金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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渡る世間は○ばかり
最近、最終シリーズが始まったという
日本の某有名ドラマ。

少し前、十数年来ご無沙汰して、久しぶりに目にした時
他人への文句ばかりで、聞いていて苦しく
たまらなくなり、見るに耐えられませんでした。

なぜか責められているような気分になってしまって^^;
不思議です。かつてはむしろ好んで見ていたような…?

その理由をつらつら考えてみたのですが、思い当たるのは
以前の自分も同じように、他者に対して批判的・否定的で
対立的に自分を守ろうとする同じ心境にあったから
なのかも知れません。

数々起こるトラブルをじつは内心楽しんでいたり
攻撃的な台詞に同調して、意気揚々としていたように
思いだされます。
 
心境の変化によって、ここまで他者の言動への感じ方が
変わるものかと、我ながら愕然…^^;

また偶然にも、昔ウマが合った友人と久しぶりの再会を
果たしたのですが、彼女の昔ながらの(はず?)の
好戦的な口調にドッと疲れるという経験をしました。
考え方のスタンスは同じはずなのにどうして!?

うーん^^;気持ちの距離が開いてしまったかなぁ?

類は友を呼ぶとは言いますが、気持ちのあり方が
同調したり、共鳴したり、反発したり、弾き飛ばされたり。
それによって、人と人との距離が(心理的にも、物理的にも)
引き寄せられたり、離れたりすることを実感させられました。

神ばかりの世間に住めるかどうかは、自分の心のあり方次第。
そんな想いがアタマをよぎったのでした。

次には彼女の素敵なところに意識がいく自分でありたいです^^。

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by dryangle | 2010-10-18 13:15 | 周囲の人との関係 | Comments(6)
存在不安について。
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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多分野から
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前のトピックのコメントの中で存在不安という言葉を
使わせていただきました。

誰もがある程度イメージのわく類の言葉かと思っていましたが
抽象的な概念を表すものであり、初めて目にされる方の中には
ピンとこない場合もあるかも知れません。

それを内に抱えながらも言語化できずにいた方にとっては
的当たりな言葉を得た感覚があると思いますが…


哲学の分野で、実存主義のキルケゴール不安の概念
(The Concept of Anxiety)を記したあたりが、文字通り
この言葉のコンセプトの先がけではないかと想像していますが
現在では精神的・心理的なコンセプトを表す言葉として
多用されています。

どこかの記事で見かけた説明には、幼少時代よりdoing
モノサシで計られ、doingの価値のみで評価され続けること
により、自分のbeingに不安を覚えるようになる。
それが存在不安の本源であるとありました。

自分が、そのヒトであることよりも、なすことによって
存在を承認されるものだと思い込んでしまうわけです。
それはまた、自分もなすことによってのみ、自身を承認できる
ということに他なりません。

前のトピックでふれた自己無価値感を生みだすシステムとも
いえるのではないでしょうか?

自分に求める(求められる)成果をあげ続け、自己承認をし続け
られれば、たしかに心の安定は得られるでしょう。
ところが、現実はそううまくいく時・人ばかりではありませんよね^^;

太宰治「生きていて、ごめんなさい」というフレーズも
こういった存在不安の心理が罪悪感というカタチで表れたもの
であるように感じます。
彼の作品に強く共感する人は、内なる存在不安が共鳴している
といえるのかも知れませんね。

アタッチメント理論で有名なボウルビィのいうSecure Base(心の中の
安全基地)も、自分のbeingへの絶対的な安心感・信頼感だと
いえるように思います。

アナタの中に存在不安はありませんか?
心の中に安全基地はありますか?
自分と誰かのありのままを信頼できますか?

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by dryangle | 2010-10-08 10:21 | ココロのカラクリ | Comments(2)
自分の価値を守る反応
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批判がましい。嫌味ったらしい。いつも否定的。拒否感が強い。
つい口に出る愚痴やイジワル。

あのヒトは、(そして時に自分)は
どうしてそんな言い方をしてしまうのだろう?

少々硬い言葉で恐縮ですが、自己無価値感という
言葉をご存知でしょうか?

育った家庭環境やなんらかの事情によって、つねに自分の
ありのままOKだと思えないでいる人が抱える状態だと
いえばいいでしょうか。
一種の強迫観念にも似ていて、そのバランスが崩れると心が
不安定になってしまう場合が多いようです。
経験から、個々人で違う刺激になるツボ(分野)やピンポイントに
反応するというケースも多いように感じます。

時に自信満々であったり、自分の価値観やそれに殉ずることを
ことさらにアピールする人もいますが、それもやはり自信のなさ
(自分に価値がないことへの恐れ)
の表れではないでしょうか?

そのような人にとって(自分自身に求める、もしくは自分自身に許せない)
他人のあり方は即座に自己無価値感の疼きを生み出します。

それは強い許せなさ、怒りにも似た激しい嫉妬心、渇望。

衝動的な痛みゆえに、理由を理解できないままでいるかも知れません。
ある意味、内面では自己への攻撃ともいえます。

周囲の人に反撃しているようにも感じられますが、実際の目的といえば
自分の中で見えない敵(痛み)から自分(の価値)を守る反応(発言)
なのだといえます。

そのカラクリを知らないと、一体どうして?!の反応ですよね^^;

反対にそういった心境が分からない、理解不能というのは
幸せの証だといえるのかも知れません^^

他者の喜び・楽しみを心から喜べるというのは
精神的に成熟・自律している証。

もし、アナタが誰かの(そして自分の)そういう反応に遭遇した時には
不幸にもそうではない(精神的に成熟していない)人の心の痛みを
察する視点でその出来事を見ることができれば、不快になる気持ちも
ほんの少しは和らぐのではないかと思います。

もちろんその度を超えていたり、むやみに周囲(の心)を傷つけてしまう
ような相手とは、(たとえ心理的にでも)距離をおくこと
最善策になるかと思います。

とはいえやむを得ない場合には、以上のことをなるべく理解した上で
肯定してあげる・認めてあげる・安心させてあげる を
心がけて接してさしあげると良いかと思います。
(それが、自分自身の場合であっても^^)

その人にとって、そのような共感的な反応を知る・学ぶ機会が
失われたままだということなのですから…

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by dryangle | 2010-10-04 15:21 | 周囲の人との関係 | Comments(3)

Illustration by ふわふわ。り