金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
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自分を生きることに
疲れてしまったら…
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精神のアキレス腱~Next Generation
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悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
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『不幸になりたがる人達(春日武彦)』という本の中で、著者は
精神のアキレス腱は所詮「こだわり・プライド・被害者意識」
だと言っています。

なるほど、そうだな。

…と思う一方で、「そのような親が育てた」子ども世代、つまり
次世代の精神のアキレス腱は微妙に異なるように感じます。

もともとすべてがある種のコダワリであるのだといえますが
ごく個人的な実感からすると、多くの人にとって今心の地雷
といえる踏まれると痛いツボが集約するものは

罪悪感、劣等感(プライドの裏)、被害意識(被責妄想)
だろうと考えます。

刺激されると、自分の中に怖れや怒りといった負の感情が
充満する弱点
です。トラブルの引き金にもなります。
自己愛による防御反応が、依存的というより強迫的になって
いるように感じられるのです。

苦しい気持ちがわいたら、それらのどれかに当てはまるのか
考えてみてください。
もしかして、さも真実に見えるそれにとらわれているのかも?
と自分に問いかけてみてください。

自分自体がアキレス腱だったと気がつくかも知れません。
アキレス腱は柔軟にしておいた方がいいです(笑)

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
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# by dryangle | 2016-06-28 11:41 | ココロのカラクリ | Comments(0)
心の回復を求めて。
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最近は神経心理学と呼ばれるのでしょうか、脳の働きや
それらの不具合といわゆる「病む心」との関係
についての
情報がやたらと気になります。

怖れや不安,怒りなどの不快な感情は、記憶と関連づけられた
外界や自分の思考などの刺激によって発生します。
海馬と扁桃体の連携やそれを制御しようとする前頭前野の働き
などを理解するだけでも、反応に乗っ取られずに済みそうです。

認知療法第3世代の1つといわれるマインドフルネス認知療法
(Mindfulness-based cognitive therapy:MBCT)は
このシステムに働きかけることができるとされており、実際に
脳の検査において肥大した扁桃体が回復したり、海馬の委縮した
細胞が復元するなどの効果がみられたそうです。

身体の痛みをとるためのマインドフルネスストレス低減法(MBSR)
が、もとになっているという点は興味深いです。

…となにやらムズカシソウな話ですが、その方法がなにかといえば
(宗教性のない)瞑想なんですね。
「なるべく考えない*」もしくは「目の前の行為に集中する」という
時間をとることの効果や重要性が科学的に立証されたカタチです。

そういえば、思い煩った時にムショーに掃除したくなる,なにかを
徹底的に磨きたくなる,ひたすら野菜を刻みたくなる,など聞いた
ことはもちろん自分にも覚えがあります。ごく自然に脳を守ろうと
ひいては自分の心を守り回復を図ろうとしているのかも知れません。

今この瞬間にはない「概念として存在する問題」を、たんに対策を
練るのではなく、思考と感情の反応を総動員して深追いしない
ことが精神衛生上大切だといえそうです。

精神力動学的には、新田信也氏の精神分析統合理論のサイト
興味を持ったのですが、「許し許されること」「共感し,されること」の
意味や、これまで漠然と考えていた心の化学変化のイメージが
整理されていて深く知りたくなりました。

人の心を動かすのもまた人の心。

ただ心の回復を求める以前に、その疲れや痛みをきちんと自覚
できるようになる
ことの大切さを感じずにはいられません。

*むしろ頭に浮かんだことを追わずにただ受け流すといった感じでしょうか。
 思考を客観視するコツやある言葉を唱え集中するという方法もあります。

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# by dryangle | 2016-06-20 14:57 | ココロのカラクリ | Comments(0)
自分にしか関心のない人~自己執着~
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自分にしか関心のない人。

言い換えれば、意識の焦点が自分にしか向いていない人。
あらゆることを自分と関連づけてでしか考えられない人。
外界をそのまま「自分の世界観」と同一視している人。

それは傷ついた人であり、苦しみの人です。

最近は「自己愛」という言葉が一般にも使われ、その問題だと
されていますが、この愛という言葉を「執着」と替えてみる方が
的確でより理解しやすいように思います
(実際に仏教で説かれる愛は執着のことであり煩悩です)

それは心の発達段階において、不幸にも(ありのままの)自分を
認めてくれる人に出会えなかった
人です。
(条件や成果なしに)自分は承認されないという自己の存在の
不安に怯え、自分に固執し続け、つねにそれを満たす物事
(認められる、感謝される、褒められる、注目される、特別になる、など)による
自己満足や自己完結を追い求めてしまう。

もちろん愛情飢餓の一つの状態であるともいえますが
それよりも以前に、存在の承認を受けられないことによって
健全な自(我)意識を成長させ、しっかり獲得することができず
人間関係の基礎となる「自分があって他者のそれもある」という
自他の関係の土台が未熟であるといえるように思います。

さらにもう一つ。

その脆弱な自分が恐怖や屈辱に晒された経験による、自己の
過剰防御もまた、自分への執着といえます。
再びそのような目に遭わないように自分(の言動やあり様)を
抜け目なく検閲し、外界や他者を妄想することで恐怖します。

どちらも経験と感性の程度問題であり、人によってその程度も
さまざまです。誰もが「人間だもの」と共感できるレベルから
「ちょっと困った人」、ついには破綻して「他者を脅かす人」*まで。
心の基本構造としては共通するものがあるように思います。

条件や根拠なしの自らの自己承認によって、その苦しみから
抜け出す扉の前に立つことができます。

…気づくことさえできれば。

*自分の内なる世界での自己が限界を超えたり破綻すると
 現実の自分や他者、外界を破滅させようとする。
 
 困った人以上の方は、昨今では「自己愛性パーソナリティ障害
(もしくは「境界性」)と定義や診断をされることも。

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# by dryangle | 2016-05-24 12:40 | ココロのカラクリ | Comments(4)
一億総アダルトチルドレン?ー支配依存ー
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ずいぶん昔のこと。「ワタシってアダルトチルドレンなのかも」と
友人に告白した時、その言葉を知る相手はほとんどいませんでした。
毒親という言葉と同様、今ではよく使われるシンボルとなりましたが
よく見かければ見かけるほどに、ある考えが浮かぶようになりました。

「そういう親子関係って、もう文化じゃないの?」

共依存を成立させる前提の一つにイネイブラー(可能にするものの意)*
という概念があります。なんだか覚えのある*その特徴を調べていた時に
気分転換にネットニュースを見ていて目に留まった「オレオレ詐欺」。

「大人の息子の尻拭いのために、よく簡単に大金を渡すものだなぁ…」

と思ったとたん、気がついてビックリ!
なんとそれまでつらつら眺めていたイネイブラーの特徴である

他者の問題の責任を肩代わりする。
過剰に世話焼を焼く。
世話焼きで自己肯定感を高める。
他者の甘えを受け入れるので利用される。

…などと

ピッタリ符号するではありませんか!もはや毎度定番の文句ともいえる
「子を想う母の愛情がゆえ」と美化している場合ではない

よく読んでみると、一昔前までのあるべき「尽くす女性、母親」という
理想モデルがそのまんま書かれているように思います。

親子関係でも、男女の関係でも。もしかして私たち…

支配依存者とそれを支えるイネイブラー(世話焼き依存者)養育をされて
きたのではないだろうか?
上でも下でも役割や立場を押しつけられ、承認欲求を満たされることなく
飢えによって、従順にその役割に固執するという他人軸を生きてしまう。
今や当たり前に「承認」がそのコントロールの手段(アメ)とされていますが^_^;

共依存の人々は、アダルトチルドレン(子どものままの大人の意)という名の
通り、個人的な物事の決定権を他者または内面化した他者が握っている
状態の人であり、主体を生きられない苦しみや他者と互いを過剰に拘束し
それに背く相手にはハラスメントを行い、自分が背くと劣等感や自己嫌悪に
陥るというマインドセットの中にいます。

はては国と国民の関係までも、国民は国の支配を許すイネイブラー
として、機能しているのではないか?と考えるまでにいたって
これも以前知った

人間が型にはめられて使われる状態「魂の植民地化」の、潜在的な
構造となっているのではないかと思ってしまいました。
いや、それこそが「箱」を溶接しているのではないだろうか?とまで。
(「魂の脱植民地化とは何か」 深尾葉子より)

まったく個人的だと思っていた親子関係のトラウマが、今は広く深い背景を
持つ構造の一部なのだと思えてなりません。

*もとは物質依存や行為依存(セカンダリーアディクション)の人の温床となる嗜癖的人間関係
(プライマリーアディクション)において、依存者の世話を焼き責任を肩代わりしてしまう人。

*私も親や他者の支配や暴力、ハラスメントを受け入れてしまうイネイブラーでした。
理屈よりも「そう育てられたという実感」としか言いようがありません。


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# by dryangle | 2016-04-22 15:48 | ココロと社会 | Comments(0)
心の応急処置ーバタフライメソッド
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熊本の大地震のニュースにふれ、現地の皆さんの心身の
苦痛を思うとやるせない気持ちになります。

スマトラ島沖や東日本大震災の時にも、目にしたのですが
恐怖や不安感をやわらげ、PTSDの予防に役立つとされる

バタフライメソッド(バタフライハグ)をご存知ですか?

病理学でPTSD*に対してエビデンスのある心理療法とされる
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)の派生形であり
Lucina Artigas, M.A., M.T., とIgnacio Jarero, Ed.D., Ph.D., M.T.
(最下部の参考サイトより)によって開発されたとされます。

その容易さがイメージできるように、以下にざっくりと方法を
書きますが、詳しくはネットなどで検索してくださいね。

・背を伸ばしお腹の中に風船をイメージしてゆっくり深呼吸をする。
・空に浮かぶ雲を見るように、心の中の想いや感情を観察する。
・両手を交差させて中指が鎖骨の下に当たるように胸に当てる。
(両手の作る角度がなるべく垂直になるように。親指を組んでも。)
・手のひらで左・右・左・右と交互に胸をタップ(軽くたたく)する。
・そのままゆっくりわき起こる思考や感情、イメージや音、においを
・雲が流れ去るのを見るように観察する(ただ感じる)。

子どもを寝かしつける時に、お母さんがゆっくりしたリズムで
体をトントンとやさしく叩いてあげるのを思えば、少なくとも
リラックス効果は期待できるように想像します。
お子さんが怖がったり不安がったりしている時に、自分でやれる
ように平易な言葉で教えてあげておくといいかも知れません。

今ここの恐れや不安、心の苦痛を落ち着かせるために
おまじない替わり以上のメソッドといえるのではないでしょうか。

あるサイトでは有資格者の指導のない使用の副作用の可能性を
指摘していますが、現況で深刻なPTSDと診断されていない人が
個人的に行う分には期待できる効果の方が上回るように考えます。
一応、個々人の判断と責任においてお願いいたします

たくさんの方々の苦痛が一刻も早く癒されますように…

*:PTSDー心的外傷後ストレス障害
参考(英文):Managing Anxiety Through The Butterfly Method

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# by dryangle | 2016-04-19 18:40 | ココロの不調 | Comments(0)
しつけ?虐待?~閉じ込め・追い出し・置き去り
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虐待によって悲惨な結果にまで至らしめた親や教師、上役の
供述や釈明として必ず報道されるお決まりの文句。

しつけのつもりだった。

違和感を感じざるを得ません。

今では「虐待」という言葉が一般的になりましたが、虐待としつけの
ボーダーラインを明確に区別できる人はどれほどいるでしょうか?

しつけの定義らしきものを探せば「規範の内面化ができるように
訓練すること」がもっともそれらしいのですが、その技法としての
賞罰、とりわけ罰のあり方が、虐待の定義のそれと重複します。

ちなみに日本の厚労省の虐待の定義の中の「殴る、蹴る、閉じ込める
食事を与えない、言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い」
などは、しつけの技法の罰として当たり前に行われています。

罰によるしつけは、前回話題にもした「脅迫による(それを行う人の)
規範の内面(強迫)化
」といえます。

規範そのものの価値観の違いや罰の程度感覚など、個々に違うにも
関わらず、親や教師、上の立場という権限に放任されたままなのです。

「閉じ込め・追い出し・置き去り」は古典的な罰(お仕置き)ですね。

以前の在住国で、叱られて締め出された子が一時行方不明になり
大騒ぎとなりました。幸い大事にいたらず無事に見つかりましたが
知人家庭でしたので強く印象に残っています。

それらは直接的な体罰にあたりませんが、意図的であってもなくても
そこに成長期のタイミング、さらに身体的・精神的な恐怖体験が加わると
規範の内面化どころか不安障害や恐怖症などのいわゆる神経症
(正式な病名ではありません)の原因ともなり、将来にわたる苦しみの
キッカケになりかねません。

内面化するものが、閉所恐怖といった五感で刻んだものへの恐怖感
また漠然とした見捨てられ不安・置き去り恐怖など、成人してからも
意識の奥底で自分を不快に縛るようになります。さらに厄介なことに
その縛りが、次世代他者の自由に過敏な拒絶反応を起こすことで
しつけまがいの虐待(虐待まがいのしつけ)につながるのです。

個人的には、行う側が感情的になったり理性がふっとんでいる時点
それをしつけと呼んではいけないと考えます。

そこには必ず行う側の受けたしつけの焼き直しという側面があります。

親や教師、しつけを行う側の心の傷という根源の闇に切り込まない限り
この問題と当事者の心身の苦痛の火種は残り続けるのです。

負の感情発作として定義されケアを必要とするという認識の普及が
急がれます。

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# by dryangle | 2016-04-12 12:29 | 親子の関係 | Comments(0)
自分脅しのプログラム
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重大な危機に(心理的に)直面するような経験が元となり
特定の物事に対して恐怖感やパニックを起こす恐怖症
いうものがあります。

後にその危機から自分を守るための心理(脳機能)作用
だといえますが、ありがちな「イヤな気持ち」もある意味で
似たようなメカニズムで起こるように思います。

とくに(無実の)罪悪感劣等感 は、高ずるといわゆる
文化依存症候群*になり得る心理作用ではないでしょうか?

これらは他者の期待や要求の水準に達することができない
わき起こる嫌な気持ち。不快な、ときに耐えがたい苦しみです。

基本コンセプトが、「自分の安定、満足や喜び、楽しみは
他者の期待や要求に応えることで得られる
」プログラム。

そうでないとイヤな目に遭う(不安になる)よ。

養育者や教育者が、その期待や要求に子どもが反する
その都度脅したり罰を与えたり、くり替えし不快な気持ちに
させる
ことで組み込まれます。
(※「となりの脅迫者(Emotional Blackmail)」という本に描かれるような関係が
ありきたりのベースになっていることに驚かされます。
前のタイトルは「ブラックメール-他人に心をあやつられない方法
一昨年の記事です→「エモーショナルブラックメール」)

さらには他者の水準というのを、経験から自分の内にとりこみ
予想・演算して逐一自分の在り方を照らし合わせ、動機とする
自責のプログラムとなって、生涯に渡って無意識に作動し続け
達成が叶わない時、折につけて自らを苛みます。

プログラム本体の周囲や次世代への移植も基本コマンドです。

養育者や教育者の達成水準が低いほど、それをクリアして土台とし
本人の意欲によって満足や喜びを求め、行動することへの
切り替えが容易になります。

達成水準が本人の能力を超えていたり、過度な支配やコントロール
によって「自分(を保つ意欲)が殺されてしまう」ことで、本人の
精神が破綻したり、突然過激な拒否反応を起こしたりします
(極端なものは、愛着障害といった下地がある可能性も高そうです)。

これらが、引きこもりや無気力、反対に暴力や反社会的行為といった
さまざまな問題の様相の根にあるように感じます。

日本では皆が口を揃えたように「誰かの役に立つこと」が嬉しい
と言います。そのような価値観を否定するものではありませんが

「他者が受け容れる」ことを大前提とした上で、自分の喜びや
満足を成り立たせなければならないという文化の苦肉の満足
ような気がしてならないのです。

誰かを喜ばせたいというのは、けっして悪いことではありませんが
それが本来誰の喜びであったのか?わからなくなってしまったら
そうでないことに恥や罪悪感、劣等感といったイヤな気持ちが
わく
のであれば要注意ですよ。

*Culture-bound syndrome. ある地域、民族、文化環境において発生しやすい
精神障害を指しますが、横の区分けだけではなく社会や文化の変遷レベルの
段階による垂直的な区分けができるように考えます。

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# by dryangle | 2016-03-27 16:53 | ココロのカラクリ | Comments(0)
母親の過干渉と不安障害
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かつて子どもだった頃の経験、母親として今それなりに
年月を経た経験からの実感です。

程度の差こそあれ、お母さんというものは心配性
我が子のあり様に、なんやかんや手出し口出ししたく
なるものです。

母親の子どもへの自己の同一化は子育ての初期には
子どもを守り発達させるために機能しますが、成長に合わせ
その分離が重要になります。

反抗期というのは子どもの側からの(精神的な)成熟と
分離のサイン
ともいえますが
親側がうまく応じることができずに子を縛り続けたり
その果てにこじらせることがあります。
具体的には、嗜好や行為、関係への依存やパーソナリティの障害など

じつは親自身が、その課題(親子の精神的分離)を達成
できてない
ことこそがその原因ではないかと考えられます。

子どもも時期がくると、あれやこれやと口ウルサイ母親に
対して、口答えや無視をしたり、言いつけを守らなかったり
勝手な行動をしたり。されど甘えたがりのカマッテちゃん。

それでも「…ったく。仕方がないわね(怒)!」と親が
半ば諦めの境地で過ぎてゆくのなら多くは問題になりません。

が、親の側が過度に感情的になったり、パニックになって
キレたり、暴力をふるい、または泣きわめき、または懇願し
または威圧的に支配やコントロールをしようとする場合は
親がそのまた親との関係で克服できなかった分離不安が
再燃
していると感じます。

これは一般に言われている不安障害にイメージを重ねると
理解しやすいように思います。

(実際の不安障害は、一説には発症する人の98%が共働きや
自営業の母親のもとに育ち、十分な安心感を獲得するまでに
接してもらっていない、また置き去りにされる不安や恐怖に
さらされていたといわれます。)

この場合は親(の支配)を断ち切ることへの許せなさによる
厳しいしつけなど、親(の感情)に従わないと酷い目に遭う
不安にさせられる
というような不快な経験の積み重ねです。
見方によっては洗脳ともいえるかも知れません。

結果、慢性的には普段から(子である)相手のことが頭から
離れずに心配し干渉
したり、記憶と同質のトリガーに不安や
怖れ、防御としての怒りなどの発作的な感情となって
反応します。

個人的な話をしますと、シングルマザーであった私の母のトリガー
は恥や世間体、女であるということでした。
私自身は、母が逢瀬のために夜に取り残される体験の蓄積からか
むしろ見捨てられや置き去り恐怖が強く、夜に一人でいること
とくに家族からの連絡がない場合に、その死までを恐れる強い
不安感に悩まされます(母が早逝している影響かと思います)。
養父の教育でさらにいろいろとこじらせていますが…


安堵すると、つい「連絡ぐらいできないのっ!」となるわけで^^;

幸か不幸か学業などについては面白いほど気にならない(笑)
個々人によって、何に強く不安を感じるのかが異なることが
構造を表面化しにくくしています。

慢性的な予期不安と発作的な強い恐れ・不安感情

それは本人を苦しめ、相手を苦しめ、そのまた次世代にも及ぶ
心の発達不全の症状、そしてその連鎖なのです。

親が----心配性でコントロールフリーク、おまけに癇癪持ち
愚痴や不満のカタマリ、いつも説教に、脅しに、泣き落とし。

けっこうアルアルなんだ。やれやれ…

どちらか一方から親子関係を成熟させることの難しさが
つねに立ちはだかる壁となります。

子の側からできることは、意識して心の距離を置くこと
親の干渉(反応)を分離不安の症状として認識そして
理解し、親への対応や自分の行動を自分の意志で決める。

「お母さんもそろそろ自分を生きなさいよ」と言えるまでに
なった時、子の側としての精神的分離は叶うように思います。

実体験として、親の側としての私がいよいよ子からそう言われて
目からウロコが落ちたというのか、自分が親にそう言えるまでに
成熟していなかったのだと痛感しました。

今となっては、我が子にはもちろん、誰に対しても
「好きに自分を生きて、活かして、満喫して」の気持ちです。

なんと分離や自立に関しては、子の側が師匠だったわけです!

もし親の側が、子を手本に自分の内なる親子を統合させる
ことができれば、双方の癒着解消につながるように思います。

ちなみに今回とくに母親にフォーカスしましたが
父親にも同様のパターンが当てはまります。


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# by dryangle | 2016-03-17 15:44 | 親子の関係 | Comments(0)
絶望の果ての岐路
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状況は自分への問いかけ

最近、ふと「それが理由で?」と感じられることで
死を選んでしまう(追いつめられる)人の心について
想いを巡らすことがあります。

語弊がありそうですが、個人的には自死や自傷は
自分に対する暴力ではないかと考えるのです。

ではその暴力行為に至る構造はなんなのでしょうか?

突発的な怒りの発散、絶望、訴えや脅迫、苦への終止符

様々な原因へと意味づけをすることができるでしょうが
理不尽なことと向き合いきれない心の顛末といえます。

理不尽な状況への絶望というと、すぐに思い浮かべるのが
V.フランクルの「夜と霧」という本。

ユダヤ人の精神科医であった彼が、強制収容所というまさしく
先の見えない不安の中で「人は何に絶望し、何に希望を得たか」
を克明に記したものです。

彼は、のちに提唱するロゴセラピーの基本理念ともいえる
人間のあり方や存在の意味とその意味の実践
生きる希望をつなぐのだと考えました。

それが生きがい(創造する喜びや、真理や美・愛を体験する
喜び)を見いだす力になるのだと。

その上でなによりも生きる意味は自ら発見するものであり
苦しみはそこへの案内役だという言葉が今になってようやく
実感できるように思います。

なぜなら絶望の果てに暴力によって決着を図る多くの場合

それが生きる意味を「自ら発見する」ことを阻害され
他者(親や世間、依存相手)の生きる意味に生きている

からだと思い当たったからです。

絶望の果てにそれが、他者の意味によるものに過ぎないのだと
腑に落ちた時、理不尽な出来事を現実として向き合うことができ
目の前の状況に生きる意味を「自ら発見する」
それによって活路を得る人々はたしかにいるのです
「脱自動化」の自覚の概念とも通づるかも知れません)。

過酷な状況にある人の悲願である自己実現が約束される
世界というのは、制度や物理的環境に限られたものではなく
意味や価値への精神的な能動・自由性こそがその本質
なのだといえるのではないでしょうか。

絶望の、生きてその先へー

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# by dryangle | 2016-03-09 13:02 | ココロの不調 | Comments(0)
「一方的なルール・約束」教育の功罪
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
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親というものは、自分の遺伝子ばかりでなくその信念や
価値観までも、意識/無意識的に我が子どもの内側に再生産
しようとするものだといえます。

子どもの側が自身にその是否を問い合意するまでの成長を
待つことなく
(もしくはその能力を押さえつけたまま)
その価値観からの一方的なルールや約束を設定し押しつけ
賞罰によって従うことを訓練づけます。

かなり前に日本の意味のない校則について、その存在理由を
たずねた時「規則に意味がなくてもいい、それに従わせる
ことに意味がある
」との返答を聞きガクゼンとしました。

決められたことを忠実に守り従わせる教育

社会の安全秩序や正義を守らせることを目的とするにおいて
正当化されがちですが、いつのまにか上位者の権限として保障
され
、個人や内輪集団における価値観の他者への強制という
支配やコントロールの手段にすり替わっていないでしょうか?
(感情爆発の理不尽な所作さえ、躾として正当化

そこに、自らの選択や合意、納得した上でそうあるという
積極性や自発性が存在しない限り

そのルールや約束の効力は脆弱なものであるといえますし
アメやムチで強化をすることが良しとされるならば、当然
上位者の独善的な支配やコントロールの手段に転用される
という危険性をしっかり認識しておかなければなりません。

表面的にはいい子や素晴らしい人、成功者でありながら
内在化した親や世間に精神を縛られた奴隷であることに
苦しみ、生きづらさを抱える人が多いのです。
まして表面の成果にも行き詰まってしまった場合には…

ルールや約束を理解できない幼い子には、脅しや罰で
それを守らせるのではなく、その個性の成長に合わせて
手や目、そして心を離さずに、その心身こそを守りたい
ものですね。

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# by dryangle | 2016-02-25 12:16 | 親子の関係 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り