金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
初めていらした方へ… dryangleについて

●過去記事のタイトル別一覧表●

"自分"に疲れていません?
by dryangle
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
Carpe Diem
自分を生きることに
疲れてしまったら…
心のプログラムのバグを
探してみましょう。


NEW!!
ご意見・ご感想・心の荷卸し等々はこちらにどうぞ


生きづらさのセルフヘルプ

by Exite (サークル)

dryangle*心のゴミの処分場
↑心の傷の膿と向き合い
処分しませんか?
(要メンバー登録)



メインサイトです。
dryangleでは…
特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど、多分野から心のメンテナンスに役立つ情報を集めています。


↓アメブロ姉妹ブログ
やわらかこころ塾
作業用ページ(非公開)

イラスト by ふわふわ。り
ブログパーツ
記事ランキング
カテゴリ
最新の記事
最新のコメント
外部リンク
「ココロの親離れ」できていますか?
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


アダルト・チャイルド(チルドレン)。
かなりポピュラーな言葉となりましたね。

ワタシの"極"個人的な解釈としては、「精神的な」自立(巣立ち・親離れ)の
ないまま、大人となってしまったヒトだと考えています。

自分の意志による選択権や責任を得てからも、心のどこかに親やそれを象徴とする
(世間など)視点の観念が自分の自由意志をジャッジしており、背こうとすると
怖れや罪悪感といった感情に支配されるというパターンです。

これが世の中の価値観と符合していて、生きていく上での利害と一致すれば
その観念に疑問を持たないままに済むのでしょう(現実に、儒教の影響の濃い
日本文化には、精神面について親や年長者の観念の「踏襲」に価値を置き
「自立」には背反の意味もありました)。

身近な話に戻せば…

こうある(す)べき自分
こうす(ある)べき物事
こうだと許され(いけ)ないような感覚

いつの間にかできあがった自分の中の観念が「それをよし(悪し)」として
自分に我慢を強いるという選択をさせてはいませんか?

その上に結果が良い方向に向かず、心には不満や不快感を溜め込んでいるものの
またその「観念の縛り」によって、身動きできずに苦しんでいる状態。

「自分はアダルト・チャイルドではないかな?」と感じていらっしゃる方は
そういった状態なのではないかと想像しています。

今後は少しづつ、それまでの自分「らしくないこと」をし始めてみませんか?

例えば、"弱音を吐くこと"に、ネガティブ(イケナイよう)なイメージを持っているのなら
弱音を吐くことを認めてみる(ただし相手を必要とする場合には、相手とその
コンディションを選ばなくてはなりません)。
今まで自分には、身近に弱音をとことん聞いてくれて励ましてくれる人がいなかっただけ。
そう考えてみてはどうでしょうか?

さらには「自分の方は、誰かの弱音をとことんきいてあげられるのだろうか?」と
自問できるようになれば、大きな前進です。そのままご家族やお友達・周囲の人の
「弱音をとことんきいてあげる」努力をされてみればいいのだと思います。
そしてまた周囲の人々もこちらの気持ちを受けとめてくれるようになっていく…という
イイ方向へのスパイラルを描くようになればいいのですよね。

そうすることに大きな抵抗を感じるほどの「自分らしくないこと」。
そこにそれまでのパターンを好転させるヒントが隠されている場合も多くあります。

過去に「作られた自分らしさ」を自分の意志で脱し「自分らしさを選び取る」ことが
精神的自立なのだとワタシは考えています。
[PR]

# by dryangle | 2007-01-30 10:15 | 親子の関係 | Comments(0)
兄弟(姉妹)仲はいいですか?
子供の頃は、その動機や行動のすべてが

親からの承認(肯定)を受けとるためにある

といっても過言ではないかも知れません
(成長すると、これが社会や他の人からの承認への欲求と転じていくのですが)

これが脅かされるという不安を感じることによって
兄弟(姉妹)をライバル(敵)視し始めるように思います。

どこで聞いた(読んだ)のか、ハッキリと思い出せないのですが^^;
非常に仲の良い兄弟(姉妹)に

「兄弟(姉妹)どちらが親に愛(大切に)されていたと思う?」

と問うと、必ず双方が

「自分が一番愛(大切に)されていたと思う」

と答えるというんですね。

ところが、世間では
兄弟(姉妹)の方が自分より可愛がられてた
感じてきた人が案外多いものです。

この辺に重要なキーがあるのではないでしょうか?

こんな心理が出来上がる背景には、必ず親や世間から
兄弟(姉妹)を対照や比較にした評価を経験しています。
平たくいうと、お姉(兄)ちゃんなんだから・年下なんだからという
前提の上でのこうあるべき・こうあっていいというセリフですね。

幼いうちには、発達の過程といえるトラブルやイザコザが
あって当然だと思います。

「仲良くしなさい」という言葉や叱咤は、その時の表面の行動を
コントロールできるだけに過ぎません。

兄弟(姉妹)を愛すべき対象・助け合う家族なのだと、その心根に
しっかり築くためには、私たち親自らが家族のメンバーに対して
心からそう思いそのようにふるまっていく以外にないように感じます。

もう一つ、親を共通の敵として兄弟(姉妹)が結束した仲の良さ
というのがありますが、これはこれで少々哀しい気がしますね。



↑「心のカラクリ」に興味のある方へ…よかったら、お立ち寄りください。 
[PR]

# by dryangle | 2007-01-25 12:45 | 子育て・教育 | Comments(0)
のめりこんでいませんか?
仕事にのめりこむ、趣味にのめりこむ、恋にのめりこむ、創作にのめりこむ…

このように「のめりこむ」ことって、生きる意味や価値を創り出すもの。
と同時に、困ったことに危険性を持つ「のめりこみ」もあります。

それは「アディクション」、日本語では「嗜癖」と呼ばれています。

お酒やタバコへの「物質アディクション」は、つとに有名ですが、
高揚感を得る行動にのめりこむ「プロセスアディクション」と呼ばれる
一連の嗜癖があります。
これには、ギャンブル、ショッピング、(TVやPC)ゲームのほかに
スポーツ観戦、仕事、掃除、運動にまで及びます。

「害になる行動かどうか?」の判断基準が、「周囲が迷惑に感じるか?」に
よることが多いので、後にあげたモノなどは案外見過ごされがちなのですが
「のめりこみ」のメカニズムはおおよそ似通っているといえます。

このメカニズム。

自分で自分を癒そうとする「自己治療」だと考えると理解しやすそうです。

抱えている問題から逃れるため、なにかに夢中になることで埋め合わせをするための
「自己治療」。そして次第にこの「自己治療」にはまっていき、コントロールがきかなくなる。

自分でコントロールが効かないほどに「のめりこんで」しまうと
それは立派なアディクションです。

本人のコントロールが効くうちには、 その「癒しのパターン」を大切な人や家族で共有できる
イベントや、本人・周囲の人にとって害の少ないもの、むしろ心の糧となるものへと転換して
みることがヨイ展開へとつながるように思います(当然そのヒトの価値観に関わるものですが)。

また日頃から、それぞれの気持ちの不安や不満・負担になっていることを
周囲の人とシェアし合ったり、癒し合えることが大切かも知れませんね。



↑「心のカラクリ」に興味のある方へ…よかったら、遊びにきてください。 
[PR]

# by dryangle | 2007-01-22 18:55 | ココロの不調 | Comments(0)
「正しさ」へのこだわり
前回の話とも少々関連していますが…

正しさへのこだわりは、自分の心を守るためのパターンだといえます。

そのヒトの感覚による正しくないことは、過去からの体験により
責められること・罰せられること・償うことに自動的につながって
不愉快な感情や恐怖心、抵抗を呼び起こします。

ワタシにも覚えがありますが、そこから自己回復を図る、いわゆる
自(尊)意識を守るために自分を正当化したり、正しいか否か?
合理的かどうか?につい固執してしまったりするのです。

自分の側の正しくなさにより「責められる・攻撃される」のではないか
という恐れ・イヤな気持ち(実際に責められた経験によってすり込まれた
反応)に突き動かされているからだといえそうです。

これらは罪悪感や劣等感、被害意識(妄想)などと呼べる
不快反応

恐ろしいことに、この不快反応
喜び・楽しさ・幸福・安心・充実といった肯定的な感情を
感じさせなくしてしまいます。

もちろんこの不快反応はとりもなおさず
自己嫌悪や自分を攻撃する気持ちでもあるのです。

自責(自分への攻撃)と他責(相手への攻撃)は、性格による方向性の違いだと
思っていたのですが、「自責に耐えるキャパシティを超えると他責に転ずる」
と考えている専門家もいるようです。

周囲の人に責められることで、自分の中に作り上げられた
周囲の目(もしくは世間)が自分を責め、あふれたエネルギーが周囲を責める
(過度になると暴力に発展します)。それがまた誰か(別なヒトや子供たち)の
不快感情の根となり…
このスパイラル、多くの人が思い当たるのではないでしょうか?

これを癒すためのファクターとして、ちまたでは許しや感謝といった
概念が出回っていますが、この境地に至るにはそれぞれの関係の中にある
さまざまなカラクリに気づき、根気よく向き合う以外にありません。

まず自分を許すことができたら、このスパイラルを止める第一歩
(反省は大切ですが、叱責はベツモノです)。

そして他者の失敗や考え方/感じ方の違いを許してみる。

自分だって「悪くない」。
同じように相手だって「悪くない」。

問題は誰かが責められるべきものではなく協力して改善するもの

お互いに心からそう思えるようになった時に、関係が変わるように思います。

Jan. 25 '13 加筆修正
[PR]

# by dryangle | 2007-01-18 17:38 | 周囲の人との関係 | Comments(2)
「主導権争い」の戦場を去る
誰かと対立した時に

「これって間違っていますか?」
「○×(誰ソレ)もそう言っています」
「○×(本やTV)でもそう言っていました」
「○×(対立する相手)に理解させたいのです」

このような言い方をするヒト、けっこういますね。

この場合、自分の側の正当性を訴えることで
「自分を守ろう」としているように感じます。
以前にも書かせていただいた「自己防衛」のカタチです。

とはいえ、それが客観(常識)的に「間違っていない」と確信できたところで
自分の「対抗意識を正当性によって満足させるだけ」に過ぎず
相手との関係を良くするための手段にはけっしてなり得ません。

どれだけ「他の人(権威)による裏づけ」を並べ立てても、それは
パワーゲーム(パワーストラテジー)の燃料にしかならないと
ワタシは思います。

パワーゲーム(パワーストラテジー)

双方が自分のやり方で「相手の非を責める」ことに終始する関係です。
この「正しさの争い」で勝ち負けが決定しても、この関係がお互いにとって
幸福なものにならないことは想像がつきますよね。

世間を見渡すと、親子・夫婦関係から民族・国際関係にいたるまで
この関係で満ちているように思われます。

ましてや、家族という本来信頼し合うための関係が、パワーゲームの敵として
存在してしまうとお互いの生きるエネルギーを消耗し合ってしまいますよね。

家庭がパワーゲームの戦場と化してしまったら、まさしくそれは悲劇なのだと思います。

まずは自分がパワーゲームをしている事実に気づき、その戦場を去る。
これが肝心なのではないでしょうか?

この「関係性」の根っこにあるものは、お互いの中にある、これまで育ってきた
環境や経験によって築かれた「観念」そのものだったりしますから、すぐさま
簡単に発想を転換させるというわけにはいかないのが現実です。

そのためにカウンセリングの手法の多くは、親子関係や過去の経験を想い起こし
その都度、埋没していたネガティヴな感情の処理をする作業を地道に行っていきます。

どちらかが深刻なパーソナリティ障害を病んでいるというのでなければ
(一体誰が判断するのかという問題はありますが…^^;)

自分が気づき、自覚し、物事と感情の関連を整理したり、素直に感情を認め
上手く処理をする(それを表現してみる、誰かに共感してもらう)ことによって
ずい分と変わってくるものだと思います。

その上で「主導権争い」を回避する反応のパターンを、お互いに培っていくこと
ができるでしょう。

きっと誰もが心の奥で、相手に対して「自分を理解して寛容に接してもらいたい」
と望んでいるのではないでしょうか?

まず自分から、相手を理解することに努め、相手に寛容に接することによってのみ
それが叶うような気がしてなりません。

誰かと「癒し合う関係」になれたなら、生きるエネルギーを充電できそうですよね。
[PR]

# by dryangle | 2007-01-17 12:14 | 周囲の人との関係 | Comments(0)
心の大掃除
「意識」のチカラという強いコントロールによって
イキイキとした感情を磨耗させてしまっているようなヒトがいます。

このイキイキとした感情というのが、とりもなおさず「人間性」そのもの。
これを閉じ込めたまま、鈍化させたまま暮らすのは、監獄にいるような
ものかも知れません。

人間が共同で生活を営む社会では、ある程度感情をコントロールすることが
その関係を円滑にするために必要だとされています。

ワタシとしては、実際に必要なのは「反応としての表現や行動のコントロール」
なのだと考えています。

むしろありのままの感情や想いをキチンと意識するという作業を怠ると、心という
機(器)能が発育・代謝不全になってしまうのではないか?と考えています。

ちょっと抽象的でご理解しづらいかも知れませんね。

抽象的ついでにさらに話を続けると、ヒトは「意識」によって考えや行動を決めて
他の存在と交流・接触しているつもりでいます。
ところが実際には、こちら側の無意識の心の内容が、相手側の無意識のスクリーン
に映し出されていってしまうように、ワタシ個人は感じています。

伝える側・受けとる側の「意識」が愛した・愛された(励まし、やさしさ、思いやり
など)と認識していても、深層の交流において、それが成されていなければ
心が満たされることは決してありません。

反対に、表層では隠して言葉や態度で取り繕っても、意識の奥のカラッポさや
不安・不満・怒り・憎しみなど、実際に存在するものは、相手の心の奥へと
伝わってしまうように思います。

まず一歩、心の旅へと足を踏み入れるとしたら
自分の感情のフタをこじ開けてみることから始まるように思います。
意識がコントロールやブレーキをかけることを「意識して」ゆるめてみませんか?

怒りや憎しみという感情に気がついた時、それを周囲の人に転嫁しないと
意志がコントロールできればいいのではないでしょうか?

(意識レベルにおける)心の中で罵詈雑言もオッケイ(^∇^)。
また夢の中でそれらの感情が解放されていると、スッキリするのです。

感情を心がキチンと処理(代謝)できれば、奥に澱みとなって残りません。
無意識に、大切な相手に負の感情・感覚を押し付けてしまうことも減るわけです。

また喜びや楽しさといった感情を努めて意識するようにすると、その感覚が磨かれて
小さなことにもそれを感じるようになります。

「幸福になる」とはこのようなことではないか?と、漠然と考えています。
環境や条件ではなく、それは自分の「心という主体」が決めるものかも知れない…

そろそろ心の大掃除が必要な時期にきているのかも知れません。
[PR]

# by dryangle | 2006-12-07 13:24 | ココロのカラクリ | Comments(0)
ココロが渇いていませんか?
明らかな精神・肉体的な暴力によって傷ついた子供時代を
経たヒトは心が飢えています。

そしてもう一つ、表面はそれほど悲惨な状況には見えないとはいえ
他者と信頼し合うことや暖かいコミュニケーションを学び、育む
チャンスを得ることがなかったり、不足してきたヒトは心が乾いています。

他の人々が互いに共感し合う様子や、親密な関係を築いているのを見て
自分のふる舞い方に悩んだり、取り残されたような気分になるのは
また、いつもどこか傍観者のような心持ちがしているのは
自分が素直に感じたことを認められたり、気持ちを分かち合ってもらった
という体験が不足しているからだと考えます。

ワタシも、かつては乾ききって凍りついた心を抱えていました。
嬉しいことや楽しいことはもちろん、周囲が涙するような場面にも
動かない心に、自分は冷たい人間だと思い込んでいました。

仕方がないんです。

これも他の全ての感覚と同様、周囲の環境によって
養われるものなのですから。
愛情や思いやり(共感能力)・やさしさも一種のスキルであると
つくづく感じます。

そして、それらを通して他の人と交流する心地ヨサを知らないという
渇きを心が訴えているのではないでしょうか?

身近な親から、それらを学ぶことができなかったことは悔やまれますが
彼らを恨んだり、許しに努める、といったことから少し発想を換えてみませんか?

今から、自分の心に「自分で」それを育む努力をしてみることです。

辛い時、悲しい時に、気持ちを打ち明け(誰かに本心を見せることに
大きな抵抗があるかも知れません。
最初は演技でも(フリでも^^;)抱きしめてもらう。
相手が吐露した心情を、そのまま言葉にして声をかけてみる
(痛いんだね、悔しいよね。アタマにきてるね~!…などなど)。
些細なことに感動した時に、大切な人を抱きしめてみることから
始めるのもいいかも知れません。

こういった体験を積み重ね、少しづつ育んでいくことなのでは
ないでしょうか?

愛や思いやりを語る人はたくさんいるけれど、実際にそれらを
他の人の心に植えつけることのできる人はなかなかいません。

自分で種を探し、心に埋めて、自分で育むという課題を
背負っているような気さえします。

いつか、この渇きが癒されますように。
[PR]

# by dryangle | 2006-12-01 11:20 | 親子の関係 | Comments(0)
「意味づけ」の生き物 …人間
最近、流行りのスピリチュアル。その中に貫かれている思想は

「人生に起こることにはすべて意味がある」

という考え方です。

これに伴って、生まれ変りといった輪廻転生などの話題が
豊富に出回ってきましたが、私たち日本人にはかなり馴染みのある
死生観ではあるのですよね。

インドでは、バラモン教(古代ヒンドゥー教)を土壌にして
仏教(ブッダの教え)が起こったのですが、のちのヒンドゥー教にも色濃い
「輪廻転生(生死が、解脱のない限り永遠にくりかえされる」の思想の影響を
受けざるを得ませんでした(ちなみにヒンドゥー教では、ブッダも神々の一人)。

これがそのまま、小乗仏教(実際にはブッダの行った修行を行う教え)社会の
在家信者による「後生のために功徳を積むというあり方」につながっています。

じつは、ブッダ自身は死語の世界や輪廻転生について、具体的に
説かなかったという通説があります。

ワタシは、ブッダはすでに既存の言葉(通常の人の概念)を超越した世界観を
得ていたのかも知れない…と勝手に想像していますが、龍樹の『空論』など
後世の弟子や僧の解釈によって時空を越えた次元の思想へと変遷していきます。

ご存知の通り、大乗仏教は北伝し中国を経て日本に及びます。

その一部である浄土教は、日本では「念仏によって西方極楽浄土へ往生すること
をねがう」という意味づけがなされ、これが「死後のイメージ」と結びついた
ために(そしてその教えは広く流行しました)、日本人に「生まれ変り(輪廻転生)」
の観念が根付いていることはなんの不思議もないのですよね。

これに対して仏教の中には、わざわざ「現世往生・現世成仏」などという言葉が
生まれ、成仏(解脱)は「(過去・現在・来)世」にこだわるものではない
と説かれていくのですが…。

と、信者でもないのに延々と説明してしまいました^^;

ワタシ個人は、仏教の中の、絶対の価値さえも否定してしまう「空」という
概念をとても気に入っています。

物事になんらかの価値があるとすれば、それは人間の意識が創造したもの。

つまり「意味づけ」ですよね。人間にはそういった能力があるのだと思います。
この「意味づけ」は、生まれてこの方得てきた観念や思想・価値観によって
無意識的・意識的に行われるものですが、これが反対にヒトを縛って苦しめる
こともあり得ます。

これが、普段つらつらと考えている「心のあり様」と妙に符合するので
興味深い限りです。

各信仰の教えから流行のスピリチュアルまで、それぞれの人が、その思想や
世界観によって、自分の人生に「意味づけ」をしていきます。

これによって癒されたり、救われたりする、つまり「心の拠所」となり得ることが
それらの思想や世界観の本来の存在意義なのではないでしょうか?
[PR]

# by dryangle | 2006-11-28 15:51 | ココロと思想 | Comments(0)
大人の「赤ちゃん(コドモ)がえり」
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


身近な人にココロ(ついにはカラダ)を傷つけられる。
そんな経験に耐えていませんか?

ここでは、どのように考え、対処していくかの「ヒント」を少々。

昨今、モラハラ・DV・虐待などの言葉を当たり前のように
耳にするようになってきました。

ワタシは、これらの性格(見捨てられ不安)の傾向や
引き起こすトラブルについて「大人の赤ちゃんがえり」と
イメージしてみると理解しやすいような気がしています。

つまり「ボク(ワタシ)を一番愛して」という
大人の駄々こね

大人ですから、その癇癪による脅し文句(嫌みや嘲笑、
否定や無視といった攻撃も含めて)や暴力ともなると
相手には、かなりのダメージを与えることになります。

また恋愛や結婚のパートナーには、無意識にその駄々こねに
「甘んじてくれそうな」タイプを相手として選んでいる
場合が多く、自己評価が低く、これもまた無意識に
「強く頼りになる人(支配者)」を求めている人と
ペアになっている状態が共依存と呼ばれています。

ここまで読まれて、DVという言葉がアタマをかすめるに
違いありません。
もはや支配ともいえる圧倒的なチカラで心身にシリアスな
影響を及ぼす懸念がある場合には、その関係の清算も含め
早急に対応策を考えることが必要です。

また絶対的な「弱き者」を、そのような性格の人から早急に
引き離すことが悲劇を防ぐことに他ならないのです。

ただ、トラブルがある程度のレベルに限られ、もし幸いにも
こちら側がまだまだ精神的に健康であるのならば、相手の
「赤ちゃん(コドモ)がえり」を防いだり、ケアしようとする
意識を持つことで、改善が可能な場合もあります。

そのポイントはただ一つ「安心させてあげること」。
これに尽きるようです。

子育てのプロセスでも「なにがあってもアナタの理解者・味方がいる」
というメッセージを伝えて続けていくこと、心の中にそういった
安心感を築くことの重要性が指摘されています。

これは「心の安全基地」や「セルフ・エスティーム」「自己愛」などと
いろいろな言葉で表現されていますが、そういったモノ(安心感)の
発達不全がAC(アダルトチャイルド/アダルトチルドレン)と呼ばれる
状態だとワタシは解釈しています。

相手がどんなことに大きな不安を覚えているのか。
どんな状況で、「ボク(ワタシ)を優先させて」という
駄々こねを引き起こすのか、その傾向を探ることが
最初の一歩です。

日頃から、「安心感」をフォローするような
コミュニケーションやスキンシップを心がけてみてください。
また「駄々こね」の時にも、理屈で説得しようとせずに
「その不安は理解できる(共感)」「ダイジョウブ(愛している)」
という有言無言のメッセージを送ってあげてください。
(幼児や反抗期のコドモ相手のようですが^^;
…こちら側がオトナである必要がありますね)

激変は無理かもしれませんが、少しづつ相手の心情も
変化していくように思います(個人的な実体験です)。

その方の心の状態の程度にもよりますが、シリアスな場合には
カウンセラーやパートナーのサポートを得た本人自身による
自分の「育てなおし」に効果があるようです。

7年余後の記事愛情の科学もぜひお読みください^^
[PR]

# by dryangle | 2006-11-20 16:00 | パートナーとの関係 | Comments(2)
ココロの幅寄せ体験
心の不調や問題には、いわゆる「生きづらさ」から精神疾患までのスペクトラムがあります。
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立つ情報を集めています。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について


引き続き、人間関係の話を少々。

意外と多いのが、その場に必要のない批判や嫌味で応じてしまうこと(人)。
誰でも、ファクターによっては同じ反応をしているかも知れません。

これは当人が、ネガティブな反応によって自分の「ささやかな自尊」を
守っていることの表れだと思います。
それを認めてしまうことで、自分が自分を責めて(劣等感を刺激して)
しまうのを、なんとか防ごうとしているのではないでしょうか?
嫉妬は自分自身をも苦しめるものですから。

このような方との「付き合い方」ですが、その批判などにウッカリ「同意」してしまうと
廻りめぐって、良好な人間関係に亀裂を及ぼしかねませんよね。
とはいえ「否定」してしまうと、センシティブなこの種の人をこれもまたウッカリ
傷つけてしまい、悪意を持たれかねません。難しい…^^;

なので、ここはあくまで「中立・自分」に徹することに気をつけるといいように
思います。具体的には「へ~そうなんだ?」「そう思ったんだ?」「なるほどね」
などなど、認めるでも否定するでもない良い具合の受け応えをいくつも用意
できるといいですよね。

ところで。

こういった人間関係のお悩みに対しての、最近の王道は
「(適当な)距離をおく」といったポイントに集約されてきています。

これが必要な場合ももちろんあるのですが、用心や疑心暗鬼のためか
最初から「距離をおく」お付き合いが普通になってきました。
それはたしかに無難ではあるのですが、それによって「親しさ・親密」を
共有するような深い交流の経験が少なくなくなってきます。

昨今言われる「人間付き合い(関係)の希薄化」ってところでしょうか?
「ウマクやっているけどちょっと孤独」という人も増えているように思います。

多少のイザコザ・ドタバタ騒ぎによって、怒りや泣き笑いを共有してこそ
互いの心は近づくものなのかも知れませんね。
心の底ではそれを求めている人が多いのでは?と時々感じたりします。

コメントを承認制にいたしました。送信してもすぐに反映されません。
よろしくご理解ください。

非公開コメントも大歓迎です!(下の Commentsをクリック)
※また返信や相談を希望される方はコチラへどうぞ^^

アナタも心のお掃除をしませんか?心の重荷処分場
大小問わず、ワダカマリを捨てにきてくださいね。

[PR]

# by dryangle | 2006-10-17 19:47 | 周囲の人との関係 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り