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金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
by dryangle
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Carpe Diem
自分を生きることに
疲れてしまったら…
心のプログラムのバグを
探してみましょう。


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カテゴリ:ココロと思想( 37 )

新説?「合わせ鏡の法則」
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
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心の話題では、よく「鏡の法則」なるものを耳に(目に)します。

自分に起こることや問題は、外界や他者という「鏡を通して観る
自分の内面の投影」であるという原則から説明されます。

私ずっと、なぜかこれに未消化な違和感を抱いてきました。

私の方だって鏡なんじゃないの?

だから簡単には、主体となって意志通りに自分を動かせない。
むしろ自分の方が反映(リフレクション)なのではないか?と
実感することがほとんどだったんです。

ある日、偶然ビデオフィードバックの映像を眺めていたところ
インフィニティフィードバック(無限に映し合う合わせ鏡構造)
という言葉がアタマに浮かんで、もしかしたら?と考えました。

「合わせ鏡」なんじゃないか?って。

だからこそ、ポジにしろネガにしろ関係性によってスパイラル
起こってくるのではないか?と。

自分だって鏡なのだから、自分に映る像を自分では変えられない

…じゃぁ?どうしろっていうのよ?

その構造に気がつけば、笑っちゃうくらい単純なことなのですが。

ただ自他の鏡に展開する映像ばかりにフォーカスするのではなく
向き合った合わせ鏡を、いったん外側から見る視点を持つことで

じつは、自分の鏡の向きを変えられることを忘れていた!
ということに気がつくと思います。
そこにこそ、深層の意志や意識のチカラが強く働いていた。

それを忘れ去って、鏡の向きを慣性のまま固着させてしまうことが
執着や依存ともいえるような現象なのかな?と。
自我も、カルマも、防衛機制も、観念も、人生脚本も、強迫も
その慣性のことではないの?と。
自分勝手にチマチマと腑に落ちてきます。

素敵な像を映し出したままならいいのですけれどね。

その向きへの志向性が鏡の傾向性にもなるように思います。
文字通りに。

「今」幸せになる。

幸せな環境が幸せな人を作るのではなく
幸せな人が幸せな環境を得る。

人は他人を救えない。

そんな先人たちの言葉も真実味を帯びてくるのではないでしょうか?

明るいこと、やさしいこと、楽しいこと、嬉しいこと、素敵なことに
心の向きを換えてみませんか?

それができるのは、今ここ、この瞬間、この私の意識だけ。

知る方に伺いたいのですが、Oshoやマイケル・J・ローズのいう「反応と応答の違い」や
ゲリー・ボーネルの「リアクションとレスポンスの違い」にも通じるでしょうか?


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by dryangle | 2016-12-10 10:22 | ココロと思想 | Comments(0)
「ごちそう」アディクション?
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前回の話題のオマケ、というかたんなる思いつき話です。

前述のコへレトの言葉からの抜粋。

あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそう
を食べる国よ、あなたはわざわいだ。
あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく
力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたは
さいわいだ。(第10章:16,17)

眺めていたら、今度は「ごちそう」にひっかかりました。

この「ごちそう」を報酬系のホルモン(脳内物質)と解釈したら
なんだかとっても面白いのではないかと。

憑りつかれたように、ひたすらになにかを得ようとして
不足を追い回している時、あなたは不幸だ。

本意に従って、自己に酔うためにではなく力を得るために
適時ふさわしい努力をして成果を得る時、あなたは幸せだ。

そんな風に読んでみたら、じつに妙ではないでしょうか?
言葉遊びのようで、お叱りを受けそうな気もしますが…

快感となるホルモンはもちろんのこと、達成や承認という条件が
前提とプログラムされれば、ある意味で努力や困難、問題もまた
依存対象
となり得ます。
また快感自体よりも、前回お話ししたような「求愛行動」として
条件づけられているのかも知れません。

自らを不幸だと思っていたり、不安や不満に煩わされているのなら
なにかに固執(執着)している、その感覚基準そのものが、世間や
誰かに背負わされたものだという可能性はないですか?

不幸も、貧乏性もまた「ごちそう」アディクションかも知れません。
一度深く検証してみるのもアリかと思います。

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by dryangle | 2016-11-29 12:08 | ココロと思想 | Comments(0)
他人軸…の根っこは親への求愛行動?
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暗い時間が長くなるこの季節は巣ごもりしたくなります。
自然と読書の時間が増えるのですが、この頃は宗教や哲学
分野の世界観を人の心の世界に翻して解釈してみる*ことに
面白さを見い出しています。

仏教にはもともと哲学や心理学ともいえそうなディテールが
あります。
渇愛によって生じる苦からの解放を目指すための方法論
である仏教。
その渇愛(愛、執着)はつねに満たされぬ想い(不満足)
であり根本の欲ともされます。
バッサリとハショると「まずはその法則(縁起)を見抜けよ」
という話(如実知見)が基本となります。

以前どこかで、動機の(とくに他者や集団の理不尽なルール
要求や期待に自分を抑えて従う)根底には親への求愛行動
あるのではないか?という話を見かけ、その言葉がやけに心
に突き刺さり頭に廻っていました。仏教の渇愛という言葉と
親から周囲の人、社会へと拡大した重要他者を軸としてその
価値基準や承認に反応・行動してしまうのはある種求愛行動
ではないのか?との考えのイメージが符合したのです。

永遠に満たされることがなく
それが苦(悩)を生み出していく。

いや、ホント、マジで。

そういえば、昔とにかく知識のために「読み倒した」聖書で
異質(今思えば仏教的?)な香りのする文章があったことを
思い出し、探し出してみました。

以下は旧約聖書、コへレトの言葉(伝道の書)から抜粋です。

あなたの王はわらべであって、その君たちが朝から、ごちそう
を食べる国よ、あなたはわざわいだ。
あなたの王は自主の子であって、その君たちが酔うためでなく
力を得るために、適当な時にごちそうを食べる国よ、あなたは
さいわいだ。(第10章:16,17)

この「国」を自身、「王」を自分の心を司るものだと解釈したら
どうでしょう?

ちなみにわらべという言葉のヘブライ語には、あやつり人形や
奴隷の意味もあるそうで、懐柔されている王によって国の災い
が起こるように、懐柔されている心によって自分の世界の苦悩
も起こるのだと考えてみると興味深く感じます。

自主は言葉通りの意味の他に、知恵や神を畏れる心という意味
らしいのですが、自分という存在の奥底の意識やその本心だと
読みとってみるとさらに意味深ではないでしょうか?

今よく耳にするようになった自分軸という感覚。

むやみに探すよりも、他者(やその価値基準)の承認を求める
ものでないかどうか?
を見極め、削っていくと見えてくるかも
知れませんね。

そこには状況や成果に左右されない、今この私の揺らがぬ満足
がありそうです。

…あなたのその「やさしさ」も求愛行動ではないですか?

*
あくまで素人のごく個人的な浅知恵による解釈に過ぎません。

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by dryangle | 2016-11-26 15:05 | ココロと思想 | Comments(0)
心の共振現象?
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心理的な癒着だの、依存だの、イメージとしては理解できるけれども
実際にはどんなメカニズムなのだろう?なぜそれが起こるのだろう?

認知科学的な感じ方のクセなのだという説明は、理解しているつもり
なのですが、似た物事に対してもポジティブな印象を持つ時となぜか
ネガティブな気持ちになる時があるということがあります。
物事や状況、そして自分も当然その時々千差万別だからということで
納得してきたのですが、そこの関係性のメカニズムがつかみきれない。
どうにも釈然としない…なぜ?

気がつくとそんな問いかけを頭の中でグルグルと繰り返していた昨今
たまたま多分中学くらいの物理の実験でやりそうな共振や共鳴の実験
を見かけました。

物体の持つ固有振動数と同じ振動を外部から受けると大きく振動する
現象を共振(音であれば共鳴)という。


???…!!!

心というか、認知や感情の反応の微細なレベルでの現象としては
わりかしそんなカンジ?、もしかしたらエネルギー量子次元の話?
(いや、電波とか波動とかいうジャンルは食わず嫌いなんだよな…^^;)

むしろ。
その個性や性格、性分をその時々変化に共振する固有振動数の種類の
習性パターンだと考えてみたら?

一般には楽しいと思われる状況で、楽しさや喜びを感じられない自分。
それがその振動数を持ち合わせていないから、状況に共振ができない
のだと考えると、妙に腑に落ちたのです。

半面、負の思考傾向や感情の反応の振動数は多彩に持ち合わせている
記憶に刻まれている。

その人その人、これまで出会った人や状況という経験から刻んできた
ものは、それぞれに異なるでしょう。

とくに人と人の心理的な癒着関係ともなると
負の振動数で強く共振し合うことで心の取引関係を結ぶ

これらを変える、絶つための、もしくは共振しないためのアイデアを
考えていきたいと思います。

仏教的には? 因=固有振動数、縁=外部の同じ振動数、果=共振・共鳴
自分の因を変えない限り、縁を切ってもまた似た縁と結び果は変わらない?

…そんなことを思いつくままに書いてみました^^

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by dryangle | 2016-08-30 12:39 | ココロと思想 | Comments(5)
感情的に感情を悪者にしないで。
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一昔前の人たちは、「感情を理性でコントロールできる」ことが
人としてあるべき最善だと言います。
ワタシも、それこそ頭では素直にその通りだろうと考えていました。

このコントロールの意味は抑制というよりも、むしろ封じることであると
されているようにさえ思います。
それによって他者を刺激することなく、社会的なトラブルを減らせる
考えられていたのでしょうか?
昨今では、さも理性的に冷酷なことが行われているようにさえ
思うのですが。

それはさておいて、個人的に子どもの頃から本来自然にあるもの
モノによっては悪者扱いされることにかなりの違和感がありました。

そこで自分なりに思いついた感情についてのイメージがあります。
今回はそれをご披露しようというお話です^^

それは感情は人生(ドラマ)の味つけをする調味料だということ。

基本の感情は4つといわれていますが、さしづめ、喜びは甘さ
悲しみはしょっぱさ、怒りは辛さや苦さ、恐れは酸っぱさや辛さ、
といった
ところでしょうか(テキトーな発想です^^;)。
調味料よろしく身体に循環しその機能にも作用します。

記憶や経験、知識は材料
理性(頭による働き)は調理です。

心の働きは、記憶や経験、知識(材料)を使って、そこから感情
(調味料)も作り出し、蓄え、ともに調理(行動や意味づけ)をして
その人オリジナルの料理(人生ドラマ)を作りだすこと。

調味料を使わないという選択もあり得ますが、心の働きの性質により
調味料も盛んに作られストックされていきます。
これとは対照的に、現代では材料は貪欲にかき集められます。

ジャンジャン調理して食べないと腐るよ(笑)

でも、使い方を間違えると料理が台無しになるのが調味料
不味いモノをさんざん食べすぎたせいか、いっそのこと使うな!という
教えが蔓延し始めました。

それはそれで良さそうなものですが…

人生ドラマがまったく味気のないモノになってしまっていることが
目立ってきました。
さらに悪いことには、溜まった調味料が腐って、爆発し、まったく不本意に
料理にぶちまけちゃって台無しにしてしまっています。

これはもう、そろそろパラダイムシフトの出番ではないでしょうかね?

材料同様に、調味料を、材料とのコンビネーションを活かす
そこにこそ、理性を、調理のテクニックを存分に駆使しては
どうでしょうか?

そのためには、まず調味料の味をしっかり知らなくてはなりません
しっかり本来の味を味わい尽くしてこそ知ることができるのです。


味覚と同様に、大人や人によっては多少の手間ひまがかかるでしょうが
そうすることで、調理が安心して楽しめる作業になることでしょう。

行い手は、もちろん自分のクリアな意識^_^

クリスマスのメインディッシュはなんですか?
さぁて、美味しい料理をしっかり堪能しましょうね。

みなさん、メリークリスマス!
そして、良いお正月をお迎えください^^

…で、来る年もまたヨロシクお願いします。

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by dryangle | 2014-12-25 14:04 | ココロと思想 | Comments(0)
捨てたらゴメン(^人^)
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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見知らぬ人やフォーマルな場で人と接する時
その場、その人向けの自分を作っている自分に

違和感を感じることはありませんか?

リラックスしている時でさえ、友人や家族にも
無意識に自分を作っているように思います。

じゃ、一人の時は?

時々ふと、こうして心について考えている自分を
保とうとしているんじゃないか?
などと思ったりします。

ワケあり家庭に育った自分
心に傷を持つ自分
さまざまな強迫観念を持つ自分
かつての親族関係に悩む自分
回復しようとしている自分
同じ痛みを持つ人と関り合いたい自分

そういう自分でいる時間が減ってきたことに
最近ハッ!と気がつきました。

そんなキャラを、もはやアイデンティティとして
再生し、持ち続けようとしているのは自分?

もしかしたら…

忘れてたように、こうした話題を綴るサイトやブログを
見向きもしなくなることが、ワタシの、私達の
心の回復なのではないのだろうか?と。

もしうっかり、一連のサイトやブログを捨てて
(放置して)しまったら

ゴメンなさい(^人^)

とはいえ、問題や関心を持つ方々が訪れてくださる限り
今後もあれこれ向き合っていくつもりです^_^

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by dryangle | 2014-10-13 11:39 | ココロと思想 | Comments(0)
大したことない私的死生観
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PCや携帯を、自分的には不具合なく長く大事に使っていても
あっという間にソフトが進化し、必要な処理能力やメモリが増え
ついにはアップデートのキャパが追い付かずに新機種への
買い替えを余儀なくされる
ことってありますよね。

そんな時には、私たちの心身の存在も似ているのかも知れないと
つくづく思わされます。

観念や価値観もなるべくアップデートしていかないと、時代に合わずに
動き(生き?)づらくなったりしますし。

それって自分の枠を認識し、つねにその外側へと
意識を押し広げていけるということと同様なのかもしれません。
だとしたら、きっとその可能性は無限。

とはいえ、ハード(身体)の方は時間とともに古くなる一方で(爆)
大事に上手に使っていても、いずれアップデートの不可能な
限界がやってくる


そんな時、なんの抵抗もなく真っ先に新機種に乗り換える人と
今使っているモノへの愛着、もしくは些事の面倒もあってか
なかなか気が進まない人がいます。

正直、ワタシは後者なのですが^^;
ちなみに「決めたら、速攻!」という一面もアリ…

とりあえずOSやソフトの新機能にはなんとかついていって活用
していますが、ハードの衰えを実感させられる今日この頃^^;

「ついてけないかも…」という焦りも感じます。
あ、それは人生の変化の話かな?

そんな風に、IT世界のハード・OS・実用ソフトの概念をリアルな
世界と対比してみると面白くはありますね。

ハードが肉体、CPUは、メモリは記憶、OSは初期環境で、プログラム(ソフト)は思考、感情の働き
そしてそれらを駆使して行う仕事が行為や体験であり、さらには
その積み重ねがその個人の人格や人生と呼ばれるようになる。

では、そもそもITに位置するモノとは?
(神か?宇宙か?概念として認識できないものか?)

うーん…

アップデートも新機種への交換も抵抗があるほど
面倒で苦しむ
ってのは、たしかに心理/真理。

その時が来たら、スパッと新機種に乗り換えたいと思います!
(いや、無理かも?^^;)

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by dryangle | 2014-09-24 14:33 | ココロと思想 | Comments(0)
大逆転サヨナラ笑顔?
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じつは時々自分でもどちらが本当かわからなくなるのですが…
話半分、興味半分で想像してみてくださいね^^

今この瞬間
今ここ
今でしょ!

昨今ブームの「今にある」こと。

思考にとらわれることの苦しみに気づき、瞑想などを
始めた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?

この感覚、発想を変えてみると面白いというか
逆転させてしまった時に気づくことがあります
(個人的にはたんなる経験でしたが)。

「今ここ」こそが自分本体で、私という概念や主観
体感の方が部分であると。


そうすると、「今ここ」がどれほど私という部分に乗っ取られ
ふり回されているかを実感します。

「今ここ」目線だと、自分ってけっこうヤッカイ、けれど
気づくとイトオシイものだったりします。

ネットで高校野球の石川大会の決勝戦で0-8の土壇場に臨む
星稜高校の球児の笑顔を知り、まぶしくて惹きつけられたのですが
彼らの奇跡のサヨナラ勝ちは本体が自分を制した感があります。

自分(部分)だったら「(今ここ)その場」できっと笑顔になれない
誰もがそう思ったのではないでしょうか?

でも彼らは笑顔で「(今ここ)その場」に立ちました。

「今ここその場」目線で自分(部分)に微笑みかければ
自分(部分)が笑顔になり、「今ここ」が(当人にとって
笑顔の場になる。

うーん^^; うまく説明できていないようでゴメンナサイ。

苦労というキャラを自分や周囲に背負わせているとシンドイよ
取り寄せ放題の苦労を現実に背負ってしまうよ

そんなカラクリを説明したかったように思います。
またもう少しウマイ説明を考えてみますね。

ぜひ必笑でいきましょう^^

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対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-07-30 11:46 | ココロと思想 | Comments(0)
猫好きの小さな気づき
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飼い猫を「カワイイ~!」と文字通り猫かわいがりしていると

「それは猫自体が可愛いというモノではなくて、自分の中に
猫を可愛いと感じる気持ちがあるんだよね」

と、家人がどこかで聞いたような哲学的な言葉を発しました。

…たしかに。

猫をコワイ!と感じる人だってもちろんいますよね。

考えてみると、好きとか、カワイイとか、素敵だとか
ポジティブな反応はそう感じることを、当然ながら
問題にせずに喜んで受け容れています。

でも。

コワイ!、嫌い、醜いといったネガティブな反応も
まったく同様に、じつは相手のあり方の問題ではなく
本能と、経験や教育に培われたそう感じる心の働きが
自分の中にある
とも理解できるのではないでしょうか?

おまけに、ヒトの心はどうやら周囲の物事に対して
積極的に負のラべリングを行うようになっているため
(自分を守るためのとても合理的な働きなのですが…)
負とされる物事が増えまくり、そのネガティブな反応に
日常が埋め尽くされることで疲弊してしまうのですよね。

それを克服して幸せを感じるために、古典的ですが
ポリアンナ物語(Pollyanna)の「ヨカッタ探し」のように
何気ない物事に対して意識的に正のラべリングをする。
ささやかなことに喜びや感謝の気持ちを持つという
方法があります。

これも強迫的になるとポリアンナ症候群と呼ばれる
物事の良い側面しか受け止めようとせずに過度な現実逃避に
陥るといった好ましくない心理的傾向性を生みだすそうです。

すべて感じ方や意味づけ(評価)というコインの裏表に過ぎず
それ自体が苦しみの材料といえるのかも知れません。

実際、ポリアンナのように物事を積極的に喜びや感謝に
結びつけるって(少なくともワタシには)かなりムズカシイです。
年を経るほどに未だノーラベルのモノを探し出しづらくなって
いますし、負の感情が湧くのならそれを押さえつけるのは…^^;

となれば、なるべく負のラベルに対する反応を
無効化/無力化
することが得策かと思います。


その時わいた感情を理由を考えず(思考や言葉をとめて)
に受け容れ、さんざん感じた後にごくシンプルに

「どうしてそう感じるのだろう?」と自分に問いかけてみる。

これを続けていくと、いつしかラベルがペロッと剥がれます。

もちろん根気や時間がかかるもの、不快や痛みを伴う抵抗
という頑固な接着剤でひっついているモノもあるかと思います。
その多くは自己防衛/犠牲的なものだといえそうです。
まぁ~感謝や喜びの方はといえば、多分に自己満足的なもの
なのでしょうが^^;

まずは剥がしたい、剥がしやすそうなラベルから(笑)

さらに喜びや感謝のラベルを貼るか、なにも貼りつけずに
ニュートラルなままにしておくか選択するのは自分です。
むしろ受け流せることが増えると気楽ですよ^^

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-05-24 10:56 | ココロと思想 | Comments(0)
「とらえ方」の多軸構造
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「自分の軸がブレナイ」というような言葉を
よく耳にします。

軸というのは、座標軸の軸
あるものの中心となる要

考え方の軸は価値観や信念
感じ方の軸は観念

…といったところでしょうか?

個人的な価値観や信念、観念が
その人の軸だといえるかと思います。

オオゲサですが、その軸がその人にとっての
この世の真実を決定しているともいえます。

ところが、よくよく考えてみると
これこそ自分の軸だと思い込んでいるものが
もとは他人(から得た)の軸だということに
気がつくことも多いかと思います。

ブレナイのは良いことかも知れませんが

やたらと一般論でモノを言いたがる人は
どちらかというと他人(世間)軸を生きる人

主観(これも多分もとは誰かの軸)ばかりの人は
どちらかというと自分軸を生きる人

そのどちらかが良い、悪いでもなく
また時と場合(時間軸)によっても変わるもの。

ある政治家の発言が物議を醸しているようですが
その固執する軸が、x軸「日本と他国」y軸「不当な侮辱」の
平面座標だとしたら、反応する側の軸が「女性蔑視・人権」だったり
「性のあり方」だったり、「公式発言の仕方(物の言い方)」だったり…

議論が噛み合い、互いの向上につながるものではなく
不毛なパワーゲームであることは明らかですよね。

これは家族や、身近な人との交流においても
とってもありがち^^;

世界には、その人、その集団の真実が存在しています。

いろいろな軸を理解することによって、目には見えない
世界の広さを知ることができるかと思うのです。

そしてその世界を共有し合うことも…

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by dryangle | 2013-05-20 08:30 | ココロと思想 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り