金魚迷惑

★☆★不定期更新★☆★


~外側からしか見ることのできない自分を閉じ込めている檻~

人間は、これこそが自分自身だと思っているものを守ろうとして壁をめぐらす。
そしてある日、その壁の内側に閉じ込められ、出られなくなってしまうのだ。

ロバート・フィッシャー『ナイト』より
Men are not prisoners of fate, but only prisoners of their own minds.
ーFranklin D. Roosevelt
The significant problems we face cannot be solved at the same level of thinking
we were at when we created them.
-Albert Einstein


気づいてみる。意識してみる。何かが変わり始める。
流れをイイ方向へと転換するターニングポイントを一緒に探しませんか?
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"自分"に疲れていません?
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母親の過干渉と不安障害
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
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かつて子どもだった頃の経験、母親として今それなりに
年月を経た経験からの実感です。

程度の差こそあれ、お母さんというものは心配性
我が子のあり様に、なんやかんや手出し口出ししたく
なるものです。

母親の子どもへの自己の同一化は子育ての初期には
子どもを守り発達させるために機能しますが、成長に合わせ
その分離が重要な課題になります。

反抗期というのは子どもの側からの(精神的な)成熟と
分離のサイン
ともいえますが
親側がうまく応じることができずに子を縛り続けたり
その果てにこじらせることがあります。
具体的には、嗜好や行為、関係への依存やパーソナリティの障害など

じつは親自身が、その課題(親子の精神的分離)を達成
できてない
ことこそがその原因ではないかと考えられます。

子どもも時期がくると、あれやこれやと口ウルサイ母親に
対して、口答えや無視をしたり、言いつけを守らなかったり
勝手な行動をしたり。されど甘えたがりのカマッテちゃん。

それでも「…ったく。仕方がないわね(怒)!」と親が
半ば諦めの境地で過ぎてゆくのなら多くは問題になりません。

が、親の側が過度に感情的になったり、パニックになって
キレたり、暴力をふるい、または泣きわめき、または懇願し
または威圧的に支配やコントロールをしようとする場合は
親がそのまた親との関係で克服できなかった分離不安が
再燃
していると感じます。

これは一般に言われている不安障害にイメージを重ねると
理解しやすいように思います。

(実際の不安障害は、一説には発症する人の98%が共働きや
自営業の母親のもとに育ち、十分な安心感を獲得するまでに
接してもらっていない、また置き去りにされる不安や恐怖に
さらされていたといわれます。)

この場合は親(の支配)を断ち切ることへの許せなさによる
厳しいしつけなど、親(の感情)に従わないと酷い目に遭う
不安にさせられる
というような不快な経験の積み重ねです。
見方によっては洗脳ともいえるかも知れません。

結果、慢性的には普段から(子である)相手のことが頭から
離れずに心配し干渉
したり、記憶と同質のトリガーに不安や
怖れ、防御としての怒りなどの発作的な感情となって
反応します。

個人的な話をしますと、シングルマザーであった私の母のトリガー
は恥や世間体、女であるということでした。
私自身は、母が逢瀬のために夜に取り残される体験の蓄積からか
むしろ見捨てられや置き去り恐怖が強く、夜に一人でいること
とくに家族からの連絡がない場合に、その死までを恐れる強い
不安感に悩まされます(母が早逝している影響かと思います)。
養父の教育でさらにいろいろとこじらせていますが…


安堵すると、つい「連絡ぐらいできないのっ!」となるわけで^^;

幸か不幸か学業などについては面白いほど気にならない(笑)
個々人によって、何に強く不安を感じるのかが異なることが
構造を表面化しにくくしています。

慢性的な予期不安と発作的な強い恐れ・不安感情

それは本人を苦しめ、相手を苦しめ、そのまた次世代にも及ぶ
心の発達不全の症状、そしてその連鎖なのです。

親が----心配性でコントロールフリーク、おまけに癇癪持ち
愚痴や不満のカタマリ、いつも説教に、脅しに、泣き落とし。

けっこうアルアルなんだ。やれやれ…

どちらか一方から親子関係を成熟させることの難しさが
つねに立ちはだかる壁となります。

子の側からできることは、意識して心の距離を置くこと
親の干渉(反応)を分離不安の症状として認識そして
理解し、親への対応や自分の行動を自分の意志で決める。

「お母さんもそろそろ自分を生きなさいよ」と言えるまでに
なった時、子の側としての精神的分離は叶うように思います。

実体験として、親の側としての私がいよいよ子からそう言われて
目からウロコが落ちたというのか、自分が親にそう言えるまでに
成熟していなかったのだと痛感しました。

今となっては、我が子にはもちろん、誰に対しても
「好きに自分を生きて、活かして、満喫して」の気持ちです。

なんと分離や自立に関しては、子の側が師匠だったわけです!

もし親の側が、子を手本に自分の内なる親子を統合させる
ことができれば、双方の癒着解消につながるように思います。

ちなみに今回とくに母親にフォーカスしましたが
父親にも同様のパターンが当てはまります。


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# by dryangle | 2016-03-17 15:44 | 親子の関係 | Comments(0)
絶望の果ての岐路
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状況は自分への問いかけ

最近、ふと「それが理由で?」と感じられることで
死を選んでしまう(追いつめられる)人の心について
想いを巡らすことがあります。

語弊がありそうですが、個人的には自死や自傷は
自分に対する暴力ではないかと考えるのです。

ではその暴力行為に至る構造はなんなのでしょうか?

突発的な怒りの発散、絶望、訴えや脅迫、苦への終止符

様々な原因へと意味づけをすることができるでしょうが
理不尽なことと向き合いきれない心の顛末といえます。

理不尽な状況への絶望というと、すぐに思い浮かべるのが
V.フランクルの「夜と霧」という本。

ユダヤ人の精神科医であった彼が、強制収容所というまさしく
先の見えない不安の中で「人は何に絶望し、何に希望を得たか」
を克明に記したものです。

彼は、のちに提唱するロゴセラピーの基本理念ともいえる
人間のあり方や存在の意味とその意味の実践
生きる希望をつなぐのだと考えました。

それが生きがい(創造する喜びや、真理や美・愛を体験する
喜び)を見いだす力になるのだと。

その上でなによりも生きる意味は自ら発見するものであり
苦しみはそこへの案内役だという言葉が今になってようやく
実感できるように思います。

なぜなら絶望の果てに暴力によって決着を図る多くの場合

それが生きる意味を「自ら発見する」ことを阻害され
他者(親や世間、依存相手)の生きる意味に生きている

からだと思い当たったからです。

絶望の果てにそれが、他者の意味によるものに過ぎないのだと
腑に落ちた時、理不尽な出来事を現実として向き合うことができ
目の前の状況に生きる意味を「自ら発見する」
それによって活路を得る人々はたしかにいるのです
「脱自動化」の自覚の概念とも通づるかも知れません)。

過酷な状況にある人の悲願である自己実現が約束される
世界というのは、制度や物理的環境に限られたものではなく
意味や価値への精神的な能動・自由性こそがその本質
なのだといえるのではないでしょうか。

絶望の、生きてその先へー

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# by dryangle | 2016-03-09 13:02 | ココロの不調 | Comments(0)
「一方的なルール・約束」教育の功罪
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親というものは、自分の遺伝子ばかりでなくその信念や
価値観までも、意識/無意識的に我が子どもの内側に再生産
しようとするものだといえます。

子どもの側が自身にその是否を問い合意するまでの成長を
待つことなく
(もしくはその能力を押さえつけたまま)
その価値観からの一方的なルールや約束を設定し押しつけ
賞罰によって従うことを訓練づけます。

かなり前に日本の意味のない校則について、その存在理由を
たずねた時「規則に意味がなくてもいい、それに従わせる
ことに意味がある
」との返答を聞きガクゼンとしました。

決められたことを忠実に守り従わせる教育

社会の安全秩序や正義を守らせることを目的とするにおいて
正当化されがちですが、いつのまにか上位者の権限として保障
され
、個人や内輪集団における価値観の他者への強制という
支配やコントロールの手段にすり替わっていないでしょうか?
(感情爆発の理不尽な所作さえ、躾として正当化

そこに、自らの選択や合意、納得した上でそうあるという
積極性や自発性が存在しない限り

そのルールや約束の効力は脆弱なものであるといえますし
アメやムチで強化をすることが良しとされるならば、当然
上位者の独善的な支配やコントロールの手段に転用される
という危険性をしっかり認識しておかなければなりません。

表面的にはいい子や素晴らしい人、成功者でありながら
内在化した親や世間に精神を縛られた奴隷であることに
苦しみ、生きづらさを抱える人が多いのです。
まして表面の成果にも行き詰まってしまった場合には…

ルールや約束を理解できない幼い子には、脅しや罰で
それを守らせるのではなく、その個性の成長に合わせて
手や目、そして心を離さずに、その心身こそを守りたい
ものですね。

これに関連した記事をどうぞ→自己疎外の恐ろしさ

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# by dryangle | 2016-02-25 12:16 | 親子の関係 | Comments(0)
親なるものへの依存症状
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時に私達を悩ませ、苦しめる
罪悪感、劣等感、被害/敗者/損の意識、恥、自己嫌悪などの
自己処罰の感情

親の延長線上となる、世間や社会の慣習、ルール、権威、宗教
はては境遇や運命に依存(執着)させられ、それらに従わないと

自分の存在(価値)が脅かされる刷り込まれた反応です。
それはそのまま、不安や恐れ、怒り、焦りなどの不快感情。

それに従うことで、利益や許可、承認といった愛に代わるもの
得られるとも信じ込まされています。

誰かの価値観に添い遂げることへの強迫的な欲求

無条件の肯定や愛を与えず※そういった条件づけを行なうことで
従順かつ支配やコントロールを受けやすい人となりかねません。

社会正義のために是とされることが多いですが、複雑に発達した
構造にがんじがらめになり、欺瞞や無気力の人を生むのです。

さらには屈辱や暴力、ネグレクトなどによって卑屈にされた場合
自分や他者を責め苛む気持ちや発作的な感情爆発の根になります。
これらが自他の心身への傷害や不幸な犯罪の背景にあるかといえます。

親、家族、友人、先輩、先生、上役、成果、世間、社会
運命、人生の意味…

漠然と肥大した上位他者からの承認への
渇望とそれを得られないがための存在不安

なにかへの強迫的な欲求の罠にはまり、それが高じるが故の
物質依存に行動依存、関係(共)依存。
本質の苦しみから逃れようとするためにすり替えられる対象。

すべてが親なるものへの依存症の様相に思え、切なくてなりません。

アタッチメントやセーフティベースといった親密他者への信頼感の構築を
イメージしています。


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# by dryangle | 2016-02-18 14:46 | ココロのカラクリ | Comments(0)
ぶりかえす感情の発作
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虐待や犯罪、事故などの当事者が事後によく言うのが

カッとなって、憑りつかれたように、我を忘れて、腹が立って思わず
これだけは許せず、たまらずについ…

怒りばかりでなく、過剰な恐怖。思考やイメージまでもが誘発する
不安や憤り、焦り、心配。

一時(いっとき)自分が乗っ取られてしまったかのような
感覚を経験されたことのある方も多いのではないでしょうか?

些細な出来事どころか、なにげなく頭の中に浮かんだことすらが
トリガー(発端)となってわき起こる感情、それにエネルギーを
供給するかのような思考やイメージ、そして体調。
負のパターンの繰り返し。ニワトリが先か、卵が先か。

これまでこのブログでは、それによって起こりさらに次の根となる
トラブルや心の不調を防ぐために、そのカラクリに気づこう
その真実に少しでも近づこうとヒントを探してきました。

認知心理学ではスキーマと呼ばれる、自身の経験から構築された
自分オリジナルの生きるためのルールに、なにかが障って起こる
いわば警鐘といえる反応です。
弱い自己像、自分の弱さを守るための。

これまで一番厳しかった、嫌だった、苦しかった
相手や状況を、
今この現実に目の前の相手や状況に
重ねてしまう
心の働き。

だからこそ個々の温度差は大きく、他人から見ると「なぜそこまで?」
というほど、なにかに憤り、怒り、怯え、固執し、苦しみます。

深層心理のトラウマやインナーペアレンツ&チャイルドといった概念
脳機能、またホリスティックの生理的な習性

負のカラクリの材料となるような心理的な経験を考えてまいりましたが
最近はそれ以前に共通する土壌があるように思えてなりません。

以前どこかで「被虐待者の話し方には、相手の主観を無視するという
特徴がある」という話題を目にしたのですが、私も幼い時に親に対して
漠然と似たような思いを抱いていました。

この人は自分の気持ちにしか関心がない。
他人にも気持ちがあるとわからないんだろうな。


その土壌とは、誰かと安心して気持ちを交わしたこと、共有したことがない。
ひらたく言えば、人と心が通うという経験がないということです。

心を開くと痛い目に遭う、そんな洗脳体験ともいえる中で得た習性が
心を閉じることである(体裁を作り守る)人。
それによってなんとかうまく自分を保っている人もいます。
私もそうでした。

閉めっぱなしにすることによって澱んで充満したガスは行き場を失い
噴き出す。
まだ噴き出していません?^^; …病んでいませんか?

内容が繰り返しばかりで恐縮ですが、そのカラクリを強化しないために

その想いへの執着・カラクリを理解すること
(具体的には、負の感情の記憶の洗い出しや内観など)。
それが自分の感情の発作なのだと知り、その気配に気づくこと。

個人的には、中和剤というか普段小さなものから自分ルールを破ってみたり
こまめに自分なりの幸福感をイメージする(ドラマや音楽も使えます^^)、
具体的には「イケナイ、こうすべき、申し訳ない、心配で」と、普段自分に強制したり
逆に遠慮してしまうことを敢えて許してみる。さらには自分の「弱さ、ダサさ、性悪さ」を
思いきってさらけ出してみる。イイコ、イイヒトにならない方を選ぶ。


最も勇気のいることですが、互いに本音(自分の弱さ)を見せることのできる
相手を探し得ることが、心地よい風を運び入れてくれるのだと思います。

防御壁のない軽やかな自分を生きているうちに味わいたい。

多様な視点ともに、そして時には固着した視点からのシフトチェンジを
これからも試みていきたいと思います。


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# by dryangle | 2016-01-19 12:50 | ココロの不調 | Comments(0)
自分へのウソを見抜く
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日本の有名なカウンセラーさんのブログにあった
・大人になりたくてなれてしまった人
・大人になりたくてなれなかった人

という話題を興味深く読ませていただきました。
前者・後者の性質やそれが故の苦しみ、解決法など。
(リンクを貼ってもいいのかな?^^;検索で探せます)

勝手ながら、前者・後者の「もどき」と「本物」の違いを
イメージするには
・子どもでいたくていられなかった人
・子どもでいたくていられてしまった人

をつけ加えて考えると、わかりやすいように思います。

つまり、「本物」は
・大人になりたくてなることができた人
・子どもでいたくていることができた人

といえるかと思います。

それは個性であり、自分自身も周囲にも受け容れられる
ありのままの自分という理想(目標?)ともいえます。

もどき」には、「なりたくて・いたくて」の部分に
自分の本意ではなかったというウソがありそうです。
・(本当は)子どもでいたいのに
大人になってしまった/子どもでいられなかった
・(本当は)大人になりたいのに
子どもでいてしまった/大人になれなかった


誰か(おもに親)からの強制であるにしろ、周囲のプレッシャーや
期待によって自らが選び取っているにしろ
本意のままにいる私、(私にとっての)本意のままにいる他人
不本意に従わない私、(私にとっての)不本意に従わない他人

が許せません。ムカつきます。苦しめられます。

つまり、このウソがもどきの苦しみや悩みを生んでいる
といえそうです(また強制されたウソほど認めるには抵抗が強い)

だからネガティヴな気持ちは、自分のウソが暴かれるチャンス
自分の本意を見つけるキッカケになり得るのです。

本物のなりたい・いたい」は、自分を尊重するという気持ちですから
ないものねだりや自他への許せなさを生むはずがないのですね。
それらは強迫的な「頑張り」プログラム発動の動かぬ証拠。

もちろん!?私も大ウソつきで自己去勢していました!

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# by dryangle | 2016-01-13 15:21 | ココロのカラクリ | Comments(0)
自己犠牲的もしくは強迫的頑張りの「どうして?」
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あけましておめでとうございます!
スローペースですが、今年もいろいろ綴っていきたいと思います。
ご感想などいただければ嬉しい限りです。


…それでは、早速前回からの続きです。

~アメ的操作(支配)法の毒。アメは自分をムチ打つ道具に代わる~

以前「褒めて育てる」という言葉がお題目のように流行りましたよね。

それまでの「叱って育てる」ムチ教育による弊害への反動なの
でしょうが、対になる極端にはやはり注意が必要だと感じます。

ムチが子どもを強迫的に従わせるしつけの手段だとしたら
アメは子どもを依存的に従わせるしつけの手段になりかねません。
(報酬性の刺激は腹側被蓋野を経由して側坐核という場所に伝わります。
ここはアルコールや麻薬なども働く場所なのです。)


いい子のパターンにありがちですが、高評価などのアメをもらい続ける
ことに加えて、それ「だけ」しか喜ばれないという条件づけが加わると
それ「だけ」しか、自分の存在価値がない(認められない)と思い込む
ようになります。

すると評価を得られない自分を自分が許せなくなるのです。

この場合、自らが強迫的に、世のため、人のため、親や家族のため
役に立つように、喜ばせるように…をアピールした行動をとることが
一義となります(がゆえに評価の権限のない他者には無関心)

結局は自分で自分をムチ打つという苦しみに帰結するのです。

お気づきでしょうか?ムチもアメも主導権を持つ者(の価値観)中心の
それに従わせるための操作法に他なりません。
つまり同じコイン(従順をしつける目的)の表と裏なのです。

自分の存在価値への無条件の信頼、根拠のない安心感があれば

それが手段としてではなく心からの感謝や喜び、祝福を受けた
それを意欲をもって行うという自発的な動機となりえます。

それが手段としてではなく心からの痛みや悲しみ、苦しみを知る
それを避けるため、助けるために動くという自発的な動機となりえます。

そのためには、無条件に大切にされるという大前提が必要。

教育が、個々人にとって「その主体性を獲得するための援助」となる
ものであって欲しいとそれこそ心から思うのです。

純粋に自発的な意欲や行動、ありのままの自分でいられることの
自由。そこに人の最善や幸福があるのではないでしょうか?

習慣性を持たせその断ち切りを阻害する機能を持つ。
これを含むドーパミン神経系は意欲を司る一方で不安を司る神経系でもある。

このブログで使う「主体」や「主体性」という言葉は、あくまで個人の尊重であり
集団カテゴリや全体主義にすり替えた思想とは明確に区別したいと思います。

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# by dryangle | 2016-01-05 17:00 | ココロのカラクリ | Comments(0)
DV・モラハラの「どうして?」
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~人々の無意識に根づくムチ式他者操作(支配)法~

DV(家庭内暴力)やモラハラ(精神的な暴力)について
普段なにげなく話題にのぼる時、わりと耳にするのが

「どうして言い(やり)返さないんだろうね?」
「どうして逃げないんだろうね?」
「どうして誰かに(助けてと)相談しないんだろうね?」

ということです。

それが当たり前だと言えることが、どれほど幸福なのか
当人は気づいていないのだろうなぁ…と思ったりします。

DVやモラハラの当事者には、正反対の当たり前によって
それらがあり得ない選択肢になっているのです。

これには、加害者と被害者双方に刷り込まれた上下関係、
礼儀や気遣いといった美徳とは真逆の、むしろ弱肉強食と
いえるおぞましい支配と服従の構造があります。
(むしろ美徳や正当性という隠れ蓑をそれと認識している場合が多い)

いったんこの構造が人間関係世界の当たり前となった人は
互いがその囲いの中にいると認識し合った対象者との関係に
おいて
、その共通の感覚により力関係の序列が決定されます。
関係が強く深くなることによって、当事者間に起こる摩擦や衝突の
被害者になるか、加害者になるかが決まるのです。
(フェアな関係は互いの利を模索したり、妥協し合ったりします)

DVもモラハラもいじめも、コントローリングも我が家のルールも
内輪の関係性の中で維持されようとするのはそのためです。

その構造の根っこには、アイデンティティの共有/同化をしている
重要他者(相手)に対し
他者(相手)を満足させなければならない」と


不安(相手の過度な不安や恐れの反応)や
恐れ(相手の怒りや嫌み、体罰や恫喝、言葉の暴力)によって
訓練させられた条件反応となっています。

嫌だと感じる、ノーと言う、抵抗する、自分を優先(大切に)する
という自己尊重の感覚去勢されてしまっているのです。

また新しい人々との出会いの中にあっても、この囲いの同類は
互いに関係を結びやすい
ことが習性だといえます。
(囲いの外の他者に対しては、他人行儀で、慇懃で、低姿勢で人当たりが良かったり
もしますが、ひとたび囲いの内と認識し引き入れると豹変します)


親や親類による支配や暴力・モラハラの中に育った私自身も
温かいホームドラマの場面や周囲の人の一家団欒の話などを
作り物もしくは別世界の出来事と認識していましたが、そうでない
家庭環境にいる時間が長くなった現在、当たり前が逆転して
かつての家庭環境の異常さを認識できるようになりました。

社会の人間関係にあっても、この囲いの匂いや気配を感じる
自ら距離を置くことで、自然にトラブルを避けているように感じます。
初めの頃はその度、怖れや罪悪感に苦しめられていましたが^^;

親子や夫婦関係といった家庭環境だけではなく、教育現場や職場
あらゆる場所で、社会で、明に暗にこのような自己尊重の去勢
意識的にも無意識的にも行われています。
また他者の服従や従順を育む方法として、最近はムチだけでなく
まるで理想的にも見えるアメも多用されてきています
(自己尊重感を利用され不足感に支配されるアメ式についてはまた別の機会に…)

それぞれの囲いの中の上下関係の勝ち組になることだけが
恐れや不足感から逃れる方法なのでしょうか?
はたしてそれが幸福と呼べるのでしょうか?

「どうして?」と真に問える人々、そしてその構造を理解し
ブレイクスルーのできる人々がまた一人増えていくことによって
新しい世界を切り開くことができるように思います。

ワタシも、そしてどうかアナタも。

癒しのツールになりますように^^批判の根拠にしないでくださいね。
対立ではなく相互理解のために。

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# by dryangle | 2015-12-21 15:28 | ココロのカラクリ | Comments(0)
服装とアイデンティティー
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


違和感と抵抗感

身体と心の性が一致しない人が、身体通りの服装を強いられる時に
感じるのがこれらの感情。

私は身体と心の性は一致しているですが、多分同様の共感できそうな
違和感と抵抗感を感じてきました。

それは、制服とフォーマルウェア、そして(漠然とした言葉ですが)
オシャレ。とくに日本において。

例えば、お子さんの重要な場面に評判のイトー〇ーカドーにあるような
婦人フォーマルスーツ。冠婚葬祭すべてに使えそうな便利な礼服。
どうしても嫌いヽ(´o`;(注意:個人的な感想です)

どうしてこんなにも強い負の感情を持つのか、考えてみたのも
ごく最近ですが、自分が自分に持つアイデンティティーと一致しないから
というシンプルな理由が思い当たり脱力しました。

子どもの頃から、それらは人間関係の中で管理と従順、主張や比較
(対抗)と同調(守備)の道具
であるのだと認識してしまったからかも
知れません。

少なくとも装うことへの楽しみや喜びというものが、女性にしては
かなり少ない方だと思います。
まずは各々の場面や周囲の人をリスペクトして、浮かないように
気を使うだけ。

が。人生を折り返し、最近はそれすらも苦痛に感じるようになりました。

適応ストレスを実感するということは、それと異なる自分というものを
実感する
ようになったということでしょうか。
服装による自己表現の欲求の方はあまりなかったはずなのに^_^;

ユングの夢分析では、服装はペルソナ(仮面・偽りの自己)を表すことが
知られています。
社会の中で服装は自分を装う必要不可欠なツールだったのですね。
服を装うとはよく言ったものだと思います。

自分を偽らない服装でリラックスしていたいですね。

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# by dryangle | 2015-12-02 10:25 | ココロと社会 | Comments(0)
不安や心配=依存(執着)の症状
こちらでは、特定の療法や理論,思想にこだわらず、心理学・精神医学・カウンセリングなど
多分野から
心の癒しとメンテナンスに役立ちそうな話題を集めています。
悩みや苦しみの対象を操作しようとするのではなく、自分の感じ方・考え方・反応の仕方を見つめ
問題(とすること)から解放されることで、心の安定を得ること
が基本のスタンスです。
初めていらした方へ…dryangleとブログ金魚迷惑について
●過去記事のタイトル別一覧●


パートナーを得た。母親になった。
その都度、なぜか不安や心配が増しました。

それも自分で対処や対策のできる範疇を超え
どうにもできないことに対して。

自分でもちょっと過剰かな?と感じ始めた
ある時

「心配しても、しなくても
なにか起きる時は起きるものよ」

という言葉にハッとさせられました。

そうだ。たしかに役にたたない感情だ!

その瞬間、交流分析のラケット感情の特色の1つとされる
「無意識に他人を操作しようとする企みがある」
という言葉に考えがリンクしたのです。

あ、もしかして?
誰もハッピーにしないこの嫌な気持ちは…?

パートナーや子どもに過度に依存している証拠⁉︎

それが相手の健康や安全のためであるにしても
その理由に自分を介在させたい、管理したいと
いう気持ち。
自分もそう気遣われたいという気持ち。
そんな本心に気づきました。

親との関係で思い出したこともあります。
私を不安にさせ、私が心配すると満足する親の顔

私が選んでしまっている馴染んだ感情生活。

本当の気持ちは「自分が助けられないと悲しい
もしくは「相手(や自分)が頼りない恐れや怒り」でした。

また「自分を守らなければ」という投影もあるでしょうか。

もとはといえば、親に関係した感情だった。
(過剰な感情的反応の土台の多くは親に対するものなのかも)

いや、現実に多くのことは天に任せるしかない^_^;

もし不安になり過ぎ、心配し過ぎだと感じたら
その対象に過度に依存し過ぎていないか、どうか
一度疑っててみてはいかがでしょうか?

すぐさまその嫌な反応が消えるわけではありませんが
そういうものだと理解することで、少しはその不快と
距離を置くことができるはず^_^

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# by dryangle | 2015-11-06 21:48 | 親子の関係 | Comments(0)

Illustration by ふわふわ。り