金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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他人の価値って?
最近、偶然にも何度か違う機会に同じ話を耳(目)にしました。
それだけ心にひっかかったということなのでしょう^^

気になったので調べてみると、それはユダヤ人哲学者の
マルティン・ブーバーでした。

「我‐汝(Ich-Du)」の対話の哲学です。

ちょうど前々回まで自分の価値について考えてきましたので
他人(相手)の価値について考えてみようと思います。

もちろん、これも自分にとっての他人の価値となりますが…

ブーバーは、人間は世界や物事、人など他との関係を持つ時に
二つの態度をとると考えました。

相手を、自己の目的(自分にナニをしてくれるか?)としてのみ
扱う対象とみなす

我‐それ(Ich-Es)」関係の態度 ※参考過去記事「してくれ症候群」

相手を、(他とも関係する)一つの格・存在として認め心の交流を
図る対象と認める

我‐汝(Ich-Du)」関係の態度

実感される方もいるかとは思いますが、我‐それ関係の態度が多く
ヒトをモノとして扱っているかのような出来事も溢れています。

アナタはつねに相手(せめて身近な人々)を、自分と同じように
さまざまに変化する心を持つ、時には傷つき、怯え、守り、責め、喜び、
悲しむリアルな人間として接することができていますか?

ブーバーは、相手との関係によって我(自己)も規定される
考えました。
自己が、他者との関わりにおいてのみ認識できるものだとすれば

我‐それは、つまりこれ‐それと認識される?

…などということを考えてしまいました^^;

その人にとっての他人の価値は、他ならない自分の価値と同じ
だといえるのかも知れません。

誰かに対する態度、それは自分の自分自身への態度を反映している
と考えてみると気づくことも多いのではないでしょうか?

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by dryangle | 2011-06-24 14:15 | 周囲の人との関係 | Comments(0)
隠れた気持ちの探し方~抵抗あっての願望?
●効果的な問いかけ

普段気づかないけれど、ナニカにふれてわき起こる気持ち
思わぬ反応や、不本意な行動を引き起こさせる気持ち

自分の心にうまく問いかけてみることで、そういった隠れた
本心が意識に上り、気がつくことがあります。

ふと思いついて、ワタシ的には効果のあった
問いかけを、(きちんと整理されていないのですが)
まずは叩き台として書いておくことにします。

求める気持ちが苦しい時、なにかがとってもイヤな時
まずは試してみてください。

●表も裏も同じコインの真実の姿?

願望を抱く時、そこには常になんらかの抵抗がある?」

ある時、そんなことが急にアタマに浮かびました。

抵抗さえなければ、それはたんなる意図
それに向けそのまま行動を起こし、その流れに乗るので
願望にまで発展しないはず。

言ってしまえば、結果はともかく当たり前にそれに向かう。
当たり前なら、強く望み、求め、悩み、嘆く?

だとしたら、願望と抵抗は、ある観念の表裏なのかも知れない?

例えば幸せを切望するのは、幸せであることに抵抗があると
いえるのかも知れません

その抵抗を探してみると、普段は意識していない
(自己暗示のような)観念が隠されていることがあります。

●自分の中に、こんな気持ちが?

私は、~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
求めている。『願望』

ちょっと自分に問いかけてみてください。(※先に下記の注意を参照のこと)

私は~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
恐れている?

どうでしょう?違和感がありますか?さらに踏み込んでみましょう。

私は~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
恐れている。…なぜなら? (心の奥底に問いかけてみてください)

パッとアタマに浮かんだ答えを大切に聞いてみてください。
思いもよらない意外な答えが返ってくるかも知れません。

…こんな気持ちがあったんだ。

心が少し、いやかな~り軽くなります^^

そして反転。

抵抗を抱く時、そこには常になんらかの願望がある?

私は、~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
嫌がっている。『抵抗』

私は、~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
求めている?

さらには

~する(しない)・~である(ない)・~を手に入れる(手放す)ことを
求めている。…なぜなら? (心の奥底に問いかけてみてください)

私事になりますが、かつての親の暴力・暴言を嫌悪することに対して
「それを求めている。なぜなら?」と敢えて問いかけた時

「自分が屈する・惨めであることを再確認するため」という答えが
返ってきました。

ガ━━━(゚ロ゚;)━━ン!!???

●実際に自分の舵取りをしているのは?

以上のような自分による自己限定こそが、実際の暴力・暴言よりも
さらに自分を縛り、無力化してきたように思います。

自分の舵を本当に握っているのが、その部分だとしたら?

それに気づくこと。

自分の中の隠された気持ちを見つけ出すことが
新たな世界の扉を開けるとなります。

※ご注意とおことわり
あくまで、一般的に安定した精神・心理状態にある方が対象です。
フラッシュ・バックによるパニック発作など、不安定もしくはなんらかの
精神疾患のある方はご注意ください。
また当方では一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

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by dryangle | 2011-06-22 09:28 | ココロのカラクリ | Comments(0)
intermission(オマケの話)
一連の話の流れの中で、子どもの頃の自分を認識する
エピソードを細かく思い出したり、B認識の話についても
アレコレ考えを巡らせていました。

そんな中、ふとしたキッカケで見つけたのがこちらのサイト
(ダグラス・ハーディング※の「私とは何かを見る実験」)。

自分の手足の長さを計ったりする前、ワタシの世界観は
たしかにこの通りだったように実感(記憶?)しています。

そして今なお、虹の橋や満天の星空を見上げて
感嘆する時も…

自分という枠、アウトフィットが
束の間、取り払われるような。

十代の頃、自分と感じるすべてがプログラムされた
誰かのウケウリのモノのような気がして。
これも自分じゃない、これ違う、あれも違うとイチイチ
ひたすら取り払った果てのカラッポ感。

はっ?自分ってたんなる感覚器官なの?!

と、衝撃的に思ったあの感覚に似ていました。

少々哲学的ではありますが、興味のある方は
ぜひお試しください^^

※Douglas E.Harding(1909~2007)The Headless Way
-神秘主義者、哲学者

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by dryangle | 2011-06-08 12:52 | ココロのカラクリ | Comments(0)
D認識・B認識
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
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自己実現理論(欲求段階説)で知られるマズローですが
その後多くの「自己実現した」と思われる人々を研究した結果
自己実現を果たした人の認識のあり方がB(=Being・存在)
認識
であるのに対し、一般の人はD(=deficiency・欠乏)
認識
であることに気づきました。

平たく言えば、平均的な大多数の人はつねに足りないもの
認識し、満たそうとする動機で暮らしているといえます。

もちろんそれが向上心という喜び(成長動機)を生む限りは
良いのでしょうが、強迫観念のような苦しみ(欠乏動機)に
転じると気持ちを侵食しかねません。

私事ですが、社会に出てすぐ事情により鞄一つで実家を飛び出し
しばらくは洒落にならないくらい貧乏な綱渡り生活でした^^;

どん底の辛酸を舐め…ということではなく、若さもあったし
なにより解放感が大きく、ささやかな居場所や安物の日用品
食品、消耗品にいたるまで自力で得たすべてのモノが大切で
愛おしく有難く感じられましたっけ。

今思うと、客観的な状況とは関係なしに欠乏感ではなく
充実感で満たされていたように思います。

一つ言えそうなのは、(これはアディクションのメカニズム
にも似ていますが)欠乏感に意識が向くと、それを満たそう
という思いが強迫的に強くなり、苦しさも募っていくということ。

足りなさ(不足感)に向く意識の比重が大きくなるほどに
精神的にも辛くなり、それがエスカレートしていきます。

なので、その比重を少なくするためにも、できるだけあるもの
(満たされているモノ)
に意識を向けるようにしてみることが
重要だと感じます。

今あるカラダ、健康、今いる場所、家族や友人、日々の糧…
今ある存在のすべてに意識を向け、実感してみる。

現実の状況に関係なく、意識の持ち方によってまずは
気持ちの余裕を得ることは可能だと思いますし
今実際に求められているのは精神的余裕なのかも知れません^^

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by dryangle | 2011-06-07 12:08 | ココロのカラクリ | Comments(5)

Illustration by ふわふわ。り