金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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心の飛行高度。
たしかモンブラン(山の方のね)だったか、を悠々と滑空する
パラグライダーを追った映像をなにげなく目にしました。

その眺望の素晴らしさに

あんな風に飛べたら、さぞかし気持ちイイだろうなぁ~

と思った瞬間、ふと

心は飛ぶこと。

という言葉がアタマに浮かびました。

以前に書かせていただいた話題からの
連想なのでしょう…

もしかして、ワタシの心は素晴らしい眺望に目を向けていない?

絶えず、墜落や着地の瞬間を想像し、怯えている。
いつも通過目標や、まだ遠く見えない着地点を
必死に目を凝らして探している。

(勇気を持って)視線の向きを変えれば
より高く飛翔して、素晴らしい眺望が見渡せる?


なんとなく、それは生きていくことそのもの
ようにも思われました。

到着点(成果)ではなく、そこまでのプロセスが主体。

できる限り、心の高度を上げてみたい

そう願うようになりました。
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by dryangle | 2008-10-14 09:10 | ココロと思想 | Comments(0)
瞋恚の解毒
この頃、仏教はある意味で心理学なのではないか?と思います。

人の諸悪や苦しみを生み出す煩悩に三毒と呼ばれるものが
あるそうですが、そのうちの一つに瞋恚(しんに)があります。

我(自分)に背くことがあれば必ず怒るような心である。
―Wikipediaより

些細なことであれば、気持ちを抑えることもできますが
ときに、どうしようもない激しい怒りに自ら動揺し、ふり回されて
しまうこともありますよね。

かくいうワタシにも忘れられないほどの怒りの体験
いくつかあります。

今思い起こすと、どれもどうしてそんなに腹が立ったのかというくらいの
エピソードなのですが、(悪い)ツボにはまってしまったというかまさに
自分の心の中の地雷を踏まれたような感覚でした。

自分自身のコンプレックスや過去の痛みにまつわるセンシティヴな部分
またどうしても守りたいコダワリなどに触れられてしまったように思います。

(自分を守る)心の機能に、過去の痛みの記憶を何度も再生して味わう
いったものがあるそうです。

自分の正しさや相手の非を探し出し、何度もわき上がるゆるせないという
気持ちといえますが、この攻撃によって傷つくのは対象の相手である前に
まず自分自身の心なのですよね。

人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだと思います。

以前にどこかで目にしたのですが…

ゆるさない・ゆるせないという思いには、幸せを妨げる強力な副作用がある。
毒薬を飲もうとする人はいないのに、心にどんな思いを浮かべるかについては
無頓着である

…という話にはうなづきました。

この瞋恚の毒を解くものは、慈悲(平たくいえばゆるし)の気持ち
だそうですが、これはけっして自分を納得させる考え方というわけ
ではなく、この気持ちに至るまでのプロセスに心の浄化作用が
あるのではないかと考えます。

冷静になって、なぜそこまでの反応を生んだのかな?と考えてみる
思い当たる傷やコダワリを発見することができれば、その怒りを捨て去る
うまい方法を見つけ出すこともできるのではないでしょうか。

その怒りは、地雷処理の機会だといえるのかも知れません。
そして地雷の破片、その心のゴミもやはり分別と捨て方
肝心なのだと思います。

思いの毒に苦しんでいませんか?
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by dryangle | 2008-10-09 12:55 | ココロと思想 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り