金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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合鍵探しのコツ。あるかもよ^^②
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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多分野から
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前回(イケナイ圧力の心の扉を開ける鍵の話)の続きです。

ちなみに、コツ以前の話なのですが。
ロックされている(縛られている)ことを自覚する、気がつくだけで
その鍵が自分の手に握られていた
ことをいきなり知る場合があります。

開ける選択さえすれば、目から鱗で解放されてしまうことさえあるのです。

記憶を辿ったり埋もれた感情を掘り起こし、それらの現在への無用性を知る。
物事の受けとり方を修正したり、抵抗に向き合うためのメソッドやアクション。
物事を俯瞰し、距離をおくためのアファメーションやマジックワード、そして瞑想。
エンパワメントとしてのお呪い、お守りまで。それに気づかせ、活用させる
ものであれば効果的だといえるのかも知れません。


それら方法論としての鍵を選ぶコツなるものを、以下にあげてみますね。
②巷にある鍵はまず開けるため、解放されるために使う

当たり前のようですが、現実には別の新たなロックへの依存から得るつかの間の
安心や喜びを、癒しや解放とカン違いしている場合もあるのです。
ワタシはこれによって、さらなる多重ロックの虜となりました。

開け閉めの感覚を理解してから、鍵を用いる。

これは自転車に乗るようなモノ、言葉で説明しづらいのが難点です。
最初に迷いや抵抗を感じるけれど、ガチャッと開いたら「な~んだぁ!」
と気が楽にならなければその鍵を疑うか、別の鍵の併用が必要です。

鍵のカタチを意識して吟味すること。

現実にも鍵のカタチが皆同じわけじゃありませんよね^^;
似ているかもしれないけれど、それぞれに違って不思議はありません。

それは自分の心と向き合い、どんな鋳型や痛みの反応があるのか
しっかり見つめる作業になります。ですから、敢えて見つけようとすると
苦痛(怒り、恐れ、迷い、悲しみ、惨めさ、妬み、罪悪感など)が伴います。
↑ココを回避しようと汎用鍵にとびついた場合こそ要注意!
逆にいえば、苦痛のあるところにロックされている壁や扉があるといえます。

鍵を見つける前に、痛みでヘトヘト^^;になることも。そういう場合には
とりあえず「閉めっぱなしでもいいや」とも思えること。

 「どっちでもいい」も含め、鍵の開け閉めの主導権を自分が握ること。

この辺りは最重要で、鍵を用いるのも誰かに委ねず、強制されず、自分で開閉の
選択をする
ことに慣れていく
。それが主体としての自由です。

究極の汎用鍵は「愛」といえるのかも。ただそのカタチは見えない。

手さぐりだけれども、探しているうちに自分の心の奥が共鳴して
かすかに光が差し込み、風が渡ることがあります。
ワタシ個人はそこにロックによるものとはまったく別の喜びを感じます。
そのための鍵こそが、いわゆる愛と呼ばれるものだとしたら
それはたしかに存在すると思えるようになりました。
それはどちらか一方向ではなく、通電のように交流として成り立つモノです。

最後になりますが…念のために。

これらのコツも閉める(縛る)のではなく、開ける(解放)のための
鍵として使ってくださいね!^^

それによって、制約が増えて身動きがとりづらくなるものではなく
気が楽になり、イキイキと自由度が増すと直感的に思えるモノ。
間違えたら、何度でも違う鍵を探してみましょう。

合鍵探しのコツですら、自分の中に見つけるモノなのです。
この記事の内容も、自分の中でガチャガチャいいながら手繰り寄せました^^

心理学は癒しのツールであり、非難のための根拠ではありません!
対立ではなく共生の役に立ちますように^^

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by dryangle | 2014-11-26 12:56 | ココロのカラクリ | Comments(0)
合鍵探しのコツ。あるかもよ^^①
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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すっかり閉ざして、固まって、ビクともしなくなって、内にこもって
暖かい日差しも届くことなく、新鮮な空気もほとんど入らず
すっかり意欲なく、息が詰まりそうで、苦しく生きる心の扉

それは、イキイキと活きるエネルギーを封じる
(~ しては/~しなくては、~であっては/~でなくては)
イケナイの圧力です。

それをこじ開ける鍵を、それでも現実世界を必死に探し回って
たくさんの人の体験や知識、カウンセリングにマスターとかいう人の
教えを聞いたり、秘伝のマジックワードまで伝授してもらったけど…

たしかにあるのかも知れません。汎用性のある鍵(爆)
カチャッ!とくるものに出会えたりするものもあります。

が、大抵の人の心の鍵は多重ロックシステムになっています。

いくつか順調に開いて希望を得る人もいれば、最初から合わず
鍵の存在すら否定的になる人もいます。

なので、合鍵探しのコツを。

心のロックにもいろいろな形の系統があるようです。
お金系、人間関系(上下、家族、先祖など、ヒエラルキー系)、時間系
褒賞系、行動系、美醜系、キャリア系などの他者承認系
健康系、損得系、喪失系…
名前も順番もあくまで思いつきです!
高度な電子ロックで、いくつもスクランブルしています。
どれも合鍵販売が盛んですよね~!^^;

とくにお金系は、お金への執着から解放されるためというセオリー
によるお布施や献金、お金を手放すメソッドとかいろいろです。

カチャッ!ときて、開けばいいんです!気が楽になれば。

ところで鍵の働きはいうまでもなく縛り(執着)です。

もう少し実感的に言えば、ある価値観やその成果における安心・喜び
それを得るための誇り、崇拝(祟り?)、正(大)義や善、美意識、格式
常識、べき・ねば、服従、思い込み、盲信、ついには強迫(観念)
その維持のためにわき起こる抵抗や拒絶・回避、怒り、恐れや不安に
焦り、恥、悔しさ、嫌悪感、防御、心身のこわばりや痛み…

鍵の目的、それ自体はもともと安全に、安定して生きるため
有益な働きを得るためのものでした。

問題なのは、今現在、この瞬間
そのロックが主体者の自由な選択を奪う有害な働きをしている
場合なのです。

本来、鍵は主体者開け閉めを選ぶためのツールとなり得たはず。
ところが誰かがその人の都合で鍵をセットして、当の主体者を中に
置いて施錠したまま持ち去ってしまったことが問題なのです。
まさしく「こんな部屋イヤだ!」ですよね~(笑)

まぁ~閉じ込められたからこそ、個としての主体を認識する
至ったのではないかと?考えることもありますが…

心の鍵はその流動を自動的に一定の方向に駆り立てたり
反対に押し止める働きをするモノです。自分を縛るイケナイの圧力

「そういうのに縛られてるよね~!」ってアルアル!ですが
当たり前すぎて、自分や他者がロックされていると気がつかないことも。
そんな時こそ「どっちがイケナイの?」の争いとなります。

…話を戻しますね。

お金の鍵にもロックする方向性の違いがあります。

使いすぎる、使えない、溜めこみ過ぎる、溜められない
各々自分のため(意志)だけ、他者(特定/不特定)のため
(意志)だけ、両方OK、両方NG…これも思いつくまま、まだあるかも。

しかも「信じるな!」や「素直に従え!」という別の類の鍵に
スクランブル
されて開かないどころか、さらにそのロックを
強固にする場合も


そうそう、宗教系・思想系にもある別種の代表的な鍵
「信じろ・疑うな」とか「信じるな・疑え」のカタチですよね
どちらも「この教えに従え!」は共通です。

そこで、自分が自由になる合鍵を見つけるためのコツ①として
その鍵がさらなるロックをかける危険性がある。という
事実を知っておくことは必要だと思います。

あ、長くなってしまいました。次回に続きます!

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by dryangle | 2014-11-21 13:13 | ココロのカラクリ | Comments(0)
意識の中心~他人の目?~
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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前回の内容と共通する話です。

過去の経験ですが、物事や行動を選んだり,決めたりする際に
具体的な誰か(複数のことも)が頭に浮かび、その誰かの期待や
ニーズ、そしてその評価をイメージするという一連のパターンが
あるということに気づいた時

一種の強迫観念だと愕然としました。

そして現実ばかりではなく、自分の想像における
誰かの期待や要求が
等身大の自分や自分の気持ちとフィットしない時

迷いとなったり、その件が繰り返し想起されて
(アタマにこびりついてというのでしょうか^^;)
苦しみとなったりします

…ごく些細なことであってさえも。

「誰かの期待に応えようとすること」自体が不健全というわけ
ではありません。

それが常に意識の中心にあり、そうしないと許されないような
恐れに似た自己存在の不安に縛られていることが問題なのです。
ガッカリさせるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、傷つけるんじゃないか、
軽蔑されるんじゃないか。といった気持ちも同質です。

このような人の多くは機能不全家庭で育っています。
親の期待や要求を先回りして察したり、それに応え続けないと
不当に責められたり、拒否されたり、心身を傷つけられたりしました

そういった五感による、いわば訓練の結果

自分の意識の中心、いわば主体を誰かの期待や要求に置き
先回りして敏感に感じ取り、応えようとしてしまう。
抗おうとすると、体感からの不安や恐怖に怯えてしまう。
これが具体的な物事で強化され、回避行動を生むと強迫性障害といえるかも知れません。

だから、自分の本来の欲求や気持ちを、自分自身で抑え込み
感じない、意識しないように
してしまうのです。

このような人は自分の気持ちを、他者に落ち着いて率直に伝える
ことに不慣れです。堰がきれた時にはぶつけてしまいがちです。
そして対象がぶつけやすい弱き子どもである時、世代連鎖
生まれるのです。

話が広がってしまいましたが^^;

以前「自分軸/他人軸」についてふれましたが、意識の中心(軸や主体)
自分に取り戻すことが大切だと、今なお強く感じます。

もし誰かが自分(やそのラベル)を評価、もしくは批評するイメージが
アタマに浮かんだら…その度に

不安だけど。
「アナタの評価(批判?)はもういりません。ありがとう。」
宣言してみてください。
さらには「もうこの不安は不必要」だと、根拠なく認めてみてください。

まずは想像する相手の、それに同化した自分の
期待をジャンジャン裏切ってみましょう!
そしてシンプルに今、自分がどうありたいか?を意識してみてください。
けっして他の誰かのあり方に依存しないように^^

安心も、喜びも、楽しみも…そしてシアワセも。
それを与えて感じることのできるのは、自分自身しかいないのです。

 「子育て」、「団欒」、「地域との関わり」といった一般的に存在すべきとされる機能
またそれぞれの人格が尊重され、家族の「安全基地」としての機能が健全に機能していない家庭。


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by dryangle | 2014-11-12 14:10 | ココロのカラクリ | Comments(0)
張り合い?それとも重荷?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
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困難な出来事に遭遇した時、人によって
まったく対照的な反応をすることがあります。

家族の存在が張り合いになる人と
その存在が重荷になる人がいます。

それは受け入れようとはりきる人と
反射的に逃げよう・拒もうとする人。

課題ととらえようとするか、問題だと苦しもうとするか
出来事についてではなく、気持ちの方向性です。

どちらが正しいということではけっしてありません。

ただ後者は、他人の期待や必要性のみに反応するばかりで
自分の期待や必要性を満たしてもらった経験(実感)が
ましてや、自分で自分自身を満たすことができたという
経験が乏しい
という傾向性があるように思います。

不幸なことに、その人の周囲の他人はどれだけ応えても
満たされ、喜んでくれるようなことはなかったのです。

それがいつのまにか、慣れ性になってしまうことで
自分の方から他人の期待や必要性を敏感に感じ取り
時にはでっちあげてまで、背負おうとします。

けれど、苦しいばかりでいつまでも光明が見えない。
なぜなら自分の存在価値をそこに置いてしまったから。
そこ←「他人の期待や要求、必要性に応えること」を代入

満たされ、安心や喜びを受けとった経験の多い人は
相手の安心や喜びのために取り組もうとするため
それが張り合い・ヤリガイとなることも多いようです。
評価が目的ではなく、すること自体が喜びなのですから。

もし生活に張り合いがなく、重荷にばかり感じているならば
他人の期待や必要性に縛られ過ぎていないか?
自分の自分自身への期待や必要性は一体なんなのか?
一度チェックしてみてください^^

他人の期待や必要性を、あくまで他人事として
俯瞰してみる勇気を持ってみてはどうでしょうか?

本来、他人の期待や必要性を満たすということは
愛という能動的な選択なのです。
逆に受動的で強迫的なのが、奴隷根性ということなのでしょうね^^;

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by dryangle | 2014-11-08 10:00 | ココロのカラクリ | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り