき起こる抵抗や拒絶・回避、怒り、恐れや不安に
焦り、恥、悔しさ、嫌悪感、防御、心身のこわばりや痛み…

鍵の目的、それ自体はもともと安全に、安定して生きるため
有益な働きを得るためのものでした。

問題なのは、今現在、この瞬間
そのロックが主体者の自由な選択を奪う有害な働きをしている
場合なのです。

本来、鍵は主体者開け閉めを選ぶためのツールとなり得たはず。
ところが誰かがその人の都合で鍵をセットして、当の主体者を中に
置いて施錠したまま持ち去ってしまったことが問題なのです。
まさしく「こんな部屋イヤだ!」ですよね~(笑)

まぁ~閉じ込められたからこそ、個としての主体を認識する
至ったのではないかと?考えることもありますが…

心の鍵はその流動を自動的に一定の方向に駆り立てたり
反対に押し止める働きをするモノです。自分を縛るイケナイの圧力

「そういうのに縛られてるよね~!」ってアルアル!ですが
当たり前すぎて、自分や他者がロックされていると気がつかないことも。
そんな時こそ「どっちがイケナイの?」の争いとなります。

…話を戻しますね。

お金の鍵にもロックする方向性の違いがあります。

使いすぎる、使えない、溜めこみ過ぎる、溜められない
各々自分のため(意志)だけ、他者(特定/不特定)のため
(意志)だけ、両方OK、両方NG…これも思いつくまま、まだあるかも。

しかも「信じるな!」や「素直に従え!」という別の類の鍵に
スクランブル
されて開かないどころか、さらにそのロックを
強固にする場合も


そうそう、宗教系・思想系にもある別種の代表的な鍵
「信じろ・疑うな」とか「信じるな・疑え」のカタチですよね
どちらも「この教えに従え!」は共通です。

そこで、自分が自由になる合鍵を見つけるためのコツ①として
その鍵がさらなるロックをかける危険性がある。という
事実を知っておくことは必要だと思います。

あ、長くなってしまいました。次回に続きます!

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-11-21 13:13 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り