金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:ココロと思想( 40 )

大逆転サヨナラ笑顔?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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多分野から
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じつは時々自分でもどちらが本当かわからなくなるのですが…
話半分、興味半分で想像してみてくださいね^^

今この瞬間
今ここ
今でしょ!

昨今ブームの「今にある」こと。

思考にとらわれることの苦しみに気づき、瞑想などを
始めた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?

この感覚、発想を変えてみると面白いというか
逆転させてしまった時に気づくことがあります
(個人的にはたんなる経験でしたが)。

「今ここ」こそが自分本体で、私という概念や主観
体感の方が部分であると。


そうすると、「今ここ」がどれほど私という部分に乗っ取られ
ふり回されているかを実感します。

「今ここ」目線だと、自分ってけっこうヤッカイ、けれど
気づくとイトオシイものだったりします。

ネットで高校野球の石川大会の決勝戦で0-8の土壇場に臨む
星稜高校の球児の笑顔を知り、まぶしくて惹きつけられたのですが
彼らの奇跡のサヨナラ勝ちは本体が自分を制した感があります。

自分(部分)だったら「(今ここ)その場」できっと笑顔になれない
誰もがそう思ったのではないでしょうか?

でも彼らは笑顔で「(今ここ)その場」に立ちました。

「今ここその場」目線で自分(部分)に微笑みかければ
自分(部分)が笑顔になり、「今ここ」が(当人にとって
笑顔の場になる。

うーん^^; うまく説明できていないようでゴメンナサイ。

苦労というキャラを自分や周囲に背負わせているとシンドイよ
取り寄せ放題の苦労を現実に背負ってしまうよ

そんなカラクリを説明したかったように思います。
またもう少しウマイ説明を考えてみますね。

ぜひ必笑でいきましょう^^

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-07-30 11:46 | ココロと思想 | Comments(0)
猫好きの小さな気づき
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飼い猫を「カワイイ~!」と文字通り猫かわいがりしていると

「それは猫自体が可愛いというモノではなくて、自分の中に
猫を可愛いと感じる気持ちがあるんだよね」

と、家人がどこかで聞いたような哲学的な言葉を発しました。

…たしかに。

猫をコワイ!と感じる人だってもちろんいますよね。

考えてみると、好きとか、カワイイとか、素敵だとか
ポジティブな反応はそう感じることを、当然ながら
問題にせずに喜んで受け容れています。

でも。

コワイ!、嫌い、醜いといったネガティブな反応も
まったく同様に、じつは相手のあり方の問題ではなく
本能と、経験や教育に培われたそう感じる心の働きが
自分の中にある
とも理解できるのではないでしょうか?

おまけに、ヒトの心はどうやら周囲の物事に対して
積極的に負のラべリングを行うようになっているため
(自分を守るためのとても合理的な働きなのですが…)
負とされる物事が増えまくり、そのネガティブな反応に
日常が埋め尽くされることで疲弊してしまうのですよね。

それを克服して幸せを感じるために、古典的ですが
ポリアンナ物語(Pollyanna)の「ヨカッタ探し」のように
何気ない物事に対して意識的に正のラべリングをする。
ささやかなことに喜びや感謝の気持ちを持つという
方法があります。

これも強迫的になるとポリアンナ症候群と呼ばれる
物事の良い側面しか受け止めようとせずに過度な現実逃避に
陥るといった好ましくない心理的傾向性を生みだすそうです。

すべて感じ方や意味づけ(評価)というコインの裏表に過ぎず
それ自体が苦しみの材料といえるのかも知れません。

実際、ポリアンナのように物事を積極的に喜びや感謝に
結びつけるって(少なくともワタシには)かなりムズカシイです。
年を経るほどに未だノーラベルのモノを探し出しづらくなって
いますし、負の感情が湧くのならそれを押さえつけるのは…^^;

となれば、なるべく負のラベルに対する反応を
無効化/無力化
することが得策かと思います。


その時わいた感情を理由を考えず(思考や言葉をとめて)
に受け容れ、さんざん感じた後にごくシンプルに

「どうしてそう感じるのだろう?」と自分に問いかけてみる。

これを続けていくと、いつしかラベルがペロッと剥がれます。

もちろん根気や時間がかかるもの、不快や痛みを伴う抵抗
という頑固な接着剤でひっついているモノもあるかと思います。
その多くは自己防衛/犠牲的なものだといえそうです。
まぁ~感謝や喜びの方はといえば、多分に自己満足的なもの
なのでしょうが^^;

まずは剥がしたい、剥がしやすそうなラベルから(笑)

さらに喜びや感謝のラベルを貼るか、なにも貼りつけずに
ニュートラルなままにしておくか選択するのは自分です。
むしろ受け流せることが増えると気楽ですよ^^

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by dryangle | 2014-05-24 10:56 | ココロと思想 | Comments(0)
「とらえ方」の多軸構造
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「自分の軸がブレナイ」というような言葉を
よく耳にします。

軸というのは、座標軸の軸
あるものの中心となる要

考え方の軸は価値観や信念
感じ方の軸は観念

…といったところでしょうか?

個人的な価値観や信念、観念が
その人の軸だといえるかと思います。

オオゲサですが、その軸がその人にとっての
この世の真実を決定しているともいえます。

ところが、よくよく考えてみると
これこそ自分の軸だと思い込んでいるものが
もとは他人(から得た)の軸だということに
気がつくことも多いかと思います。

ブレナイのは良いことかも知れませんが

やたらと一般論でモノを言いたがる人は
どちらかというと他人(世間)軸を生きる人

主観(これも多分もとは誰かの軸)ばかりの人は
どちらかというと自分軸を生きる人

そのどちらかが良い、悪いでもなく
また時と場合(時間軸)によっても変わるもの。

ある政治家の発言が物議を醸しているようですが
その固執する軸が、x軸「日本と他国」y軸「不当な侮辱」の
平面座標だとしたら、反応する側の軸が「女性蔑視・人権」だったり
「性のあり方」だったり、「公式発言の仕方(物の言い方)」だったり…

議論が噛み合い、互いの向上につながるものではなく
不毛なパワーゲームであることは明らかですよね。

これは家族や、身近な人との交流においても
とってもありがち^^;

世界には、その人、その集団の真実が存在しています。

いろいろな軸を理解することによって、目には見えない
世界の広さを知ることができるかと思うのです。

そしてその世界を共有し合うことも…

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by dryangle | 2013-05-20 08:30 | ココロと思想 | Comments(0)
我慢はイケナイ
我慢というのは、もともと仏教用語で
煩悩の一つだそうです。

我は、文字通り自(己)意識であり
慢は、慢心(まんしん)つまりおごり高ぶる
思い上がること。

今では一般的に自分自身を抑制し、また耐える
という(良い?)意味あいで使われていますが

それが自分の気が済むようにすることであり
相手(他者)とその利を分かち合うものではない
場合
さらには他者からの承認を求めるための自虐
である場合

それはやはり我意を張るということであり
我慢の本意そのものの状況であるといえます。

「我慢しなさい」

は案外キケンな言葉なのかも知れません。

それは自己満足の欲求か?真に自他のためになるのか?
意識してコミュニケーションをしたいと思います。

我慢をせずに^^

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by dryangle | 2012-07-06 08:22 | ココロと思想 | Comments(0)
ごく私的宇宙観ーその2
前回のイメージについて
補足を…

「私(アイデンティティ)」という突起でできた
隙間を通過させる全体(を含む)の一部には
もちろん他のすべての存在の突起も含みます。

突起同士の通過し合いというか、させ合いというか。

仏教に有名な縁起(因縁生起)という思想がありますが
そんな関わり合いを想像しています。

最近の精神世界の傾向として、概念もメソッドも
どちらかというと唯識論的な展開が多いように
思いますが、たんに他を己の内と意識するだけではなく
その関わり合いの関係性をもって対等であると
考える方が個人的にはしっくりきます。
波動の共鳴だという説明も目にしましたが、この辺りは
理屈抜きでも思い当たるのではないでしょうか?

カルマや輪廻というのも、いわば因果がその性質による
関係性でループしてしている状態ではないかと。
関係性がシフトすれば自ずと変化するものです。

だからあるといえばあるし、ないといえばない。

かなりこの分野に興味のある方にしか想像しにくい話に
なってしまってスミマセン^^;

絵や写真が、実物ではないように
思想は実相そのものにはなり得ません。

ただ「自分を生きる」ということは、あたかも
絵筆で描く、カメラでとらえるようなことなのかも。

なんだか肝心なことがウマク伝えられていないような
もどかしさがありますが、まずはアップしてしまいました。
次回は、また現実的な話題に戻ろうかと思います^^

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by dryangle | 2012-02-09 14:11 | ココロと思想 | Comments(0)
時間はどっちに流れる?ーごく私的宇宙観
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当たり前過ぎてまったく気がつかないという色メガネ。
私達はその色メガネを通して物事を受けとめ、解釈しています。
もはやその色メガネこそが自分だと思い込むまでに。

感覚、つまりは自分を揺るがすお話にお付き合いください^^

例えば、(個人的に)以前は感覚的にまったく理解できなかった
時間は人間が発明したという話

まず時間自体が人間の概念であるということから
理解しなくてはなりません。

近年、時間の概念を持たない人々(ブラジルのAmondawa族)
について話題になりました。

彼らは時を表す言葉を持たず、年齢という概念もなく
ライフステージや共同体内の地位に応じて名前さえ変わる。
数も4か5までしかなく、抽象的で測定可能な
「もの」としての時間がない。

研究者曰く

事象を時間に埋め込まれたものと見なすのではなく
事象そのものの世界に生きています。


彼らの心に映る世界は一体どんなものなのでしょうか?

ワタシ達(多分あなたも)の時間の概念、もはや基本となる感覚は
時間は「過去→現在→未来」に流れるというものです。
だからこそ因果関係にこだわり、過去を悔やみ、未来を憂える。

ところが、これは「創造主が世界をつくった」とするユダヤ・キリスト
教の伝統に沿った時間観であるという話があります。

アビダルマという仏教哲学には時間は「未来から過去に流れる」
という考えが説かれているそうです。

砂時計を想像してみてください。
砂が上(未来)から下(過去)へと流れ落ちていきます。
きゅっと細く狭まった境界の「今」を瞬時にくぐり抜け…

こう考えるだけで、現在は過去の産物などではなく、
未来の産物であり、しかも未来というのは固定されたものではなく、
無限の可能性であり、しかもその未来は(過去の因果ではなく)
さらに未来の因果によって決まる、ということになる
ーウィキペディアより抜粋

不思議な気分になりませんか?

物理科学の世界でも「膨張している宇宙が収縮する時
エントロピーは増大ではなく減少する。その時、
時間の矢は逆に向く」という話がありました。

物理分野は不得手なので^^;言及したくないのですが。

ごく個人的に感じた(「考えた」ではなく)ビジョンからは
どれも時間を異なる切り口から解釈しただけでなのではないか?
と思います。

あるモヤッとしたナニカ(宇宙でも世界でもいいのですが)
の中におけるワタシ達の存在、その認知や感覚のありかたが
砂時計の最高に狭まった部分であるように想像しました。

砂粒くらいの一部分を、そこを通過させることで観て、
感じて、体験する。
本来の「通過させる」働きによって、変化を感じ
それが時間や空間の概念となっていった。

荒唐無稽かも知れませんけれど。

その狭まった突端が各々の「私」のように思うのです。
それも例のナニカの一部が突起してできたもの。

とんがるほどにスムーズに通過しにくくなるし
ユルんで、ひっこめば、時空を超えた全体が見える。

なにをどの方向にどのように通過させるのか?

意識次第で体験もその評価も変わるのかも知れません。
「流れている」ように感じているのも、じつはたんなる
勘違いのような気がしてなりません^^

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by dryangle | 2012-02-07 11:17 | ココロと思想 | Comments(0)
サンスカーラ
仏教用語にサンスカーラという言葉があります。

これには行為と言う意味があるそうですが、たんなる行いのみではなく
各人の業に(蓄積された思考や感情)の想念による無意識の働きかけや
行動
、さらにその影響(制限)をも含むものだそうです。
*出来事そのものの積み重ねがカルマ/心への刻印がサンスカーラ

認知の癖(思い込み)や主観と言い換えてみると、なにやら心の世界の話と
共通しますが、同種の事柄が別の概念によって表現されているようにも
思います。

仏教では、その思い込みや主観、執着(煩悩?)と現実のあり方のギャップ
からわき起こるを、それらを(見抜き理解することで)滅するための
修行を勧めますが、心の不調を整えるというのも、ある意味で似たような
ことではないでしょうか?

サンスカーラに惑わされることなく、ありのままの世界を認識することで
不必要な煩悩を捨て、苦を滅する。

「自分」という思い込みや主観に気づき、それらのフィルターのない
ありのままの認識を心がける。

その都度、怒りや抵抗感、許せなさ、受入れにくさ、嫌悪感、不安、恐れ、
悲しみ、こだわり、恨み、罪悪感や被害者意識(これ自体が苦?)といった
ネガティヴな気持ちにぶつかり、さらなる葛藤へと誘われていきますが
裏を返せばそれがわき起こる時ほど、自己の思い込みや観念の
実体が顕われていて、とらえやすいということなのかも知れません。 

それに気づくこと。

心理療法には、認知(識)のあり方を正したり、反応としての感情を
解放することで起こらなくする、また神経のシステムを利用して
自動的な反応を換える•回避するなどといった方法論があります。

サンスカーラを乗り越えていくための修行に通じるものが
あるのかも知れませんね。

それに影響されずに、ありのままの世界を見ることができるように
なるのが覚醒(悟り)とされますが、となると多くの人の心は
すでに病んでいるともいえそうな…^^;

もう少し掘り下げて考えていきたい話です。

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by dryangle | 2011-08-15 13:36 | ココロと思想 | Comments(0)
ネコ的にはどーよ?!
どんなホリデイシーズンをお過ごしですか?
今年の締めくくりのエピソードを一つ。

愛猫がクリスマスの飾りにジャレついて遊んでいました。
その一つに爪がひっかかったのか、その勢いは全体に波及し
大きな飾りがユッサユッサと揺れ始め…

それまで楽しんでいたネコは、一転してパニックとなり
ピュ~ッと逃げたかと思うと、戻った時にはビクビクと
恐れた目つきでその飾りを見上げていました。

「(愛らしい)バカだなぁ…^^;」と目を細めつつ

きっとその時には、それと戯れていた記憶は消え失せ
なによりも当然「自分が引き起こした」と知る理性は
なにもなく、ただ怯えているんだろうな~、と思ったとたん

ハッ!っと思いました。

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もしかしたらワタシ達人間も、レベルの違いはあっても能力に
限界があって、知ることのできない道理や因果関係がわからずに
悩み、苦しんでいるのかも知れない!?

あの時のネコを見つめるワタシのような視線で見てみれば
すべてが一目瞭然で、恐れることがないということも
あり得る!?

ワタシを見つめる神の視線は一体どんなものなのだろう?
それを得ることを悟りというのかも知れない。

今愛猫は怯えも恐れもまるで経験したことがないかのように
お腹を出して寝コケテいます。

…平穏そのもの。

とうとうネコまでが師になってしまったか^^;

みなさん、よいお年をお迎えください^^
また来年もお立ち寄りいただけると嬉しいです。

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by dryangle | 2010-12-27 09:09 | ココロと思想 | Comments(4)
「考えない」スペースに得る気づき
移ろいゆく感情、ベースとなる痛みや怒りの塊
エナジーヴァンパイアなどといった相互の関係性
抵抗やその反応のしての思考へのアディクション
に対して、それを見つめる別の視点カタリスト
必要性、今ココにあること…など

心のエネルギーのベクトルについて、感じることを
これまで思いつくまま散漫に書き連ねてきましたが
うまく説明&表現、お伝えできないもどかしさに
歯がゆさを重ねてきました。

ところが、つい昨日(!)ネットで偶然目にした
薬によらない統合失調症の治し方という文章の内容に
自分の中に構築してきた概念の説明に近いものを見つけ
今は少し感動的ですらあります。

読んでいただけるとピンとくる方もいるかと思いますが
著者のいうところの、不調和波動や苦玉という言葉は
エックハルト・トールのペインボディやエゴに置き換えることが
できるかと思いますし、臨床の医師である視点からは
いわゆるスピリチュアリティに特化していないからこそ
リアリティを感じることができました。
今ココ(無・忘我)への導入法が、これまで知るものより
実感しやすいと思います。
(もちろん一般の精神医療や心理療法とはまた違いますが^^;※)

ごく個人的には、これまでに知る感情のリリース・テクニックや
トラウマ解消の方法の中でも、もっとも効果が実感できることや
興味のある宗教的な哲学や実践方法などと共通する部分もあり
さらに深く検証してみたいと考えています。

もともと誰にでもある忘我・無我(×夢中?)の瞬間。

ワタシがそれに気づいたのは多分小・中学生の頃でした
(もっと幼い頃は当たり前で気づかなかったのでしょうね)。
現実の重荷や苦しみに胃痛や胃痙攣を起こし、受診した医者に

「あまり、考え過ぎないように」

と言われ、どうしたら考え過ぎないようにできるか?と
さらにひたすら考える始末^^;

ただ、ある時見上げた星空の美しさへの
言葉にできないような(畏敬にも似た)感覚。
つかの間、文字通り我を忘れることができたのです。
それはリラックスした小さな癒しの時間でもありました。

星空や自然の前に自意識は不要だと、知らず知らずに
そして苦し紛れに、自意識から解放される瞬間を
探し当てていたのでしょうか…?

そうした瞬間も、年を重ねて失っていきました。
まるで自分が自分から取り上げるかのように。

時折、機上から眺める天空の濃藍色、夕日や星々に
ささやかな憧憬を感じることはあっても。

このほっこり暖かい安心感を呼び醒まし
ぜひその温もりに包まれてみて下さい。
ウルサイ批難や理屈をしばらくOFFして(笑)

きっとそれは祈りの本質

心の中にホーリースターは探せますか?
クリスマスはもうすぐそこです^^。

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※発想としては、心的ヴァイタリズム、NLPや認知行動療法の思考中断法
  通ずるといえるかも知れません。

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by dryangle | 2010-12-15 09:30 | ココロと思想 | Comments(6)
スピリチュアリティについて
昨今(流行りの!?)スピリチュアルという言葉を自分でも
用いるようになり、この辺りで曖昧なままになっている
定義を自分なりにアタマの中で整理したく思います。

最近、中にはカルト的な様相を呈してきたモノもあるそうで
漠然と一絡げなままにスピリチュアルという言葉を
使うのは誤解を生むような気がしてきました。

というワケで、ワタシがこの言葉を用いる時には
だいたいこんな意味だということを一応ココに示しておきます。

日本で、スピリチュアルという言葉が急速に広まっているようですが
スピリチュアル(ズ)というと、黒人霊歌のイメージが強かったり
スピリチュアリズムというと、心霊的、オカルト的といった
印象を個人的には抱いています。

ワタシが最初にスピリチュアリティという言葉を認識したのは
たしかトランスパーソナル心理学(Transpersonal Psychology )
関連の書物の中だったと思います。

自己実現の人間性心理学(Humanistic Psychology)から
自己超越の概念が発展しました。
人の究極の目的は自我や自己を超えて統合されていくことであり、
それはそのスピリチュアルな(「霊的」とも訳されますが、日本語の
語感としては深い精神性といった)意識を開発していく
という手法によるという考え方だとざっと理解しています。

個人的に超常現象などに至る部分については抵抗がありますし
とはいえ、マインドやハート、フィーリングといった言葉では
表しきれない心のエリアを話題にする時、やはり(深い)精神性
といった語感を持つ言葉は必要だと思います。

なので、これまでスピリチュアルという言葉をオーラや転生、守護霊、
といった概念や世界観を含んだ言葉としては用いてきませんでしたし、
今後もそのつもりはない(その場合とくに説明を加えるようにします)ことを
読者のみなさまも予めご了解くださると齟齬が生じにくいかと思います。

また、この件に関して感じ方やご意見等をいただけるとアリガタイです。

よろしくお願いいたします^^。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

まったくの余談ではありますが、東洋的なというエネルギーについては
ある程度馴染みもありますしイメージがわくように思います。
波動という言葉を知り、安田隆氏の「波動干渉と波動共鳴」という本を
読みました。
これもいわゆる「エネルギー(心理学というよりホリスティック?)系」かと
個人的に勝手に分類しましたが、この辺りももう少し掘り下げて
いつか話題にしてみたいとは思います。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

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by dryangle | 2010-09-21 09:14 | ココロと思想 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り