金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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出来事が問いかけるモノ
今ある出来事は、人生からの自分に対する問いかけである
出来事は常に自分にその意味を問いかけている。


ウロ覚えですが、「夜と霧」の著者
ヴィクトール・フランクル(オーストリアの精神科医、心理学者)
の言葉です。
かつて出会い、心に強く響いた言葉でした。

今再びこの言葉をあらためて噛みしめると…

出来事そのものではなく、自己(の心)を見つめろと

進むべき方向を照らし導いているような気がします。

出来事に無意識に反応する自分に乗っ取られることなく
それを見つめ、気づき、知り、意識すること。

今一度しっかりと懐に確認するために
記しておくことにしました。

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by dryangle | 2010-02-26 08:58 | ココロと思想 | Comments(0)
人間関係を損なう法則
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
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前のトピックがキッカケとなって「ゲームの三角図」を唱えた
交流分析家のスティーブ・カープマンについて
ネットサーフィンをしていたところ、興味深い話を見つけました。

現実療法のウィリアム・グラッサー

人の行動は外部の刺激による反応(外的コントロール)ではなく
ではなく、自らの選択(内的コントロール)である。

という選択理論を展開しました。

これに反し、他人をコントロールできる、相手を正す、といった
信念のもとに、意図的に外的コントロールを行う
以下のような関わり方を人間関係を損なう法則として
挙げたのが上記のスティーブ・カープマンなのだそうです。

● H → Hundred percent
 「100%」と決めつけること
● M → Mind Reading
 先読みして対応すること
● E → Evaluate
 人を評価して見ること
● L → Labeling
 レッテルを貼ること
● T → Threat
 脅すこと
● S → Subject
 「主題は一つ」と捉えること
(H・MELTSの法則)

この外的コントロールを企てるといったことも
ゲームを仕掛ける人の特徴として、挙げられそうです。

もしかして、自分も!?

家族や友人、他の人との関係がギクシャクし出したら
ふり返って反省してみるといいかも知れません。

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by dryangle | 2010-02-22 11:55 | ココロのカラクリ | Comments(0)
GAMEs - at the society in epitome
やはり人は人との関係の中に自分の存在を見出したい
イキモノなのでしょうか?

人間関係の縮図のようなネットの掲示板には
アリガタイことに学べることが多くあるように思います。

時々あるネット掲示板に参加させていただいているのですが
今思うとワタシも最初は心理的なストローク(※1)を求めて
その掲示板を訪れていたように自覚できます。

ところで、同じようにストロークを求めて書き込む人々の間に
展開するトピックの中には、心理的なゲーム(※2)の罠が
見え隠れします。

人は誰もが本来求める
(自分の存在や価値を認められる)正のストローク
得られずに、心が飢えた末に
(自分の存在や価値を否定される)負のストローク
刺激として求めることを学習していきます(※3)。 

この負のストロークを得るために
さらには自己のスタンス(※4)を維持、または
強化するために(多くは無意識に)
仕掛けられる流れをゲームと呼びます。

よく知られるパターンに
・キック・ミー(Kick Me) どうぞ批判して、攻撃して、辛口歓迎
・さあ,とっちめてやるぞ(Now,I've Got You,You Son of a Bitch)
・仲間割れ(Let's You and Him Fight)
・あなたのせいでこんなになったんだ(See What You Made Me Do)
・ひどいもんだ(Ain't It Awful)
・決裂/大騒ぎ(Uproar)
・あなたを何とかしてあげたいと思っているだけなんだ(I'm Only Trying to Help You)


…などがありますが、見ただけで仕掛けられた成り行きが
想像できるのではないでしょうか?

参加者は、加害者(支配者)、被害者(犠牲者)、救援者(支持者)
の役割を相互(流動的)に演じます(※5)。

これらのゲームは、仕掛けた本人を含め、参加者が
互いの存在や価値をディスカウント(値引き)し合い、報酬として
ネガティブな感情を得ること(ときに感情爆発という発散)を
目的としています。

当然これが過ぎると、心を病んでしまいかねませんし
現実社会では、物理的にも深刻な被害をもたらす可能性のある
危険なコミュニケーションのパターンだともいえます。

このようなゲームの進行を妨げるために

相手に共感し受け止めようと意識する
相手自身の問題であり、相手の選択にゆだねる


というスタンスが大切なのだそうですが

負のストロークを得るために、このようなゲームを
仕掛ける人(※3)の心には、共感や励ましなどといった
正のストロークが、なかなか届きにくいようです。

負のストロークの応酬に、互いが心神疲労してしまわないためにも

この心理ゲームの罠が見えたらゲームを降りる
ネット(そして現実の)社会で人と関わる知恵だといえそうです。

そして、健康的なコミュニケーションに欠かせない
正のストロークを贈り合うように心がけてみませんか?^^

※1 相手の存在や価値を認めるような様々な刺激
※2 交流分析におけるゲーム
   (また他人の注意をひくため、ひまつぶしのためにも行われる。
   自分の意見や価値観を否定されると、過剰反応して攻撃的になる人
   自己正当化欲求や優越欲求の強い人、信仰者や実直な人などが
   Gimmickとしてゲームの罠に陥りやすい。)
※3 とくに「機能不全家庭」では、「親密さ」というコミュニケーションを
   知る術を得ず、代わりにこのゲームが日常化して習得される。
※4 人生の基本的な構え(私はOKである・ない、他人はOKである・ない、など)
※5 スティーブ・カープマン「ゲームの三角図」より



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by dryangle | 2010-02-16 14:21 | 周囲の人との関係 | Comments(8)
欲しいものを近づけるために
…もし今この瞬間に自分が、望む物事や状況・夢を
すべて叶えることができたら?

幸福の絶頂を味わえそうですか?

・そもそも想像すること自体が空しい。
・すぐさま(きっとそこまで大変そうなど)
 それが実現しない理由を考えてしまう。
・誰かが喜ばない、不愉快になりそうな気がする。
・なんとなくコワイかも。
・罪悪感、後ろめたさ、を感じる。
・達成後の空虚感を想像してしまう。

そんな気持ちに気づいたら

小さな幸せを受け取る(感じる)ことにさえ
心がブレーキをかけている可能性があります。

このブレーキを外すには少々訓練が必要です。

まず手始めに(が、けっこうムズカシイけど)。

誰かのヨロコビに便乗してみませんか?

誰かが喜んでいる時、自分に起こったこととして
ヨロコビを感じるように意識してみる。

妬みや羨ましさが先立つとしても
その気持ちをしっかり感じきった上で

相手のヨロコビを理解し、祝福し、共有する。

…ささやかな事柄の方が始めやすいです。

「ヨカッタね~!私もなんだかウレシイよ~!」

そんな言葉が、自然に口からこぼれる

(カタチは違うかも知れませんが)求めていたモノが
すぐそこに近づいているかも知れませんよ^^

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by dryangle | 2010-02-08 09:27 | ココロのカラクリ | Comments(2)

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