金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"役割(仮面)"を愛する悲劇
ヒトは意識的・無意識的に自分の役割を選び演じている
という話を耳にしたことはありませんか?

良い人・役にたつ人・学歴や社会的地位の高い人・ハンサムな人・稼ぐ人
優等生・勤勉な人・やさしい人・頼りがいのある人・良妻賢母・愛嬌のある人
頼りない(守ってあげたくなるような)人・尽くす人・他人をたてる人
言いなりの人…


誰もが自分の価値を認められるために
これまでの経験によって得た、さまざまな役割を演じる努力をしています。
とはいえ、役割によって自分の価値を認められようと
(または誰かの価値を認めようと)し始めると
しだいに"こうあるべきだ"という観念が強くなっていきます。

そのために愛する・愛されるということまでが
≒役割を評価する(される)こと


へとすり替わってしまっている人も多いのではないでしょうか?

皮肉なことに、ヒトの心はその役割が評価されることで、ある種の満足や
安心感を得ることはあっても、自分自身が愛されているという実感や喜び
を得ることは難しいようです。

なぜなら役割は自他の期待値であって、ありのままの自己自身ではない
ことを本人が一番よく知っているから。
役割が当人にとって仮面(表面)である人ほど、その仮面(表面)の方が
愛されることへの疑問や不満に耐えられなくなるように思います。

その役割を満たさない自分をも肯定され・尊重され・受け入れられる時
ヒトは愛されていると感じることができるのではないでしょうか?

愛を定義することは不可能なのかも知れませんが
相手の役割ではなく、その人そのものを肯定し・尊重し・受け入れたいと
心から願った時に、愛することの真実を知るように思います。

そのためには、相手の演じている役割のその奥を見つめる視点を得る
ことが必要だと感じます。
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by dryangle | 2007-07-28 21:14 | ココロのカラクリ | Comments(0)
ヘタでも生きろ、元気に生きろ。
わが子は幼い頃から絵を書くのが大好きです。

毎日毎日あきもせず、そしておびただしい量を描きまくるのです。
いつの頃か、コピー用紙の束をポンと買い与えるようになったのですが
それもガンガン消費して、描いた絵(たまった紙)を定期的に処分する
仕事が加わるようになりました。

いつもの光景ながら、最近その絵を何気なくのぞいて見たら
驚くほどに上達しているではありませんか!
(多分)一般の大人では、ちょっとやそっとでは真似できない絵を
描いていることに不思議な衝撃を覚えました。

かくいうワタシも、幼い頃絵を描くことが好きでした。
ところがちょうど今のわが子の年頃までに、自分の絵を他人に
見せることを嫌って隠して描くようになり、描いては気に入らずに
ガッカリして、そのうちに描かなくなってしまったのです。

いつのまにか自分の中に築かれた厳しい評価の目が
描く楽しみを奪ってしまった
ような気がします。

思えば、その後必要になった二つの外国語習得にも
同じことがいえると気がつきました。

最初は新しい言葉を知ることが楽しくてたまらなかったのに
ある程度になってくると、自分のレベルが恥ずかしくなって
どこか逃げ調子になってしまう気持ち
(現実生活では逃げられませんでしたが^^;)。

そんな昔話や想いを、わが子にかいつまんで話したら
かつて持っていた子供用カルタの読み札にあった言葉で

「『ヘタでも歌え、元気に歌え』なんだよねえ!」と一言。

たしかに「ヘタでも喋ろ、元気に喋ろ」だよなぁ…
言葉も絵と同じでそうしているうちに、気がつくと
ぐんと上達しているものかも知れない、と内心で思いながら

ヘタでも生きろ、元気に生きろ。

という言葉がアタマに浮かびました。
自分への厳しい評価の目が、生きる楽しみを奪ってしまわないように…
そんなことを考えさせられました。
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by dryangle | 2007-07-10 11:37 | 子育て・教育 | Comments(0)

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