金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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カテゴリ:ココロと思想( 40 )

鏡に映るヴァンパイア④
仕掛ける側、仕掛けられる側
ともにコントロール・ドラマを防ぎ、心のエネルギーを
奪い合わないための心得を考えてみたいと思います。

まず第一にそれと見抜くこと

そして自らの態度を反応にまかせず、選択すること。
それはそのままスイッチを自制するということです。

感情のスイッチの自制は一朝一夕には難しいですから
まずは発想・行動のスイッチを切り替えていくように
意識するといいかも知れません。

たとえば…

○そのシナリオから離れる
○ニュートラルな言葉・態度を保つ
○ひたすら受け流す
○しばらく(永遠に?)距離を置く

さらにもう一つ。

これにはこちら側の心の余力を必要としますが
○不本意ではなく、本意で心のエネルギーを提供する

相手の清らかな笑顔を念頭においた接し方を
自分の心に問いかけてみるのです。

(それ自体に激しい抵抗を覚える場合にはまだ時期尚早
さらなるステップが必要だということなのかも知れません。)

相手と自分双方にエネルギーが満ちるようであれば
そこにこそ、真の答えが見つかるのではないでしょうか?

すでにおわかりかも知れませんが、この相手とはたんに
別の誰かだけではなく、物事や出来事自体、そして時には
自分自身
であることをお忘れなきように^^

目の前に現れたヴァンパイアが、まぎれもなく自分の心にある
恐れや怒り・許せなさ・承認への渇望・嫌悪感、そして痛みを
映し出している幻影に過ぎないのだと見抜くことができた時 

―その時アナタの目には、そこにはただ
傷つき苦しむ人間が存在しているだけ

なのだと映ることでしょう。

最後までそれと見抜くこと

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by dryangle | 2010-03-19 09:25 | ココロと思想 | Comments(0)
鏡に映るヴァンパイア③
…心のエネルギーが消耗する時。

相手がコントロールの主導権を握り、アナタから
思惑通りの反応(関心・注目・承認・同情・服従)を得て
満足するという発想から、あたかもエネルギーを奪われた
という表現はたしかにピッタリ当てはまるように思います。

とはいえ視点を換えてみると、それは自分の心の内に
(心理的な)抵抗がわき起こることによる、その抵抗
対決するためのエネルギー消費だという見方も
できるのではないでしょうか?

誰かから「このように感じて」と、気持ちを強要される
ことへの心理的な抵抗を自覚できる時。

具体的には、不安になったり、恐怖にかられたり
罪悪感を抱いたり、無力に感じたり、恥だと思ったり…
そして、落ち込んだり、反発したり、無視しようとしたり。

不本意で嫌な気分

ほとんど無意識とはいえ、つい過敏に反応してしまうのは

自分の側にも、相手の意図に符合する感応スイッチ
持ち合わせているからだとはいえないでしょうか?

仕掛けられたコントロール・ドラマを演じることで

自分の中の記憶や経験・知識や情報に沿って
持ち合わせたストーリーを再現し、不安や恐怖
寂しさや悲しみ、さらには不満や怒りを追体験する。

自分の心 + 出来事 ⇒ 嫌な気持ち(抵抗)

だとすれば、そのドラマは、自分自身が(心理的な)抵抗
起こすシナリオを映し出しているといえます。

心のエネルギーを吸い取るヴァンパイアは自分の心のしくみ!?

もちろん、中には確信犯にも近い強力な仕掛け人もいて
そんな人は、コントロール・ドラマの共演者を探し出すことに
長けているようです。スイッチを持つ人を目ざとく見つけて
仕掛けてくることも多々あるかも知れません。

さらには、そのドラマに抗いがたい魅力的を感じ、こだわったり
関わり合いたくなったり、シナリオに同調することで活気が増し
同じヴァンパイアが目覚めるということさえ起こります
(共通のスケープゴートを得た場合にありがちなパターンです)。

この世界を心のエネルギーを奪い合う戦場にしないために

自分の(心理的)抵抗やそのシナリオを知ることで
やたらと自分の心のスイッチを他者に操作させないように
意識することが大切なのではにでしょうか?

…スミマセン。さらに続いちゃいます。

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by dryangle | 2010-03-17 12:42 | ココロと思想 | Comments(2)
鏡に映るヴァンパイア②
以前、友人が少々ヤッカイな法的トラブル
巻き込まれたことがありました。

ワタシには、その分野でサポートできる知恵も知識もなく
重苦しい気持ちをほんの少しシェアできればというくらいの
気持ちで話を聞くことになったのですが…

もちろん友人の方も打ち明けて、共感を得ることで
多少気が軽くなることを期待していたのかも知れません。

話の展開は、まさしく文字通り被害者のストーリー

なんとか気を楽にしてもらえたらと励ましの言葉を探すのですが
伝えたいこと・受けとりたいことが互いに噛み合わない

なんとその後、ワタシは自分でも意外に(!?)思うほどの
重い憂鬱な気分にしばらくみまわれてしまったのです^^;

まるで重たい石を飲み込んでしまったかのように…

たしかに心のエネルギーを奪われてしまったかのような
実感がありました。

その時にこそ、まさにエナジー・ヴァンパイアについて
考えさせられたのです。

ネガティブな感情に怯みながら、よくよく考えてみると
そのトラブルは―

誰でも(もちろんワタシも)巻き込まれる可能性がある。
ものすごい驚愕と、恐怖や不安と、そして怒りがわく。
現実問題としては、自分や家族を守るために、回避・防御をしたり
対処したり、争う手だてを得るための強い勇気が必要である。

―といった類のもので、話を聞きながらリアルに感情を味わい

ワタシ自身が、まるで自分を保とうとするかのように
抵抗している
ことに気がついたのです。

共感というより、もはや感応、感情移入といえるのだと
ようやく後になって気がつきました。

また、むしろその不運ぶりをなんとかワタシに認めさせよう
躍起になる友人に対して、ワタシは自分を励まし乗り越えようとする
別方向へと綱引きしていたのですから、疲れますよね。そりゃ^^;
(友人も意に反して疲れたのではないかなぁ…?)

興味深いことに、ワタシも耐えきれず^^;それを夫に話したのですが
仕事上の専門知識もあり、似たケースと関わることもあってか

悔しいほど冷静に、いくつかの対応の仕方を挙げて
「その友達も早くスッキリ解決するといいね!」とニッコリ。

明らかに認識と反応の違いを突きつけられたエピソードでした。

そして、不思議なことにワタシの心もずいぶんと軽くなったのです。

考えてみると、夫のこういった面を物足りなく思いながらも
(もちろん相手の異なる反応に、さらに抵抗を覚える人もいるはず)
ずいぶん救われてきたことにも気がつきました。

さらに次回へ…

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by dryangle | 2010-03-13 14:28 | ココロと思想 | Comments(0)
鏡に映るヴァンパイア①
一連のゲームの話について、さらに考えていると
ふとコントロール・ドラマという言葉に思い当たりました。

コントロール・ドラマとは、やはり心理分析に使われる
概念の一つです。

子どもの頃、おもに両親との関係において形成される
コミュニケーションのパターンであり、他者との関係において
(心理的な)エネルギーを得るために、ほとんど無意識のうちに
用いる言葉や行動のパターンとされています。

これらは
脅迫者(Intimidator)・被害者(Poor me )
尋問者(Interrogator)・傍観者(Aloof)

の4つの型に分類でき、人によっては二つ以上の型を
使い分けているという研究があります。

脅迫者は被害者を作り、うまくいかないともう一人の脅迫者を生み出します。
尋問者は傍観者を、傍観者は尋問者を生みます。そのようにして
人間関係の中に増殖・蔓延していくといえます。


威嚇し脅迫する人。不幸を訴え罪悪感を持たせる人。
詮索し批判しする人。自分を隠し近寄り難い人。

誰かと会話をしただけで、どっと消耗したような
落ち込んだ気分になったことはありませんか?


一緒にいるだけで、なぜかどっと疲れる人。

これといった原因が思いつかないのに、なぜか
不安にさせられたり、落ち込んだり、空しくなったり
申し訳ないような気持ちにさせられてしまう。
恐れ・罪悪感・劣等感・羞恥心が刺激される。

まるで心のエネルギーが奪われてしまうかのような
激しい消耗感。

そのせいかコントロール・ドラマを行う人は、一部では
Psychic Vampires, Emotional Vampires
名づけられています。

日本ではエナジー・ヴァンパイアという言葉が
多く使われているようです。

とはいえ…
このモンスターを見抜き、早々と逃げることだけが
真の解決法だとはいえないような気がします。

これにもやはり根底では、双方の関係性の問題
しっかりと絡み合っているのではないでしょうか?

…次回に続きます。


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by dryangle | 2010-03-07 10:30 | ココロと思想 | Comments(2)
出来事が問いかけるモノ
今ある出来事は、人生からの自分に対する問いかけである
出来事は常に自分にその意味を問いかけている。


ウロ覚えですが、「夜と霧」の著者
ヴィクトール・フランクル(オーストリアの精神科医、心理学者)
の言葉です。
かつて出会い、心に強く響いた言葉でした。

今再びこの言葉をあらためて噛みしめると…

出来事そのものではなく、自己(の心)を見つめろと

進むべき方向を照らし導いているような気がします。

出来事に無意識に反応する自分に乗っ取られることなく
それを見つめ、気づき、知り、意識すること。

今一度しっかりと懐に確認するために
記しておくことにしました。

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by dryangle | 2010-02-26 08:58 | ココロと思想 | Comments(0)
愛は今一瞬に宿り、恐れは習慣化する。
人の行動の動機は、突き詰めると恐れかのどちらかである。

出所不明の言葉なのですが(ご存知の方、教えて下さると嬉しいです)
妙にアタマにこびりついてしまって、なにかというと

コレは(の動機による行動)なのか?
恐れ(の動機による行動)なのか?

と自問するようになってしまいました。

そう意識してしばらく経つと、すぐにどちらともつかない
自分の行動や発言が多いことに気づかされます。

無意識の内に習慣化して、自動的・反射的にそうしている。

そういったことの多さに愕然としました。

習慣化した行動のほとんどが、当たり前だから?

いえいえ^^;、最初は必ずあるはず。
そもそもの動機はなんだったのか、さらに探り下げます。

そうでないと、気が済まないから?うん。なぜ?

困るから、イケナイから、心配だから、不安だから
そうあるべきだから、恥ずかしいから、叱られるから…

あらら…出てきた。恐れカテゴリーがわんさか。

そうすると、一方のカテゴリーはきっと
尊重したり、信頼したり、貢献したり、肯定したり、認めたり
(自分を含めて)その人の感じる幸せを願い、喜ぶ
気持ちなのだろうと思います。

あれ?習慣化した行動の中には、それが見当たらない?^^;
もしかして、ワタシだけでしょうか?

恐れという動機は行動を刷り込む最強の魔法

…ふとそんな考えがアタマをよぎりました。

掘り下げてみて恐れが動機の時には、自分に問い直したり
勇気を出して別の選択をしてみる。

迷った時、選択の道しるべになるという効用もあります。

そうしていくうちに、自分にも肯定的な愛の動機があること
そしてそれが、その時々今この一瞬にしか存在し得ないことが
わかるのです。

恐れの動機に、気持ちをスポイルされてしまうことのないように…

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by dryangle | 2009-12-11 12:27 | ココロと思想 | Comments(0)
ナニがキミの幸せ?ナニをして喜ぶ?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


♪ナニがキミの幸せ~?ナニをして喜ぶ~?
わからないまま終わる~、そんなのはイヤだ。~♪

アンパンマンの主題歌の冒頭がたまに頭に浮かびます。

これに明答できればいいのですが…

思いを廻らせてみても、パッとは出て来ず
まるで探すことを拒むかのように、思いはすぐに

、するべきこと、しなくてはならないこと。
といった、別のことに移っていってしまいます。

ナニがワタシの幸せ?ナニをして喜ぶ?

それでも、さらに自分の心に問いかけ続けていくと
浮かんだことを次々に打ち消したり、無駄とあきらめたり
いつの間にかそんな作業をしている自分の心に気がつきます。

最後にウキウキ、ワクワクしたのはいつですか?
ドキドキ、ハラハラだけが、心に置き去りになっていませんか?

ナニがワタシの幸せ?ナニをして喜ぶ?

他人の反応や評価・成果に関わりなく、ごく個人的に
心を幸せな状態に置くことができるもの、喜べること。

わからないまま終わる、そんなのはイヤだ。

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by dryangle | 2009-04-21 09:42 | ココロと思想 | Comments(9)
心の飛行高度。
たしかモンブラン(山の方のね)だったか、を悠々と滑空する
パラグライダーを追った映像をなにげなく目にしました。

その眺望の素晴らしさに

あんな風に飛べたら、さぞかし気持ちイイだろうなぁ~

と思った瞬間、ふと

心は飛ぶこと。

という言葉がアタマに浮かびました。

以前に書かせていただいた話題からの
連想なのでしょう…

もしかして、ワタシの心は素晴らしい眺望に目を向けていない?

絶えず、墜落や着地の瞬間を想像し、怯えている。
いつも通過目標や、まだ遠く見えない着地点を
必死に目を凝らして探している。

(勇気を持って)視線の向きを変えれば
より高く飛翔して、素晴らしい眺望が見渡せる?


なんとなく、それは生きていくことそのもの
ようにも思われました。

到着点(成果)ではなく、そこまでのプロセスが主体。

できる限り、心の高度を上げてみたい

そう願うようになりました。
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by dryangle | 2008-10-14 09:10 | ココロと思想 | Comments(0)
瞋恚の解毒
この頃、仏教はある意味で心理学なのではないか?と思います。

人の諸悪や苦しみを生み出す煩悩に三毒と呼ばれるものが
あるそうですが、そのうちの一つに瞋恚(しんに)があります。

我(自分)に背くことがあれば必ず怒るような心である。
―Wikipediaより

些細なことであれば、気持ちを抑えることもできますが
ときに、どうしようもない激しい怒りに自ら動揺し、ふり回されて
しまうこともありますよね。

かくいうワタシにも忘れられないほどの怒りの体験
いくつかあります。

今思い起こすと、どれもどうしてそんなに腹が立ったのかというくらいの
エピソードなのですが、(悪い)ツボにはまってしまったというかまさに
自分の心の中の地雷を踏まれたような感覚でした。

自分自身のコンプレックスや過去の痛みにまつわるセンシティヴな部分
またどうしても守りたいコダワリなどに触れられてしまったように思います。

(自分を守る)心の機能に、過去の痛みの記憶を何度も再生して味わう
いったものがあるそうです。

自分の正しさや相手の非を探し出し、何度もわき上がるゆるせないという
気持ちといえますが、この攻撃によって傷つくのは対象の相手である前に
まず自分自身の心なのですよね。

人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだと思います。

以前にどこかで目にしたのですが…

ゆるさない・ゆるせないという思いには、幸せを妨げる強力な副作用がある。
毒薬を飲もうとする人はいないのに、心にどんな思いを浮かべるかについては
無頓着である

…という話にはうなづきました。

この瞋恚の毒を解くものは、慈悲(平たくいえばゆるし)の気持ち
だそうですが、これはけっして自分を納得させる考え方というわけ
ではなく、この気持ちに至るまでのプロセスに心の浄化作用が
あるのではないかと考えます。

冷静になって、なぜそこまでの反応を生んだのかな?と考えてみる
思い当たる傷やコダワリを発見することができれば、その怒りを捨て去る
うまい方法を見つけ出すこともできるのではないでしょうか。

その怒りは、地雷処理の機会だといえるのかも知れません。
そして地雷の破片、その心のゴミもやはり分別と捨て方
肝心なのだと思います。

思いの毒に苦しんでいませんか?
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by dryangle | 2008-10-09 12:55 | ココロと思想 | Comments(0)
脳が飛行機だとしたら、心は"飛ぶこと"
かつてから議論されてきた心身問題
これは心と体の関係についての考察ですが、
昨今は心脳問題(心と脳の関係)
多く取り沙汰されています。

現在も科学的な論争が盛んなものの
やはり決着をみない…という
ムズカシイ話はさておいて。

脳と心の関係については、興味のある分野でもあり
自分なりにアレコレ考えてみたことがあるのですが
そんな折、出所はまったく忘れてしまったのですが

脳が飛行機だとしたら、心は飛ぶこと

という言葉に出会って、ピンときたような気がしました。

機材の整備の問題なのか?飛ぶ技術の問題なのか?
はたまた両方なのか?

そう考えてみると、心の不調についてのビジョンも
(個人的には)描きやすくなったように思います。

そこでふと考えついたことは

心を飛ぶことだとイメージしたら
そのパイロットは一体誰(ナニ)なのだろう?


ということでした。

いつの間にか、その心を自動操縦に任せてしまっている
ということはないでしょうか?

それが技術不足なために、状況に適切な対処ができなかったら?
もしかしたら、機体に気づかない故障やトラブルがあるとしたら?

それを知り、手を打つことができるのは
他でもないパイロット。

そのヒト自身の気づいた意識なのではないでしょうか?

悠々たる大空を悠々と飛び回りたい。

そのための飛行機なのではないかと思うのです。
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by dryangle | 2008-09-11 15:08 | ココロと思想 | Comments(4)

Illustration by ふわふわ。り