金魚迷惑

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~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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アナタはどんな時に「恥ずかしい」と感じますか?

それはとても不快な気持ちですよね。
恥が本来は美徳であったということを考えてみると
それは社会の正義や自分の信念に背いた時に起こる
気持ちだったのではないか?と想像します。

西洋の「罪」に似た感覚でしょうか。

恥という文字の意味は、もともと「自らのあり方の
足らないことを省みる心」、「大いなるものに対し
己の卑小さを知ること」だそうです。

己の徳を積むための視点であったようにも思います。

それが、いつのまにやら「辱め(られ)る」という
攻撃的な言葉への連想によって劣等感を刺激される
からか、自分を守るために
他者や社会への価値観に
沿わない自分を見張り、背くと責める心理的な構造
になっていったのかも知れません。

さらには自らの感覚を(我が子など)相手に刷り込む
ために利用されるようになったから…

「○○だったら、恥ずかしいでしょ?」

こんな言葉による洗脳を受けて、他人(軸)の感覚
を優先
してきた方も多いのではないでしょうか?

自分の側を矯正(強制)するために、自分を否定し
卑下し、嫌悪するという、自己の体面を守るために
内面では自分自身が自分を攻撃するという苦しみ
のプログラム


この時代には異文化に触れることで、目からそんな
ウロコが落ちる経験をすることも多いかと思います。

ウロコを落とすキッカケにできる人、自分の感覚が
抵抗して
相手の文化を否定・非難・侮辱するという人。
反対に劣等感を抱くことで過剰適応しようとする人。
さまざまなパターンを目にしてきました。

この話題を思いついたキッカケはたまたま目にした

おそばをすする音は恥ずかしいのか?

というニュースからですが、音や匂いの感覚の違い
が恥どころか、もはやハラスメントとして取り上げ
られている風潮に首をかしげてしまいました。

これは善悪の問題ではなく、感覚の問題なのですが
どちらかを是として相手を改めようとする独善的な
パワー
やムーブメントのほうがハラスメントでは?
と感じるのは私だけでしょうか?

それを苦痛だと感じる人への気配りという思いやる
気持ちから、互いを配慮することこそ美徳といえる
ように思います。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。
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by dryangle | 2017-10-27 14:20 | ココロと社会 | Comments(0)

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