金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
by dryangle
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Carpe Diem
自分を生きることに
疲れてしまったら…
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心の条件反応(暗示による解離?)
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ることが基本のスタンスです。
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これほど心についての知識を求め集めても、運動の能力と同様に
理解することと、実際に「自分の心を解き放つ」能力を得ることは
ベツモノです。

心の内でラスボスと呼ぶ親類からの連絡や荷物が届くと、動揺し
しばらくは憑りつかれたように心ここに在らずの状態になったり
落ちこんだりする反応
は、長らく家族が不思議がるほどでした。

最近、じつは敬遠してきた催眠療法の関係の書物に手を出すように
なったのですが、これまでトリガー(心の地雷)や自動反応などと
表現してきた現象を、暗示や催眠による解離という用語での発想で
考えてみると大変興味深く、また何かが解けたような気がしました。

ベイトソン*については機会をあらためますが、ダブルバインド*
解離をひき起こす暗示かけになるという構造が、前述の連絡や荷物
の件と符合し、恐ろしくピンとくるのです。

ほぼ例外なくこちらの望んでいない形式やモノを受けとるパターン。
それらの「アナタのために(受け取らないという選択はない)」と
いう言外に「恩返ししろ、面倒を見ろ」というメタメッセージが
仕込まれ(拘束されると認識し)ているがゆえに、それを受け取る
ことに、吐き気を催すまでの抵抗を感じていたのだと実感しました。

現実には相手にそこまでの大意のない場合でも、こちら側にすでに
そのような暗示(メタメッセージ)が入って
しまっている。
だからこそ、別の人からのまったくの好意による助けや贈り物さえ
受け取ることに抵抗を感じてきたのだと納得です。

そういう視点で見てみると、建前と本音の文化背景のある日本では
ダブルバインドによる無意識レベルの支配が横行しやすいともいえ
自動反応制御の人間育成がされているといえるのかも知れません。

トラウマというほどに大ごとではありませんし、障害というほどに
影響するものではないかも知れませんが、素直に従うことができず
自分自身の本音が干渉するとなると(程度の差こそあれ)ある種の
スプリットを生んでしまうといえるのかも知れません。

さまざまに入れ込まれた暗示が、本人の意志や楽しみ・喜びを阻み
生きづらさや、時に発作的な思考や感情に結びついているようにも
感じられます。

今後さらに、知識や情報を仕入れ考えてみたい分野ではありますが

やはり心の中でラスボスを怪物に仕上げてしまったのは、他ならぬ
自分自身の心の仕組みなのだといえそうです。

~解離とは?~
おおまかには、一定の記憶や思考が通常の意識から切り離されること。
個々の体験の要素がほつれる「統合性の喪失」。
ヒステリーや神経症状の原因とされる。フロイトの抑圧(水平の壁)に対して
垂直の壁とも呼ばれている。スプリッティング。
ジャネ (Janet,P)のdésagrégationとdissociation、精神分析における防衛機制
メラニークラインのいうsplitting(自分ではなく対象を分ける)、病的か否か?
概念と言語によって語義やニュアンスがさまざまに変わる。


*
Gregory Bateson 米国の人類学者。統合失調症患者のコミュニケーションを研究
ダブルバインドという概念を普及する。
 
*
二重拘束の意。ベイトソンによる定義とは別の概念が広まっているが、表面的な
メッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況に置かれること。

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# by dryangle | 2016-10-16 17:56 | ココロのカラクリ | Comments(0)
その人の中に誰を見ているの?
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今回は少し流れを換えて、基本に立ち返ってみようと思います。

…というのも、人間関係のトラブルに関するお話を伺う際には
必ずといっていいほどに「相手に対するバイアス(偏り)」が
感じられます。
第三者だからこそ感じるのですが、ご本人にとってはその像は
絶対の真実であり、突き崩すことは容易ではありません。
当人が気づくしかないのですが、心理学的な概念の普及はその
一助になるかと思います。

アタマの中で、過去の記憶にある関係性とエピソードを再現
自分が傷つかないように条件反射的にふるまってしまうのです。
このために相手を誤解したり負の影響を与えてしまうことも。

第一に。これはよく知られていますが、相手の態度や行為の中に
親を重ねて見てしまうことがあります。
それによって相手を好意的に感じられるということはまず少なく
どちらかというと相手に威圧感、口うるささ、怖さ、監視の視線
などを強く感じストレスとなります。

過敏になるとある種(いわゆる)神経症に近づいてしまいますが
ここでは深追いせずに、一般的には子どもの自分のあり方を再演
してしまいます。自動反応的に
自分の親(養育者)との関係において、反抗的であった人はつい
反抗してしまうでしょうし、委縮してしまいなにも言えなかった
人はやはり言いたいことを飲み込んでしまうでしょう。
泣いてみる、甘えてみる、イジケてみる…^^;

実際の相手を見間違い、新たな現実でほど良い関係を築くことを
阻む原因にもなっています。

そして第二に。こちらの方が実感しづらいこともあるようですが
自分を守るためその優位性を保とうと、相手の中に子どもである
自分を重ねて見る
ことがあります。実際にどうであるのかは別に
相手の弱さ、拙さ、欠点などがやたらと目についてしまいます。

この際になんと自分が再演するのは元々自分に対する親のあり方
なのです。自動反応的に。
自分の親に責められた人は相手を責めます。同様に怒鳴られた人
はつい声を上げるでしょうし、嘲笑された人は相手を嘲笑します。
実態とは関係なく、相手を無能、弱者、未熟者として扱うことも。

相手との関係を悪くするばかりか、その長所や能力を委縮させて
しまいかねません


パートナーの中に、我が子の中に、上司や同僚、部下の中に…

ついつい誰か(過去の重要他者ー親や養育者、先生や指導者)の
あり方を映し出し、お互いに自動反応的に関係をこじらせている

そんな状況が顕わになっている場合が少なくないのです。

またニュースで見かける傷害事件などでは、見知らぬ相手との間
でも突発的に起きていると想像します。

それらのパターンを自覚し、意識的になること。まずは自分から
相手のそれが垣間見えた時には、土俵から降りること
(自分が先にそのパターンを見抜くと、相手も覚めることが多い)

相手につい負の感情が強く沸いた時にこそ、その人に過去の誰か
との関係を重ねてないか?
を自問してみてくださいね。

(さらに興味や関心のある方は投影や、投影性同一視、投影同一化などの
キーワードを調べてみてください^^)

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# by dryangle | 2016-10-11 15:49 | ココロのカラクリ | Comments(0)
他縄自縛を解く(振動を止める)
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以前の話題の続きといえるような内容です。

先日のこと。家人がスポーツの試合を見ていて、応援している
チームの雲行きが怪しくなってきた時に

「自分が見ていると、負けてしまうような気がする」

といってチャンネルを換えていました。

「ハラハラして見ていられない」というのならともかく(これが図星?)
なぜ「自分が見ていると」と考えるのだろう?と興味を持ちました。

思い起こせば、私の親(養父)も、絶対的なチャンネル権を持ち
見ている野球の試合で贔屓のチームが負けそうになってくると
すぐ不機嫌になり、いきなりスイッチを消したりしていました。
負けが決まれば、次の日までも大荒れで家族に八つ当たりです。

ここで自己同化という言葉がアタマをよぎりましたが、それ以前に
対象を自分と結びつけて考えているという共通性に気づきました。

それに対して、自分の感情の反応とも関連づけられている

応援している相手が成功した喜びを自分ごとのように味わうのは
ワクワク楽しいかもしれませんが、その逆となると本人ばかりか
周囲のストレスにもなりかねませんよね。

また物事の成り行きばかりでなく、他者の機嫌や感情の状態
(表面的には言葉や態度に)自分の感情を支配されてしまう
ことがあります。
劣等感や罪悪感、被害・被責妄想といったネガティブな想いが
自動的に反応するのです。それを無理に否定することによって
次にはわき上がる怒り、それを押し殺した果ての恐れや不安
キレたりパニックになったり、制御不能の感情発作へと進行します
(各種依存症や強迫などいわゆる神経症もその回避と想像します)。

結果、不本意な行動を余儀なくされることもあるでしょう。
その経過によってさらに強化されていく条件反応

この関連(条件)付けは成長過程で形成されていくものですが
心が追い詰められてしまうまでには、もう一つ理由があります。

その関連づけを自分の意志で絶つ権限や能力を持てないまま
されてしまっているということです。

多くの場合、自分の気持ちや意志を否定や無視され続けたり
叱責や嘲り、条件付きの愛情や評価といった賞罰によって
望むあり方を強制(干渉)され続けたという背景があります
(↑※の人によって)。

他人軸や他人中心とも呼ばれますが、相手の言い分や機嫌に
自分の感情や思考、行為の選択まで主導権を明け渡している
状態です。
キツイ言い方ですが、悲しくも自分の心の支配権を売り物に
して
生き抜くことを学んでしまったのです(→※の人)。

心の共振現象のカラクリも、共振しないためのアイデアの糸口
もこの辺りにあるように思います。

それについては丁寧にじっくり考えていきたいところですが
まずはシンプルなことから。
こちら側の振動数を換えるとか、ヤヤコシイことはさておき
振動を止める。そのためには

自分と関連させない
(まずは関連づけに気づく視点を持つ)。
普段から自分の本心や直感と対話し、その選択を優先する。

という方向性で自分の心の解放(逆条件づけ?)を意識して
いくことが、癒しにつながると考えています。

もちろん容易ではないことですが、とっさに振動を止める
スィッチ
となる言葉を用意しておくといいかも知れませんね。

子どもが幼い頃、二言目には口から出ていた「Who cares?」

「だから、どうしたっていうの?(そんなのカンケーネー)」

今はちょっとした神言葉にさえ思えます。

ネガティブな感情に心を揺さぶられそうになったら、心の中で
つぶやいてみてください。お試しアレ^^

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# by dryangle | 2016-09-29 22:57 | ココロのカラクリ | Comments(1)
したいことにチャレンジ!の落とし穴
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前回、「してはいけないこと」について書きましたが
今回は「したいこと」についての話にふれてみたいと思います。

…というのも

心の話でよく出回っている、今の自分を変える(自己変革)のために
「思いきってしたいことをやる」系の話。
大筋はともかく、発展形に違和感を感じるものも多々見受けられます。

まず基本の考えとして、人は自分に許せないものは他人にも許せない
怒りや不満、不安といった許せなさを感じた時に、そこにある自分を
縛る観念
、つまり無意識に自分に禁じたり、強いたりしている物事が
あると気づくことの大切さがあります。

ここで飛躍というのか、そのあとのチャレンジとしてよくあるのが

①相手のあり方をを許す。
②相手と同じあり方を自分もする(自分にも許す)。

この②が、自分の「したくてもできないこと」と混同されチャレンジ
のファクターとなってしまうことの危険性です。

というのは、相手のそれ自体も「したくてしていること」ではなく
劣等感を根に持つ優越感や正義、体裁といった自分を守ろうとする
防御反応である場合が多いのです。

つまり「苦し紛れ(の埋め合わせ)」。

誰かの同じ種類のそれと出会うと、対抗するために上に書いたような
許せなさのような抵抗感(怒りや不満、不安)が触発される
のです。

その際に、内省してチャレンジとして相手のあり方と同様にあろう
とすると、そのことが許せるようになり気にならなくなる可能性も
あり得ますが、縛りが解けないまま不必要に自分を苦しめることに
なる危険性も高いのです。

たとえば、パートナーに浮気されたり、誰かに不当に扱われた。
傷ついた。悲しかった。凹んだ。アタマにきた。苦しんだ。

そこに自分を苦しめる感じ方や考え方があるのは確かなのですが

それを癒すために、許せるために、楽になるために
気にならなくなるために、幸せになるために

自分も浮気にチャレンジ! 誰かを不当に扱ってみよう!
(そもそも「大切な人を殺されたら、自分にも殺すことを許していい」という
ような屁理屈とも混同されやすい)

…ではないということです。

そこに触発される自分の劣等感や自己卑下、自己嫌悪や無力感を
見抜き、そこから自分を解き放つ
ことこそが変容と癒しなのです。
それによって素直な本心からの自己実現を叶えるために。

それは自分の喜びのために本当にしたかったことですか?

バンジーのごとく何かチャレンジをするのなら、その大前提を自分に
問いかけてみてください。
劣等感が根にある優越感や正義、体裁という防御壁を作ることが
目的であったり、それを強化するものではけっしてないこと
つまり埋め合わせではないことを見きわめて

「本当にしたいこと」にチャレンジしてくださいね。

許せなくて頭にくるけど、なんだか羨ましい。
誰かに対して自分勝手(自由)だなと思うこと。
自分も「そうしてみたいのにできない」こと。
その辺りが着目点です(^_-)

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# by dryangle | 2016-09-15 13:59 | ココロのカラクリ | Comments(0)
「ルールだから」?!に愕然!
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ルールだから、傷つけないの?殺さないの?
違法だから罰せられるから、罪を犯さないものなの?


ブログを使わせていただいてなんなのですが…
管理のついでに見かけた Exciteニュースの記事
少年犯罪を犯す子の共通点」に驚愕!しました。

7歳の子がバッタの足をちぎって遊んでいたら何て言う?
という、親への問いかけと指針があったのですが

A: ダメなことだと自分で気づくまで見守る
B: 「パパも子どものころはよくやったよ」と理解を示す
C: 殴ってでもダメなことだと教える

選択肢からしてどうかと思うのですが
その正解が なんと C !!

「社会のルールや規範を身につけさせる」
「殴るかどうかは別で、行動を制止するのが重要」
とのこと。

一見リーズナブルに感じられる答えのようですが
本当にそれだけでいいのでしょうか?

文中にあるように、たしかに社会の規範やルールを学ぶことが
必要になる年齢ではあります。

その前段階として情操教育である、それは自分と一緒の大切な命
であること、私たち人間は常に他の生き物の命を得ることにより
命をつないでいる現実を、その有難さと喜びを、伝える重要性が
抜け落ちて
ないでしょうか?

ちなみに、私はイナゴの佃煮を作るために手足をもぎるのを
手伝った記憶があります^^;


次にあった「バッタはダメで、お花を切るのはなんでいいの?」
という問いへのバッタとお花の命の価値観にも唸ってしまった。

曰く「綺麗なお花は取って飾ってあげれば喜ぶ人がいるかも
しれないけど、バッタの足をちぎっても誰も喜ばないでしょ」

…誰も喜ばないから?

これらが本当に犯罪への抑止力になっていくのだと、考えられて
いるのでしょうか?

むしろ子どもの動機や理由を一切無視して、大人側の正当性のみで
威圧的な叱責や(体)罰を受けることへの不満の怒りの蓄積の方が
恐ろしいように感じます。

決してルール自体を否定するわけではありませんが、それ以前に
どうか人としての心の成長に眼差しを向けることを優先して欲しい。
社会にそのルールが存在することの本質を考えられるように。

自分や他者の気持ちや命に対する情操が先立ってこそ
「してはならないこと」を、主体的に自分に禁ずることが
できるのだと考えるのです。

どうにも心の(必要)ない世界のように感じてやるせなくなりました。

…みなさんはどうお考えですか?

私は犯罪の一因は養育者などによる心の通わない「闇(病み?)教育」にあると考えます。
『闇(病み?)教育』はあったのか?

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# by dryangle | 2016-09-13 14:31 | ココロと社会 | Comments(0)
心の共振現象?
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心理的な癒着だの、依存だの、イメージとしては理解できるけれども
実際にはどんなメカニズムなのだろう?なぜそれが起こるのだろう?

認知科学的な感じ方のクセなのだという説明は、理解しているつもり
なのですが、似た物事に対してもポジティブな印象を持つ時となぜか
ネガティブな気持ちになる時があるということがあります。
物事や状況、そして自分も当然その時々千差万別だからということで
納得してきたのですが、そこの関係性のメカニズムがつかみきれない。
どうにも釈然としない…なぜ?

気がつくとそんな問いかけを頭の中でグルグルと繰り返していた昨今
たまたま多分中学くらいの物理の実験でやりそうな共振や共鳴の実験
を見かけました。

物体の持つ固有振動数と同じ振動を外部から受けると大きく振動する
現象を共振(音であれば共鳴)という。


???…!!!

心というか、認知や感情の反応の微細なレベルでの現象としては
わりかしそんなカンジ?、もしかしたらエネルギー量子次元の話?
(いや、電波とか波動とかいうジャンルは食わず嫌いなんだよな…^^;)

むしろ。
その個性や性格、性分をその時々変化に共振する固有振動数の種類の
習性パターンだと考えてみたら?

一般には楽しいと思われる状況で、楽しさや喜びを感じられない自分。
それがその振動数を持ち合わせていないから、状況に共振ができない
のだと考えると、妙に腑に落ちたのです。

半面、負の思考傾向や感情の反応の振動数は多彩に持ち合わせている
記憶に刻まれている。

その人その人、これまで出会った人や状況という経験から刻んできた
ものは、それぞれに異なるでしょう。

とくに人と人の心理的な癒着関係ともなると
負の振動数で強く共振し合うことで心の取引関係を結ぶ

これらを変える、絶つための、もしくは共振しないためのアイデアを
考えていきたいと思います。

仏教的には? 因=固有振動数、縁=外部の同じ振動数、果=共振・共鳴
自分の因を変えない限り、縁を切ってもまた似た縁と結び果は変わらない?

…そんなことを思いつくままに書いてみました^^

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# by dryangle | 2016-08-30 12:39 | ココロと思想 | Comments(5)
それを愛と呼ぶな!(2)
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~ひっついたものを剥がすのはイタイ!~

…前回からの続きです。

当然ですが、もともと相互にあった癒着を一方的に解消
することは困難です。
子どもの反抗期はそのためにも訪れますが、理解せずに
圧力で支配したり、無視したり、脅迫したり、甘やかしたり
さらには恩を着せたり、弱者や被害者を装ってひっつきます

そうなると前回の話とは反対に、親や誰かの癒着という
エネルギーから離れようと、闇雲にもがく側が自分自身
や誰かを傷つけてしまう
ことが起こります。

恐れや罪悪感に苛まれ、本心を無自覚に封じ込める内に
(親や相手への)過剰適応がその限度を超えてしまう
目に見えるような暴力はもちろん、それさえ叶わないと
なれば、摂食障害や自傷のような自己処罰、体の痛みや
不調(心身症)、肥満、精神疾患、各種の依存症など…
さまざまな問題となって表面化します。

もしそのような心当たりのある方は、自分が誰かの期待や
価値観、信念(こうあるべき)、また劣等感による発散の
ダメ出しを、不本意に、無抵抗に、さらには能力以上に
背負い込んではいないか?
自分が心の中で誰かが牛耳る傀儡として生きていないか?
を考えてみてください
(その誰かがすでに現実に存在しなくなっていてもです)。

自分の心のエリア内において、相手の、何より自分自身の
癒着断ち切るのです。平たくいえば、自分の本音・本心を
探し出し、それを裏切るような我慢をするのをやめる
これだけでも「自分の問題」はかなり軽減するはずです。

社会では、この癒着による押しつけ(しつけ)、またそれに
順応することが、いまだに愛や孝行だと正当化されます。

その想いに応えきることを英雄視する風潮もまだ存在します。
正直、私も他者の癒着を自分の本意達成の励みへと昇華させる
ことのできた人への憧憬を禁じ得ません。
金メダリストや成功者への称賛の意味も、ひとえにそこにあるかと思います
癒着する人は国民とか日本の栄誉とか手柄を自分や皆のモノのように語りますね)。

さらに癒着に絡む負の問題や事件に対して、まだまだその癒着
「子ども(相手)のためを思って」とか「愛しているからこそ」の
行き過ぎなどといった説明がされがちです。

それを愛と呼ぶな!…それを愛だと誤解しないで。

互いが、自分の本意を、自分自身によって生きるようになって
初めて癒着は切り離されます。
その上で、見返りなしに相手の本意を支援しようとする気持ち。

それが本当のならば、その人自身が自分の本意を生きるための
喜びや感謝のエネルギーになるはず
なのです。

子離れや空の巣症候群に苦しむお母さんは、この癒着の問題を構造的に考え
理解してみることを強くオススメします^^
よくあるアドヴァイスの「他に生きがいを見つけましょう」では、さすがに
強い癒着を断つにはチカラ不足のこともありしますから。
絆創膏ではありませんが、イッキに剥がすか、ゆっくりと剥がすか。痛みは
それなりにありますが、不必要なものは剥がすとスッキリしますよ。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
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# by dryangle | 2016-08-24 14:25 | ココロのカラクリ | Comments(0)
それを愛と呼ぶな!(1)
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~絆と癒着。表裏一体の恐ろしさ~

前回まで依存と表現してきた心(脳の働き)の様相を
その対象を人間関係に特化して考えてみましょう。

共依存という概念の理解も進んでいますが、ここでは
癒着という言葉を使ってみるとわかりやすいと思います
(仏教的な執着やそれが生み出す煩悩にも共通します)。

傷口や病巣がヘンに癒着した(ひっついちゃった)の癒着

この言葉は心理学においても使われています。
おもにアイデンティティ(自己認識、自分らしさ、自分という
感覚や価値観とそれによる思考や感情的な反応…)の癒着

相手の状況や感情を自分のものとして感じ扱う。

これは子育てにおいては、子どもの自我が未発達な時期に
子どもの愛着(安心できる)対象となり、情緒的に反応し
子どもを育むために機能します。
先に身体は分離したものの、その身体が成長を遂げるまで
精神的には子が自我を確立するまで、親子は良くも悪くも
相互に癒着します。

はなからこの関係を築けない問題を愛着の障害と呼びます。
逆に子どもの成長段階に合わせて、この癒着を切り離して
いくことができない
ことが問題となることもあります。
そこに自分の存在の実感や価値を見出していればなおさら。

毒親と言われるのは、まず愛着関係を拒絶した親ですが
関係を癒着したままに持ち込む親の過干渉なども含みます。
むしろ一般にはこちらの問題の方が多いかも知れません。

親の側の癒着の気持ち(自己同化とも言い換えられます)が
強過ぎる上に、主従(依存)関係を形成してしまうことで

子どもを自分の傀儡にしてしまうのです。
傀儡(かいらい)とは、
あやつり人形。転じて人の手先となって
思いのままに使われる者の意


そこには、自分の過去の挫折体験や達成欲求による期待
自身の劣等感の発散、そのためのダイレクトな支配欲など
根となる原因や程度もさまざまありますが、程度が強いほど
それに反したり、そこから離れようとする相手に対して

許せなさ(心の激痛)を感じ、激しく妨害したり
酷く責めたり、執拗にまとわりつくことになります。


これはストーカー問題など、他人同士でも起こりますよね。
愛着の障害(愛情飢餓)のある人は関係の近い他者に激しく癒着しがちですし、話題の
エナジーヴァンパイア(エネルギー泥棒)は相手の癒着を断てない弱みにつけこみます。


相手(や八つ当たりの対象)を傷つけたり、誰かを死に
追い込むまでにエスカレートする
可能性も否定できません。

…(2)へ続きます。

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# by dryangle | 2016-08-24 14:12 | ココロのカラクリ | Comments(0)
そのヤル気の正体は意欲?依存?
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ

問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
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個人的に、ふと気づいて愕然としたことの中に
「したい」ことと、「しなければいけない」ことの
区別がついていなかったということがあります。

「買い物に行きたい」「買い物に行かなきゃ」
「美容院に行きたい」「美容院に行かなきゃ」
「ご飯食べたい」「ご飯食べなきゃ」
「寝たい、眠い」「寝なきゃ」
「お礼をしたい」「お礼をしなきゃ」
「お盆玉あげたい」「お盆玉あげなきゃ」(時事ネタw)

たんに言葉上の違いと思いきや、じつは心の中の
気持ちにも明らかな違いが存在します。

純粋な欲求や意欲
義務感や自分を急き立てる気持ち

言葉の曖昧さとは対照的に、①の好ましい気持ちと
②の少々不快な気持ちの種類はまったく異なるものです。

私は、①の気持ちで「~したい」というのはなぜだか
どこか気が引けるのか「~しなきゃ」と言ってみたり
一方で②の気持ちでも「~したい」と言っていました。

皆さんも、けっこう曖昧に使ってはいませんか?

この②の不快な気持ちは、いわば強迫に近いものだと
考えています。
その行為(のもたらす結果)に依存している場合
それが叶わない時に起こる不快な感情反応です。

依存の禁断(離脱)症状 ≒ 強迫(観念や感情)

案外多いのが、他者の承認(を得るために内面化した
偽の自己承認に依存している場合で、その達成まで
不快感や焦燥感(罪悪感、劣等感、恥、許せなさ)に
急かされます。

…私のヤル気はもしかして強迫?

言葉使いの曖昧さに気づいた時と同時に、なんと①の
気持ちを忘れかけていることに愕然としたのです。

そして②の気持ち(強迫)が、①の気持ち(意欲)を
だんだんと殺していく?とさえ感じました。

それ以降「~したい」という言葉が出てきたときには
それがワクワクするような意欲なのか、そうでないのか
ハッキリと認識し、言葉を区別するようにしています。

純粋な欲求や意欲を感じることができていますか?
それを「~したい」と区別して表現ができますか?

(通常「強迫」は、報酬とは逆の罰や痛みを怖れる場合の反応ですので
承認を得るための負の条件づけがいちいち仕込まれているのでしょう)

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# by dryangle | 2016-08-17 20:32 | ココロのカラクリ | Comments(0)
他人軸=承認依存≒下から目線
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


とある国、私が子育てを経験した社会環境では
子どもも物心がつく頃には、物事に対して

「好き?嫌い?それともよくわからない?」
「あなたはどうしたい?」
「〜(気持ちの代弁)したいのね?」

というように感想や意見、気持ちを聞かれます。
ウンザリするくらい、しょっちゅうw

日本で私が育った経験では、それがほとんどなく
うっかり口を滑らせて周囲の期待と異なる本音を
言おうものなら

「そんなこと言っては、ダメでしょう」
「あなただけワガママ、自分勝手」

と叱られるのがオチでした。

その良し悪しはともかく、周囲や上位者の要求や
期待に添うように自分の気持ちを決めること
(借り物の理由を動機づけにすること)を
過剰に訓練され内面化することで、自分の気持ちが
わからなくなったり、自分に信頼が持てなくなったり
します


調査*でも明らかなように、日本の若い人たちの
自己評価や満足の低さの原因の一端がこのような
環境にあるのではないでしょうか?

また最近では他人軸(他者中心)ともいわれるあり方
つまり周囲や他者の(視点や価値観、尺度)によって
成される自己定義を即、自分という存在の実感や意義

にすることから、生きづらさを訴える人が多いのも
うなづけます。

他人の意見や動向による裏付けや承認がないと
不安になったり、世間や大勢,専門家,エライ人の
あり方と異なると恐れを感じたり、罪悪感を持つ
いわば下から目線。

古来より生存競争を基本とした力の社会においては
強者の目に見える暴力だけでなく、そういった心の
支配も行われてきました。いわゆる奴隷根性と呼ばれる
心理も、この種のカテゴリーに入ると思います。

そのシステムの中で、上位者の期待に応え、成果を
上げることに成功した人たちが、勝ち組と呼ばれて
共通認識において、上から目線や他者コントロールの
権限を許されるということが現代ヒエラルキーの特性
なのかも知れません。

これは上下関係から出発せざるを得ない親子関係にも
如実に反映され、そのリプリントの場となっています。

まったくの余談ですが。
たまたま日本で見かけたテレビで、ある心療内科/精神科医が
患者の「セカンドオピニオンは必要か?」という趣旨の問いに対して
「ご自分のお気持ちで決めることですから」と、ピシャリとおっしゃっていて
それができれば心を病まないよなぁ…^^;と苦々しく感じました。


先代が社会や個の独立や尊厳を勝ち取った経験を誇る
人達は、子育てにおいても、その人の主体性や意志が
育つように工夫
しているように感じます。

「なにが好き?嫌い?どうしたい?」

子ども達に問いかけ、他者との折り合いの中で自分の
正直な気持ちやあり方を肯定できるようにしてあげたい。

それ以前に、親や大人が自分自身に対してそのように
問いかけ、それを尊重することができるか?

また互いに尊重し合いながら、それぞれ多様な自己を
実現できる社会を肯定、構築できるか?にかかっている
ように思います。

それぞれが精神のインディペンデンスデイを迎えるために。

*内閣府子ども・若者白書から

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# by dryangle | 2016-07-14 00:49 | ココロと社会 | Comments(1)

Illustration by ふわふわ。り