金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


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心の大掃除
「意識」のチカラという強いコントロールによって
イキイキとした感情を磨耗させてしまっているようなヒトがいます。

このイキイキとした感情というのが、とりもなおさず「人間性」そのもの。
これを閉じ込めたまま、鈍化させたまま暮らすのは、監獄にいるような
ものかも知れません。

人間が共同で生活を営む社会では、ある程度感情をコントロールすることが
その関係を円滑にするために必要だとされています。

ワタシとしては、実際に必要なのは「反応としての表現や行動のコントロール」
なのだと考えています。

むしろありのままの感情や想いをキチンと意識するという作業を怠ると、心という
機(器)能が発育・代謝不全になってしまうのではないか?と考えています。

ちょっと抽象的でご理解しづらいかも知れませんね。

抽象的ついでにさらに話を続けると、ヒトは「意識」によって考えや行動を決めて
他の存在と交流・接触しているつもりでいます。
ところが実際には、こちら側の無意識の心の内容が、相手側の無意識のスクリーン
に映し出されていってしまうように、ワタシ個人は感じています。

伝える側・受けとる側の「意識」が愛した・愛された(励まし、やさしさ、思いやり
など)と認識していても、深層の交流において、それが成されていなければ
心が満たされることは決してありません。

反対に、表層では隠して言葉や態度で取り繕っても、意識の奥のカラッポさや
不安・不満・怒り・憎しみなど、実際に存在するものは、相手の心の奥へと
伝わってしまうように思います。

まず一歩、心の旅へと足を踏み入れるとしたら
自分の感情のフタをこじ開けてみることから始まるように思います。
意識がコントロールやブレーキをかけることを「意識して」ゆるめてみませんか?

怒りや憎しみという感情に気がついた時、それを周囲の人に転嫁しないと
意志がコントロールできればいいのではないでしょうか?

(意識レベルにおける)心の中で罵詈雑言もオッケイ(^∇^)。
また夢の中でそれらの感情が解放されていると、スッキリするのです。

感情を心がキチンと処理(代謝)できれば、奥に澱みとなって残りません。
無意識に、大切な相手に負の感情・感覚を押し付けてしまうことも減るわけです。

また喜びや楽しさといった感情を努めて意識するようにすると、その感覚が磨かれて
小さなことにもそれを感じるようになります。

「幸福になる」とはこのようなことではないか?と、漠然と考えています。
環境や条件ではなく、それは自分の「心という主体」が決めるものかも知れない…

そろそろ心の大掃除が必要な時期にきているのかも知れません。
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by dryangle | 2006-12-07 13:24 | ココロのカラクリ | Comments(0)
ココロが渇いていませんか?
明らかな精神・肉体的な暴力によって傷ついた子供時代を
経たヒトは心が飢えています。

そしてもう一つ、表面はそれほど悲惨な状況には見えないとはいえ
他者と信頼し合うことや暖かいコミュニケーションを学び、育む
チャンスを得ることがなかったり、不足してきたヒトは心が乾いています。

他の人々が互いに共感し合う様子や、親密な関係を築いているのを見て
自分のふる舞い方に悩んだり、取り残されたような気分になるのは
また、いつもどこか傍観者のような心持ちがしているのは
自分が素直に感じたことを認められたり、気持ちを分かち合ってもらった
という体験が不足しているからだと考えます。

ワタシも、かつては乾ききって凍りついた心を抱えていました。
嬉しいことや楽しいことはもちろん、周囲が涙するような場面にも
動かない心に、自分は冷たい人間だと思い込んでいました。

仕方がないんです。

これも他の全ての感覚と同様、周囲の環境によって
養われるものなのですから。
愛情や思いやり(共感能力)・やさしさも一種のスキルであると
つくづく感じます。

そして、それらを通して他の人と交流する心地ヨサを知らないという
渇きを心が訴えているのではないでしょうか?

身近な親から、それらを学ぶことができなかったことは悔やまれますが
彼らを恨んだり、許しに努める、といったことから少し発想を換えてみませんか?

今から、自分の心に「自分で」それを育む努力をしてみることです。

辛い時、悲しい時に、気持ちを打ち明け(誰かに本心を見せることに
大きな抵抗があるかも知れません。
最初は演技でも(フリでも^^;)抱きしめてもらう。
相手が吐露した心情を、そのまま言葉にして声をかけてみる
(痛いんだね、悔しいよね。アタマにきてるね~!…などなど)。
些細なことに感動した時に、大切な人を抱きしめてみることから
始めるのもいいかも知れません。

こういった体験を積み重ね、少しづつ育んでいくことなのでは
ないでしょうか?

愛や思いやりを語る人はたくさんいるけれど、実際にそれらを
他の人の心に植えつけることのできる人はなかなかいません。

自分で種を探し、心に埋めて、自分で育むという課題を
背負っているような気さえします。

いつか、この渇きが癒されますように。
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by dryangle | 2006-12-01 11:20 | 親子の関係 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り