金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
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"自分"に疲れていません?
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「ルールだから」?!に愕然!
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ルールだから、傷つけないの?殺さないの?
違法だから罰せられるから、罪を犯さないものなの?


ブログを使わせていただいてなんなのですが…
管理のついでに見かけた Exciteニュースの記事
少年犯罪を犯す子の共通点」に驚愕!しました。

7歳の子がバッタの足をちぎって遊んでいたら何て言う?
という、親への問いかけと指針があったのですが

A: ダメなことだと自分で気づくまで見守る
B: 「パパも子どものころはよくやったよ」と理解を示す
C: 殴ってでもダメなことだと教える

選択肢からしてどうかと思うのですが
その正解が なんと C !!

「社会のルールや規範を身につけさせる」
「殴るかどうかは別で、行動を制止するのが重要」
とのこと。

一見リーズナブルに感じられる答えのようですが
本当にそれだけでいいのでしょうか?

文中にあるように、たしかに社会の規範やルールを学ぶことが
必要になる年齢ではあります。

その前段階として情操教育である、それは自分と一緒の大切な命
であること、私たち人間は常に他の生き物の命を得ることにより
命をつないでいる現実を、その有難さと喜びを、伝える重要性が
抜け落ちて
ないでしょうか?

ちなみに、私はイナゴの佃煮を作るために手足をもぎるのを
手伝った記憶があります^^;


次にあった「バッタはダメで、お花を切るのはなんでいいの?」
という問いへのバッタとお花の命の価値観にも唸ってしまった。

曰く「綺麗なお花は取って飾ってあげれば喜ぶ人がいるかも
しれないけど、バッタの足をちぎっても誰も喜ばないでしょ」

…誰も喜ばないから?

これらが本当に犯罪への抑止力になっていくのだと、考えられて
いるのでしょうか?

むしろ子どもの動機や理由を一切無視して、大人側の正当性のみで
威圧的な叱責や(体)罰を受けることへの不満の怒りの蓄積の方が
恐ろしいように感じます。

決してルール自体を否定するわけではありませんが、それ以前に
どうか人としての心の成長に眼差しを向けることを優先して欲しい。
社会にそのルールが存在することの本質を考えられるように。

自分や他者の気持ちや命に対する情操が先立ってこそ
「してはならないこと」を、主体的に自分に禁ずることが
できるのだと考えるのです。

どうにも心の(必要)ない世界のように感じてやるせなくなりました。

…みなさんはどうお考えですか?

私は犯罪の一因は養育者などによる心の通わない「闇(病み?)教育」にあると考えます。
『闇(病み?)教育』はあったのか?

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# by dryangle | 2016-09-13 14:31 | ココロと社会 | Comments(0)
心の共振現象?
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心理的な癒着だの、依存だの、イメージとしては理解できるけれども
実際にはどんなメカニズムなのだろう?なぜそれが起こるのだろう?

認知科学的な感じ方のクセなのだという説明は、理解しているつもり
なのですが、似た物事に対してもポジティブな印象を持つ時となぜか
ネガティブな気持ちになる時があるということがあります。
物事や状況、そして自分も当然その時々千差万別だからということで
納得してきたのですが、そこの関係性のメカニズムがつかみきれない。
どうにも釈然としない…なぜ?

気がつくとそんな問いかけを頭の中でグルグルと繰り返していた昨今
たまたま多分中学くらいの物理の実験でやりそうな共振や共鳴の実験
を見かけました。

物体の持つ固有振動数と同じ振動を外部から受けると大きく振動する
現象を共振(音であれば共鳴)という。


???…!!!

心というか、認知や感情の反応の微細なレベルでの現象としては
わりかしそんなカンジ?、もしかしたらエネルギー量子次元の話?
(いや、電波とか波動とかいうジャンルは食わず嫌いなんだよな…^^;)

むしろ。
その個性や性格、性分をその時々変化に共振する固有振動数の種類の
習性パターンだと考えてみたら?

一般には楽しいと思われる状況で、楽しさや喜びを感じられない自分。
それがその振動数を持ち合わせていないから、状況に共振ができない
のだと考えると、妙に腑に落ちたのです。

半面、負の思考傾向や感情の反応の振動数は多彩に持ち合わせている
記憶に刻まれている。

その人その人、これまで出会った人や状況という経験から刻んできた
ものは、それぞれに異なるでしょう。

とくに人と人の心理的な癒着関係ともなると
負の振動数で強く共振し合うことで心の取引関係を結ぶ

これらを変える、絶つための、もしくは共振しないためのアイデアを
考えていきたいと思います。

仏教的には? 因=固有振動数、縁=外部の同じ振動数、果=共振・共鳴
自分の因を変えない限り、縁を切ってもまた似た縁と結び果は変わらない?

…そんなことを思いつくままに書いてみました^^

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# by dryangle | 2016-08-30 12:39 | ココロと思想 | Comments(5)
それを愛と呼ぶな!(2)
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~ひっついたものを剥がすのはイタイ!~

…前回からの続きです。

当然ですが、もともと相互にあった癒着を一方的に解消
することは困難です。
子どもの反抗期はそのためにも訪れますが、理解せずに
圧力で支配したり、無視したり、脅迫したり、甘やかしたり
さらには恩を着せたり、弱者や被害者を装ってひっつきます

そうなると前回の話とは反対に、親や誰かの癒着という
エネルギーから離れようと、闇雲にもがく側が自分自身
や誰かを傷つけてしまう
ことが起こります。

恐れや罪悪感に苛まれ、本心を無自覚に封じ込める内に
(親や相手への)過剰適応がその限度を超えてしまう
目に見えるような暴力はもちろん、それさえ叶わないと
なれば、摂食障害や自傷のような自己処罰、体の痛みや
不調(心身症)、肥満、精神疾患、各種の依存症など…
さまざまな問題となって表面化します。

もしそのような心当たりのある方は、自分が誰かの期待や
価値観、信念(こうあるべき)、また劣等感による発散の
ダメ出しを、不本意に、無抵抗に、さらには能力以上に
背負い込んではいないか?
自分が心の中で誰かが牛耳る傀儡として生きていないか?
を考えてみてください
(その誰かがすでに現実に存在しなくなっていてもです)。

自分の心のエリア内において、相手の、何より自分自身の
癒着断ち切るのです。平たくいえば、自分の本音・本心を
探し出し、それを裏切るような我慢をするのをやめる
これだけでも「自分の問題」はかなり軽減するはずです。

社会では、この癒着による押しつけ(しつけ)、またそれに
順応することが、いまだに愛や孝行だと正当化されます。

その想いに応えきることを英雄視する風潮もまだ存在します。
正直、私も他者の癒着を自分の本意達成の励みへと昇華させる
ことのできた人への憧憬を禁じ得ません。
金メダリストや成功者への称賛の意味も、ひとえにそこにあるかと思います
癒着する人は国民とか日本の栄誉とか手柄を自分や皆のモノのように語りますね)。

さらに癒着に絡む負の問題や事件に対して、まだまだその癒着
「子ども(相手)のためを思って」とか「愛しているからこそ」の
行き過ぎなどといった説明がされがちです。

それを愛と呼ぶな!…それを愛だと誤解しないで。

互いが、自分の本意を、自分自身によって生きるようになって
初めて癒着は切り離されます。
その上で、見返りなしに相手の本意を支援しようとする気持ち。

それが本当のならば、その人自身が自分の本意を生きるための
喜びや感謝のエネルギーになるはず
なのです。

子離れや空の巣症候群に苦しむお母さんは、この癒着の問題を構造的に考え
理解してみることを強くオススメします^^
よくあるアドヴァイスの「他に生きがいを見つけましょう」では、さすがに
強い癒着を断つにはチカラ不足のこともありしますから。
絆創膏ではありませんが、イッキに剥がすか、ゆっくりと剥がすか。痛みは
それなりにありますが、不必要なものは剥がすとスッキリしますよ。

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# by dryangle | 2016-08-24 14:25 | ココロのカラクリ | Comments(0)
それを愛と呼ぶな!(1)
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~絆と癒着。表裏一体の恐ろしさ~

前回まで依存と表現してきた心(脳の働き)の様相を
その対象を人間関係に特化して考えてみましょう。

共依存という概念の理解も進んでいますが、ここでは
癒着という言葉を使ってみるとわかりやすいと思います
(仏教的な執着やそれが生み出す煩悩にも共通します)。

傷口や病巣がヘンに癒着した(ひっついちゃった)の癒着

この言葉は心理学においても使われています。
おもにアイデンティティ(自己認識、自分らしさ、自分という
感覚や価値観とそれによる思考や感情的な反応…)の癒着

相手の状況や感情を自分のものとして感じ扱う。

これは子育てにおいては、子どもの自我が未発達な時期に
子どもの愛着(安心できる)対象となり、情緒的に反応し
子どもを育むために機能します。
先に身体は分離したものの、その身体が成長を遂げるまで
精神的には子が自我を確立するまで、親子は良くも悪くも
相互に癒着します。

はなからこの関係を築けない問題を愛着の障害と呼びます。
逆に子どもの成長段階に合わせて、この癒着を切り離して
いくことができない
ことが問題となることもあります。
そこに自分の存在の実感や価値を見出していればなおさら。

毒親と言われるのは、まず愛着関係を拒絶した親ですが
関係を癒着したままに持ち込む親の過干渉なども含みます。
むしろ一般にはこちらの問題の方が多いかも知れません。

親の側の癒着の気持ち(自己同化とも言い換えられます)が
強過ぎる上に、主従(依存)関係を形成してしまうことで

子どもを自分の傀儡にしてしまうのです。
傀儡(かいらい)とは、
あやつり人形。転じて人の手先となって
思いのままに使われる者の意


そこには、自分の過去の挫折体験や達成欲求による期待
自身の劣等感の発散、そのためのダイレクトな支配欲など
根となる原因や程度もさまざまありますが、程度が強いほど
それに反したり、そこから離れようとする相手に対して

許せなさ(心の激痛)を感じ、激しく妨害したり
酷く責めたり、執拗にまとわりつくことになります。


これはストーカー問題など、他人同士でも起こりますよね。
愛着の障害(愛情飢餓)のある人は関係の近い他者に激しく癒着しがちですし、話題の
エナジーヴァンパイア(エネルギー泥棒)は相手の癒着を断てない弱みにつけこみます。


相手(や八つ当たりの対象)を傷つけたり、誰かを死に
追い込むまでにエスカレートする
可能性も否定できません。

…(2)へ続きます。

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# by dryangle | 2016-08-24 14:12 | ココロのカラクリ | Comments(0)
そのヤル気の正体は意欲?依存?
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個人的に、ふと気づいて愕然としたことの中に
「したい」ことと、「しなければいけない」ことの
区別がついていなかったということがあります。

「買い物に行きたい」「買い物に行かなきゃ」
「美容院に行きたい」「美容院に行かなきゃ」
「ご飯食べたい」「ご飯食べなきゃ」
「寝たい、眠い」「寝なきゃ」
「お礼をしたい」「お礼をしなきゃ」
「お盆玉あげたい」「お盆玉あげなきゃ」(時事ネタw)

たんに言葉上の違いと思いきや、じつは心の中の
気持ちにも明らかな違いが存在します。

純粋な欲求や意欲
義務感や自分を急き立てる気持ち

言葉の曖昧さとは対照的に、①の好ましい気持ちと
②の少々不快な気持ちの種類はまったく異なるものです。

私は、①の気持ちで「~したい」というのはなぜだか
どこか気が引けるのか「~しなきゃ」と言ってみたり
一方で②の気持ちでも「~したい」と言っていました。

皆さんも、けっこう曖昧に使ってはいませんか?

この②の不快な気持ちは、いわば強迫に近いものだと
考えています。
その行為(のもたらす結果)に依存している場合
それが叶わない時に起こる不快な感情反応です。

依存の禁断(離脱)症状 ≒ 強迫(観念や感情)

案外多いのが、他者の承認(を得るために内面化した
偽の自己承認に依存している場合で、その達成まで
不快感や焦燥感(罪悪感、劣等感、恥、許せなさ)に
急かされます。

…私のヤル気はもしかして強迫?

言葉使いの曖昧さに気づいた時と同時に、なんと①の
気持ちを忘れかけていることに愕然としたのです。

そして②の気持ち(強迫)が、①の気持ち(意欲)を
だんだんと殺していく?とさえ感じました。

それ以降「~したい」という言葉が出てきたときには
それがワクワクするような意欲なのか、そうでないのか
ハッキリと認識し、言葉を区別するようにしています。

純粋な欲求や意欲を感じることができていますか?
それを「~したい」と区別して表現ができますか?

(通常「強迫」は、報酬とは逆の罰や痛みを怖れる場合の反応ですので
承認を得るための負の条件づけがいちいち仕込まれているのでしょう)

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# by dryangle | 2016-08-17 20:32 | ココロのカラクリ | Comments(0)
他人軸=承認依存≒下から目線
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とある国、私が子育てを経験した社会環境では
子どもも物心がつく頃には、物事に対して

「好き?嫌い?それともよくわからない?」
「あなたはどうしたい?」
「〜(気持ちの代弁)したいのね?」

というように感想や意見、気持ちを聞かれます。
ウンザリするくらい、しょっちゅうw

日本で私が育った経験では、それがほとんどなく
うっかり口を滑らせて周囲の期待と異なる本音を
言おうものなら

「そんなこと言っては、ダメでしょう」
「あなただけワガママ、自分勝手」

と叱られるのがオチでした。

その良し悪しはともかく、周囲や上位者の要求や
期待に添うように自分の気持ちを決めること
(借り物の理由を動機づけにすること)を
過剰に訓練され内面化することで、自分の気持ちが
わからなくなったり、自分に信頼が持てなくなったり
します


調査*でも明らかなように、日本の若い人たちの
自己評価や満足の低さの原因の一端がこのような
環境にあるのではないでしょうか?

また最近では他人軸(他者中心)ともいわれるあり方
つまり周囲や他者の(視点や価値観、尺度)によって
成される自己定義を即、自分という存在の実感や意義

にすることから、生きづらさを訴える人が多いのも
うなづけます。

他人の意見や動向による裏付けや承認がないと
不安になったり、世間や大勢,専門家,エライ人の
あり方と異なると恐れを感じたり、罪悪感を持つ
いわば下から目線。

古来より生存競争を基本とした力の社会においては
強者の目に見える暴力だけでなく、そういった心の
支配も行われてきました。いわゆる奴隷根性と呼ばれる
心理も、この種のカテゴリーに入ると思います。

そのシステムの中で、上位者の期待に応え、成果を
上げることに成功した人たちが、勝ち組と呼ばれて
共通認識において、上から目線や他者コントロールの
権限を許されるということが現代ヒエラルキーの特性
なのかも知れません。

これは上下関係から出発せざるを得ない親子関係にも
如実に反映され、そのリプリントの場となっています。

まったくの余談ですが。
たまたま日本で見かけたテレビで、ある心療内科/精神科医が
患者の「セカンドオピニオンは必要か?」という趣旨の問いに対して
「ご自分のお気持ちで決めることですから」と、ピシャリとおっしゃっていて
それができれば心を病まないよなぁ…^^;と苦々しく感じました。


先代が社会や個の独立や尊厳を勝ち取った経験を誇る
人達は、子育てにおいても、その人の主体性や意志が
育つように工夫
しているように感じます。

「なにが好き?嫌い?どうしたい?」

子ども達に問いかけ、他者との折り合いの中で自分の
正直な気持ちやあり方を肯定できるようにしてあげたい。

それ以前に、親や大人が自分自身に対してそのように
問いかけ、それを尊重することができるか?

また互いに尊重し合いながら、それぞれ多様な自己を
実現できる社会を肯定、構築できるか?にかかっている
ように思います。

それぞれが精神のインディペンデンスデイを迎えるために。

*内閣府子ども・若者白書から

これに関連した記事をどうぞ→自己疎外の恐ろしさ

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# by dryangle | 2016-07-14 00:49 | ココロと社会 | Comments(1)
精神のアキレス腱~Next Generation
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『不幸になりたがる人達(春日武彦)』という本の中で、著者は
精神のアキレス腱は所詮「こだわり・プライド・被害者意識」
だと言っています。

なるほど、そうだな。

…と思う一方で、「そのような親が育てた」子ども世代、つまり
次世代の精神のアキレス腱は微妙に異なるように感じます。

もともとすべてがある種のコダワリであるのだといえますが
ごく個人的な実感からすると、多くの人にとって今心の地雷
といえる踏まれると痛いツボが集約するものは

罪悪感、劣等感(プライドの裏)、被害意識(被責妄想)
だろうと考えます。

刺激されると、自分の中に怖れや怒りといった負の感情が
充満する弱点
です。トラブルの引き金にもなります。
自己愛による防御反応が、依存的というより強迫的になって
いるように感じられるのです。

苦しい気持ちがわいたら、それらのどれかに当てはまるのか
考えてみてください。
もしかして、さも真実に見えるそれにとらわれているのかも?
と自分に問いかけてみてください。

自分自体がアキレス腱だったと気がつくかも知れません。
アキレス腱は柔軟にしておいた方がいいです(笑)

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# by dryangle | 2016-06-28 11:41 | ココロのカラクリ | Comments(0)
心の回復を求めて。
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最近は神経心理学と呼ばれるのでしょうか、脳の働きや
それらの不具合といわゆる「病む心」との関係
についての
情報がやたらと気になります。

怖れや不安,怒りなどの不快な感情は、記憶と関連づけられた
外界や自分の思考などの刺激によって発生します。
海馬と扁桃体の連携やそれを制御しようとする前頭前野の働き
などを理解するだけでも、反応に乗っ取られずに済みそうです。

認知療法第3世代の1つといわれるマインドフルネス認知療法
(Mindfulness-based cognitive therapy:MBCT)は
このシステムに働きかけることができるとされており、実際に
脳の検査において肥大した扁桃体が回復したり、海馬の委縮した
細胞が復元するなどの効果がみられたそうです。

身体の痛みをとるためのマインドフルネスストレス低減法(MBSR)
が、もとになっているという点は興味深いです。

…となにやらムズカシソウな話ですが、その方法がなにかといえば
(宗教性のない)瞑想なんですね。
「なるべく考えない*」もしくは「目の前の行為に集中する」という
時間をとることの効果や重要性が科学的に立証されたカタチです。

そういえば、思い煩った時にムショーに掃除したくなる,なにかを
徹底的に磨きたくなる,ひたすら野菜を刻みたくなる,など聞いた
ことはもちろん自分にも覚えがあります。ごく自然に脳を守ろうと
ひいては自分の心を守り回復を図ろうとしているのかも知れません。

今この瞬間にはない「概念として存在する問題」を、たんに対策を
練るのではなく、思考と感情の反応を総動員して深追いしない
ことが精神衛生上大切だといえそうです。

精神力動学的には、新田信也氏の精神分析統合理論のサイト
興味を持ったのですが、「許し許されること」「共感し,されること」の
意味や、これまで漠然と考えていた心の化学変化のイメージが
整理されていて深く知りたくなりました。

人の心を動かすのもまた人の心。

ただ心の回復を求める以前に、その疲れや痛みをきちんと自覚
できるようになる
ことの大切さを感じずにはいられません。

*むしろ頭に浮かんだことを追わずにただ受け流すといった感じでしょうか。
 思考を客観視するコツやある言葉を唱え集中するという方法もあります。

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# by dryangle | 2016-06-20 14:57 | ココロのカラクリ | Comments(0)
自分にしか関心のない人~自己執着~
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自分にしか関心のない人。

言い換えれば、意識の焦点が自分にしか向いていない人。
あらゆることを自分と関連づけてでしか考えられない人。
外界をそのまま「自分の世界観」と同一視している人。

それは傷ついた人であり、苦しみの人です。

最近は「自己愛」という言葉が一般にも使われ、その問題だと
されていますが、この愛という言葉を「執着」と替えてみる方が
的確でより理解しやすいように思います
(実際に仏教で説かれる愛は執着のことであり煩悩です)

それは心の発達段階において、不幸にも(ありのままの)自分を
認めてくれる人に出会えなかった
人です。
(条件や成果なしに)自分は承認されないという自己の存在の
不安に怯え、自分に固執し続け、つねにそれを満たす物事
(認められる、感謝される、褒められる、注目される、特別になる、など)による
自己満足や自己完結を追い求めてしまう。

もちろん愛情飢餓の一つの状態であるともいえますが
それよりも以前に、存在の承認を受けられないことによって
健全な自(我)意識を成長させ、しっかり獲得することができず
人間関係の基礎となる「自分があって他者のそれもある」という
自他の関係の土台が未熟であるといえるように思います。

さらにもう一つ。

その脆弱な自分が恐怖や屈辱に晒された経験による、自己の
過剰防御もまた、自分への執着といえます。
再びそのような目に遭わないように自分(の言動やあり様)を
抜け目なく検閲し、外界や他者を妄想することで恐怖します。

どちらも経験と感性の程度問題であり、人によってその程度も
さまざまです。誰もが「人間だもの」と共感できるレベルから
「ちょっと困った人」、ついには破綻して「他者を脅かす人」*まで。
心の基本構造としては共通するものがあるように思います。

条件や根拠なしの自らの自己承認によって、その苦しみから
抜け出す扉の前に立つことができます。

…気づくことさえできれば。

*自分の内なる世界での自己が限界を超えたり破綻すると
 現実の自分や他者、外界を破滅させようとする。
 
 困った人以上の方は、昨今では「自己愛性パーソナリティ障害
(もしくは「境界性」)と定義や診断をされることも。

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対立ではなく相互理解のために。

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# by dryangle | 2016-05-24 12:40 | ココロのカラクリ | Comments(4)
一億総アダルトチルドレン?ー支配依存ー
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


ずいぶん昔のこと。「ワタシってアダルトチルドレンなのかも」と
友人に告白した時、その言葉を知る相手はほとんどいませんでした。
毒親という言葉と同様、今ではよく使われるシンボルとなりましたが
よく見かければ見かけるほどに、ある考えが浮かぶようになりました。

「そういう親子関係って、もう文化じゃないの?」

共依存を成立させる前提の一つにイネイブラー(可能にするものの意)*
という概念があります。なんだか覚えのある*その特徴を調べていた時に
気分転換にネットニュースを見ていて目に留まった「オレオレ詐欺」。

「大人の息子の尻拭いのために、よく簡単に大金を渡すものだなぁ…」

と思ったとたん、気がついてビックリ!
なんとそれまでつらつら眺めていたイネイブラーの特徴である

他者の問題の責任を肩代わりする。
過剰に世話焼を焼く。
世話焼きで自己肯定感を高める。
他者の甘えを受け入れるので利用される。

…などと

ピッタリ符号するではありませんか!もはや毎度定番の文句ともいえる
「子を想う母の愛情がゆえ」と美化している場合ではない

よく読んでみると、一昔前までのあるべき「尽くす女性、母親」という
理想モデルがそのまんま書かれているように思います。

親子関係でも、男女の関係でも。もしかして私たち…

支配依存者とそれを支えるイネイブラー(世話焼き依存者)養育をされて
きたのではないだろうか?
上でも下でも役割や立場を押しつけられ、承認欲求を満たされることなく
飢えによって、従順にその役割に固執するという他人軸を生きてしまう。
今や当たり前に「承認」がそのコントロールの手段(アメ)とされていますが^_^;

共依存の人々は、アダルトチルドレン(子どものままの大人の意)という名の
通り、個人的な物事の決定権を他者または内面化した他者が握っている
状態の人であり、主体を生きられない苦しみや他者と互いを過剰に拘束し
それに背く相手にはハラスメントを行い、自分が背くと劣等感や自己嫌悪に
陥るというマインドセットの中にいます。

はては国と国民の関係までも、国民は国の支配を許すイネイブラー
として、機能しているのではないか?と考えるまでにいたって
これも以前知った

人間が型にはめられて使われる状態「魂の植民地化」の、潜在的な
構造となっているのではないかと思ってしまいました。
いや、それこそが「箱」を溶接しているのではないだろうか?とまで。
(「魂の脱植民地化とは何か」 深尾葉子より)

まったく個人的だと思っていた親子関係のトラウマが、今は広く深い背景を
持つ構造の一部なのだと思えてなりません。

*もとは物質依存や行為依存(セカンダリーアディクション)の人の温床となる嗜癖的人間関係
(プライマリーアディクション)において、依存者の世話を焼き責任を肩代わりしてしまう人。

*私も親や他者の支配や暴力、ハラスメントを受け入れてしまうイネイブラーでした。
理屈よりも「そう育てられたという実感」としか言いようがありません。


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# by dryangle | 2016-04-22 15:48 | ココロと社会 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り