金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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カテゴリ:ココロと思想( 37 )

鏡に映るヴァンパイア①
一連のゲームの話について、さらに考えていると
ふとコントロール・ドラマという言葉に思い当たりました。

コントロール・ドラマとは、やはり心理分析に使われる
概念の一つです。

子どもの頃、おもに両親との関係において形成される
コミュニケーションのパターンであり、他者との関係において
(心理的な)エネルギーを得るために、ほとんど無意識のうちに
用いる言葉や行動のパターンとされています。

これらは
脅迫者(Intimidator)・被害者(Poor me )
尋問者(Interrogator)・傍観者(Aloof)

の4つの型に分類でき、人によっては二つ以上の型を
使い分けているという研究があります。

脅迫者は被害者を作り、うまくいかないともう一人の脅迫者を生み出します。
尋問者は傍観者を、傍観者は尋問者を生みます。そのようにして
人間関係の中に増殖・蔓延していくといえます。


威嚇し脅迫する人。不幸を訴え罪悪感を持たせる人。
詮索し批判しする人。自分を隠し近寄り難い人。

誰かと会話をしただけで、どっと消耗したような
落ち込んだ気分になったことはありませんか?


一緒にいるだけで、なぜかどっと疲れる人。

これといった原因が思いつかないのに、なぜか
不安にさせられたり、落ち込んだり、空しくなったり
申し訳ないような気持ちにさせられてしまう。
恐れ・罪悪感・劣等感・羞恥心が刺激される。

まるで心のエネルギーが奪われてしまうかのような
激しい消耗感。

そのせいかコントロール・ドラマを行う人は、一部では
Psychic Vampires, Emotional Vampires
名づけられています。

日本ではエナジー・ヴァンパイアという言葉が
多く使われているようです。

とはいえ…
このモンスターを見抜き、早々と逃げることだけが
真の解決法だとはいえないような気がします。

これにもやはり根底では、双方の関係性の問題
しっかりと絡み合っているのではないでしょうか?

…次回に続きます。


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by dryangle | 2010-03-07 10:30 | ココロと思想 | Comments(2)
出来事が問いかけるモノ
今ある出来事は、人生からの自分に対する問いかけである
出来事は常に自分にその意味を問いかけている。


ウロ覚えですが、「夜と霧」の著者
ヴィクトール・フランクル(オーストリアの精神科医、心理学者)
の言葉です。
かつて出会い、心に強く響いた言葉でした。

今再びこの言葉をあらためて噛みしめると…

出来事そのものではなく、自己(の心)を見つめろと

進むべき方向を照らし導いているような気がします。

出来事に無意識に反応する自分に乗っ取られることなく
それを見つめ、気づき、知り、意識すること。

今一度しっかりと懐に確認するために
記しておくことにしました。

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by dryangle | 2010-02-26 08:58 | ココロと思想 | Comments(0)
愛は今一瞬に宿り、恐れは習慣化する。
人の行動の動機は、突き詰めると恐れかのどちらかである。

出所不明の言葉なのですが(ご存知の方、教えて下さると嬉しいです)
妙にアタマにこびりついてしまって、なにかというと

コレは(の動機による行動)なのか?
恐れ(の動機による行動)なのか?

と自問するようになってしまいました。

そう意識してしばらく経つと、すぐにどちらともつかない
自分の行動や発言が多いことに気づかされます。

無意識の内に習慣化して、自動的・反射的にそうしている。

そういったことの多さに愕然としました。

習慣化した行動のほとんどが、当たり前だから?

いえいえ^^;、最初は必ずあるはず。
そもそもの動機はなんだったのか、さらに探り下げます。

そうでないと、気が済まないから?うん。なぜ?

困るから、イケナイから、心配だから、不安だから
そうあるべきだから、恥ずかしいから、叱られるから…

あらら…出てきた。恐れカテゴリーがわんさか。

そうすると、一方のカテゴリーはきっと
尊重したり、信頼したり、貢献したり、肯定したり、認めたり
(自分を含めて)その人の感じる幸せを願い、喜ぶ
気持ちなのだろうと思います。

あれ?習慣化した行動の中には、それが見当たらない?^^;
もしかして、ワタシだけでしょうか?

恐れという動機は行動を刷り込む最強の魔法

…ふとそんな考えがアタマをよぎりました。

掘り下げてみて恐れが動機の時には、自分に問い直したり
勇気を出して別の選択をしてみる。

迷った時、選択の道しるべになるという効用もあります。

そうしていくうちに、自分にも肯定的な愛の動機があること
そしてそれが、その時々今この一瞬にしか存在し得ないことが
わかるのです。

恐れの動機に、気持ちをスポイルされてしまうことのないように…

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by dryangle | 2009-12-11 12:27 | ココロと思想 | Comments(0)
ナニがキミの幸せ?ナニをして喜ぶ?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
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♪ナニがキミの幸せ~?ナニをして喜ぶ~?
わからないまま終わる~、そんなのはイヤだ。~♪

アンパンマンの主題歌の冒頭がたまに頭に浮かびます。

これに明答できればいいのですが…

思いを廻らせてみても、パッとは出て来ず
まるで探すことを拒むかのように、思いはすぐに

、するべきこと、しなくてはならないこと。
といった、別のことに移っていってしまいます。

ナニがワタシの幸せ?ナニをして喜ぶ?

それでも、さらに自分の心に問いかけ続けていくと
浮かんだことを次々に打ち消したり、無駄とあきらめたり
いつの間にかそんな作業をしている自分の心に気がつきます。

最後にウキウキ、ワクワクしたのはいつですか?
ドキドキ、ハラハラだけが、心に置き去りになっていませんか?

ナニがワタシの幸せ?ナニをして喜ぶ?

他人の反応や評価・成果に関わりなく、ごく個人的に
心を幸せな状態に置くことができるもの、喜べること。

わからないまま終わる、そんなのはイヤだ。

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by dryangle | 2009-04-21 09:42 | ココロと思想 | Comments(9)
心の飛行高度。
たしかモンブラン(山の方のね)だったか、を悠々と滑空する
パラグライダーを追った映像をなにげなく目にしました。

その眺望の素晴らしさに

あんな風に飛べたら、さぞかし気持ちイイだろうなぁ~

と思った瞬間、ふと

心は飛ぶこと。

という言葉がアタマに浮かびました。

以前に書かせていただいた話題からの
連想なのでしょう…

もしかして、ワタシの心は素晴らしい眺望に目を向けていない?

絶えず、墜落や着地の瞬間を想像し、怯えている。
いつも通過目標や、まだ遠く見えない着地点を
必死に目を凝らして探している。

(勇気を持って)視線の向きを変えれば
より高く飛翔して、素晴らしい眺望が見渡せる?


なんとなく、それは生きていくことそのもの
ようにも思われました。

到着点(成果)ではなく、そこまでのプロセスが主体。

できる限り、心の高度を上げてみたい

そう願うようになりました。
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by dryangle | 2008-10-14 09:10 | ココロと思想 | Comments(0)
瞋恚の解毒
この頃、仏教はある意味で心理学なのではないか?と思います。

人の諸悪や苦しみを生み出す煩悩に三毒と呼ばれるものが
あるそうですが、そのうちの一つに瞋恚(しんに)があります。

我(自分)に背くことがあれば必ず怒るような心である。
―Wikipediaより

些細なことであれば、気持ちを抑えることもできますが
ときに、どうしようもない激しい怒りに自ら動揺し、ふり回されて
しまうこともありますよね。

かくいうワタシにも忘れられないほどの怒りの体験
いくつかあります。

今思い起こすと、どれもどうしてそんなに腹が立ったのかというくらいの
エピソードなのですが、(悪い)ツボにはまってしまったというかまさに
自分の心の中の地雷を踏まれたような感覚でした。

自分自身のコンプレックスや過去の痛みにまつわるセンシティヴな部分
またどうしても守りたいコダワリなどに触れられてしまったように思います。

(自分を守る)心の機能に、過去の痛みの記憶を何度も再生して味わう
いったものがあるそうです。

自分の正しさや相手の非を探し出し、何度もわき上がるゆるせないという
気持ちといえますが、この攻撃によって傷つくのは対象の相手である前に
まず自分自身の心なのですよね。

人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだと思います。

以前にどこかで目にしたのですが…

ゆるさない・ゆるせないという思いには、幸せを妨げる強力な副作用がある。
毒薬を飲もうとする人はいないのに、心にどんな思いを浮かべるかについては
無頓着である

…という話にはうなづきました。

この瞋恚の毒を解くものは、慈悲(平たくいえばゆるし)の気持ち
だそうですが、これはけっして自分を納得させる考え方というわけ
ではなく、この気持ちに至るまでのプロセスに心の浄化作用が
あるのではないかと考えます。

冷静になって、なぜそこまでの反応を生んだのかな?と考えてみる
思い当たる傷やコダワリを発見することができれば、その怒りを捨て去る
うまい方法を見つけ出すこともできるのではないでしょうか。

その怒りは、地雷処理の機会だといえるのかも知れません。
そして地雷の破片、その心のゴミもやはり分別と捨て方
肝心なのだと思います。

思いの毒に苦しんでいませんか?
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by dryangle | 2008-10-09 12:55 | ココロと思想 | Comments(0)
脳が飛行機だとしたら、心は"飛ぶこと"
かつてから議論されてきた心身問題
これは心と体の関係についての考察ですが、
昨今は心脳問題(心と脳の関係)
多く取り沙汰されています。

現在も科学的な論争が盛んなものの
やはり決着をみない…という
ムズカシイ話はさておいて。

脳と心の関係については、興味のある分野でもあり
自分なりにアレコレ考えてみたことがあるのですが
そんな折、出所はまったく忘れてしまったのですが

脳が飛行機だとしたら、心は飛ぶこと

という言葉に出会って、ピンときたような気がしました。

機材の整備の問題なのか?飛ぶ技術の問題なのか?
はたまた両方なのか?

そう考えてみると、心の不調についてのビジョンも
(個人的には)描きやすくなったように思います。

そこでふと考えついたことは

心を飛ぶことだとイメージしたら
そのパイロットは一体誰(ナニ)なのだろう?


ということでした。

いつの間にか、その心を自動操縦に任せてしまっている
ということはないでしょうか?

それが技術不足なために、状況に適切な対処ができなかったら?
もしかしたら、機体に気づかない故障やトラブルがあるとしたら?

それを知り、手を打つことができるのは
他でもないパイロット。

そのヒト自身の気づいた意識なのではないでしょうか?

悠々たる大空を悠々と飛び回りたい。

そのための飛行機なのではないかと思うのです。
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by dryangle | 2008-09-11 15:08 | ココロと思想 | Comments(4)
もしも自分が神様だったら?…大きなことはできないけれど
ある海外ドラマを見ていました。

ほんのり暖かい気持ちになったり、思わず笑ってしまったり
難しい顔になったり、涙をためてみたり…

ふと家具のガラスに映ったクルクルと変化する自分の表情を
見て驚いてしまいました。

そしてこんなコトを考えました。

このドラマの制作者や俳優さんたちに
ワタシの気持ちを変えるチカラがある!?


じゃぁ、ワタシは今まで誰をどんな気持ちに変えたりしてきたのだろう?
誰かを心からの笑顔にしてあげることがあっただろうか…

自分が笑顔になれるようにと、強く祈ったことは果てしなくありましたが

もしも自分が祈られる側だとしたら?

自分が笑顔になれるようにと無意識に祈る人が多くいればいるほど、
祈られる側もその数が多いか、チカラが大きくなければ叶うものでは
ありませんよね。

もしも自分がカミサマだったら?

うーん。

やはり相手を心からの笑顔にしてあげたい
と願うのではないかと思います。

こちら側が「して欲しい」ではないですよね。
だってカミサマなんですから(^∇^)。

大きなことはできないけれど、できることで精一杯
シアワセな気持ちをプレゼントしたいと思います。

パパサンタや、ママサンタが大活躍する季節になりました。

たとえ悟りを啓いたり、全知全能を得ることはできなくても
誰もが、その想いにふれることはできるのではないでしょうか?
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by dryangle | 2007-12-14 15:21 | ココロと思想 | Comments(0)
心の独り立ち
経済(お金の使い方)と異性関係(恋愛&セックス)
これには、個々人の感覚の違いがつぶさにあらわれるように思います。

法律・宗教・道徳・一般常識・社会通念・モラル
家の方針・親の方針…などなど
古来から人はさまざまに、その心と行動を規制するルールを
作ってきました。

そして新たに育つ世代に、そのルールを観念としてしつけます。
時にそれは意識的であったり、無意識であったり。

現代はある程度の範囲については、心まで厳しく規制されることなく
個々人の感覚に委ねられる社会が増えてきましたよね。
それにつれ、物事に対する観念や感覚の幅も人によって多様化
してきました。

ところが。
人によっては、いまだに心まで厳しく規制されているのです。

その根っこが、自分の意志によるコントロールでないとすれば
ある物事に心の内で怖れや不安、罪悪感を抱き、自分にそれを許せない
(または強いる)観念や感覚を持ち続けているのではないでしょうか?
そのような状態を繰り返して生きることは、苦しいに違いありません。
また、その観念による縛りのない人に対して怒りや嫉妬を覚える
こともあるのではないでしょうか?

心から楽しいということがない
ささいな出来事にふれる度にイライラする
度をこす・ハメを外すと不安になる
自分や誰かに、許せないと思うことが多い。

そんなことはありませんか?

心の中はその人の自由な世界

たとえある一定のルールでは好ましいといえないことを考え、想像したとしても
(社会にその概念が存在して、それを知る機会があったということの証明です)
それを自分や他の人に許してあげてもいいように思います。

道徳にしても不道徳にしても、他の人の心まで縛ろうとしたり要求したり
することで、対立や悲劇が起きているのではないでしょうか?

想いは自由

…ただし行動についてはそうとも言い切れませんね。

社会的な規制や縛りが緩んだ時に、その人がどこまで周囲に配慮し、
どう行動するかの選択に、その人となりが如実に現れるのです。

自分の中に培った観念や感覚を知り、それだけにコダワルことなく
自分のため、誰かのために、より良い観念や感覚、そして行動を
自分の意志で、選択できることが独り立ちした精神なのだと
いえるように思います。
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by dryangle | 2007-10-21 16:55 | ココロと思想 | Comments(0)
人生の午後を生きる
このブログを読まれる方の中心は
(多分)子育て世代の女性でしょうか。

心の世界に関心のある方は、ユングの
人生の正午(the meridian of his arc of life)
という言葉を聞いた覚えがあるかも知れません。

精神医・心理学者のC.G.ユングは

人生の正午(40歳あたり)を境とする人生の
前半と後半はその様相がだいぶ異なり

それはあたかも正午をはさんで
日の光と影の方向が逆転することにも似ている


と述べています。

今まで日の当たらなかった部分に光が当たり始め
反対にこれまで当たっていた部分が影を帯びてくる…

それは自己の内面的欲求を深めることであり
(真の)個性化の過程と位置づけたのです。

つまりワタシ達の精神は、なおも発達をし続け
人生の後半には、まさに自分を生きていくのだと
いえるのではないでしょうか。

たしかに正午までは心身ともにあわただしく
自分の内面について考える余裕などなかなかない
ように思います。

そして正午をむかえる頃に、起こる問題などをキッカケに
あらためて自分自身(の心)に向き合う必要性に
迫られるのではないでしょうか?

ワタシ自身もまさにその必要性から
暑っ苦しい昼になりそうですが。^^;
新たな自分のベースを築いている最中のような
気がしています。

午後にはお茶でも飲みながら
自分を満喫するように過ごしていけたらなぁ…
と願いながら。



*追記*
思いがけないほど多くの方が読んでくださっているようです。
ワタシの気持ちの、稚拙なカケラを受けとってくださり
本当にどうもありがとう。

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by dryangle | 2007-10-10 10:47 | ココロと思想 | Comments(2)

Illustration by ふわふわ。り